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第一章 その絵は、モナリザのようには微笑んでいない
第一話
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「伊賀は忍者とかでよく聞く「伊賀」で、冬矢は「冬の矢」って書きます。新卒入社です。よろしくお願いしますっと」
二階が事務所となっている建物の壁に、這うようにして鉄製の外階段が備え付けられている。所々錆が目立つ、踏みしめる度にカンッと甲高い音が、春の空に響く。
段ボール箱いっぱいに積まれた本を、階段上まで運んだ冬矢は足元に、重量級の箱をドザッと置いた。段ボール箱の中から誇りっぽい臭いが噴き上がった。
重てぇ、初日早々、腰痛になりそうな重さだ。
汗ばんだ顔に、また冬の気配を残す春風が当たって心地よい。
初出勤して早々、表紙からして『妖しげ』な本の山を運ぶとは予想外だった。新人に運ばせようと、今日まで置いてあったに違いない、絶対にそうだ。
「それなりに、力はあるのね、学生時代、何か、スポーツでも、していたの、かしら?」
後ろから紙袋に積まれた本を運んで来た女性社員が、ぜえぜえ息を上げながら、言葉を切れ切れに並べて訊ねてきた。
「小学校時代は空手やってたんスよ。中、高はバスケに転向して、万年補欠でしたけど、腕力だけは昔からあって。今でも畔戸さんぐらいなら抱き上げられるッスよ、五十キロないぐらいですよね?」
その時、何故か会話のキャッチボールが止まった。さらっと空気が冷ややかになって冬矢はやっと気付いた。
後ろを従いて来ていた女性社員は、前に垂れた黒髪を後ろへさらっと流し、深呼吸してから精悍な顔付で口を開いた。
「貴方、女性と会話をしたことがないのかしら? まぁ女性と付き合った経験がなさそうとは言わないけれど。普通は、訊かないわよね」
確かにデリカシーに欠けていた事実は認めるが、現に彼女がいた時代がないわけじゃない。
偉そうには言えないが、付き合ったとしても、一週間とか、三日とか。ちゃんと作る必要性がなかっただけだ。全てフラれたが。
「すいませんでした! 体重のことを言ってしまって、でも悪気はありませんよ、本当に! 口が滑ってしまうぐらい、畔戸さんスタイル良いっすから!」
ここは先に謝罪をするべきだと冬矢は判断した。というか、初日早々、先輩の機嫌を損ねてしまっている状況に、肝が冷えた。
なんかよく分からないが、扱いにくい先輩だなぁーー
「だからって、セクハラって言わないでくださいね、デリカシーがないのは若気のいたりっていうことで」
「まぁ、仕方ないわね、そう言うことにしておいてあげる」
二度目はないぞと脅されているような目で一瞥され、今後の関係の雲行きが心配された。
というか、とことん上から目線なんですけど。先輩なので仕方ない。
人生で十八年目の春、地元の《廃棄物処理会社》に入社した。廃棄物といっても、普通の廃棄物ではない、らしいのだが。
バスで通っていた高校は山一つ越えた町にあり、地元には中学校までしかなく、地元で新卒を募集していた会社は、ここだけだった。地元に高校がないわけではないが、遠過ぎて、毎日まじめに通う気には全然なれなかった。
コンビニさえも、高校がある隣町まで行かなくてはいけないド田舎から離れたい意思もあったが、一人暮らしをするためには、金がなかった。いや、金がないのは建前で、家賃を払うのも、アパートを探すのも、引っ越し先で職を探すのも、面倒だっただけなのかもしれない。
それならと、コンビニが嫌になるほど遠くても、住み慣れた田舎で、少ない求人を片っ端からあさりまくったのだ。
「あの、たぶん俺と年齢近い気がするんですよね、また失礼な質問だったらすいません、おいくつですか、えーっと、く、くろとさん?」
冬矢は自分と同じぐらいの年なら、訊ねられてもまだ年齢を言うのに恥ずかしくはないだろうと踏んだ。ついでに、名前もさりげなく確認したいのだが。
「畔戸朱香、畔戸は辞書で調べて、朱色の「朱」に「香り」よ。てっきり気付いているのかと、まあ、いいわ、今年で二十一よ」
ということは学年で言うと二年上か、やはり同じぐらいだった。地元が上条なら、もしかして同じ中学に通っていたかもしれない、と冬矢は訊きたい質問を幾つも浮かべた。
