偽りの勇者が、真の勇者を追放した結果

茹でたきゅうり

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始まりと終わり

"今の"俺は勇者だから

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あの運命の日から10年、俺を取り巻く周りの環境は大きく変化した。

 村には帰らず、王都に住むようになり修行に明け暮れるようになったのだ。



 背は高くなったし、髪も伸び、声変わりもした。

 棒ではなく、剣を振るうようになってからは身体もがっしりとするようになった。自慢じゃないけどそれなりに動きには自信がある。こういうとメイちゃんに笑われるけど。



 一人称も変えた。俺なんて言葉ではなく、僕になった。口調も王様や貴族に会う時は敬語で礼儀作法も身につけた。

 正直本来の自分を隠しているみたいで嫌だったが、世間はそれを許さない。今の俺は対外的には『勇者』なのだ。ならばそれに相応しい対応が必要だ。





 あの日、王様に直談判して仲間にしたユウとメイちゃん以外にも二人、仲間が増えた。





 グラディウス。

 元は流浪の剣士だが、太陽国ソレイユの主催される『獅子王祭』で最後まで勝ち抜いた一流の『剣士』だ。その腕は近衛騎士団長に匹敵するとも言われている。

 実際剣の腕じゃ彼は俺よりも上だろう。

 けど、女癖が悪いのと力が無いものを蔑む傾向がある。



 メアリー・スー。

 太陽国ソレイユの貴族の娘で、メイちゃんと同じく『魔法使い』の職業を持って『炎の大魔法使い』の称号も持っている。

 彼女の魔法はまさに苛烈で、洗練された炎は魔物や魔族を寄せ付けることなく全てを燃やし尽くした。

 ただ……あまり言いたくないが選民思想が強い。特に生産職の人々を見下していて民を自分達の為だけに存在していると憚らない。





 この二人を加えて俺たちは魔王軍の脅威から人々を守っていた。

 戦力としては悪くない。だけどチームとしては少し良くないかもしれない。

 理由はすぐに分かる。

 彼らは根っからの職業主義者なのだ。







 ある日、俺はとある建物の一角で彼らと話し合っていた。



「さて、皆分かっていると思うけどこれから戦うのは魔王軍の中でも最も強いと呼ばれる八戦将の一人だ」



 魔王軍八戦将が一人『爆風』のダウンバースト・ドンピンが町の人々を人質に立てこもっているという。

 俺は自身で名を口にしながらゴクリと生唾を飲み込んだ。

 八戦将……あの魔王軍の幹部と言われる八人の魔族。その強さはこれまでとは比べ物にならないはずだ。



「奴は今まで戦って来た魔族とは比べ物にならない程に強い。それは認識しておいてもらいたい。だからその上で奴に勝つにはどうしたら良いのか皆の意見を聞きたい」

「簡単ですわ、相手は街に陣取っているのでしょう? ならばその街を周囲から包囲し、殲滅すれば良いのです。向こうから立て籠もってくれてるならば、それはつまり袋の鼠と変わりないですわ」

「だがその方法じゃ、民に被害が出る。街の中には囚われた人々がいて僕たちを待っている。それは望むところじゃない」

「あら、平民なんていくら死んでもよろしくなくて?」



 蟻でも踏み潰すかの如く気楽にメアリーがそう述べた。



「あなたっ……!」



 身を乗り出してメイちゃんが怒鳴ろうとする。

 メイちゃんも変わった。桃色の髪は長くなって

 だけど今のその顔は怒りに眉を潜めている。

 激昂したメイちゃんがメアリーに掴みかかろうとするのを、手で制する。



「ダメだ。僕達は国から街を奪還することを命じられている。だから例え犠牲が出るとしてもそれを限りなく減らす事こそ、僕たちがすべき事で、勇者パーティである僕たちにしかできない事だ」

「あら、残念。しかし、犠牲無くして街の解放は不可能と思いますわ」

「全くだ。弱い者が死んだ所で何の問題もないだろうに。何も出来ずに人質になるなど足手纏いも良いところだ。全ては奴らに力がなかったって事だ」

「彼らは普段の生活を魔王軍に踏み躙られた被害者。僕達は勇者パーティだ。なればこそ、僕たちは彼らを助け出す必要がある。そこに仕方ないで多くの犠牲を出す戦法を容認することは出来ない」

「しかし、他に何か方法がありまして?」

「それは……」

「あの、だったらこうしたら良いんじゃないかな?」



 恐る恐る手をあげるユウ。

 彼もまた子どもの頃と比べて背が高くなったし、身体も俺ほどじゃないけどしっかりするようになった。好青年と言って良いのだろうか。けど何時ものおっとりした争いを好まない顔は変わっていない。

