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第三章

雷神プロジェクト-02

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 既に十七時の夕方。明宮 哨(みはり)は一人で、織姫に与えられた訓練用の秋風を、昼頃から整備していた。

  授業に出る必要が無い、というのが理由の一つだ。

 既に哨は、高等部三年間で取得しなければならない資格――機体整備資格・国際AD操縦免許・実用英語検定二級の三つを既に取得している。

  機体整備資格は、その名の通り機体を整備する国家資格の事で、これで民間の整備企業への一発合格間違い無し、あわよくば軍で整備士として働く事も可能となる。

  国際AD操縦免許は、織姫達パイロット科の生徒も取得している「AD兵器を操縦する為の免許」だ。これは中等部在学中に取得する事が義務付けられているし、織姫は四歳の頃から取得している。整備する側にも、操縦者としての知識が必要とされる、という事だ。

 実用英語検定も、実用的な英語を話せるか、という名前通りのものだ。事実彼女は、物心ついた時からアメリカに居た織姫と英語で会話する事も可能である。国際社会で今後は他国の整備士との交流も考えられる為、こうした英語技術の取得も考えられているのだ。

  これら三つを既に取得している哨が授業に出る必要はない。そう教師から言われている為、哨は気兼ね無く授業中に機体の整備に明け暮れていた。


「あー……時間忘れて弄り過ぎた」


 機体とコンピュータを繋ぎ、中のプログラムと機体関節にダメージが無いかを演算する。

 その間にOMS設定数値を弄れないかどうかを試したが、やはり自分にはこれ以上弄ることができず、そのまま設定を終わらせた後、機体内部の修繕を行っていたら、夕方になってしまったのだ。


「姫ちゃんって、かなり関節や筋肉繊維に負担掛かる使い方するよねぇ……まぁ、しょうがないか、反応度を限界まで下げてるし」


 整備する側としては、機体を弄る時間が増えて楽しいのだが、こうも損傷が激しいと、いずれ改修データを閲覧した高田重工から扱い方で注意を受ける事になりそうだと、彼女は思った。


「……別にキャパシティ内で無理をさせて、これ程負担掛かるとも思えないんだけど」


 秋風という機体は、いくら操縦者の反射神経・操縦能力が高くとも良いように様々な工夫がなされているし、AD兵器に搭載された並列処理チップの能力にも過剰と言える程の十分な余裕を持たせている。おまけにマニピュレート反映能力においても、過去の機体とはまるで違う。

  だが、織姫はそれで足りないと言うのだ。自分の手足のように動かすためにはと言って、この調整値を可能な限り限界まで下げている。

 事実、彼は反応度及び反映度が汎用性高い設定にした時に、降下処理に失敗した経験があるし、アメリカで受けた編入試験の際には用意されたFH-26のOMS設定が合わない状態でテストを受け、成績を残すことが出来なかった為、Cランクに位置づけられてしまったらしい。


