魔法少女の異世界刀匠生活

ミュート

文字の大きさ
上 下
275 / 285
最終章

クアンタとリンナ-07

しおりを挟む
レアルタ皇国シドニア領首都・ミルガス。

  その街道に――ゆらりと蠢く白銀に光る人型の物体が存在した。

  それは街の外れからゆっくりと歩きつつ、大通りへと現れる。

  外観は人の形をそのまま真似たかのような、のっぺらぼう。

  人々はその姿を見据えると「フォーリナーだッ」と叫び、それから逃げるように散っていく。


  そう――それは、その姿はフォーリナーの先兵に他ならない。


  かつてのクアンタと同様に、本体との通信が断絶されてしまったせいで、帰還する事が出来なくなった個体なのか、はたまた別の存在なのか、時々こうして人里に現れては、人々に襲い掛かっていく。

  だからこそ、そうした存在を見かけた場合、すぐに刀を装備した警兵隊か皇国軍人へと通報がいき、討伐が成される筈なのだが――この時は。


  否、このミルガスでは、違う。


「フォーリナー。クアンタが守ったこの世界を……この街を、アンタらの好きにはさせないッ!」


 一人の少女がフォーリナーの近くまで訪れた。

  腰に一本の刀――打刀【リュウセイ】を携えた、銀髪の少女で、彼女はその手に一つのデバイスを掴んだ後、側面の電源ボタンを押し込んだ。


〈Devicer・ON〉


 放たれる機械音声、それと同時に、少女は力強く音声入力の言語を発言。


「変身!」

〈HENSHIN〉


 その手に持たれる機械――マジカリング・デバイスを宙に放り投げ、その画面を人差し指で触れると、彼女の全身を光が包んでいく。

  赤を基本色とした戦闘フォーム、そのスカートを翻しながら、少女は短い髪の毛を一つに結ったポニーテールを僅かに動かしながら、リュウセイの刃を抜き放つ。


  少女はリンナ――斬心の魔法少女・リンナである。


  抜き放ったリュウセイの刃に虚力を纏わせた一振りを振り込んでいくリンナだったが、フォーリナーはその斬撃を冷静に読みながら、その脚部をリンナの腹部へと叩き込もうとする。

