魔法少女の異世界刀匠生活

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最終章

クアンタとリンナ-02

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 これ以上は手を貸すつもりはないと断言した伊吹に、ヤエは少し悩みつつ、思考を回す。

  一応、ヤエも伊吹が協力しない場合を想定はしている。その場合でも、これまで培ってきた下準備で、フォーリナーの撃退はほとんど成功すると言っていい。

  何せヤエにとって、ゴルサ崩壊エンドという結末は『アメリアとカルファスが地球から帰還しなかった場合』のみ考えられた事案だからであり、もしアメリアとカルファスが地球からゴルサへ帰還するのが一日遅ければ、約二十パーセントの割合で人類の敗北を想定していたのだ。

  だが二者は既に帰還し、クアンタとリンナは互いの想いを伝え合った事によって、感情を揺れ動かし、既に虚力量は十分すぎる程に膨大だ。

  加えて想定もしていなかった、餓鬼や豪鬼の協力というサプライズもある。

  伊吹がいなくとも問題無い――とは思いつつ、しかしヤエは念には念を入れる事にした。


「なら伊吹、伝言だけ頼む。あ、後もうコイツ要らないからお前にやる」


 ポイ、とガルラを放り投げたヤエ。「のぁっ!?」と声を上げながら、小袖の襟を伊吹が掴んだ事で上空から地上に落下する事は避けられたガルラだったが、生きた心地がしないようで、今も大変げっそりしていたが、二者は気にしていなかった。


「何と言っておく?」

「いつも通りだ」

「分かった」


 眼前へ手を添えるヤエ(B)。彼女はクアンタとリンナ、そしてアルハットへ視線を向ける。


「クアンタ、お前は空だ」

「了解」

「リンナさんは、アルハットの指示を受けながら地上を」

「うんっ」

「アルハットは霊子転移を惜しみなく使え」

「分かってるわ」

「なら――私は少し、お暇するとしよう」


 眼前へ添えた手で、その顔を隠すようにしたヤエ(B)だったが、しかし数秒の時間をかけて手をどかす。

  するとそこには、菊谷ヤエ(B)の姿は無かった。

  いつの間にか、オフィススーツを着ていた筈の衣服は長袖のセーラー服へと代わり、茶髪を後頭部で結っていた筈の髪型も、丁寧に整えられたボブカットへと成り代わっていた。


  少しだけ、ヤエ(B)よりも幼そうな顔立ち――その者は。


「ふぅ、ひっさびさの登場ォッ!」


 菊谷ヤエ(B)の対となる存在、クアンタのマジカリング・デバイスの製造者であり、神霊【カオス】と同化した者・菊谷ヤエ(A)。


「やぁA。状況は理解しているかな?」


 伊吹が、突如として現れたAにそう声をかけると、彼女は首を傾げながらも周りを見渡して「フォーリナーがヤバいって事は分かるかなぁ」と、あっけらかんとした言葉を放つ。


「その程度分かっていればいい」

「んで、Bはアタシに何かしろって言ってた?」

「いつも通りさ。……一万分の一の力で暴れろ、とね」


 Bからの伝言をAに伝える伊吹。

  するとAも、ニヤリと笑みを浮かべた後、右手の親指で中指の爪を抑え込む――いわゆる【デコピン】の構えを作り出し、空を駆けるフォーリナーの大群に向けて、その中指を弾いて見せる。

  決してフォーリナーに触れている筈の無い右手中指。

  しかし、その指が弾かれる際に舞った風圧が、勢いよくフォーリナーの大群を巻き込んでいく。

  フォーリナー同士がぶつかり合う程に、制御を失っていくフォーリナー達。

  その様子を見据え、クアンタ、リンナ、アルハットどころか、応戦していた筈のカルファス達でさえ、何が起こっているのかを理解する事が出来なかった。


「コレでやっちゃえばいいの?」

「まぁ、君には虚力の伴う攻撃は出来ないから破壊は出来ないだろうが、場をかき乱せばそれで構わない。主役は、あくまでこの三人さ」


 伊吹が、クアンタたちを手で示すと、ヤエもニッコリと笑いながら、強く頷く。


「オッケーッ! ひっさびさだから、お姉さんも大暴れしちゃいますか――ッ!」


 疾く、そのスカートをなびかせながら駆け出したヤエのスピードは――今のアルハットにすら、視認する事が出来ぬ程の、高速や音速を越えた、そもそも空間超越とも言える程の瞬間移動。

