魔法少女の異世界刀匠生活

ミュート

文字の大きさ
上 下
269 / 285
最終章

クアンタとリンナ-01

しおりを挟む
『クアンタ』


  フォーリナーの内部に残り続けるクアンタの意識が、リンナの声を、聴いた気がした。

  彼女が、フォーリナーの大本に接近し、放出した虚力を浸透させることで、彼女の意思を、言葉を、伝えているのだ。

  それに気付いた時――クアンタは、首を横に振るう。


(来ては、駄目だ……お師匠)


 クアンタは、フォーリナーの在り方を良しとしてしまった。

  根源化を果たす事により、人類が一つになる事を。

  そうしてしまえば、リンナの優しさも、シドニアの熱意も、サーニスの強さも、アルハットの好意も、カルファスの狂気も、イルメールの筋肉も、ワネットの柔らかさも――何もかも全て、無に帰してしまうのに。

  クアンタは、そうした人々が混在してしまう事を、良しとしてしまったのだ。


(そんな私が……この世界で、したい事なんて……思いつかない)


 もし、フォーリナーから脱し、この世界で生きる事を願ったとして、したい事が思いつかない。

  生きる意味を見つける事の出来ない存在に、生きている価値もない。


(お願いだ、お師匠。私ごと、第二十三中隊を破壊してくれ。……お師匠の虚力なら、出来る)


 だから――リンナにフォーリナーを破壊してほしいと願ったが。

  しかし、リンナもクアンタと同じく、首を横に振るう。


『イヤだよ。……アタシ、クアンタに、まだアタシの気持ちを、伝えてない』


 面を上げ、クアンタは耳を、感覚を澄ませる。

  リンナが、クアンタに伝えたい気持ち。

  それは、先日の夜、リンナが伝えたいと言っていたけれど、まだダメだと伝えてくれなかった、彼女の心情。


『それに、アタシはまだ、アンタに何も教える事が出来てない。刀の打ち方も、玉鋼の選別も、積み込みも、何もかも。アタシはクアンタのお師匠だもん。それを教えるまでは、アンタがいなくなっちゃうなんて、認められない』

(……もう、良いんだお師匠。フォーリナーの私が、刀を打つなんて、そんな事、似合わない)

『フォーリナーがどうとか、関係ない。クアンタは、アタシの弟子になったんだもん。アタシにはクアンタへ技術を伝える義務がある』


 そこで、リンナは今一度、首を横に振った。

  伝えたい事はそれだけじゃないと、自分に言い聞かせるように。


『……クアンタ。アタシ、クアンタに出会ってから、本当に色んなアタシへ【変身】出来たんだ』


 変身。

  それは、災滅の魔法少女への変身を意味した言葉ではない。

  刀匠・ガルラとの語らいでも言葉にした、違った自分になれたという意味での、変身。


『クアンタと出会えてなかったら……アタシは、きっと一人で刀を打ち続けて……違う自分になるなんて、出来なかった。クアンタと出会えて、アタシは本当に、嬉しかった』


 それは、クアンタも同じ想いだ。

  リンナと出会えていなかったら、クアンタはこれほどまでに多くの感情と出会う事など無かっただろう。

  そうした感情を伝えてくれたリンナに、クアンタは多く、感謝している。


  ――本当に、変身を果たしたのは私の方だ、と。


  クアンタは、感謝の念を送り続ける。


『でも、それだけじゃない。違う自分になれた、クアンタに変えて貰ったからこそ……アタシは、クアンタの事を、もっともっと、いっぱいいっぱい、知りたいと思えた。……一緒にいたいって、思えたんだ』


 リンナが、一度呼吸を整えるように、大きく息を吸い、吐いた。

  その吐息さえ――クアンタには、もっと聞いていたいと思えた。

  この気持ちが何なのか、分からなくて、少し困惑していたクアンタへ。


  リンナは、その答えであるかのように、言葉を連ねる。

  

