男しか存在しない世界に女として転生した私の幸福な毎日。

ココナツ信玄

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転生幼児は友達100人は作れない3

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 ムキになってカナカニ釣りをする子供達を置いて、私は石の間からぼうぼう生えている黄色い花の根を掘り起こす仕事に移った。
 この黄色い花、何と前世地球で食べられていたキクイモと同じような植物だったのだ。
 今世、この村の人達は積極的に野草を食べようとしないため、そのへんに生えている食べられる草は採り放題だ。
 キクイモの他にはセリとヨモギくらいしか野草は知らないが、前世日本人の私は野草を試し食べすることに忌避感はない。これから食のバリエーションを増やしていくためにもどんどん毟り食べしていこうと思う。
 石を避け、根を傷つけないよう丁寧に掘って引っ張り出し、川の水で土を洗い落とす。それを見落としにくい白い石の上に置いて、再び黄色い花の根本にしゃがみ込む。
 掘って引っこ抜いて洗って置いて。
 掘って引っこ抜いて洗って置いて。
 何度か繰り返し、空腹を覚えて花の根本から立ち上がった。

「おやつ食べ……」

 タウカが持たせてくれたちまきを小さな友人達に配ろうと周囲を見回して、誰もいないことに驚く。
 随分と離れたところまで来てしまったようだ。
 私としたことが、蝶を追いかけるのに夢中になって迷子になる子供のような振る舞いをしてしまった。しかし私は一度は大人だった経験があるので、自分が洗っては石の上に置いてきた黄色い花のキクイモを拾いながら、もと来た道を戻り始めた。
 ヘンゼルとグレーテルのキクイモバージョンだ。
 手の中に花が収まらなくなってきたので、腕に抱えて歩く。
 黄色い花が視界を邪魔するが、伸び上がって前を覗き見ながら、キクイモを拾いつつ歩き続けた。
 3歳児の体が疲れを覚え始めた時、突然横から二本の腕に掬い上げられた。

「どこ行ってたんだ、ティカ! 心配しただろう!」

 真剣な口調でそう叱りつけてきたのは子供当番の一人、茶色い髪に青い目のバーゲルだった。

「一人で勝手に行動したら駄目だ! 拐われたらどうするんだ!」

「ごめんなさい、でもこれ」

「花が欲しいならオレか大人に言え。遠くまで採りに行っちゃ駄目だ!」

「花じゃなくて、食べ物です」

「……」

 バーゲルの表情が微妙なものになる。
 文明が前世日本ほど発展していないこの世界では、食べ物の確保と外敵への対応力が重要視される。
 3歳児の身空でもう既に食べ物の確保を成し遂げた私は褒められてもいいはずなのだが、はからずも身勝手な行動で行方不明になりかけた私を手放しに褒めるわけにもいかないようで、バーゲルは口の中に入れたチョコレートが味噌玉に変わったかのような顔で、引き結んだ口をモゴモゴさせている。
 わかっています。
 あなたが子供当番の責任上、私の行動を諌めないといけないことは理解しています。そう伝えたくて、私を抱き上げているバーゲルと視線を合わせ、うんうん頷いてみせた。

「……もう一人でどこかに行っちゃ駄目だぞ」

 バーゲルは苦笑しながら、その一言で叱るのを止めてくれた。
 やはり大人同士は話が早くて良い。
 バーゲルに好きな人が出来たら応援してあげようと心に誓い、バーゲルにキクイモを拾うようお願いする。

「お前……本当にこれ食べられるのか? 単に怒られるのが嫌だから言ってるんじゃないだろうな」

 失礼な!

「そんな嘘つかないよ」

 私は頑是がんぜない子供ではないのだ。

「……旨いのか、これ?」

「すごい美味しいもん! 涙が出るほど美味しいんだから!」

 見栄を張りはしても意味のない嘘は吐かないのだ。

「まあ、タウカが後で教えてくれるから、良いけどよ」

 バーゲルめは疑っているらしい。
 後で恥をかくのは自分だというのに、いい気なものだ。

「なんだ、ティカ? 悪そうな顔してるぞ。何する気だ?」

 そしてバーゲルは思ったことをすぐ口に出すのは止めたほうがいい。大人として一度物事を自分の中に置いておくべき時もあるのだから。

「どうしたティカ。拗ねてるのか?」

 そしてバーゲルはデリカシーがない。
 これではいくら顔面偏差値が高くても絶対にモテないだろう。

「バーゲルはフラれるよ」

「なんでだよ! 嫌なこと言うやつだなあ」

「もういいから! ちゃんとキクイモ拾って!」

「人に嫌なこと言っておいて勝手だなあ」

 デリカシー皆無で空気が読めない男だが、バーゲルは過去のことを蒸し返したりしないので良い男だと思う。モテはしないが友人は多いはずだ。
 バーゲルは根っこ付きの黄色い花を私ごと腕に抱えて歩き、やがてカナカニでギュウギュウになっている生簀へと辿り着いた。

「ティカ! やっと戻ってきた!」

「どこ行ってたんだ?! 心配したんだぞ!」

「迷子になってたの?」

「ティカの分もカナカニ獲ってあげたから! 心配しないで!」

 友人たちは思う存分カナカニを釣って満足したらしく、もう釣り竿を仕舞っていた。
 もしかしたら私の帰りを待っていたのかもしれない。
 申し訳ない気持ちになったのと小腹が空いたので、私は肩にかけた袋から粽を取り出して配給した。

