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6.星をかぞえて
名も知らぬ虫が夕暮れに鳴いている。
砂利道の脇に咲く立葵の群生が、夏の終わりを告げていた。
大学は、すでに二年次後期の授業料を払い振込んでいたが、休学することに決めた。それから、三年次以降は――
ふと、視界の端で何かが動いた気がした。落としていた視線を上げると、スタイルの良さそうなシルエット。
漫然と眺めていると、見覚えのある姿に変わった。
「え……あれ、理央?? なんで?」
思わず声を上げた瞬間、理央の長い腕に勢いよく抱き込まれ、焦って手をバタつかせる。
「”なんで”?」
機嫌の悪そうな声が鼓膜を震わせる。胸を押して上半身を離し、見上げた先で、コメカミに血管を浮き出させた理央が頸に噛みついてきた。
「っ痛てぇっ!!!」
反射的に殴ろうとした腕を押さえられ、下顎を掴んできた理央が顔を傾ける。頬に触れた唇が、チュッと気の抜ける可愛い音をたてる。目元、耳のそば、口元へと角度を変えて、軽く何度も。
温もりを拒めず、眉尻を下げて、理央の目を至近で見た。戯れるようだった口づけが、一気に深く長く続いた。理央の頬を撫で、目を閉じたままその温もりを受け止める。
ようやく離れた理央の、濡れた唇を拭ってやろうと上げた顔を掴まれた。
「おまえ。電話ぐらい出ろよ。マジで寿命縮んだわ」
「いや、俺――祖父んとこにいるって連絡入れたよな?」
「一方的にな! その後、すぐに掛け直したのにずっとつながらないし。お前の祖父さんがどこに住んでるかなんて聞いたことないし。ダメ元で実家に行ってみたけど鍵が閉まってるし」
そりゃ、戸締りぐらいしてくわ。顎の骨がミシミシ言い出したので、さすがに理央の手を払う。
「窓から中を覗いたら祭壇も見当たらないし、位牌も骨もない。なんなん、その失踪癖。何かあったんじゃないかって――」
「なにかって……」
「考えたくない」
お前が言ったんだろ、なんかあったんじゃって!
いやごめん、その顔、怖いって。
「えっと……よくここがわかったな」
圧の強さに、へらへらと愛想笑いを見せれば、
「近所中に聞いて回った。高校の同級生とか、朔と同じ小中学校行ってたとかいうヤツとか。あと鍵屋呼んでお前の実家の鍵開けてもらったり、年賀状とかから親族っぽい人に連絡したりプロに依頼した」
何やってんだよ。
「何やってんだよ」
やべ、声に出た。でもお説教だ。
「人んち勝手に入るな。あと、プロに依頼ってなんだ」
「心配した」
理央が、口元をヘの字にした。見たことのない表情で、祖父に挨拶させろと手を引く。
どうやら今日すぐに帰る気はないらしい。駅前の旅館に空きがあるか後で聞くつもりだというから、祖父さんちに部屋も布団も十分にあるから、これ以上余計なことに金をかけるなと言った。
「海外で医療を受けると、めっちゃ金かかるんだよ。噂には聞いてたけど、マジ、ビビった。保険でいくらか相殺できるみたいだけど、全然足りないみたいでさ」
「それ、俺に相談するとこじゃない?」
「いや、さすがにおかしいだろ。俺の今後のこととか、同い年の人間に相談するとか、重すぎるわ。迷惑すぎ……えぇ……それ、どういう表情?」
理央の顔が真っ赤になっていった。え、これもしかして、怒ってる?
「俺。前に、金蔓として結構優秀だって言わなかった? 力になりたいとも言ったし」
「友人を金蔓扱いはダメだろ。
っても正直、借りれないかなぁとは考えてたよ? とりあえずはでも、精算できるところはして、いくら借金が残るか確定させるのが先だし。まずは親族ってか、祖父に相談してからだなって」
「友達じゃない」
「えっ」
さすがに、傷つくぞ!?