 ユウはしっかりと俺たちを目で見据え、己の策を語り出した。







 ユウの語る内容は正に完璧だった。被害を抑えられ、なおかつ奴らに奇襲をも出来るという、正に最善の策だ。



 だがその作戦にグラディウスとメアリーの協力が必要不可欠だった。彼らはユウに対して良い感情を抱いていない。

 それはユウが『名無し』だから。

 不承不満でありながら従ったのは俺がユウの意見の採用を決定したからだ。



「平民風情が、貴族である私に指図するなんて……」

「力無き者が、多少小賢しい知恵が回るようだな……」



 二人は最後にそれだけ言って作戦の準備に入った。そこにあったのは軽蔑、蔑みだった。



「私、あの二人好きじゃないわ」



 ポツリとメイちゃんが呟いた。

 俺も同じだった。だがそれを口に出すのは勇者として相応しくない。そもそも彼らの意見にも正論の部分がある。そして彼らの力もまた必要なのだ。だからただ曖昧に、少し困ったように眉を顰めた。



「ユウ」

「何? フォイルくん?」

「この作戦は必ず成功させる。……だから勝つぞ」

「! う、うん。もちろんさ!」



 拳を差し出すとユウもそれに倣って俺に拳をぶつけてくる。



「なになに、二人だけして。私もする!」



 そこにメイちゃんが乗っかり、俺たちの手の上に手の平を重ねてくる。

 俺たちは顔を見合わせて笑みを浮かべた。



「いくぞ! 人々を魔王軍から救いだす!」

「「おぉー!!」」

















 その後、全てはユウの作戦通りに進んだ。

 八戦将も、皆の力を合わせ倒すことが出来た。

 被害も街こそ崩壊寸前にまでなったが犠牲者は少なく抑えることが出来た。悔しいと思う反面、流石はユウだと誇らしく思った。そしてこの功績があれば周囲はユウを認めるようになると思っていた。

 ユウは職業ジョブがない。『名無し』と呼ばれる状態だ。それは差別の対象になる。だが今回の功績はそれを差し引いても余りあるものだ。これでやっとユウは周囲の差別の目から解放される。そう信じていた。



 だから、そう。

 俺は本当にそう思っていたんだ。

 ユウが俺に全ての手柄を譲ったと気付くまでは。



「ユウ! 何故君が立てた計画全てが僕のものになっている!? あれはお前が立てた作戦だろう!?」

 街が解放され、八戦将が倒された事を祝う最中に俺は周囲から言われたのだ。俺が立てた作戦で・・・・・・・・八戦将を倒すだなんて流石は勇者だと。



 それを聞いた俺は愕然とした。

 違う。作戦を立てたのはユウだ。だが周りは皆俺の成果だと言って憚らない。



 だから俺はその場から動いて、会場から少し離れた位置にある庭園にいたユウへ怒鳴り込んだ。

「あ、フォイルくん。どうしたの? 今は授与式の最中じゃ?」

「そんなもの、無理矢理抜けて来た! それよりも、どういう事だ。何故、お前の功績が僕のものになっている!?」

「えっと、メアリーさんがさ。何もしていない臆病者が功績を受け取るなんて相応しくない。辞退しろって」

「お前はそれに納得したのか!?」

「うん。だって僕は殆ど戦闘じゃ役に立たなかったからね。悔しいけどさ」

「だからといってーー」

「それにしてもおめでとうフォイルくん! また勲章が増えたんだってね。やっぱ、フォイルくんはすごいや!」

「っ!」



 気づいた。

 気づいてしまった。



 ユウの目は、周りが俺を見る目と同じ色をしていた。即ち尊敬と崇拝。

 あの時と同じ、勇者だと分かった時の友達の、村人の、神官の、周囲の目線。

 俺とは距離を置いた人達の姿。



 近いはずの幼馴染が酷く遠くに見えた。



「やめろ……お前まで俺・をそんな目で見ないでくれ……!」



 え? とユウが首を傾げるも俺はその場から逃げ出した。









 逃げるように自室に戻った俺は、勇者の為にと用意された自室の最高級のベットに倒れ込み、頭を抱える。



 どうする。

 どうする。

 どうする。

 どうするどうするどうするどうするどうするどうにかしなければどうにかしないとどうやればどうしたら良い!?