「はい、おやつ」

「タウカさんの蒸し飯かあ」

「ありがとう」

「おれ、コレ好きー!」

「ぼくも好き!」

 タウカ製粽は好評だ。
 これで私が心配をかけた分がチャラになればいいと思う。
 葉っぱを剥いてモッチャモッチャ粽を食べるカワイイ幼児達を眺め、この上なく幸せを感じた。こんな日が死ぬまで続くなんて、私のBL運の強さが恐ろしい。
 ニコニコと彼らを見ていると、少し離れたところからこちらを見る子供当番二人が、羨ましそうに手元を見つめてきた。
 昼ご飯まであと少しなので、きっと彼等もお腹が空いてきたのだろう。
 心配をかけた手前のお詫びも兼ねて、一口食べてしまったが私は手の中の粽をバーゲルに差し出した。

「えっ?!」

 子供当番二人がやけに驚いた顔で私を見返してきた。

「あげる。半分こして食べて」

「それは……」

「……」

 何故かモジモジしている。
 良かれと思ったのだが、食べかけを他人にあげるのは良くないのかもしれない。
 かと言って差し出したものを引っ込めるのも格好がつかず、そのままの姿でいると、モジモジしながらもバーゲルが受け取った。

「ありがと……」

 何故私を見て恥ずかしそうのするのか。
 まるで全裸で闊歩する人を目の前にしたかのようなリアクションだ。
 私の事を公然猥褻罪を犯そうとしている人扱いするのは酷いと思う。確かにキクイモ狩りに夢中になって心配をかけたかもしれないが、犯罪者予備軍扱いはしなくてもいいと思う。
 不満を顕にしてバーゲルを睨みつけると、不意に左手を取られた。
 振り返ると、

「ぼくと半分こしよ」

 モレアスが粽を小さな手で千切ってこちらに差し出していた。
 優しい子だ。
 有り難いと心からおもう。
 だが、潔癖気味な日本人の前世記憶を持つ私は、その小さな手が先程まで土虫をねじ切ったり、たま結びをして引き千切ったりしていたことが気になって仕方がない。

「どうしたの? はい」

 断るわけにもいかず、私は頑張って微笑んでそれを受け取り……食べた。

「なんだよ、ティカ。自分のぶんあげちゃったのかよ」

 テスも寄ってきて、食べかけの粽を千切って私に突き出してきた。

「やる」

「うん、ありがとう」

 照れたように明後日の方を見ながら私に粽の食べかけ部分をよこす彼は、暴君の片鱗が見えない良い子だ。土虫とカナカニを触ったあと、きっと手を洗っていないだろうけど。
 テスの好意を無駄にはできず、受け取って食べた。

「ぼくのあげる」

 モレアスとテスくれたものを受け取った手前、ダレンのものを断ることもできずに受け取り食べた。

「ぼく全部食べちゃった……ごめん、ティカ」

 ラメロはしゅんとしているが、むしろ一番有り難い。

「いいよ、みんなのおかげでお腹いっぱいになったから。気持ちだけで嬉しいよ、ありがとうラメロ」

 本当に有り難かったのだが、ラメロは肩を落としたままだ。
 このくらいの年だと一人だけ違う行動は仲間はずれにされたように感じてしまうのかもしれない。今後は気をつけてあげようと思う。
 でも出来るなら、衛生観念を前世日本レベルに上げてほしい。
 ここは私が彼らに教育を施すべきだろう。
 彼らの健康のためにも、私の精神衛生上の健康のためにも。

「もうそろそろ村に帰るぞ」

 粽を食べ終わったのを見計らって、バーゲル達が近寄ってきた。
 ようやく子守が終わるのが嬉しいのか、ニコニコしている。しかし二人とも私と目が合うとぎこちなく視線を逸らすのだった。
 まだ犯罪者予備軍扱いをする彼らにささくれた気分になり、ぶすくれて生簀の横にしゃがむ。そしてカナカニをダレンが持ってきたスズメバチの巣に似たカゴに入れていく。友人達も一緒にカナカニ入れに勤しんでくれた。

「コイツ、おれが釣ったやつ!」

「こっちの村長はぼくがとったヤツだから! ぼくのだから!」

「これとこれはおれのね」

「いち、に、さん……あれ? 僕がとったやつ、一匹いなくなってるー」

「私が最初に入れたやつがそうだったのかも。村で確認しよ!」

「うん!」

 大漁にホクホク顔で獲物をカゴに仕舞っていく私達だったが、村に帰り着いて昼ご飯を各ご家庭で食べ、お腹が一杯になって昼寝をたしなんだため、夕方に目が覚めることになり、もう外で遊ぶことは許されなかった。
 仕方がないので、また明日ねー! と別れて次の日。カゴを持って帰ってくれていたダレンから「カナカニが盗まれた!」と悲しい報告を受けることになるのを、このときの私達は知らなかった。
ーーカナカニがザリガニのように共食いをする習性があることも、幼気な私達はまだ知らなかったのだ。
 

    
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