  一瞬でフォーリナーに接近すると、一体一体に向けて丁寧にデコピンで弾いていく。

  しかも、侵蝕されないように触れるか触れないかの寸前で止めているようだが、その勢いや威力が強すぎて、触れていなくてもその流体金属を凹ませている。


「キャハハッ! フォーリナーザッコいなぁ! 一万分の一でこの程度! こりゃ、十万分の一でいい勝負になるってカンジかなぁ――っ!」


 圧倒的な暴力。

  それがヤエ(A)を表現するに一番相応しく、しかし足りぬ言葉だろう。

  だがそんなヤエに呆けている場合では無いと、伊吹が三者に声をかける。


「Aや俺達、地球の神を気にする必要は無い。奴は現場をかき乱しているだけだ。結局、フォーリナーとの決着は、クアンタも含めた、この星の人類が付けるべきだからね」


 伊吹にそう背中を叩かれる事に、若干の不満が無いワケではなかったが――しかし三者も顔を合わせ、ヤエ(B)に指示された通り、動く事を決意する。


「行くぞお師匠、アルハット、コレが最後の戦いだ」

「うんっ! クアンタとアルハットが一緒なら――アタシ等は負けない!」

「人類の為、愛する人たちの為に……私たちは、戦う!」


 三者が散る。

  アルハットがさらに上空へと舞い上がり、視認に加えてヤエ(A)によってかき乱されている、空戦フォーリナーの正確な位置情報、及び地上フォーリナーの情報も検索。


「リンナ、転移させるわよ!」


 マジカリング・デバイスに声を吹きかけると、リンナのマジカリング・デバイスへと繋がって『りょーかいっ』と声が帰ってくる。

  リンナの肉体を霊子転移開始。転移先はカルファス領首都・ファルムへと転移。

  巨大な噴水広場があるファルムへと転移されると同時に、リンナは滅鬼の刃を抜き放ち、眼前で人々へと襲い掛かろうとするフォーリナーを切り裂いていく。


「いっくぞぉ――っ!」


  地面を蹴りつけ、疾く駆け抜け、その都度流れるような動きで刃を振るい、その大量に虚力が注ぎ込まれた滅鬼が、フォーリナーを滅していく。

  その姿は人々の目にも、とても華やかで、艶やかで、鮮やかなものに見えただろう。


「おっしゃ次ッ!」


  十秒の時間を経過する事無く、広場に居たフォーリナー、総数二十二体を葬る事に成功したリンナは、そのまま地面を蹴りつけて空を舞い、接近していた空戦フォーリナーを切り裂く。

  ついでに空中で身体を回転させて空を蹴りつけ、一瞬の内にファルムの裏路地に入り込んでいたフォーリナーを何体か認識すると、彼女は一番遠いフォーリナーに向けて滅鬼を投げつけた。

  滅鬼の刃を脳天から差し込まれ、散っていくフォーリナーを見届ける事無く、また別の場所にいるフォーリナー数体へと向けて落下するリンナ。

  地面へ着地すると、彼女は全身から虚力を放出した後、右腕に虚力を集中、虚力による暴風の渦とも表現できる斥力場を生み出すと、拳そのものではなく、斥力場による攻撃を与えていった。

  膨大な虚力の渦に巻き込まれ、それだけで構成する虚力が拡散されていく。粉々に砕け散るフォーリナーの姿を見据えた後、声を張り上げる。


「アルハット!」

『そこはもう大丈夫! 次はアメリア領フェファルス市をお願い!』


 リンナに指示を、そして自身の右手にある霊子端末でリンナの位置情報を入力した後に転送空間位置座標を入力したアルハットは、冷却の終えたアンリミテッド・コードを射出。

  地上へと向けて射出された、虚力を含んだ熱線が、皇国軍人との交戦を行うフォーリナーを正確に貫いていく。


「クアンタ! 空戦フォーリナーの位置情報と、カルファス姉さまと豪鬼の位置情報をマジカリング・デバイスに送るわ!」

「頼む!」


 指示を出すアルハットに返事をしながら、クアンタは左腕の手首にエクステンデッド・ブーストを展開、マジカリング・デバイスを挿入し、指紋センサーに触れた後、アタッチメントを九十度回転させる。