「友人でもあるかもだけど、それだけじゃないだろ。てかこっちが推すと引いてくの止めろ。むしろ他を蹴散らしてでもそばにいるぐらいの根性見せろよ。心が折れる。まさか俺がどれだけ朔のこと特別に思っているか気づいてないとか言わないよな。今更知らないフリはなしだから。それでも親族じゃないと頼れないっていうなら俺の養子になる手続き進めようか?」
「いや早口すぎて、何言ってんのかよくわかんねぇ」
ツラツラと呪文でも唱えるような抑揚のなさで言い募られても理解が追い付かない。
てか、こんな長文喋る理央とか初めて見るなー、とか。
そんな。頭の中のつぶやきが、
「俺と家族になって。一緒に暮らそう」
その一言で、止まった。
「朔が将来を考えたときに、俺を疎外しないでほしい。俺の存在を、朔の人生に数えて。
一番近い場所に、俺を置いて」
言葉を尽くしてくれた理央に何か言わなければと思うけど、まるで封じられたみたいに、声がでない。理央に並び立つには至らなさすぎて。イジけた考えしかできないのが情けなくて、気恥ずかしくて、この先が不安で。伝えたいと何度も口を開こうとするけど、唇は震えるばかりで。
「姉にも会ってほしい。前から朔のこと話してて、会いたがってる。――何か言ってよ、朔」
「――俺、俺も。理央のこと、好き…。だ、けど」
「好きなら、ただ頷いて。そばにいて」
そんな簡単に頷けるわけないだろ! と首を横に振ろうとした俺の頭を、理央がついには押さえつけて頷かせた。
お前、そういうとこだぞ!!
祖父の家へと案内すると「朔は俺が幸せにします」と挨拶を述べて、さらに俺の頭に血を上らせた。
「本当は、いつかおじさんに挨拶するつもりだった。そんで”お前に息子はやらん”とか言われて殴りとばされるんだ」
「おまっ、俺の情緒、ぐっちゃぐちゃなんですけどっ!!」
胸倉を掴んだまま涙目になった頭を理央に抱きよせられた。その温もりが沁み込んで、またひとつ、胸の奥に何かが灯った。
砂利道の脇に咲く立葵の群生が、夏の終わりを告げていた。
大学は、すでに二年次後期の授業料を払い振込んでいたが、休学することに決めた。それから、三年次以降は――
ふと、視界の端で何かが動いた気がした。落としていた視線を上げると、スタイルの良さそうなシルエット。
漫然と眺めていると、見覚えのある姿に変わった。
「え……あれ、理央?? なんで?」
思わず声を上げた瞬間、理央の長い腕に勢いよく抱き込まれ、焦って手をバタつかせる。
「”なんで”?」
機嫌の悪そうな声が鼓膜を震わせる。胸を押して上半身を離し、見上げた先で、コメカミに血管を浮き出させた理央が頸に噛みついてきた。
「っ痛てぇっ!!!」
反射的に殴ろうとした腕を押さえられ、下顎を掴んできた理央が顔を傾ける。頬に触れた唇が、チュッと気の抜ける可愛い音をたてる。目元、耳のそば、口元へと角度を変えて、軽く何度も。
温もりを拒めず、眉尻を下げて、理央の目を至近で見た。戯れるようだった口づけが、一気に深く長く続いた。理央の頬を撫で、目を閉じたままその温もりを受け止める。
ようやく離れた理央の、濡れた唇を拭ってやろうと上げた顔を掴まれた。
「おまえ。電話ぐらい出ろよ。マジで寿命縮んだわ」
「いや、俺――祖父んとこにいるって連絡入れたよな?」
「一方的にな! その後、すぐに掛け直したのにずっとつながらないし。お前の祖父さんがどこに住んでるかなんて聞いたことないし。ダメ元で実家に行ってみたけど鍵が閉まってるし」
そりゃ、戸締りぐらいしてくわ。顎の骨がミシミシ言い出したので、さすがに理央の手を払う。
「窓から中を覗いたら祭壇も見当たらないし、位牌も骨もない。なんなん、その失踪癖。何かあったんじゃないかって――」
「なにかって……」
「考えたくない」
お前が言ったんだろ、なんかあったんじゃって!
