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第十九章

戦う訳-09

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「……遅かった、か」


 果たして自分がキスをした時に、睦は生きていたのだろうか。

  それを確かめる術はない。

  修一は、神様ではなく、人間の能力を少し進化させただけの、機械だ。

  心も持ち得るし、感情だってある――でも今は、無い方が良かったと、心底後悔する。

  自分を慕い、自分の理想を叶えてあげたいと、淡い恋心だけで、ただ愚かな選択をした、愚かな男に、人の心などなければよかったのに。


「……まだ、だ」


 睦は既に死んでいる。だが、機体を起動させる際に睦が搭乗していれば、例えその後に死んでいたとしても、動かす事は出来る。

  雷神も既に瀕死の筈だ。

  ならば――睦に少しでも報いてやるために、自分が成すべきことは、何だ?


「雷神を……倒す……っ、秋風を……一機でも、墜として……僕の……理想を……叶える、ために……っ」


 操縦桿を握り、システムの再起動を急ぐ。

  けれど――そんな彼が決して予想していない出来事が起きた。


  今、コックピットハッチが開かれた。

 これは予想できる。誰かが風神へとやってきて、機体外部に施された緊急開放用レバーを引けば、ハッチは開く事が出来るから。


  誰かが、ハッチに足をかけ、修一を見下ろしている。

 これも予想できる。そもそもコックピット内部に用が無ければハッチを開放など誰がするものか。

  
  何を予想していなかったか――それは、そこに立つ、一人の男だった。
  


「リント、ヴルム……セルゲイビッチ……リナー、シタ……?」



 夜風でなびく白銀の髪の毛は、所々を煙で汚し、元々火傷跡の多かった顔を更に爛れさせ、既に左目は開かれていない。

  アルトアリス試作五号機用に開発したパイロットスーツも節々を焦がし、元々彼にあった不気味さだけが際立っている。

  その男こそ――人類最強のパイロットと名高い男。


 リントヴルム・セルゲイビッチ・リナーシタ。


「その名前……オレァ、ホントにキライなんだよ。オレの前で呼んだ奴ぁ、何時も半殺しにするか泣いて謝るまでボコってやるんだが……まぁ、お前は、いいや。ボコる価値すらねぇ」


 降りろ。

  そういったリントヴルムの言葉を聞いて、修一は若干動きの悪い首を傾げる。


「……な、ぜ?」

「何故って……この機体、オレが使わせてもらうからだよ」

「なんの……為に……?」

「約束してンだ……アイツと」


 リントヴルムは、若干虚ろう目を擦りながら、コックピット内部へ足をかけようとする。

  けれど転んで、修一が彼の体を受け止めると「ワリィ」と一言謝った上で、頭を下げた。


「オレは……まだ、死ねねぇンだ……アイツと、決着、付けるまで……ッ!」


 彼の言った言葉には、目には、本来持つ力強さ等は微塵も感じる事が出来なかったけれど。


「アイツ」と言葉にする時だけは――何時もの彼以上の熱意を感じる事が出来て、修一は締め付けられていたシートベルトを、外した。


「この機体は、もう右腕を動かす事は出来ない」

「見てた、知ってる」

「もう武器も無い。拾った所で、FCSリンクをするシステム領域が残っていないから、殴打する位しか使い道も無い」

「だろうよ」

「それでも君は、この機体で戦うと言うのか?」

「……はっ。アイツの機体も、同じようなモンじゃねェか。……つまりよォ、条件は同等、ッて奴……だぜ?」


 ニッと笑う彼の表情と、その言葉だけで十分だった。

  修一も上手く動かす事の出来ない身体を無理やり動かして、コックピットから体を無理やり出して、グラウンドに横たわる機体から、落ちた。

  その衝撃で、もう体を動かす事は出来なくなったけれど、何とか喋る事と、相手の言葉を聞く事は出来る。


「……織姫に、よろしく。君は……その力で、暴れるだけで、いい」

『アァ……オメェの息子と、最後のまぐわりッて奴をしてくる』


  機体をゆっくりと起き上がらせた風神が、今グラウンドの中央にまで、歩いていく。

  
  リントヴルムは、隣で眠るように息絶えている霜山睦の目が、僅かに開いている事を察して、優しくまぶたを撫でるようにして、半開きとなっていた目を、閉じさせた。


「オメェさんは……最後まで、ベッピンさんでいれて、よかったなぁ……」


  霜山睦と言う女性の事を、リントヴルムは嫌っていた。

  けれど、人の生き死にと、人の好き嫌いは別だ。


「血に塗れてッけどよォ……オレぁ、ソイツが似合う美女、好きだぜ」


  一歩、歩くごとに揺れる機内。既に衝撃緩和システムなどは動いていないから、歩くごとに彼を襲う衝撃は、既に身体の至る部分に不調をきたし、血液も足りていない状態で受けるには、それこそ動く度に血反吐を吐く程の衝撃だ。


  だが――そうした痛みを今まで快楽に変換する事で、彼は平静を捨て、狂気に堕ちる事が出来ていた。


  ならば、今からする事も、同じ事だ。


「オリヒメ……最後にオレを……もっともっと、キモちよく、してくれよ……っ」
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