〈Devicer-Extended・ON〉

「フォームチェンジッ!」

〈Form-Change.〉


 展開されているフォームが次第に変化していく中、クアンタはリュート山脈全体に広がるほどに、巨大な錬成反応を発生させる。

  僅かに縮む、クアンタの背丈。しかし彼女は気にする事無く、二十四本にも及ぶ刃の形成を行うと同時に、エクステンデッド・フォームへの変身を終わらせる。


「行け――ッ」


 宙に浮かぶ刃が推進力を得たように空を駆け抜け、空戦型フォーリナーに追従していく。

  その一本一本はアルハットからリアルタイムで共有されるフォーリナーの位置情報を基に、カルファスと豪鬼を刃で貫かぬように設定されている。

  打刀【リュウセイ】を抜き放ちながら、クアンタも空を駆ける。

  振り抜いた刃と共にヤエ(A)と隣接し、そのデコピンで弾かれたフォーリナーを一体、叩き切るのである。


「久しぶりクアンタちゃん! アレから超強くなったみたいだねー」

「貴様に言われた事が、ずっと胸の中に残り続けていた。それがある意味では、力となったのやもしれない!」

「なんか言ったっけ? アタシその時の気分でイロイロ言う事あるからさぁー。気に障ったならメンゴ」

「だと思った!」


 空戦用フォーリナーの残り総数は三百二十五体前後、地上用フォーリナーは百幾何程度と測定完了。如何にリンナが協力でも、リンナ一人では討伐しきる事は難しいし、地上部隊にある刀の数も心もとない。

 再び錬成反応を放出しながら、背丈を僅かに消費し、刃を形成。既に幾十か葬った空戦用フォーリナー対抗の刃を、もう十二本形成し、こちらは地上を這うように動き始める。


「でもまぁ、フォーリナーはちょっと、可愛そうな子だね」

「可愛そう?」

「だってさぁ、この子達は感情を手に入れたクアンタちゃんを取り込んでも、感情の意味を、意義を理解できなかったんでしょ? ――それは、とっても寂しい事だよ」


 むしろ、感情の意味や意義を理解できなかったからこそ――内部で暴走していたと言っても良い。

  愛情の意味を理解すべきか、しかし愚母という存在の情報があったからこそ、増悪に飲み込まれてしまうかもしれないという、クアンタと同じ恐怖に苛まれたという可能性すらある。


「Bさんは、そうした部分があるからこそ、クアンタの救出が出来るんじゃないかと踏んだのよ」


 強い錬成反応と共に空を駆け抜ける、先端の尖った六角ボルトの雨。それらはフォーリナーに直撃すると全て取り込まれていくものの、しかし衝撃によって動きを止めた。

  瞬間、彼女の羽から伸びる熱線に晒される。六角ボルトは発信機の役割を果たしており、フォーリナーに接触したものを識別してアンリミテッド・コードが伸びる、という仕組みである。


「第二十三中隊は愛情を理解できない。理解しようとしても、理解できる素養が無い。この星で怒りや好意、嫉妬や恐怖の感情を学び、向き合ってきたクアンタでさえ愛情を理解できなかったのに、自分たちが感情を欲していると気付いてすらいないフォーリナーが、愛を理解できる筈も無い……ってね」


 勿論、最初から第二十三中隊の総評として、感情や愛情は不要だと、クアンタの感情を完全消去する可能性は否定できない。

 むしろその可能性は高いとして、成功率が下がるとしていた部分も大きい。


「けれど私も、可愛そうな子という感想には同感ね」


 Bやアルハットは、感情のデータを、愛情のデータを知ったフォーリナーが、次なる進化を求めたいと願って欲しかったのだと言う。


「不完全な根源化を果たしてしまったフォーリナーという存在は、言ってしまえばどっちに行けば良いか迷っている子供のようなものよ。せめて、行く方向だけでも定める事が出来るなら、幸せなのかもしれないけれど」

「……私も、前はそうだった」


 湧き上がる感情に折り合いがつかず、戸惑いを隠せなかった、かつてのクアンタ。

  最初は大きく変わっていたわけではなかったけれど、やがて感情の流動は大きくなり、クアンタは恐怖も嫉妬もするようになり、やがては人類を愛せる素養を作り出していった。


  ――いつの日かフォーリナーも、そうした感情を理解できる日が来るといいのにと、そう願う事は出来る。
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