偽りの勇者が、真の勇者を追放した結果

茹でたきゅうり

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始まりと終わり

幼い頃に見た夢

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そこは名も無い平凡な村だった。

 世界では魔王と呼ばれる存在が人々を脅かし、悲しみと苦しみに満ちている国がある中、そんなものとは無縁なほど、長閑で穏やかな村だった。





 村のはずれにある、少しばかり小高い丘。そこで二人の子どもが木の棒で戦っていた。



「ていっ!」

「あっ!」



 赤い髪の子どもが、黒髪の子どもの持つ木の棒を己が持つ木の棒で弾き飛ばす。



「へへっ、おれの勝ちだな! ユウ!」

「うぅ…!」



 勝ち誇る赤い髪の男の子ーーフォイル・オースティンは同い年で俯くユウ・プロターゴニストに得意げな顔をする。



「これで99戦99勝だな! 全くユウはよわっちぃなぁ」

「えぐ…またまけた…」

「こらー! フィーくん!」

「げっ、め、メイちゃん!?」



 可愛らしいピンクのワンピースを着、手に人形を抱えた一人の桃髪の女の子ーーメイ・ヘルディンがぷくっと頬を膨らませてフォイルに詰め寄る。



「もうっ、またユウくんをいじめて! いじわるしたらめっ! なんだからね!」

「い、いじめてないよ。これは修行だよ、しゅぎょー」

「ユーくんは余りけんかが強くないし、フィーくんみたいに運動が得意じゃないんだから。ユーくんだいじょうぶ?」

「ぐすっ、だいじょうぶだよ。メイちゃん」



 メイにハンカチを渡されて涙を拭くユウ。

 それを見たフォイルが面白くなさそうな顔をする。その様子にさっきまでの勝った高揚感はない。



「へっ、なんだよ。ユウが泣き虫なのがわるいんだ。おれはわるくねーもん」

「もう! そうやってすぐ不貞腐れるんだから! あやまって! ユーくんにあやまって! めっ、なんだから!」

「ううん、メイちゃん。ぼくが、ぐすっ、泣き虫なのは事実だもん…。でも、まけたら悔しい…! フォイルくん、もういっかいだ!」

「まだやるのか? ユウじゃ、おれに勝てねぇよ」

「いやだっ!」

「あきらめが悪いな。まったく。だけど、へへっ。それでこそユウだ!」

「もう! 二人ともケガしちゃだめなんだからねー!」



 子どもながらの嫉妬で語った言葉も、直ぐに忘れ再び棒で競い合う。

 そうして彼らは直ぐに仲直りするのだ。







「うぅぅ…結局一度もかてなかった…」

「はぁ…はぁ…へへっ。ユウがおれに勝つなんて十年早ぇよ!」

「フォイルくんはこの村で一番強いもんね…」



 地面に倒れ、悔しげながらもユウは同時に憧れの目でフォイルを見ていた。

 とは言えフォイルもギリギリでかなり息が上がっている。ユウの諦めの悪さは半端じゃないのだ。

 だが今日はもう修行はおしまいだ。流石に体がもたない。



「しゅぎょーは終わったし、今日はこれから何をしようか?」

「はいはーい! わたし、お花畑にいって花冠作りたい! それかおままごとがいい!」

「おままごと…メイちゃんの作る設定ってかなりこまかいんだよね…」

「言うな、ユウ。おれもそう思ってる。…メイちゃん、メイちゃん。おれたちちょっとしゅぎょーで疲れたし、それよりもさ、絵本読もうぜ。これ持ってきたんだ。じゃーん!」

「またそれぇ?」

「わぁっ」



 メイは呆れた目で、ユウは目を輝かす。

 フォイルはへへっと鼻をさすってそれを出す。



「『勇者の物語』。やっぱ読書といったらこれだよな!」

「フォイルくんのおじいちゃんが買ってくれた奴だよね! ぼくも欲しいけど、うちはお金があんまりなくて…ねぇねぇ、早く読もうよ!」

「あせるなユウ! 此処はじっくりと落ち着いて座ってだな」

「もうしかたないなぁ。わたしも見る! フィーくんもうちょっとそっちによって」

「これ以上はむりだ。ユウ、そっちに寄れないか?」

「えぇ、ぼくもこれ以上はなれたら良く見えないよ」



 結局三人はフォイルを中心にぎゅうぎゅうにくっつき、絵本を読み始める。







 内容は単純だ。

 魔王という悪しき存在に対し、聖剣に選ばれし勇者が様々な所を仲間と旅し、時には困難を、時には魔王からの刺客を撃ち破り、ついには魔王を倒し世界に平和をもたらしたというもの。