  寸での所で虚力を放出し、二者の身体を同時に吹き飛ばす事で侵蝕を食い止めたリンナだったが、思うように動かない身体を自分の手で叩きながら、喝を入れる。


「クアンタは、このマジカリング・デバイスで、世界を守ったんだ……アタシにだって!」


 立ち上がり、虚力の衝撃によって吹き飛ばされたフォーリナーの先兵に、幾度も刃を振り込んでいく。

  全て浅い一撃一撃だったが、しかし動きを抑制する事は出来ている。


「トドメ――っ!」


 リンナは動きが抑制されたフォーリナーを見据えると、そのまま両足で地面を蹴りつけ、高く舞い上がった。

  空中で身体を回転させ、先兵へと右足を強く突き出しながら、叩きつける。

  その脚部に込められた虚力と蹴りつけられた衝撃によって吹き飛んだフォーリナーだったが――何か、リンナへ手を伸ばし、小さく言葉を放ったように思えた。


 小さく爆発していきながら、四散していく姿を見据え、少し訝しみながらも、彼女は深く息を吐く。


「ハァ、ハァーーっ」


 戦いにおける高揚、そして敗北するかもしれないと言う恐怖と焦りも合わさり、汗だくになったリンナは、変身を解除。

  灰色をベースにした貫頭衣の少女へと戻る事で、フォーリナーから隠れていた領民が少しずつ様子を伺いに戻りながら、遠目にリンナを観察している事を確認した。


「もう大丈夫、安心して!」


 リンナがそう声を上げても――人々は、むしろリンナへ恐怖を抱くように、そそくさとどこかへと行ってしまう。


「あ……」


 人々を守った筈のリンナ。だが、彼女を見る人々の目には、数多の感情が含まれている。

  それは、リンナに助けられた事への感謝よりも大きい、彼女個人が持つ強大な力に対する恐怖。

  人々にとっては強大なる敵である筈のフォーリナーを容易く打ち破ってしまうリンナの力を……恐れる事は当然かもしれない。

  だがそれでも、少し腑に落ちない。


「リンナさん!」


 そんなリンナの下に、一人の青年が駆け付けた。

  青年の後ろには数人の皇国軍人が、リンナの打った刀を装備した状態で連なり、リンナは苦笑と共に、青年へ敬礼した。


「お疲れ様っす、サーニスさん!」

「先にフォーリナーを倒されたのですね。何時も何時も、ご協力感謝いたします」

「いえ、今はみんなが大変な時期なんだから、アタシも出来る事をして応援しないとって!」


 リンナへ深々と頭を下げる青年は、シドニアの従者であるサーニスだ。

  今の彼は、先鋭皇国軍人を集めた対フォーリナー対策部隊の一番隊隊長と、変わらずシドニアの従者を兼任して務めている。

 先日、フォーリナー第二十三中隊襲来事件の後、シドニアとアメリアは緊急議題を取り上げ、まず率先して対フォーリナー対策法案を緊急可決させた。現在は細やかな調整作業が行われているが、概ねその時に可決された内容でサーニス達も動いている。

  法案内容は主に一部刀を装備した皇国軍人を一番隊から十二番隊まで編成して各地に駐在し、フォーリナーが現れた場合に対処を行うという簡易的なものである。

  サーニス率いる一番隊の行動拠点としてはシドニア領首都・ミルガスであるが、ミルガスは虚力の反応をいち早く感知出来るリンナが先に討伐へ動いてしまう為、ほとんど出番が無いと言っても良い。


「周辺捜索を開始! 被害状況を各自確認次第知らせぃ!」


 面を上げて声を張り上げたサーニスが部下にそう命じると、部下は散り散りになり被害状況を確認していく。


「本当にいつも、申し訳ありません。我々がもう少し、早く到着できれば良いのですが……」

「気にしないで下さいよっ! ホラ、アタシにはクアンタの残した力がありますからっ」


 その手に握る、一つのマジカリング・デバイス――それは、リンナの弟子であり、愛した人物……クアンタが散り際にリンナへと残した、マジカリング・デバイス。

  本来リンナには、災滅の魔法少女として戦う為のマジカリング・デバイスがあるのだが、最近はこちらの、斬心の魔法少女へと変身するためのデバイスを主に使用している。


「ですが……その」

「……ええ、まあ、はい。あんまり、気持ちよくは、無いですけど」


 サーニスがリンナを気遣うのは、彼女を戦いに巻き込んでいる事に、だけではない。

  リンナが戦う度に、彼女はミルガスに住まう民たちから、恐怖の視線を向けられている。

  リンナの事は既に、全領民が知り得ている。

  アメリアの公表により、彼女が元々姫巫女の末裔であり、かつて災いと戦った英雄・ガルラの娘である事も知られているからだ。


「でも、しょうがないですよ! 兵隊さんでもない小娘が、刀持って暴れる力持ってるんだから、皆が警戒するのが当たり前って言うか……そもそもちゃんと対処する部隊があるんだから、そっちに任せないといけないって、アタシも分かってるんです。……はい、分かってるんです、ケド」

