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第十三章

ズィマー-06

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 レーザーサーベルに送電開始。電磁波の放出と共に光が形作られ、それが機体の半分ほどのサーベル状に形成される。

  敵のアルトアリス型が所有していた狙撃銃は、サーベル上に固定させるのではなく、そのまま撃ち出す形式となる。

  しかし照射する熱線がビームではなくレーザーであれば、レーザーサーベルを形成する磁場と同じく、電磁波の形成で屈折もしくは打消しを可能と出来るのではないか、というのが今回の考えだ。

  まず、明久の秋風が使用許可を得てレーザーサーベルを展開し、眼前に立つ城坂聖奈の搭乗する秋風に向け、一歩一歩近づいていく。

  そして聖奈は、今目の前に秋風の装甲を焼き、コックピットを貫ける刃が少しずつ迫ってきているという現実に、冷や汗を流した。

  しかし、落ち着いて肩部の電磁誘導装置から電磁波を最大出力で放つ。

  すると、明久機が近づけば近づくほど、段々とサーベルを形成する磁場が揺らぎ、最後には形作る磁場が掻き消えた事によって、レーザーが一瞬だけ伸びたが、しかしそれも磁場によって遮られ、四散する。

  最後は少し焦ったが、しかし有効だと実感できた事によって、ホッと胸を撫で下ろす三者。

 聖奈は形成する磁場はどの様な磁場でも構わないのかだけを実験し、最後に二者へ講義を開始。


「レーザーを掻き消すには、肩部の大型電磁誘導装置から出力を最大にするしかない。電磁誘導装置は数ある磁場の中からその時に最適な磁場を選んで形成してるから、基本はその時選ばれてる磁場を最大出力まで上げればOK」

「しかし、展開には時間がかかるんじゃないっすか?」

「その辺は問題なし。一瞬でも着弾を遅らせる事が出来れば、自然と掻き消せるから、とにかく敵がこちらを狙ってるって事が分かった時に最大展開を徹底して」

「しかし、敵がいつも我々の視界内にいるとは限りません。それはどうします?」

「一番いいのは撃たせない事だけど、難しい場合は常に狙撃可能ポイントを逆算して、可能な限り狙撃不可能な位置に立ち回る事が重要かな。これはレーザーじゃなくても有効だから覚えておいて」

「でもずっこいっすよね。敵は幾らでも撃ち放題な兵器なんて」

「多分だけど、撃ち放題じゃないと思う」


 聖奈が想定するに、敵の持つレーザー狙撃銃は弾数制限があると思われるという。

  これは銃の様に照射するタイプとなると、必要電力があまりに大きくなり、AD兵器に搭載されているデュアルハイブリッドエンジンだけでは送電できる量が限られるから、実用化に程遠いという現実があり、別に電力供給の方法が必要になるからだという。

  では、敵がどの様にその電力を供給しているかは、元々充電式のバッテリーを搭載した弾数制限有りのマガジンが存在すると想定した。


「つまり、マガジンを使い切れば、敵はレーザー銃の使用が出来ない、という事ですか」

「そう。――でも、問題が一つ。基本スナイパーは、確実に命中すると分かった時、正確に敵を撃つ事の出来る技能に特化している事が多い」


 特にこれまで交戦してきたアルトアリス型は、どのパイロットも機体性能を引き出していると言っても過言ではないだろう。

  織姫曰く会話したアルトアリス型のパイロットが「秋風と同等スペックあるアルトアリスを」と言っていた事もあり、秋風と同等スペックの機体で、誰もが認めるエースパイロットである彼らを苦しめているのだ。

  敵の実力は、同等に近い。むしろ、敵陣に乗り込むとなれば敵の方に分がある。

  敵に弾数制限を気にさせる程、無駄弾を撃たせられるとは思えない。


「だから次に重要な事は一つだけ。――敵陣では動きを止めないで。動きを止めたら、確実に死ぬと思えばいい」


 ゾクリと体が震える感覚。

  明久はグッと右手の拳を握りしめ、左手で包み込んで、精一杯な力を込めて「はいっ」と返答する。

  その返事が気持ちよかったのか、聖奈がニッコリと笑って「よし」と明久の頭を撫でた。

 万全とはいかないが――敵に対応する策は可能な限り思いつくことが出来た。

  ならば、これ以上できる事は無い。

  三人は機体に乗り込み、試作UIGへと戻っていく。

  
  ――島根のどかの機体が、一機ポツンとグラウンドに残っている事に、誰も気付かないまま。


 **


リェータは、新たな基地となった樺太のUIGに割り振られた修一の部屋に向かって、ドアをノックした。


『どうぞ』


 ドア一枚隔てた先にいる修一の返答があり「失礼します」とだけ言って入室。

  彼は前の屋敷と同じ椅子に腰かけながら、リェータの事を見ると「待っていた」と彼女を迎えた。


「呼ばれてはいませんが」

「呼ぶ予定があっただけだ。……君の方から来たんだ。君の要件を聞こう」

「お姉ちゃんの代わりに、私が風神に乗ります」


 僅かに、修一が笑みを浮かべた気がした。しかし気付いた時には表情を戻していたので、見間違いであったかもしれないと、笑った事には何も言わず、彼の返答を待つ。


「君は超兵士計画の被験体でも薬物投与量が少ないじゃないか。ズィマーの様な立ち回りをすれば、彼女程度では済まないぞ」

「私はお姉ちゃんのような行動はとりません。雷神とは違い、風神には火器管制があるのならば、戦術の幅は広がります」

「風神の機動性が失われるな」

「そもそもAD同士の戦闘で接近する必要はありません。確かに敵がこちらを正確に撃ち抜く事の出来ない機動性は有用ですが、お姉ちゃんの様に動き回る必要は無いと思います」

「ふむん、つまり機動性を常に発揮するズィマーや織姫のような格闘戦ではなく、機動性を生かした戦術幅の向上こそが、風神にとって有用と言うんだね?」

「その通りです」


 ご一考を、と言ったリェータに、修一は今度こそ笑みを浮かべて、パチパチと手を叩いた。


「いや、申し訳ない。実は僕が君を呼ぼうとした理由はそれだったんだ」

「お姉ちゃんの代わりに私を風神に乗せる、という事ですね」

「だが先ほど君へ言った言葉に偽りはない。ズィマーのような稼働をさせれば、君の内臓はボロボロになる事だろう。それは忘れないでくれ」

「もう一つ」

「何かな」

「……ミハリとコズエの二人を、日本へ帰してあげて欲しいんです」

「それは、無理だ。彼女達の力無くしては、風神の力を引き出す事は出来ない」

「風神という機体がなぜ必要なのです? そもそも、アルトアリスだけで戦力は十分の筈です」

「十分ではないから、僕がX-UIGにデータを流し、風神の開発を行わせ、奪取したんだ」

「貴方が何を企んでいるのか、私にはわかりません。分からずとも、貴方に従う他ない事は、知っています。私もお姉ちゃんも、今は貴方の持つ投与剤無しに、生きる事は出来ないから」


 でも、とリェータは漏らす。


「ミハリは、優しい女の子です。そしてコズエは、哨の姉です。彼女達には、貴方に従う理由が無いのに、貴方の言いなりになる理由は、無いはずです」

「随分と仲良くなったようだね。僕としても好ましいが――いや、なんでも」


 ため息と共に、修一は「話は終わった」と一蹴し、リェータに背を向けた。

  そんな彼に、リェータは「失礼します」とだけ言い残し、部屋から去っていく。
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