 それだけだ。

 子ども向けだから難しい言葉も使われず、挿絵が付いただけのもの。





 だが、子どものフォイルたちにとってそれだけで心を躍らせるのには十分だった。



「くぅ~、やっぱかっこいいよなー、ゆうしゃ! 俺もゆうしゃになって悪いやつを倒して人を救いたいぜ!」

「フィーくん、いっつも同じこと言ってる。でも、わたしもなれるなら魔法使いになりたいなぁ。そしてステキな魔法をたーくさん使うの!ねぇ、ユウくんはどうなの?」

「えっ、ぼ、ぼく?」

「うん、ユウくんは何になりたい?」

「お、それはおれも気になるな」



 二人に見つめられユウはあたふたとしながら、モジモジと手の先を突っつき合わせて答えた。



「わ、笑わないでよ? …ぼくは勇者になりたい」



 恥ずかしそうにユウが言った。

 二人はきょとんとした顔になる。そして真っ先にフォイルが笑い出した。



「あっはっは! 泣き虫弱虫のユウがか!? 無理だむりむり。お前は最初に出てくる敵のアングレシャスにも勝てねぇよ」

「あら、わかんないよ?」

「なっ、おれがユウに劣っているっていうのか?」

「ちがうよ、ユウくんは優しいもの。ゆうしゃになるには強いだけじゃだめなんだよ。誰よりも優しい心を持ってなきゃ」

「む、ぐぐぐ…。ならユウ、おれとお前はライバルだ!」

「えっ!」

「勇者になれるのは一人だけ。だからおれとユウどちらかだけしかなれない。先ずは剣の腕で勝負だ!」

「えぇ、また!?」

「だからそうやってすぐに力で結論を出そうとするのがダメなんだってばー、フィーくん」

「う、うるさいなっ。いくぞ、ユウ! かまえろ!」

「えぇー!?」



 メイに良い所をみせようと躍起になったフォイルは再びユウと競い合うことにした。

 結局体力が持たず二人ともくたくたで倒れ込んだのをメイは呆れた目で見ていたのだった。





 夜。

 村の住人が寝静まった頃。

 そんな中フォイルとユウ、そして数人の子どもたちは親に黙って家を抜け、近くの森の入り口に集まっていた。

 内容は、森に奉られている女神の祠に行くというものだ。



「ねぇ…本当にいくの?」

「何だよ、ユウ。ビビってんのか」

「違いないな! ユウは泣き虫だからな!」

「そ、そんなことないよ! ただ夜の森は危険だって大人たちが…」

「そんな事にびびってたら勇者にはなれないぜ」

「うっ」



 勇者になれないと言う言葉にユウの言葉が詰まる。



「お、なんだなんだ。ユウは勇者になるつもりなのか?」

「ほんとかよ。あの泣き虫に無理に決まってるだろ。なー?」

「あっはっはっは!」

「うぅ…」



 他のみんなはユウの夢を笑う。口々に無理だと言う。

 だがフォイルだけはジッとユウの事を見続けた。



「どうするんだ、ユウ?」

「…やるよ! ぼくも行く!」

「おいおい、無理すんなよー」

「そうだそうだー」

「無理なんかしていない! ぼくも行くんだ!」



 意地か矜持か、それとも子どもながらの反抗心か。

 ユウは来ると言って聞かなかった。



「へっ、流石だなユウ。きまりだ、みんなで行くぞ。勿論先頭はおれだ」



 フォイルはユウが来ると信じていた。

 そしてその上で先に女神の祠に行き、自らの勇敢さを主張しようとした。



(そうだ、そうすればメイちゃんもおれの方が良い男だってことに気づくはずだ!)



