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第一章

城坂織姫-09

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 彼女――AD総合学園の二年Aクラスに所属する少女・神崎紗彩子は、AD学園が有する治安維持を目的として設立された組織【武兵隊】の隊長である。

  武兵隊は主に、訓練用ADを用いたイタズラや悪行を行う生徒を、同じくADを用いて鎮圧をしたり、(通常有り得ない事ではあるが)AD学園がテロや戦争等に巻き込まれた場合、学園島の防衛任務に参加出来る権限を持つ、城坂聖奈学園理事長直属の治安維持組織だ。


  武兵隊用訓練グラウンドのど真ん中で【秋風】に搭乗したまま、紗彩子は心を落ち着かせ、ある人物を待っている。

  全ては、このグラウンドを荒し、そして乙女としての自覚を失っている少女――城坂織姫へ、正義の鉄槌を下す為である。


「来ましたね」


 彼女が搭乗する秋風の眼前に、一機のAD兵器が飛来する。城坂織姫が駆る、秋風だ。


『さあ、やろうぜ』


 頷き、紗彩子は目の前の機体が装着するプラスデータを確認し、フッと嘲笑った。


「高機動パックでよろしいのですか?」

『むしろお前も、高火力パックでいいのかよ。怪我するぞ』

「心配無用です。むしろ私は、あなたが怪我をしないように配慮をしなければなりませんね」


 秋風には、主に三つのプラスデータ――バックパックが存在する。

  一つは紗彩子機が装備している【高火力パック】である。背部に機体の全長とほぼ同等程度の大きさがある【115mm滑腔砲】を装備し、脚部に外部装甲を装着する形である。

 その追加装甲の重量故に速度は低下する為、後方支援用のプラスデータと言わざるを得ないが、彼女はこの【高火力パック】を用いて、二年生でありながら武兵隊隊長にまでのし上がった。


  対して城坂織姫が駆る【高機動パック】は、確かに空中滑空が可能になる他に、全体的な速度が底上げされる、汎用性高いプラスデータである事は間違いない。

 だがそれ故に、使う者の技術が重要視される。言ってしまえば『器用貧乏』なプラスデータだ。元々持たれている汎用性が広がった所で、個性が無いだけだ。


  ――Cランクの、未熟なパイロットごときに、負ける筈がない。


  彼女は笑みを堪えながら、今回のレギュレーションを説明し始める。


「どちらかが負けを認めた段階で終了です。もしくは相手が気絶してしまった場合など、続行が不可能と判断された際も、勝敗は決します」

『オーケーだ。行動範囲は?』

「このグラウンド、半径二百メートルに及ぶ全域となります。空中への滑空は構いませんが、あの校舎以上の高さへと上昇する事は、とりあえず無しにしましょう。その辺りの判定は曖昧に致しますので、ひとまずレギュレーションを守ろうとする心意気だけお見せ下さい」


 四階建ての校舎を秋風で指さし、織姫も確認をした所で、それを認めた。


『異論は無いぞ』

「では――十秒後に始めましょう」


 互いの機体に搭載されているタイマー機能を利用し、十秒後に開始の合図が鳴るように設定させる。

  その間、紗彩子は対面の機体をよく観察する。見た所、何の変哲も無い秋風である。追加装備が成されている様子も無い。


  ――いや、待て。どこかおかしい。


  変哲もない。そう、あまりに『なさ過ぎる』。

  紗彩子は自身の秋風が装備する115㎜滑腔砲がきちんと装備されている事を確認しつつ――今一度織姫の秋風を見据えた。


(武装が、無い……?)


 手にも、秋風の武装ラックにも、装備が成されている様子が無い。胸部CIWS位はあるのだろうが、秋風の装甲に採用されているT・チタニウム装甲に対してCIWSではあまりに貧弱過ぎるし、衝撃を与える程度にしかならないので、有効判定にはなり得ない。


「あなた」


 言葉を投げかける最中で、試合開始のブザーが鳴り響き、織姫機が動いた。

  織姫機は一度膝を曲げると同時に強く地面を蹴り、空高く舞い上がると同時に、両肩部の電磁誘導装置が機体を制御し始めて、空中で姿勢を維持させた。

  紗彩子は、一瞬の動きに少々驚きを持ちながらも115㎜滑腔砲の砲身を、織姫機へと向けた。

  脚部の踵から鉤爪が展開されると地面に突き刺さり、紗彩子機の機体を固定。照準を定めた上で、引き金を引く。


  発砲。辺り一面に広がる強烈な破裂音と共に、滑腔砲の砲弾が織姫機へと高速で駆けた。

  砲身から予め着弾地点予測を立てていた織姫機が、身体を逸らしながら避け切ると、背部スラスターを稼働させ、紗彩子機に向けて突撃を開始。

  次弾装填しつつ、鉤爪の展開を解除。今度は狙いを定めず、自身の機体前方への牽制を意味した発砲。疾くと空を駆ける砲弾を、今度は急激に降下を行いながら大雑把に避けた織姫機は、勢いよくグラウンドに手を着きながら着地の衝撃を殺しつつ――腕部をバネとしながら、再び宙へと舞った。


「何と――しなやかな操縦!」


 字面にすれば何とも分かりやすい行動。だが秋風は素体だけでも約二十数トンの重量を持つ。

 その重量を支えつつ、腕部だけを用いた跳ね飛びなど、パイロットスキルと機体の整備が行き届いて無ければ出来ない芸当である。本来なら腕の関節部から異常を起こしても不思議ではない。

  跳ね飛び、紗彩子機後方へと着地した織姫機は、腕部を自身の後部に横薙ぎし、紗彩子機の頭部を殴りつけた。


「ぐ――ぅっ!」


  走る衝撃。それと共に揺れ動く紗彩子の身体。シートベルトで固定された身体を、マニピュレーターを強く握りしめながら堪えた紗彩子は、乱暴に滑腔砲の砲塔を振り回し、織姫機から距離を取ろうとした。


  ――が、その直前には、織姫は既に機体をしゃがませつつ、両腕で地面に触れながら右脚部を地面スレスレで振り込んで、紗彩子機の脚部を強く殴打した。


  前面に倒れ込む紗彩子機。左手で衝撃を殺しつつ、地面に転がって上空を見据えた。

  機体センサーが、暴風を観測。カメラ全体を覆う砂嵐。何があったかを認識しようとした所で――

  センサーに映る織姫機の反応が、自身の上空にある事を察した。カメラから、砂嵐が消え去ると、その姿が見える。


  いつの間にか。そう、いつの間にかである。

  織姫機は、紗彩子の機体上空で滞空していた。この短時間に、滑空しか出来ぬAD兵器を、上空まで舞わせる方法は――一つしか有り得ない。


「トリプルD――ッ!」
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