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第四章

愛情-06

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「――間に合った」


  オレが小さく呟くと、ディエチは神崎機の眼前で宙を舞った。

  ソイツにとっては、一瞬の事だったろう。

 ダガーナイフを構えて神崎機に攻撃を仕掛けていたディエチの腹部を、オレの秋風が蹴り付けて、巨体をブッ飛ばしたのだから。


「大丈夫か、神崎」

『――なぜ』


 息を呑む、神崎の声。


『なぜ貴方は、来るなと言っても、来るのですか。貴方は平和な世界で、生きるべきなのに』

「そういう問答は、戦いが終わってからだ」


 神崎の無事を確認した後、オレは視線を先ほど蹴り付けたディエチに向ける。

  衝撃で少しだけ、動きの訛ってるそのディエチ。敵はダガーナイフを再び構え直して、オレの秋風に接近する。

  だが遅い。ダガーナイフの動きを完璧に見切り、攻撃を避けると、膝で腹部を蹴り上げた後に、拳を顔面に叩きつける。

 動かなくなったディエチを端目に、残った三機のディエチへ、駆ける。

 トリプルDと、背部スラスターの高機動を活かして接近するオレの秋風を、ディエチらはどういう目で見ているのだろう。

  考えている間に、神崎の秋風も動いていた。

 オレの秋風が、前面に展開していたディエチを蹴り飛ばすと同時に、神崎機が装備していた滑腔砲が命中し、機体を爆散させていく。最後の姿を見届けながら、神崎も機体を動かした。