「設定が芳しくないのは分かるんだけど、これ以上下げる事が出来ないって言うとねぇ」


 少し困った事になる。もう少し秋風のスペックを引き上げることが出来れば、織姫はもっと強くなるはずである。

  だが秋風の改造には高田重工の許可を得なければならず、以前スペックアップ申請を出した時には、十五年の申請結果待ちと言う返答が来たのだ。それではあまりに遅すぎる。


「姫ちゃん、不出来なボクを許してね……」


 小さく、今この場にいない彼へ謝った、その時だった。

  哨の首筋に、何か冷たい物が当たり「ひゃうっ!?」と驚きの声を上げ、急ぎ立ち上がる。振り返ると、そこに居たのは。


「……何か用? お姉ちゃん」

「冷たいわね。頑張っている妹に、ジュースを差し入れてあげようと思ったのよ」


 明宮 梢(こずえ)だ。哨の姉にして、生徒会の副会長も務める、数少ないOMS科所属の天才――哨が、追いつこうとしている女性だった。

 手に持っているのは、購買で売っている値段高めのオレンジジュースだ。キンキンに冷えた缶ジュースであり、先ほど首筋に当たった物は、それだろう。


「……ありがと」


 ジュースを受け取り、整備道具のすぐそばに置く。そして再び椅子に腰かけ、織姫機の関節修理を最終段階に入らせる。


「で、何の用? ジュース差し入れだけだったら、もう帰ってくれない?」

「それだけだと思ったの? 相変わらず抜けてるのね。私の妹のくせに」

「っ!」


 キッと睨んで、手に持つタブレット端末を危うく握り壊してしまう所だった。


「なら早く言ってよ! ボクだって暇じゃないの!」

「怒らないの。別に大した用はないけど、一応了承を取っておこうと思って」

「なに」

「城坂織姫君の、OMS設定数値がほしいの」

「やだよ」


 突っぱねると、梢はヤレヤレと言った面持ちで、頭を下げる。


「前は悪かったわ。貴方がOMSに乏しいとは思って無かったのよ。バカにしてごめんなさい」

「人の傷口えぐりに来たんなら、早く帰って」


 三年前、中等部の頃である。OMSの設定数値が良く分かっていなかった哨は、OMS科に所属するこの姉に、相談を持ちかけたのだ。

 その際、梢に言われた「本当に才能がないのね。辞めたら?」という言葉が妙に心に来て以来、哨は姉に対して良い感情を抱かなくなっていた。


「大体、パートナー契約結んでるパイロットのデータなんて、簡単に渡せるわけないでしょ?」


 武兵隊や生徒会に与えられている生徒の個人情報をある程度閲覧できる部分とは違い、OMSのデータは機密条約の部分にも触れている。むやみやたらと他人に見せるものではない。


「よかった。その程度の知識は身に付けたようね」

「あのさ……!」

「冗談よ。ほら、ちゃんとAB社からの依頼よ。次世代型OMSの開発に際して、優秀なパイロットのデータが欲しいんだって」


 USBメモリでデータを貰い、それを読み取る。大手国内OMSメーカーである、アストレイド・ブレイン社――通称AB社の文書データを発見する。

 内容はAB社が持つ権限で機密条約上の受け渡しが問題がない事を示すものであり、それを見た哨は、グッと悔しい思いを堪えながら、OMSのデータをコピーしていた。


「……五分待って」


 先ほどのメモリにコピーを開始する。データ量が膨大な為に時間がかかるし、特にCランク格納庫に与えられる整備用コンピュータの転送速度では、この時間が限界だ。


「はい」

「ありがとう。あとコレ」


 データの入ったUSBを受け取ると、梢は一枚の書類を、彼女に差し出した。


「何これ」

「AB社への入社推薦状よ。貴方に渡しておくわ」

「なんで」

「貴方、本当にバカなのね。貴方の技能を買うと言っているのよ」


 何時もの姉らしからぬ発言で、哨は彼女の表情を見据える。


「私が既に、AB社の内定を頂いているのは知っているわね」

「うん」


 聞きたくは無かったが、有名であるAB社の内定を、在学中に取得するというのは珍しい話だ。自然と哨の耳にも入ってくる。


「その際に、優秀な技師を推薦するようにあちらから言われたのよ。で、貴方を推そうと思っているわ」

「……ああ、分かった」


 言葉の真意を知り、哨が溜息をついた。


「お姉ちゃん、そこいらの技師嫌ってるもんね。そりゃ、ボクしか知らないよ」

「良くわかったわね。まぁ、私の将来の為に、推薦されてくれない?」

「ありがたく断っとくよ」

「……そう」


 少しだけ落胆したような面持ちをしながら推薦状をカバンに戻した梢は「後悔しても遅いのよ?」と念を押した。


「ごめんね、ボクAB社嫌いなの」


 正確には、OMSを開発する企業が嫌いなのだが、哨はその事を教えず、きっぱりと断った。


「ふむん……まぁ良いわ。誰かその辺の奴にあげればいいだけだし。だけどあなた、軍属になりたい、とか言わないでしょうね」

「お姉ちゃんには関係ないじゃん」

「あるわ。軍属となればお母様の所まで話が行く。そうなればあなたも私も、お母様に縁を切られる事になる。AB社でなくてもいいから、戦場に出る事の無い企業技師になりなさい」

「なんでそんな事、お姉ちゃんに決められなきゃならないのさ。それに愚痴はお母さんに言ってよ。ボク知らないもん。……勘当だろうが何だろうが、好きにすればいい」

「哨っ!」

「……散々ボクの事バカにして、コケにして、それで自分の言う事聞かないからって怒鳴らないでよ、バカ姉ッ!」


 誰もいない格納庫に、二人の叫び声がこだまする。

 二人は、真っ赤に怒った顔で数十秒睨み合った後、梢が「ふんっ」と鼻を鳴らしながら、格納庫を後にした。
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