 俺は十年間ユウを側で見続け、待ち続けた。いつか勇者として覚醒して、その時に聖剣を渡せば良いと思っていた。

 だが、現実は非情でユウが勇者として目覚めることはない。

 このままではダメだ。ズルズルと引き伸ばし続けてはユウはこの立場に甘んじ、勇者として目覚めることがない。直感だがそう確信した。

 ユウは俺が勇者だと信じている。俺こそが世界を救うと。だが世界を救うのはユウ、お前なんだ。

 俺では…だめなんだ。無理なんだよ。



「だがどうする? 俺が真実を言ったところででユウは信じないだろう。そもそも歴史上勇者が二人もいるなんてこと、初めてだ。誰も信じない」



 過去の記録を漁っても勇者は必ず一人であり、他の勇者が現れたという記録はない。だから対処方法もわからない。

 わからない。どうすれば良い。どうしたら。

 出口のない思考の回路に迷い込む。

 何度も繰り返された答えのない迷路。何時も結局答えが出ずになぁなぁで過ごして来たが今何とかしなければならない。

 だけどどうしたら。





 しかし今回は一筋の光が差し込まれた。



 パタンと机から落ちたのは一冊の本。

 大人になってからもずっと大切に持っていた子どもの時から持っていた絵本。



「『勇者の物語』…」



 落ちた拍子に開かれたページは、丁度幼い頃嫌いと言っていた勇者の敵アングレシャス。



 彼は主人公の敵として何度も立ちはだかり、その度に邪魔者となっては敗北する。何度も何度も傷付きながらも勇者の邪魔ばかりした。

 最後は魔王との戦いの前に勇者によって倒される。

 そのしつこさから子ども達には嫌われていた。





 けどその後改訂版で彼の裏事情が明かされたのだ。彼は、生き別れた主人公の兄であった。彼は弟の過酷な運命を嘆き、それを止める為、諦めさせるために、何時も邪魔をしていたのだ。

 全ては弟の為に。兄は勇者となっただけで戦場に送られる弟を止めるために邪魔をしたのだ。

 最期は自らの弟の手によって命を落とす。悪役として、決して弟には事情を明かさずに。そして皮肉な事に幾度にも渡る彼との戦いで勇者は力を身につけていった。



「そうか……初めからそうすれば良かったんだ」



 ポツリと呟く。

 これは荒療治だ。もっと良い方法があるかもしれない。だが俺にはこれしか思いつかなかった。















「あ、フィーくん」



 ドアを開けると丁度ノックしようとしていたのかドレスで着飾ったメイちゃんが居た。

 どくん、と心臓が跳ねた。



「何で会場からいなくなったの? 途中で会ったユウくんも心配してたよ、いきなり飛び出して行ったって」

「あぁ……いや、ちょっと調子が悪くてね」

「本当? ちょっと屈んでくれる?」

 言われたまま少し屈むとメイちゃんは俺と額をくっつけた。

「メ、メイちゃん!?」

「動かないで。……んー、熱はないかな。でも調子が悪いって事は疲れかな? また何か内緒で人助けしたの? ちゃんと教えてよね。フィーくんは一人で抱え込もうとする癖があるんだから」

「そんなこと……ないさ」

「なら良いけど。でも無理したらめっ! なんだからね」



 子どもの時と何も変わらない仕草でメイちゃんが叱る。

 その姿はユウの事で傷付いていた俺の心を癒してくれた。



「メイちゃん」

「ん? 何?」



 メイちゃんが笑う。子どもの時と変わらない綺麗な笑顔だ。





 ……いやだ。

 怖い。こわいこわいこわい。

 彼女の笑顔を奪うのが怖い。彼女に嫌われるのが怖い。彼女から軽蔑されるのが怖い。





 そして何よりも二人を傷付けるのが怖い。





 だが、決めたんだ。俺は決めた。

 俺はユウを追い出す。そうして彼の中にある俺という勇者の幻影を打ち砕く。

 その為にならどんな事でもする。

 ユウとメイと一緒にいた、陽だまりの空間を壊そうとも。



「……ぁ」



 その時気付いた。甘えていたのは俺も同じだったんだ。そうだ俺はこの空間を維持したくて、ずっと前に進めなかったんだ。



 酷い奴だ。

 無辜の民が傷つく中、自分のことばかり考えていたなんて。

 グラディウスとメアリーを自分本意と思っていながら自分勝手なのは俺もだったんだ。

 こんな奴にもう救いはいらない。

 ならばもう、覚悟は決まった。



「? フィーくん本当に大丈夫?」

「……いや、なんでもないよ。それよりもさ、お願いがあるんだけどーー」



 頼んだのは適当な願い事。

 メイちゃんは少しばかり訝しげにしながらも了承してくれた。



 これで良い。これで一先ずはメイちゃんはこの場からいなくなる。あとはユウを呼び出すだけだ。









「どうしたんだい、フォイルくん。突然呼び出して……あれ、二人も」



 部屋に訪れたユウは俺を見、そして二人を見て顔が翳る。

 先に内容を伝えたグラディウスとメアリーはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。

 何がおかしいのか、ユウは疑問に満ちた顔で俺を見た。俺は無表情に、蔑むような目でユウを見る。



 ユウ、恨むなら恨め。憎むなら憎め。

 こんな酷い友人を。

 こんな事でしか……お前を大切に想えない俺を。



「ユウ、お前をこのパーティから追放する」
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