「行くぞ」

『不本意ですが――仕方ありませんね』


 神崎機が、CIWSをばら撒きながら残る二機を牽制する。

 その間にも、ディエチの持つガトリングガンが火を噴いているが、銃口は全て、オレの秋風に向けられている。


  ――機体ダメージが大きい神崎機を危険に晒せないとするオレが、自身を顧みずに接近しているためだ。


『貴方は本当に、背負わなくて良い事まで背負おうとする!』

「良いだろ別に! お前に迷惑をかけてるわけでも、なし!」


 ディエチの一機へ、オレの秋風が腹部に蹴りを入れる。後に神崎機がいつの間にか奪っていた、ディエチの装備であるサブマシンガンの引き金を引いて蜂の巣にし、それを撃墜。


『かけています! 私は貴方のような者を守る為に居る武兵隊の人間です! その私が――貴方に守られている!』

「良い事だ。お前だって女の子なんだから、俺に守られる位、女の甲斐性ってのを見せてくれよ」

『ここで男女の違いを説くのですか!? 女性のような外見をしながら、貴方が!』

「今それ関係ないだろ!?」


 残る一機がネックだ。残る一機は警戒心からオレの機体と距離を取り、サブマシンガンを構えてその引き金を引いている。

 攻撃を避け接近しようとするも、それを許さないディエチ。

 そんな中――神崎が『全く!』と声を上げた。


『貴方は本当に――手のかかるお人です!』


 神崎の秋風が、プラスデータの外部装甲を全て取り外したと同時に、背部スラスターを吹かせて、ディエチに急接近する。

  今まで援護しかしなかった神崎機に焦りながらサブマシンガンを動かし、銃口を彼女の機体へと向けた瞬間、オレも動いた。

  砲身をオレの秋風が蹴り飛ばし、隙の出来ると、神崎機が腕部スリットに隠されていたダガーナイフを取り出して、腕部と脚部を全て切り落とした。


  敵機は、全て沈黙。オレと神崎の機体が、カメラ同士を向け合った。


『――でも、そんな貴方だからこそ、私は、好いてしまったのですね』

「え……」

『不器用な貴方を、感情的になる貴方を、誰かの為に戦える貴方を、私は愛してしまったのです。――一人の、女として』


  しばし、沈黙があった。神崎の思いを、オレははどう受け取っていいものか――そう考えていた所で。


『……何さらっと告白してんのさアンタっ!』

『いたっ』


 小さく乾いたビンタの音と同時に、神崎の痛がる声が聞こえた。


「神崎? どうした」

『何をするのです楠さん!』

『何じゃないでしょ!? どさくさに紛れてお兄ちゃん口説こうとしないでよ!』

『あ、貴女に指図される筋合いはありません!』

「うんと。よく、わかんねぇけど……楠は、他の奴の前で賢そうに振る舞うの、止めたのか?」

『あ』


 楠の、やってしまった、みたいな声。だが彼女は次に溜息をついた上で『そうだよ、お兄ちゃん』と肯定した。


『それよりお兄ちゃんに、話さなきゃいけない事があるの』

「話さなきゃ、いけない事?」

『なぜかお兄ちゃんが知っている、雷神プロジェクトの事。多分、お兄ちゃんが聞いたプロジェクトの内容は――』


 楠の放つ言葉の途中で、二つの、接近警報が流れた。


「敵の増援!?」

『いえ、二機共秋風――会長補佐の秋風と、生徒会会計、村上明久さんの機体です』


 カメラでそれを識別する。会長補佐である久瀬良司先輩の操る、フルフレームを搭載した秋風と、プラスデータを何も身に着けていない村上の駆っている筈の秋風が――


 なぜか、その双刃とダガーナイフを用いて、斬り合いながらこちらへ来る。久瀬先輩のフルフレームが、少しだけ圧され気味だ。


『神崎か、早く逃げるんだ』

『何が――その機体には、一体誰が!』

『敵パイロットだ。村上は無事だが機体を奪われた』


 空中で滑腔砲を放ちながら、敵の秋風を牽制するが、砲身から弾道の進路を予測していた敵秋風はそれを避け、ダガーナイフを再び振り切る。右腕部に受け、切り裂かれたフルフレームの腕部。


  鮮やかな手腕、軽やかな動き……それは、どこかで見た事がある。


「……まさかっ!」


 嫌な予感と共に機体スラスターを吹かしながら、謎の秋風に接近戦を仕掛ける。

 右腕部を思い切り振り下ろしながら敵機に殴りかかると、その機体は両腕でオレが放った右腕部を受け止めた上で、脚部を腹部に突き付けてきた。


「っ――!」

『ははっ、オメェはズイブン動くじゃねぇの!』


 少しだけ覚束ない英語の発音、気味の悪い声、そして――洗礼された操縦技術。

  身に覚えがある、どころではない。オレがこの世で最も恐れる、最強最悪のパイロットだ!


「やっぱりお前か――リントヴルムっ!」

『……オリヒメ? オメェ、オリヒメか!』


 互いに、機体の出力に任せた強引な体当たりと共に一度距離を置くと、オレとリントヴルムの駆る秋風は、右腕の拳と拳をぶつけ合った。


『ハハッ、ビックリしたぜェ! てっきりライジンとやらに乗ってるもんだと思ったからよぉ!』

「、お前がなぜ雷神の事を!」

『TAKADA・UIGをちょいと突いた時によぉ、ライジンプロジェクトっつーバカみてぇなおとぎ話を知っちまってな! ソイツを奪うように命令受けてんだ!』

「ならなぜ、このAD学園を襲う!? TAKADA・UIGで秋風の情報も雷神プロジェクトの情報も、大量に盗めたんだろ!?」

『知らねぇのか。ライジンとやらは、ココにあるんだとよ!!』

「な」

『動きがぬりぃ――っ!』


 脚部スラスターを一瞬吹かしたリントヴルム機が、右脚部を思い切り振り上げ、踵落としをオレの機体――肩部に思い切り叩きつけ、胸部から地面に叩きつけさせる。

 左脚部を強引に振り回しながら、がら空きとなったオレの機体に向けて、脚部を振り落した。

 まるで砲弾が直撃したように、叩きつけられる脚部の衝撃が、オレの全身を襲う。


「がぁ……っ、!」

『同等の機体に乗りゃ、オレの方が一枚も二枚もウワテ、って奴だぜ』


 最後に、オレの機体をグリグリと踏みつけながら勝ち誇ったリントヴルムは、隙を見逃さないと言わんばかりに左腕部で短剣を構えたフルフレームの攻撃を迎撃した。


『神崎! 城坂君を安全な場所へ!』

『で、ですが!』

『僕達の仕事は、生徒の安全を確保する事だ! 役割を忘れるなっ!!』


 彼の言葉に、神崎は一度息を呑みながらコックピットを開き、オレの機体眼前で立ち止まった。


「織姫さんっ!」

「たく……ごふっ、カッコ悪いな、オレ」


 何とか無事だ。機体をとりあえず仰向けにさせて、コックピットハッチを開け放ち、その機体から這い出たオレは、神崎の機体へと乗り込んだ。


「お兄ちゃん、大丈夫!?」

「大丈夫だ。――それより、神崎」

「はい、逃げます。……あなた方の安全を、まずは守らなくては」


 神崎が操縦桿を握りしめ、駆ける。

  リントヴルム機とフルフレームの攻防は、まだ後方で続けられていた。
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