  
『アタシ、クアンタの事が、好きです』


『大好きです』


『ずっと、一緒に居たい』


『アタシの、傍に居てほしい』




『――クアンタの事を、愛しています』
 


  
  リンナの、愛情を込めた言葉が、クアンタの意識に届くと。

  僅かに、フォーリナーの大本と接続が弱まった。


 フォーリナーの大本は、リンナの言葉を聞いていたが、しかし言葉の意味に理解が及ばなかったのだ。

 フォーリナーであるクアンタという個体に対して、好意を持つ事に。

 今まさに侵略を果たそうとしているフォーリナーの一であるクアンタに対して「傍にいて欲しい」と願う意味も。

 ――愛という言葉の意味を。

 だからこそ、言葉の意味を内部処理しようとしても処理する事が出来ずに……フリーズを果たした。


 だが、彼女だけは違う。




(……私は……っ)


 頬を伝う、生温かな雫。

  瞳から溢れ出る雫を拭いながら、クアンタは高鳴る胸の鼓動に、答えを見出した。


(私は……生きたい……っ)


 拭っても、拭っても、雫は止まらない。

  涙を流せる筈の無いフォーリナーの彼女に、何故涙を流せるのか。


  その理由を求める必要などない。

 涙に理由などいらない。


  そう願った瞬間、クアンタは自身の奥底から溢れんばかりに生み出される虚力を放出。

  マジカリング・デバイスを取り出し、その電源ボタンを押し込んだ。



(私は、お師匠と……生きるっ……人間として……生きていたい……ッ!!)



  生きたい理由など、いくらでも後から決められる。

  誰と、どう生きたいか。

  今は、それだけが欲しい。



〈Devicer・ON〉

「――変身ッ!!」

〈HENSHIN〉



 マジカリング・デバイスに搭載された虚力増幅装置が、クアンタの奥底から溢れる虚力を、さらに倍増させる。

  その虚力が放つ衝撃は、外のリンナにすらも届く、圧倒的な量。

 それだけでは生ぬるい、まだだと、クアンタは打刀【リュウセイ】を抜き放つと、刃に虚力を通し、思い切り一閃を、振り込んだ。



  結果として、大量の虚力を内部から受け続けたフォーリナーは、これ以上クアンタを内部に閉じ込め続けておくと自己崩壊を招くと判断し――クアンタを外部へ排出した。



「お師匠ォ――ッ!!」

「――クアンタッ!」



 排出されたクアンタの手が伸ばされて。

  クアンタへ伸ばした、リンナの手と、繋がった。

  そのまま彼女達は身体と身体を重ね、互いの瞳と瞳を見つめ合わせながら――落ちていく。


「本当に……本当に、私を……愛してくれるのか……?」

「うん……うん……っ、大好きだよ、愛してるよ、クアンタっ」

「嬉しい……嬉しくて、嬉しくて嬉しくて、堪らない……っ、胸が、胸がとても、熱い……でも、嫌じゃないんだ……っ!」


 落ちていきながら、クアンタとリンナは頬を擦り合わせるように、互いの涙を合わせた。

  そうして触れ合える事も、今のクアンタにとっては、とても新鮮な気持ちで楽しめる。


「私も……分かった……私も、お師匠を、愛してるんだ……ううん、違う……この世界に生きる、これまで私を、助けてくれた人たちを……私は愛してる……その中でもお師匠が、一番好きで、愛してるんだ……っ!」


