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第十七章

戦いの前に-09

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 既に夜へと差し掛かって、随分と遅かったが日は落ち切った二十一時過ぎ。

  AD総合学園の校舎には、明かりがまだある。

  本日から明日にかけて、このAD総合学園は、恐らく戦場となる。

  後数十分もしない内に、城坂修一というテロリストは、この子供が多くいる学び舎に、大量のAD兵器を導入し、占拠を図る筈だ。

  それでも、彼女は自分でも驚くほど冷静でいられている事実に気付いた。

  これからこの場所が戦場になると、自分と同い年か少し年上なだけの子供が死んでしまうかもしれないと、そう分かっているのに落ち着けている自分が、酷く薄情に思えてしまう。

  そんな彼女の持つ携帯に、一通の電話が。

  相手は――城坂織姫。


「もしもし」

『もしもし、楠か?』

「はい。城坂さん、何かありましたか?」

『いや。作戦開始まで待機だからさ。少し話せないかと思って』

「待機中は自由時間では無いのですが……」

『いいだろ別に。それと、オレ以外誰も聞いてないし、お前も敬語やめろよ』

「……うん。そうさせて貰うね」

『それに作戦始まったら、どうせオレとお前の事は誰もが知る事になるんだから、気にする事も無いと思うけどなぁ』

「いいの。秋沢楠でいた方が、私も気分を引き締める事が出来るんだから」

『……なぁ、楠』

「どうしたの?」

『何か悩んでるのか?』

「……どうして?」

『バカにすんなよ? オレはお前の兄ちゃんだぞ?』

「そっか……うん、そうだね。お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんだもんね」

『おう。兄ちゃんになんでも言ってみろ』

「……私さ、薄情じゃないかなって」

『ほう?』

「だってこれから、私が立案した作戦で、誰かが死ぬかもしれないんだよ? なのに、私今、凄く落ち着いてるの。

 誰かが死ぬかもしれないって思っているし、これだけ大きな戦いでそうならない方がおかしいって思ってるのに、でもそれだけ落ち着けてる自分が、一番怖い」

『楠』

「何?」

『深呼吸しろ』

「……すぅ……はぁ」

『したか?』

「……うん、した。でも、何も変わらない」

『ならそれでいい。もしお前が本当に怖かったら、そうして深呼吸した時に、ドッと恐怖が押し寄せてくる』

「それならそれで、私の悩みはもっと大きくなるんだけどね」

『悩むようなことじゃない。お前は、それだけ冷静に、物事を見れているって証拠だ』

「でも、誰かが死ぬかもしれない。それが、神崎の奴かもしれないし、天城先輩かもしれないし、巻き込まれて哨さんかも、梢さんかもしれないんだよ?」

『楠、お前がオレに言った事、自分自身で忘れてるんじゃないか?』

「……誰かを守る、何かを守る兵士になるんだって、自分で決めたんだから……って言葉の事?」

『そうだ。お前のその言葉を聞いて、オレはスッと心が軽くなったんだ。

 確かにオレは、一人で戦おうと、誰かをオレだけで守ろうと、必死になり過ぎてた。

  そんなの、間違いだ。一人じゃ戦争は出来なくて、皆が大きな事に立ち向かうからこそ、それを成せるんだって』

「……私、一人で戦うつもりなんか、なかった筈なのに」

『お前はもう少しバカになれ。作戦をお前が立案したとしても、これからもし誰かが死んだからってお前の責任じゃないし、それをお前に押し付ける程、ここにいる皆は愚かじゃない。

 お前が一人で背負おうとしてるモンを、皆が背負ってくれる。

  だから、お前はそれだけ冷静でいられるんだと思う』

「……そっか。私、それを無意識に感じ取ってたんだね」

『ああ。お前の心は、このAD総合学園って場所を守ろうとする皆と共にあるって事を、知っているんだ。だから、それだけ冷静なんだろうよ』

「……ありがと、お兄ちゃん」

『悩みを解決できて良かったよ。――あ、そうだ。楠にも聞いておきたいんだけど』

「? 何?」

『楠はまたオレとキスしたいか?』

「したい。いっぱいしたい。もっとしたい」

『よくわかんないけど、Hな事って奴も?』

「ぶえっふぉっ」

『楠!?』

「ご、ごめん咳き込んだ……っていうか、何いきなりエッチな事とか!?」

『何で哨もお前もそういう反応なんだよ、Hな事ってどれだけ凄い事なんだ……?』

「は、は? お兄ちゃん、もしかしてエッチな事知らないの? どんだけ頭悪いの? ホントに私のお兄ちゃん!?」

『お前酷いな!?』

「あ~も~、シリアスな空気壊れるなぁ……まぁ、そう、だね。お兄ちゃんがいいなら、私もお兄ちゃんと、エッチな事は……うん、したい、かも」

『実は哨が言うには、神崎はオレとそのHな事をするのをご所望らしい』

「あの人元気になってくれたみたいで何よりだね。後で傷口に思い切りパンチしてやる」

『マジで痛そうだからやめてやれ』

「ていうかそんな事を哨さんと話したの!? 哨さんはなんて!?」

『えっと、オレの初めては哨が貰いたいからイヤだって言ってた』

「哨さんも一度ぶん殴っとこうかなぁ……」

『楠って実は過激派だろ?』

「違いますぅ~。私はただお兄ちゃんにちょっかいかけようとする悪い虫を追い払ってるだけですぅ~」

『じゃあ、皆オレとその、Hな事とやらをしたいって事か』

「うぅ……お兄ちゃんは意味を知らないからそう平然としてるけど、コレってセクハラだからね?」

『Sexual Harassment。なるほど性的嫌がらせな事か』

「あ、性的な事っていえばわかるの?」

『いや。小さい頃からその辺はダディに規制されてて全く』

「ガントレット大佐、ホントにお父さんしてたんだ」

『昔より丸くなったけどな。……そろそろ時間か』

「あ、そうだね。そろそろ、かも」

『なら、最後に』

「うん」

『オレは、まだ三人の内誰を彼女にしたいとか、まだ答えが出てない。彼女っていまいちよくわからないし、今まで考えたことも無かったしな』

「うん」

『でもオレは――楠の事を妹と思ってはいるけど、それ以上の関係になれたら嬉しいとも思ってる』

「え」

『だから、生きて帰った後に、いっぱい考えて、悩んで、決める事にする。戦闘中に話す事じゃないし、今言っておきたかったんだ』

「そ、そっか……うん。それは、私も嬉しい」


『頑張ろうな、愛おしい妹。……コックピットで待ってる』

「うん。頑張ろう、大好きなお兄ちゃん。……ちょっと城坂修一にケンカ売ってから行くね」


 通話が切られた。

  楠の悩みも、全て無くなっていた。
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