「……それも含めて、申し訳ありません」


 リンナは別に、フォーリナーへ対抗するための部隊に所属しているという訳ではない。

  彼女は本来、一領民として生活するべき少女だが、その優れ過ぎる虚力探査能力によって、フォーリナーの出現をいち早く感知してしまう。

  そして、フォーリナーが出現したという事は、それ即ち、即時対応をしなければ罪の無い人々が襲われ、その身を侵蝕されてしまう可能性を含んでいる。


  そうなれば、自分だけでも早く動かなければならないと、気持ちを逸らせてしまうのだ。

  事実、先ほどの状況で領民達が一番隊への通報をするまでの間に、領民へ被害が及ぶ可能性は極めて高かっただろう。

  リンナが動いた事で、救われた命がある事に変わりはない。

  変わりはないが――やはり、命を救われた側である筈の領民達は、リンナを恐れてしまう。

  それは、力無いもの故に、致し方ない事である。リンナもサーニスも、そうして恐れる領民達を責める事は出来ない。


「サーニス隊長、被害状況確認終了しました! 近隣住民及び住居への被害は確認されておりませんが、念の為に十二小隊が現場へ駐留、警戒態勢に入ります!」

「よろし。なら残る部隊は散開!」

『了解!』


 サーニスの指示に合わせ、各部隊が現場から離れていく。

  疲れが見えるサーニスのため息に、リンナは「大丈夫ですか?」と問いかけると、彼は僅かに苦笑しつつ「ええ」と頷いた。


「リンナさんこそ、刀を打ち、災いやフォーリナーを察知したらすぐに対処をしてと、お疲れではありませんか?」

「大丈夫です! 虚力多いと、その辺の疲労回復も早いんですよ」

「羨ましい限りで――」


 と、そこでサーニスは――何か気配を感じたように、疾く背後へと振り返った。

  辺りを見渡しても、生活感の戻った領民達の姿しか見えない。

  警戒を解いたサーニスと、リンナの伺うような表情に「何でもありません」とだけ返す。


「……あ、そうだ。サーニスさん、ちょっといいですか?」

「? はい、何でしょうか」

「さっきのフォーリナーなんですけど……ちょっと、変だったというか」

「……変?」

「ハイ……感覚、何ですけど」


 どう伝えれば良いか悩むリンナの言葉に、サーニスも何かを感じ取る。

  彼女の直感力は優れている。故に彼女が何か「変だ」と言うのならば、それは通常のフォーリナーにはないおかしさがあったのだろう。



  ――そうして話すリンナとサーニスを、遠くの住居屋上から見据える二人の男がいた。


「……アレが、姫巫女か」

「どうしますか? 計画に支障を来たす可能性も」

「いや、あの程度であれば、どうとでも出来る。……【銀の根源主】の計画を阻む者は、誰であれ屠るのみだ」


 男達はそれぞれ、二十代前後と三十代前後程度の若者で、灰と埃で汚れた貫頭衣を着込んでいる。

  三十代程度の男は黒の髪の毛を逆立て幾つかアクセサリを付けており、幾分か目立つ外観をしているが、二十代程度の男は特徴と言うべき特徴が無い、質素な外観をしている。

  それぞれ恰幅も、外観も決して清潔ではない。しかしその瞳はギラギラと野心を秘めていて、その気配がサーニスに察せられそうになった時には、二人とも冷や冷やしていた。


「はぁ……はぁ……っ、きょ、教皇……っ」


 そんな二者の元へ、一人の青年が近づいてきた。

  青年は二者と異なり、綺麗な藍色の貫頭衣を着込んでいたが、しかし今は一部が破れて肌を見せている。

  肌も切り傷と擦り傷によって血を流し、あばら骨辺りは骨折している可能性もある。


「わ……私は、私は教えを全う致しました……っ! ぜ、是非私へ、より強き、神の、神の恵みを……っ」


 フラフラと身体を揺らめかせながら、青年が教皇と呼んだ男に近づくと、もう一人の男が「くれてやれ」と命じた。

 青年へ、教皇と呼ばれた男が何か銀色の結晶を与えると、それを手に取り頬に涙を流しながら膝をついて「ありがとうございますありがとうございます……っ」と絶えぬ礼を尽くす。

  そうしている内に、二者はどこかへと去っていく。


  青年は誰もいなくなった住居屋上で――ただ一人礼の言葉を唱え続けるのである。
しおりを挟む

処理中です...