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第十九章

戦う訳-10

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 城坂織姫は、雷神のコックピット内で目を覚ます。

  肩を揺らす人の気配がして、ふと顔を上げた時、頭に走った痛みで意識も戻し、頭に触れる。ヘルメットは何時の間にか外されていた。

  頭より流れている血が、掌にべっとりと付いていると分かって、理解すると痛みがさらに彼を襲う。


「っ、てぇ……!」

「お兄ちゃん、あんまり動いちゃダメだよ……いっ」

「いや……平気、じゃねぇけど、大丈夫……楠、お前もその破片、抜くなよ……? 余計、血が出る」

「うん……あの女、神崎紗彩子の、おかげで……破片抜くと、血がいっぱい出るの、知ってたから、抜かなかった……っ」

「けど……今はオレの方が、重症、かな」


 織姫の記憶にある限りでは、エアバックに頭を強く打ち付けた記憶しかないけれど、その衝撃によって肌を裂き、更に何かが傷口を抉って、より血を流したのかもしれない。

  ふと、前を見る織姫。

  風神が、ヨタヨタと歩きながら、グラウンドの中央へ向かっていく姿が見えた。

  その姿は、ただ逃げる者の動きではなく、まるで何かを求めるかのように、まるで何かを待つかのように、希望へと至ろうとする者の足取りに見える。


「風神……まだ、城坂修一は……こんな、バカげた、事……続ける、つもりなのかな……?」

「いや……違う」


  そう、違う。――織姫はその姿を見ただけで、何かを察する事が、出来た。


「……楠」

「何、お兄」


 織姫は。

  楠と。


  唇同士を重ね合わせ、彼女の唇から伝わる体温を感じると同時に、放した。


「……え」

「ゴメン……これで、最後かもしれない、って……思ったら……したくなった。……うん、キスって……いい、モンだな」

「や、ヤダ。そんな事、言うの辞めてよ。私は、お兄ちゃんとずっと生きて……ううん、これから、もっといっぱいキス出来るようになるんだよ……ッ! だって、だってそうじゃ、なきゃ……っ」


 痛みに耐えつつ、織姫の言葉に首を振り続ける楠へ、織姫は笑いながら頭を撫でる。


「ああ……分かってる。一応、保険ッて奴だ……生き残る気は、満々だから……安心しろ」


 彼の言葉に、ホッと息を付いた楠。

  しかし、確かに織姫の出血量は楠の比ではない。


「悪い……楠。緊急治療用キット……使って、治療しとく、から……誰か、医療班とか、呼んできて、くれない……か?」

「そ、そうだよね。お兄ちゃんを今動かすの、危険だもんね」

「ああ……ちょっと、ゆっくりしてるから……悪ぃな……お前も、怪我してんのに」

「大丈夫、っ! 私、平気だからっ」


 強がり、コックピットハッチを開き、兄へ笑いながら「行ってくるね」と急ぐ楠。

  既に機体は横たわっていて、そこから降りる事に苦は無いだろう。

  むしろ、そこから走って傷口を広げないか、それだけが織姫には心配だった。


「ゴメンな……楠」


 ハッチ閉鎖。機体システム復旧完了。機体出力を最大にまで上げ、その上で巨体を立ち上がらせる。


『――お兄ちゃん、?』

「本当に、ゴメン……愛してる、楠」

『……待って、お兄ちゃんっ、行かないで! お兄ちゃ――あんッ!!』


 溢れ出る涙を溢しながら。

  今AD総合学園第二校舎の屋上から飛び降りた雷神へ、楠は手を伸ばす。


  けれど、その手が届く事は、無い。

  
  機体を無理矢理制御して、着地寸前でスラスターを吹かして衝撃を殺すけれど、本来は楠と二人で操縦する事を前提とした操縦システムにおいて、精密な挙動をさせる事は難しい。

  だから、機体は前のめりで倒れた。

  衝撃で、より出血は酷くなるけれど、織姫はそれでも、前を向き続けた。

  機体を起き上がらせ、先ほど風神がしていたように、ゆっくりと機体の歩を進ませ、歩む。


『よぉ、オリヒメ……オメェも、結構な重症、みてぇだな』

「ああ……そう、そうだなぁ……結構、目が霞んでてさぁ」


 風神を駆る男の声に、笑いながら答える織姫。

  何故だろうか――何時も織姫は、彼の声を聴く度に、苛立ちや嫌悪感を覚えていたというのに。

  今は……とても、安心する声として認識している。


『オレもよォ……もう、一歩歩かせるだけで、内臓全部、口から出そうだわ……多分、これが……マジで最後の戦いだ』

「うん……それは、オレも思う……だから、こうして一人で来た」

『クスノキちゃんは、いいのかい?』

「……お前はさ、オレと決着、付けたいんだろ?」

『……ハ、ハハ、ハハハ。だァな……っ! オレは、お前と、最後の最後まで……殺し合って、愛し合って……そンでもって、死にてェ』

「ああ……お前を、愛してやれるのも……お前の、愛情を……受け止められる、のも……世界中、見渡したって……オレだけ、だからさ……」


 だから――そう言って笑った二人。

  城坂織姫と。

  リントヴルム・セルゲイビッチ・リナーシタは。

  
  二人による、最後の愛情表現を開始した。
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