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第十章

過去の遺産-09

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 プロスパーには、非番の兵士や来客者が酒を飲む為のバーが常設されており、普段はそれなりの賑わいを見せている筈だった。

  しかし、今は三人の客しかいない。

  ガントレット、霜山睦、城坂聖奈だ。

  ガントレットはウォッカを、睦はハイボールを、聖奈はカルーアミルクを注文し、それぞれ飲んでいる。


「セイナはもうADパイロットとして働かないのか?」


 ガントレットの問いに、聖奈はクスクスと笑いながら「そうですねぇ」と、黙々とカクテルを作り続けるマスターの腕を見ながら、答える。


「正直、もう一機雷神があればなぁ、と考える事はあるんですけど」

「あったとして、貴方に雷神は動かせませんよ」


 ハイボールを一口飲んだ睦が、マスターの用意した唐揚げに手を伸ばす。聞くとマスターは日本でハイボールのCMを見てから、ハイボールのつまみに必ず唐揚げを出しているらしい。


「でも、私はいつも安全な場所から、姫ちゃんや楠ちゃんを応援し続けるだけって感じで。そろそろ戻ろうかなぁ、とは考えているんですよ」

「セイナがADパイロットとして戦線に復帰するだけで、あの小童共の生存率は格段と上がるだろう」

「そう、ですよね。……あー、酒に酔った勢いで、復帰宣言しちゃおうかなぁ。確かに、秋風は楽しかったんだよなぁ……」

「何せ、秋風採用テストのパイロットでしたものね」


 聖奈はかつて、防衛省から高田重工の技術開発局へ出向し、秋風の開発に携わった。

 とはいっても彼女が携わったのはあくまで戦場における有用性意見とテスト、更には五機のポンプ付きを相手に秋風一機で戦うという、防衛省の秋風採用テストに参加し、勝利した事だけだ。

  だからこそ、彼女は秋風を最良のAD兵器として考えているし、何より父の遺したADという発明が最良の兵器システムだと認識していた。

  そんな彼女と度々対立していたのが、ガントレットだ。

  聖奈は元々織姫を育てていた彼に不満を覚えていたし、更には「ADなんぞは戦車で立ち入れない戦場でしか役立たん」とする意見にも真っ向からぶつかった事もある。


  だが、ある時を境に、彼女はADに乗らなくなる。

  それが、四年前のAD学園の理事長就任である。


  雷神プロジェクトを推し進める為、学園における立場確立も勿論理由の一つではあるが――しかし彼女は、子供が好きだった。

  未来ある若者を育て、その背中を叩き、立派な大人になっていく子供たちを見る事が好きだった。

  一番最初に目を付けたパイロットは二名。

  久世良司と、天城幸恵だ。

  二名の才能は素晴らしく、彼女は二人ともを生徒会へ招き入れ、是非雷神プロジェクトへと考えていたが、しかし幸恵が天敵だった。


『貴女はもし、武器を持たないADが存在するとしたら、どう思う?』

『パイロットに死ねと仰っております?』


 いつも温和で優しい態度を崩さない幸恵がそう言ったのだ。

  彼女は基礎という基礎を極めた少女だ。

  兵器システムという「引き金を引けば銃弾が発射される」という当たり前のシステムを有効活用する事のみを考える。この辺りは、ガントレットに近い考え方だし、その意見は正しいものだ。

  そして良司に尋ねた時は、こうだった。


『武器を持たないAD兵器ですか。面白い試みだとは思いますが、現実的ではないでしょうね』

『何故?』

『武器を持って敵を撃破した方が明らかに効率的でしょう?』


 笑いながら彼はそう言ってのけ、だが『しかし』と口を挟んだ。


『もし仮に、そんな兵器が実在し、武器を無しに敵を倒す事ができるのであれば、戦場という物が生まれ変わります』

『どの様に生まれ変わるって?』

『AD兵器の進化がそこで終わるんですよ。ミサイルとサイバー戦争の時代が再び来るのです』


 これは勿論冗談のつもりで言っただろう事は、聖奈も理解している。だが彼はそう言ってのけた。


『武器を持たぬAD兵器が存在するのであれば、それは日本という国が「武器を持たずして国土を防衛する」という宣言の一種となり得ます。そうなるだけで他の国々へ牽制を仕掛ける事が出来る』

