マイニング・ソルジャー

立花 Yuu

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section 1

No.022

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「それでも策はある。さっきの戦闘みたいに、うまいこと『倒せないエイリアン』に当たったパーティを見つけ、後方で待機する。彼らの全滅と同時に、俺たちがエイリアンを倒す。ある程度はエイリアンもHPを失っているはずだ。攻撃さえ回避すれば、俺たちでも倒せる」
『倒せないエイリアン』の正体を知っているがゆえに、その策は冷酷だ。
「でも、それじゃあ、マイナーたちをみすみす見殺しにするって言ってるのと同じだぞ」
「ヴェイン」と相手を威圧するように名を呼ばれた。
「低レベルのCクラスを倒していても、戦闘機はいつまでたっても買えない。初心者向けの安い戦闘機なら、2千万だ、それに最低ランクじゃダメだ。捨て駒だって、必要だろ」
 2千万、捨て駒、レインツリーが放った言葉が、脳内でリピートした。
 捨て駒にされたマイナーは現実世界で植物状態になり、こっちでは神隠しにあったと言われる。
 選ぶ道は1本しかないのか。他にもルートはあるはずだ。
「じゃあ俺たちもパーティを作ろう。人数を増やして上級Cクラスのエイリアンをマイニングすれば、報酬も、上が――」
「上がらない」の一言で制された。
「分配する人数が増えるだけで、報酬額が今より何倍も高くなるわけじゃない。人選は俺に任せろ。当てがないわけじゃない。ただ、今は、メンバーを増やすタイミングじゃない」
 一瞬、レインツリーの背中に影が降りた気がした。
 ヴェインの知らないレインツリーがいる。そりゃあ、マイニングしている以外の時間を、レインツリーがどう過ごそうが、勝手だ。
 だが、どこの誰と繋がっているのか、蜘蛛の糸が、霧がかった闇の中に、伸びている。
 レインツリーは既に動き出している。指先から糸を張って、『何か』を手繰り寄せていた。

* * *

『倒せないエイリアン』をマイニングしようと、どこかのパーティが懸命に闘っていた。
 案の定、攻撃を受けたパーティは積み木を崩すように、ことごとく尽く敗れた。
 直後にヴェインがサブ・マシンガンで攻撃し、レインツリーが対物狙撃ライフルで止めを刺す。戦闘時間を短く、尚且つ上級Cクラスのエイリアンをマイニングした。
 さらにヴェインはアサルト・ライフルを購入した。銃床と機関部を一体化し、バレル長を確保しつつ全体をコンパクトにしたブルパッフ式と呼ばれる、小型ライフルだ。動き回る戦闘には最適だ。
『倒せないエイリアン』でも、ある程度までHPが減っていれば、二人で尚且つ、短時間で倒すまでの実力が付いた。そのほとんどが、低レベルC1~高レベルのC10なので、高額の報酬を二人で分配できた。
 ヴェインのフォレットは着実に額を増やした。
 初めは罪の意識があったが、回数を重ねる度に、罪悪感は薄れていった。敗れていったマイナーたちが今どうしているのか、知るすべはない。そう思えば、諦めも付いた。
 手元に余裕ができると、バイク屋に時間が取られているように思えてきた。
 店を早く閉めて、【マイニング・ワールド】に行きたいと思ってしまう。
 あくまでバイク屋が本業だと、秦矢は自分に言い聞かせた。
 マイニングしたい衝動に駆られながらも、額が増えれば増えるほど、レインツリーに支配されていく息苦しさも感じていた。
 ユードが貯まり、戦闘機を購入すれば、貯めた何千万は一気に消える。マイニングから足を洗って、本業に投資をする選択だってあるはずだ。
 宮古島に住む実家に仕送りだってできる。店のリフォーム代も全額きっちり支払うことだってできる。
 レインツリーと『倒せないエイリアン』のために金を貯めているのか。
 本当はとっくに足を洗っても良かったんだ。でも、このまま逃げれば、見殺しにするのと同義な気がした。
 それに笹部はどうなる、他に消えて行ったマイナーたちにも知らないふりをするのか。
 このままレインツリーに手綱を引かれたら、俺は、俺がしたいようにはできなくなる。
 とにかく戦闘機を買ったら、自分の道を選択したい。自動回復スキルも完全修得した。ある程度まではソロでも戦えるが、やはりパーティは欲しい、寧ろ「マイニング・ワールド」では必須だ。
 バイクのエンジンオイルの濁りを確かめていた時、聞き覚えのあるエンジン音が店に近づいて来た。
 聞き覚えのあるガソリン・エンジン音だ。康のバイクだ。
 次第に大きくなったエンジン音は、店の真横に横付けされて、静まった。
「秦也!」
 バイクの主が、店に飛び込んできた。
「なんだよ、血相変えて」
 康らしからぬ顔の青さに、冗談ではなく本気で血相を変えていた。
 秦矢にも関わることならば、おのずと否な予感がした。
「笹部が、入院した。命に別状はないが、意識が戻らないって」
 視界に、エイリアンの触手が笹部の腹を貫く光景が映った。
「笹部が、どうしてーー」
 あれは俺のせいじゃない。あの時はまだ、こうなるなんて知らなかった。
 笹部のアバターが消えた後、直ぐにログアウトして連絡を取れば良かったんだ。
 そうすれば何か変わっていたかもしれない。現実世界で【マイニング・ワールド】の異常現象が表ざたになっていない現状を、変えていたかもしれないのに。
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