 愛しているからこそ、統一された存在になる事を、願ってしまう。

  愛しているからこそ、愛故に狂ってしまう事を、怖くなる。


  そんな――当たり前の感情を、既にクアンタは学んでいた。

  それに気づいていなかっただけ。

  イルメールの言っていたように、クアンタには既に、答えがあったのだ。
  

  そんな、抱き合いながら落ちる二者の身体を、抱き留める少女が一人。

  アルハットは、二者の身体を抱き留めて、その場で二者に虚力を放出する事による自立をさせるが、しかし二者はアルハットから離れない。


「ちょ、二人とも……」

「ありがとうアルハット……クアンタ、戻ってきた……戻ってきたよ……っ」

「私からも、礼を言わせてくれ……アルハットだけじゃなく、皆のおかげで、私はまた、ここに戻って来られた……っ」

「……ええ。私も、クアンタに会えて、嬉しいわ」


 クアンタを排出する事で内部崩壊を防ぐことが出来たフォーリナーだが、その形は歪に歪み始めた。

  砕け散るように、撒き散らされるように、大本が自己の全てを分離させ、レアルタ皇国全体へ一斉に、フォーリナーの先兵たちが射出されていく。

  恐らくはクアンタの放出した虚力が膨大過ぎた結果、内部に貯蔵されていた虚力が拡散されていき、自己を保つことが難しくなったのだろう。

  となると、フォーリナーの取る方法としては、手当たり次第に人間から虚力を奪い、崩壊を防ぐ防衛機構の起動であろう。


「ハハハッ! ザマァ見やがれフォーリナーっ!」


 そうした光景を目の当たりにして、ヤエが楽しそうに声を張り上げた。


「お前らは自分に感情が不要と言いつつ、感情を羨ましがった! だから感情を手にしたクアンタを取り込んだが、結局はクアンタをどうするかで無駄に悩んだ! そこがお前らにとっての敗因だ!」


 早々にクアンタの中に芽生えた感情のデータを取り込んで根源化からの脱却を図るか、感情のデータを消去する事で根源化を果たした生命であり続けるか、どちらかを選んでいれば、第二十三中隊はこうなる事など無かった。


「クアンタは既に、人間と同様の感情や、個性を手にしていた! あの子に足りなかったのは、自他の愛に関する感情だけ――愚母に触れる事で愛を怖がったあの子も、リンナさんからの無垢な愛に触れ、自らも愛に目覚める事で、今本当の人間へ覚醒したッ!」


 人間に覚醒、とは言っても、クアンタがフォーリナーの機能を有した存在である事に変わりはない。

  だが、例えば豪鬼や餓鬼が、災いでありながらも、人間と共に歩む事を決めたように。

  クアンタも、人間と共に歩む事を決めたならば。

  それはもう、人間と同じだ。

  人間と同じ姿で、人間と同じ感情を、人間と同じ個性を手にしたのならば、それを人間と呼ばずに何と言う?



「やはり私の見立て通り――世界を救うのは、何時、どんな世界であっても【愛】なんだよッ!!」



 叫んで、気持ちをスッキリとさせる事が出来たヤエは、ずっと小袖の襟を掴んで宙吊りにしていたガルラの、やつれた表情を見据えた。


「……? 何故やつれてる?」

「オメェが大演説してる最中ずっと振り回されてたからな……っ」

「それより」


 伊吹が、ヤエの叫んでいる間は閉ざしていた口を開き、フォーリナーの先兵が大量に、レアルタ皇国地表や上空を飛び回る光景を見据える。


「確かにクアンタの救出は出来たが、これからどうするつもりだ?」


 大本という存在が無くなり、全てが先兵として稼働してしまった今、フォーリナーの撃退難易度はさらに跳ね上がった。

  そう、クアンタを救出する作戦を選ぶと、人類が生き延びる可能性が下がると言うのは、こういう事情も鑑みての事だ。

  だが、そこでもヤエは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「そんな事か。既にそっちは十分に手を打ってあるじゃないか」


 既にアメリアとカルファスの帰還によって、地上の対フォーリナー応戦準備は万全と言っていい。

 加えてクアンタも戻り、リンナも戦いに参加できる。これ以上ない程に、フォーリナー対策は充実している。


「ちなみに、俺はこれ以上手伝わないぞ」

「……マ?」

「マ」


 ちなみに「マ」は「マジで」を意味する言葉である。


「うわマジか。若干それも期待してたのに。お前ってもしかして、こういうお祭り展開楽しめないタイプ? うっわー、お前とは絶対にアニメとか特撮見ないと決めたわー」

「酷い言い草だ。――俺は、自分の創作物に手を付けないタイプなだけさ。さっきの協力は、アメリアやカルファスという楽しい人材を紹介してくれたお礼だよ」
しおりを挟む

処理中です...