魔法少女の異世界刀匠生活

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最終章

クアンタとリンナ-15

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「何か、さっきリンナちゃんとアルちゃんが言ってた言葉が、私の胸にも突き刺さるわぁー」

「オメェ、現実に嫌気さして根源化の紛い物とか言うヤツ開発したワケだしな」

「うー、言わないでよイル姉さまーっ」


 脇差を抜き放ちながらフォーリナーを切り裂いたカルファスと、ただ敵を殴りつける事しか考えていないイルメールの拳。

  イルメールに殴り飛ばされたフォーリナーは地面を転がったが、追撃と言わんばかりにサーニスが胸を斬る。


「シドニア様、お背中お借りします!」

「君なら構わん、行けサーニスッ!」


 サーニスと背中を合わせるシドニアが笑みを浮かべながら、強く上段から刀を振り込んで一体のフォーリナーを切り裂くと、サーニスがシドニアの背中に手を付けて飛び越しながら、一瞬の内に奥からシドニアへ迫ろうとする二体のフォーリナーを叩き切る。


「姉さん!」


 サーニスが刃を引きながら声を上げ、ワネットに声をかけた。

  小さな爆風から転がるように、フォーリナーの残骸と同化していた信者達が倒れ込んでいる光景を見据える。

  戦いの中ではそうした彼ら、彼女らに気を回している余裕は本来ないが――ワネットが、アメリアの手を引きつつ、一人ひとり丁寧に鋳造所の外へと引きずり、避難させる。


「信者達は問題無いわ! 思い切りやりなさい!」

「助かる!」

「それと別に普段から姉さんと呼んでも良いのよ?」

「それは私も同感だぞサーニス」

「むしろサーニスは何故に普段ワネットを姉と呼ばんのじゃ?」

「……なんか恥ずかしいからですっ、もう職務中は呼びませんっ!」


 顔を赤くしながら刃を振るったサーニスと、笑みを浮かべながら彼の背を守る様に刃を振るうシドニア。

  そんな二者を狙おうとするフォーリナーを、豪鬼の重力操作が止め、餓鬼が飛び蹴りを叩き込んだ。


「豪鬼、アンタ超楽してない!?」

「バカ言うな、重力操作は思考と虚力を酷使するんだぞ!? 楽してるかどうかならお前の方が楽しているだろう!?」

「アタシの炎だって虚力使ってんだよッ!?」

「良いから二人とも信者の者共を殺さぬようにだけ気を付けい!」

「「戦えないアメリアにだけは言われたくないっ!」」


 数分前までは劣勢に立たされていた筈のシドニア達だったが、今まさにシドニアとサーニスが振り込んだ刃によって、フォーリナー化した信者達が全て倒されていく。


『くそ――くそぉっ!』


 まるで地団駄を踏むかのように、声を上げて両足で地面を踏みつけながら、今クアンタとアルハットが振り込んだ刃をはじき返すガンダルフ。

  滑るようにして後退した二者は、その背を抑えるリンナによって留まり、三者が横並びとなって、彼を睨む。


『貴様らには全ての民が公平に幸せを享受できる世など作れまいッ! しかし、フォーリナーであれば出来る、根源化ならば出来る!』

「……うん、そうかもしれない。それはアタシ等にも否定は出来ないよ」


 リンナが如何に強大な力を有し、人々に恐れられる力を持つけれど――しかしリンナが持つ力は、あくまでフォーリナーや災いと言う脅威に対抗する為の力でしかない。

  全ての人類に平等な幸福を与える事など、リンナにとっては難しい――否、決して出来ぬ夢でしかない。


「でもアタシは、根源化なんてイヤなんだ」

『何故否定する!? リンナ、君は愛するクアンタとて、一度失った! こうして蘇った彼女が、何時また朽ちるとも限らない!』


 クアンタへ指を突き付けたガンダルフの言葉に、リンナも「うん」と、頷く。


『クアンタもそうだ! 貴様が愛するリンナは、いずれ寿命によって朽ちる! 命が絶えてしまう! 君はそれを受け止める事が出来るのか!?』

「それは、私にとっても定かではないな」


 ガンダルフの叫びは――命乞いでも無ければ、この場を収める為の言い訳でも無い。

  彼の純粋たる願いだ。

  彼は、自分にあった幸せがいずれ朽ちてしまう恐怖を知っている。

  だからこそ、幸せを与えられる事も、失われる事も無い根源化に希望を抱いた。

  その願いを何故否定されなければならないのか――彼はそれを嘆くのだ。


『アルハットも、イルメールも、カルファスも、今はこうして肩を並べて戦う者たちと、その永遠の命を有するが故に、別れる時が何時か来る! それを嘆く事が無いと言い切れるか!?』

「言い切れないわ。というより、わんわんと泣くでしょうね……大好きな家族やリンナ、クアンタを失って、嘆かない筈もないわ」

「そんなの当たり前っていうか……まぁ、私はだからこそ、一度は根源化を望んだし、分からないワケじゃないよ」

『そうだ、根源化を果たせば、そうした失う恐怖からも解放される! この先どれだけあるか分からない、与えられる喜びを享受するよりも、失う事の恐ろしさを考えれば、私の考えが間違っていないと分かるだろうっ!』