いやごめん、その顔、怖いって。
「えっと……よくここがわかったな」
圧の強さに、へらへらと愛想笑いを見せれば、
「近所中に聞いて回った。高校の同級生とか、朔と同じ小中学校行ってたとかいうヤツとか。あと鍵屋呼んでお前の実家の鍵開けてもらったり、年賀状とかから親族っぽい人に連絡したりプロに依頼した」
何やってんだよ。
「何やってんだよ」
やべ、声に出た。でもお説教だ。
「人んち勝手に入るな。あと、プロに依頼ってなんだ」
「心配した」
理央が、口元をヘの字にした。見たことのない表情で、祖父に挨拶させろと手を引く。
どうやら今日すぐに帰る気はないらしい。駅前の旅館に空きがあるか後で聞くつもりだというから、祖父さんちに部屋も布団も十分にあるから、これ以上余計なことに金をかけるなと言った。
「海外で医療を受けると、めっちゃ金かかるんだよ。噂には聞いてたけど、マジ、ビビった。保険でいくらか相殺できるみたいだけど、全然足りないみたいでさ」
「それ、俺に相談するとこじゃない?」
「いや、さすがにおかしいだろ。俺の今後のこととか、同い年の人間に相談するとか、重すぎるわ。迷惑すぎ……えぇ……それ、どういう表情?」
理央の顔が真っ赤になっていった。え、これもしかして、怒ってる?
「俺。前に、金蔓として結構優秀だって言わなかった? 力になりたいとも言ったし」
「友人を金蔓扱いはダメだろ。
っても正直、借りれないかなぁとは考えてたよ? とりあえずはでも、精算できるところはして、いくら借金が残るか確定させるのが先だし。まずは親族ってか、祖父に相談してからだなって」
「友達じゃない」
「えっ」
さすがに、傷つくぞ!?
「友人でもあるかもだけど、それだけじゃないだろ。てかこっちが推すと引いてくの止めろ。むしろ他を蹴散らしてでもそばにいるぐらいの根性見せろよ。心が折れる。まさか俺がどれだけ朔のこと特別に思っているか気づいてないとか言わないよな。今更知らないフリはなしだから。それでも親族じゃないと頼れないっていうなら俺の養子になる手続き進めようか?」
「いや早口すぎて、何言ってんのかよくわかんねぇ」
ツラツラと呪文でも唱えるような抑揚のなさで言い募られても理解が追い付かない。
てか、こんな長文喋る理央とか初めて見るなー、とか。
そんな。頭の中のつぶやきが、
「俺と家族になって。一緒に暮らそう」
その一言で、止まった。
「朔が将来を考えたときに、俺を疎外しないでほしい。俺の存在を、朔の人生に数えて。
一番近い場所に、俺を置いて」
言葉を尽くしてくれた理央に何か言わなければと思うけど、まるで封じられたみたいに、声がでない。理央に並び立つには至らなさすぎて。イジけた考えしかできないのが情けなくて、気恥ずかしくて、この先が不安で。伝えたいと何度も口を開こうとするけど、唇は震えるばかりで。
「姉にも会ってほしい。前から朔のこと話してて、会いたがってる。――何か言ってよ、朔」
「――俺、俺も。理央のこと、好き…。だ、けど」
「好きなら、ただ頷いて。そばにいて」
そんな簡単に頷けるわけないだろ! と首を横に振ろうとした俺の頭を、理央がついには押さえつけて頷かせた。
お前、そういうとこだぞ!!
祖父の家へと案内すると「朔は俺が幸せにします」と挨拶を述べて、さらに俺の頭に血を上らせた。
「本当は、いつかおじさんに挨拶するつもりだった。そんで”お前に息子はやらん”とか言われて殴りとばされるんだ」
「おまっ、俺の情緒、ぐっちゃぐちゃなんですけどっ!!」
胸倉を掴んだまま涙目になった頭を理央に抱きよせられた。その温もりが沁み込んで、またひとつ、胸の奥に何かが灯った。
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