『でも領地侵略の事しか頭に無い中京や、過激派テロ組織があるわ』

『世論を味方につける事が出来るのです。武器を持たずに国土を守り、他国の兵士すら守ろうとする意志を見せる事が出来れば、この情報化社会において日本への国土侵略を行おうとする者があれば、第三国へ晒上げる事が出来る。

 そうなればアメリカが侵略妨害を行わなければならない。世界の警察を自称する国が、自国の理念を、国を守ろうとする同盟国日本を守らなければ、それこそ面目が立たないですから。

 現在の戦争は情報戦・心理戦です。他国より優れた兵器を持ち得るより、如何に自国の正当性を他国にアピールするか、ある種交流を基にした自衛こそが、今あるべき国や国防の姿です』


「面白かったなぁ、あの時の良くん」


 ちなみに良くんは良司の事だ。


「あのリョージが、そんな事を?」


 良司の事を「テキストに縛られ過ぎな優等生」と評価していたガントレットが、昔の彼が言った言葉を知り、顎に手を当てた。


「そうだな。日本という国の防衛だけを考えれば、雷神プロジェクトという存在はそういう使い道がある。

 元々専守防衛にのみ力を置いていた日本が、ADという兵器を開発し、その終着点とする雷神プロジェクトがそういう形であれば、ADの進化は終了だ。

  かつてこの世界にあったミサイルなどの戦略兵器による威嚇が主な戦場となり、サイバーテロが国同士の戦争と再びなる。

  そう考えれば、二千十年から二十年にかけては平和な世界だな。ネットの普及と共に大きな紛争は無くなり、データサーバーの防衛などという、人の生き死にが少なくなった時代だ」

「ADっていう兵器が発達し、新ソ連やらなにやらの活動さえなければ、今もそうして人の生き死にが無い戦争をする世界だったんでしょうかね?」

「可能性はあるな。そもそも現在、これだけAD開発が各国の軍事レベルを示す指標となっている事自体がおかしい」

「……修一様は、こうなる事を知っていて、ADという兵器を開発したのでしょうか。それとも、こうなってしまったから……レイスへと下り、戦う事にしたのでしょうか?」


 どうにもカルーアミルクは甘く、飲み過ぎてしまう。聖奈はハイネケンを注文し、その上で首を傾げた。


「どうでしょうねぇ……正直、今のお父さんが目指してる世界が、私にはわからないんです。雷神プロジェクトを推し進めていたお父さんが、レイスを、そして風神なんて機体を使って、何を考えているのか……娘なのになぁ、どうしてかなぁ……」


 ハイネケンを呷るように飲む聖奈へ、ガントレットが水を差し出す。


「セイナ、一つ訂正させてくれ」

「どうぞ」

「娘だからと言って、親の気持ちが察せる等と思わない事だ。例え親子だったとしても、それは血を分けているだけで、頭の先からつま先まで別人なのだから」

「それは、そうですけどね。でも、分かろうと努力する必要はあるでしょう?」

「そう、その通りだ。人は分かり合う為に対話という手段を手に入れた。争う事しか知らん野蛮な種族ではないし、分かり合おうとすれば、それだけ解決の道を模索する事が出来る。

 奴もそれは、理解をしている筈だ。だから、その対話が出来るようになるその日までは、必ず生き残らねばならん」


 ガントレットの差し出した水を飲む。酔いの回る体に染み渡る水が、なんと美味い事かと理解し、聖奈は笑う。


「……私、またAD、乗ります。予備の秋風、まだありますよね」

「では完熟訓練が必要だな。明日からたっぷりしごいてやるぞ」

「ふふ、楽しみですわね、聖奈さん」

「うげぇ、学生の中に混じって二十八歳のババァが訓練かぁ、ヤダなぁ」

「聖奈さん三十一の私に喧嘩売ってます!?」


 酒の席とは、騒がしいものだ。

  ガントレットは笑いながら、そう再認識した。
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