 探究心と…たった1つの淡い想い。

 フォイルはぐっと拳を握る。



「では、勇士諸君! 探検に出発だー!」

「「「おー!」」」

「お、おー…」



 拳を振り上げ、子ども達は森の中へ向かっていった。















 初めて入った夜の森は薄暗く、それでいて恐ろしかった。いつも入る昼とは違い生命の気配が希薄で、それでいて不気味に騒めく森は不安を掻き立てる。

 フォイルは知らずにごくりと唾を飲み込んだ。



「うひぃっ!」

「ひゃっ! へ、変な声出すなよユウ!」

「だ、だだだって今足下を細長い何かが…!」

「や、やめろよそんな事言うの」

「そうだっそうだっ。おいら達をビビらせたいだけだろっ」

「待てって、ちょっとカンテラ照らしてみる」



 俺がユウの足元を照らすとそこには細長い蛇がシュルシュルと居ただけだった。



「何だ蛇か。しかも子どもじゃん。こんなのに怯えるなんてやっぱユウはお子ちゃまだな!」

「そんなこと言ったって怖いものは怖いよ」

「だめだな、勇者を目指すからにはおびえてちゃだめなんだぜ。みろよこのおれの勇気を!」



 タッタッタと走り、ユウよりも先に俺は進む。友達も俺の後を追ってくる。



「まっ、まってよフォイル! そんなに先行ったら危ないよ」

「おいおい、泣き虫びびってるのかー?」

「そーだそーだ、早くしないと置いて行くぞー」

「見ろユウ! おれはお前より先にいるぞ! へへっ」

「…!? まって今、何か音が…」

「あん? また蛇か? ふふんっ、ならこのフォイル・オースティンが成敗してやるぞ!」



 音の元へフォイルはカンテラを照らす。







 カンテラで照らした先にいたのは蛇ではなかった。

 黒い体毛に鋭利な爪、フォイルの3倍以上はある体長。それは熊に似た魔獣であった。

 初めて見た魔獣は巨大で、凶暴で、凶悪だった。



「あ、あ」

「ひぃぃぃぃ!! ば、ばけものだぁ!」

「うわぁぁあぁぁ!」

「ま、まて! 勝手に動いたら!」

<グォォオォォンッ!!>

「いぎっ」



 怯える仲間の中で真っ先に逃げ出した友達のシューが魔獣の爪で切り裂かれた。



「シュ、シューくんが…!」



 魔獣に突き飛ばされて木にぶつかったせいか、シューはピクリとも動かなかった。ダクダクと赤い血が流れている。

 ユウもその様子に顔を青褪める。

 そしてフォイルもカンテラを落としてへこたれていた。



 なんだこれは。

 怖い。

 怖い。

 こわいこわいこわい!! 手に持つ木の棒が酷く頼りない。さっきまでの自信も既にない。





 初めての恐怖にフォイルは呑まれていた。

 幸いにも奴の視線はシューに向けられていた。

「ユウ! 逃げるぞ! あんなの勝てるはずがない! 大人を呼ばないと!」

「い、いやだ!」

「はぁっ!? おまえなにいって」

「シューくんはまだ生きている。だったら助けないと!」

「おまっ、そんな訳っ…!」

「ひぃぃ!」

「うわぁぁぁ!!」



 他の仲間も逃げ出す中、ユウは足を震わせながらも逃げ出さない。棒を構え一歩一歩魔獣に近寄る。





 向こうも此方に気付いたのか、顔を向けた。

 魔獣の、恐ろしい目。



「あ、あ…。う、うわぁぁあぁぁぁぁ!!!」



 気付けばフォイルは逃げ出していた。













「はっ、はっ、はっ」



 気力を振り絞り、背後も確認せずに走り続ける。恐怖に駆られて無茶苦茶な走りをするフォイルの体力はもう限界に近かった。



 「あぐっ!」



 木の根っこに引っかかりコケる。すぐさま立とうとするも足がガクガクと震え立つことが出来ない。



 怖い、恐ろしい。

 がくがくと足が震える。

 早く逃げなきゃと思うのに体が言う事を聞かない。



 それでも背後から咆哮が聞こえてこない事に気付いた。

 逃げ切れた。そう思って気付く。



「ユウッ……!」



 幼馴染は側にいない。

 すぐさままだあの場に居るのだと分かった。

 ユウは自分より弱い。

 だから助けなきゃいけない。

 だけど。



「おれは……おれは……ッ!」



 足が震える、息が荒くなる、目の前が暗くなる。



 またアレに立ち向かうのか?

 いやだ、こわい、だれかたすけて。

 あんなのに勝てるはずがない。あの場所に戻りたくない。



 だけど。



 だけれども。



 ユウがあそこに残っている。

 おれより弱いあいつが。

 心が挫けそうになるほど、恐怖を味わったはずなのにユウは立ち向かっている。



「おれは……!」



 ガツンと頰を殴り、無理やり震える体に喝を入れ、木の棒片手にフォイルはユウの元に戻っていった。







 こうして現場に戻ったフォイル。

 そこで見たのは大人の兵士によって倒された魔獣。



 メイが泣きながら抱きしめていたのは、傷だらけになったユウだった。



 ユウは全身傷だらけになりながら最後まで棒を手放していなかった。









 それを遠目で見たフォイルは、そのままズルズルと木を背に力なく凭れた。



 ユウはあの恐ろしい魔獣に真正面から立ち向かった。だがおれは?ユウより強いおれはどうした?

 おれは……逃げた。



「おれは……自分が恥ずかしいっ……!」



 木の陰で一人、誰にも見られる事なく。フォイルは悔し涙を流した。

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