「ううん。……少なくとも、アタシにとっちゃ間違いだ」


 隣に立つ、アルハットとクアンタのスカートをそっと握る、リンナが小さく呟くように声を出した。


「アタシは、例えいつかお別れしちゃうとしても……アタシのままで、皆と一緒に居たい」


 スカートを掴むリンナの小さな指を、クアンタとリンナも触れて、そっと指と指を絡ませる。


「いつか失われちゃう温もりかもしれない。でも、アタシは一秒でも長く、こうして触れ合って、温もりを感じたい。一緒の存在になっちゃったら、それがもう出来ないんだ」


 触れ合った指から、虚力が伝わり――クアンタやアルハットから向けられる、リンナへの想いを感じる。


  ――リンナとこうして触れ合っていたいと願う、アルハットの想い。

  ――もう二度と放したくないと願う、クアンタの想い。


  そうした願いを感じて、リンナは真っすぐに前を向く。


「そう願うアタシにとっちゃ、フォーリナーになる事は、ただ銀色の塊になる事と一緒なんだ。だから――アンタの理想を、アタシは受け入れる事なんか出来ないッ!」


 強く言い放つ彼女の言葉を、ガンダルフは詭弁と言う事が出来たかもしれない。

  しかし、彼は口を開こうとしても――言葉を放つ事が出来ないでいる。

  彼女の身体から放たれる虚力が、流体金属を刺激し、その虚力から伝わる感情が思考を乱すからだ。


「だからアタシの前にアンタらが立ち塞がる限り、何度だってアタシはアンタらを倒す!



 アタシが――アタシ達が掴みたい幸せを守る、魔法少女であり続ける為にッ!」



 リンナから溢れる虚力が、指を伝ってクアンタとアルハットに宿り――彼女達は、拳を握り締め、彼女から与えられた虚力を、一点に集中させる。


「行くよ、クアンタ、アルハット!」

「ああ、二人と一緒なら」

「私たちはどんな相手だって、負けない」


  強く踏み込み、それぞれが一撃ずつ。

  アルハットがガンダルフの腹部へ。

  クアンタがガンダルフの胸部へ。

  そして――リンナが強く地面を蹴りつけ、その顔面に拳を叩き込んだ事により。


  ガンダルフ・ラウンズという男と同化した、フォーリナーの機能が、停止する。



  飛び散る火花と、同時に朽ちていく流体金属の塊。

  爆発と共に四散する輝きを背後に受けながら、リンナ達……魔法少女の三人は、変身を解除するのである。

  
  
  地面に転がるガンダルフの身体は、痛ましい傷を所々に受けていたが、しかし死亡してはいなかった。


「は、っ……はぁ……っ」


 痛みに耐える事が出来ず、悶える彼の身柄を拘束するのは、災いである豪鬼と餓鬼の二人。


「皇帝陛下サマ、コイツはじゃあ捕らえちゃって良いんだよね?」

「ああ。彼が【銀の根源主】と関与していた証拠も、フォーリナーの残骸を違法に横流ししていた証拠も既に十分と言っていい程に揃っているからな」


 カルファスより貸し出されていたスマートフォンを取り出し、写真を表示するシドニアに、サーニスとワネットが問いかける。


「そもそも、何故シドニア様方がこちらへ?」

「カルファスに頼まれてな。ガンダルフが今回の件に関わっている証拠を、この端末で撮影しろ、とね」


 色々と状況証拠を積み重ねていけば、ガンダルフが銀の根源主を実質的に統べるリーダーである事は容易に想像できた。

  その上で今回の現場にガンダルフが訪れているか、それは一種の賭けであったが――しかしシドニアもカルファスも、アメリアも含めて「ガンダルフは現場にいる」と確信していた。


「これまでガンダルフは、後方で支援する立場であるべきにも関わらず、アルハット領技術管理事務局への職員斡旋等、自らが動いて対処をしていた――つまり、私たちと同じく、部下に任せて動く事に対し消極的な人間であると推察できた」

「ガンダルフは優秀であるが故に、他者へ任せて不確定要素を持つ事を嫌った。……吾輩やシドニアと考えが似てるからこそ、こ奴が現場レベルにも訪れ、指揮を執っておると確信できたわけじゃな」


 そうして、ガンダルフを捕らえる事が出来たのは幸いだったが――しかし、懸案事項はまだ存在する。


「既に、銀の根源主を信仰する人たちは多く、このレアルタ皇国に潜伏している。今後、残党はガンダルフが作り上げた下地を基に行動を開始する可能性も十二分にある」

「宗教の厄介な所じゃな。頭を潰したとして、頭はあくまで神の代弁者じゃ。どれだけでもトップを据えて、再建を図る事じゃろう」


 これからも、このレアルタ皇国には多くの問題があって、それを全て解決する事は難しいだろう。

  銀の根源主を信仰する残党。

  第二十三中隊が残した残党のフォーリナー。

  虚力さえあれば、幾多にも存在し得る災いという脅威。


  ――そして、人間という存在が持つ欲望や願望、そこから生み出される悪意。


  こうした問題が積み重ねられる中、僅かにため息をつくアメリアとシドニアに――カルファスが笑いながら「大丈夫だよ。きっとね」と、楽観的な声を上げる。


 その視線の先には……三人の少女が。


「じゃあクアンタ、帰ろっか。アタシ達の家に」

「ああ、そうだな。久しぶりにお師匠の料理が食べたい」

「アルハットもおいで。泉に帰る前に、アタシのご飯食べてってよ!」

〔そうね。じゃあお邪魔しようかしら〕


 再会を喜び、慈しみ――笑い合う三人の少女を見据えて、皆が微笑む。

 本来なら、事態に関わった彼女達にも色々と証言を聞かねばならないし、早々に帰せる筈も無いのだけれど――誰も、何も言わない。


「あの子達が、この世界を守りたいと思ってくれる限りは……人間もまだまだ捨てたもんじゃないよって事の証明だから」


 手を繋いで去っていく三人の姿が消えるまで――皆は彼女たちの背を見据えていた。

  
  長きに亘るレアルタ皇国に訪れた戦いは、今日この時を以て、終わりを告げたのだろう。
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