にしても気付いてるとは、年齢のことか? 引っ掛かる要素を残したまま、事務所のドアを開けて、段ボール箱を中へと運び入れる。
腕ではなく、腹筋と背筋を使って重量級の荷物を抱えて事務所の中に入ると、「おお、早かったな」と男性社員の一人が、資料室のドアを開けた。
「中に入れといてくれ」
資料室は、インクとカビ臭い香りに満ちていた。
ドサッと段ボール箱を下ろすと、本棚に囲まれた狭苦しい部屋に圧巻した。
腰を軽く叩きながら本を眺めてみると、どの本のタイトルもゾクッと背筋を震わせるものばかりだった。
ますますこの会社が処分する「モノ」が何なのか気になった。
「奇怪……、妖怪、民俗学? 神秘現象? 古来から纏わる祭り? なんじゃ、こりゃ」
知らずうちに独り言を発していた冬矢は、後から入ってきた朱香に「どうしたの」と押されるように訊ねられた。
「ああ、これね。後から分かるわ」
んふ、と小さく喉で笑われた。
意味不審な言葉で返され、不可思議に「はぁ」と頷くしかなかった。
何なんだよこの会社、面接の時は時に何も言ってなかったよな。
ちょっと、変わったモノを扱っているとは言ってたけど……
二階が事務所となっている建物の壁に、這うようにして鉄製の外階段が備え付けられている。所々錆が目立つ、踏みしめる度にカンッと甲高い音が、春の空に響く。
段ボール箱いっぱいに積まれた本を、階段上まで運んだ冬矢は足元に、重量級の箱をドザッと置いた。段ボール箱の中から誇りっぽい臭いが噴き上がった。
重てぇ、初日早々、腰痛になりそうな重さだ。
汗ばんだ顔に、また冬の気配を残す春風が当たって心地よい。
初出勤して早々、表紙からして『妖しげ』な本の山を運ぶとは予想外だった。新人に運ばせようと、今日まで置いてあったに違いない、絶対にそうだ。
「それなりに、力はあるのね、学生時代、何か、スポーツでも、していたの、かしら?」
後ろから紙袋に積まれた本を運んで来た女性社員が、ぜえぜえ息を上げながら、言葉を切れ切れに並べて訊ねてきた。
「小学校時代は空手やってたんスよ。中、高はバスケに転向して、万年補欠でしたけど、腕力だけは昔からあって。今でも畔戸さんぐらいなら抱き上げられるッスよ、五十キロないぐらいですよね?」
その時、何故か会話のキャッチボールが止まった。さらっと空気が冷ややかになって冬矢はやっと気付いた。
後ろを従いて来ていた女性社員は、前に垂れた黒髪を後ろへさらっと流し、深呼吸してから精悍な顔付で口を開いた。
「貴方、女性と会話をしたことがないのかしら? まぁ女性と付き合った経験がなさそうとは言わないけれど。普通は、訊かないわよね」
確かにデリカシーに欠けていた事実は認めるが、現に彼女がいた時代がないわけじゃない。
偉そうには言えないが、付き合ったとしても、一週間とか、三日とか。ちゃんと作る必要性がなかっただけだ。全てフラれたが。
「すいませんでした! 体重のことを言ってしまって、でも悪気はありませんよ、本当に! 口が滑ってしまうぐらい、畔戸さんスタイル良いっすから!」
ここは先に謝罪をするべきだと冬矢は判断した。というか、初日早々、先輩の機嫌を損ねてしまっている状況に、肝が冷えた。
なんかよく分からないが、扱いにくい先輩だなぁーー
「だからって、セクハラって言わないでくださいね、デリカシーがないのは若気のいたりっていうことで」
「まぁ、仕方ないわね、そう言うことにしておいてあげる」
二度目はないぞと脅されているような目で一瞥され、今後の関係の雲行きが心配された。
というか、とことん上から目線なんですけど。先輩なので仕方ない。
人生で十八年目の春、地元の《廃棄物処理会社》に入社した。廃棄物といっても、普通の廃棄物ではない、らしいのだが。
バスで通っていた高校は山一つ越えた町にあり、地元には中学校までしかなく、地元で新卒を募集していた会社は、ここだけだった。地元に高校がないわけではないが、遠過ぎて、毎日まじめに通う気には全然なれなかった。
コンビニさえも、高校がある隣町まで行かなくてはいけないド田舎から離れたい意思もあったが、一人暮らしをするためには、金がなかった。いや、金がないのは建前で、家賃を払うのも、アパートを探すのも、引っ越し先で職を探すのも、面倒だっただけなのかもしれない。
それならと、コンビニが嫌になるほど遠くても、住み慣れた田舎で、少ない求人を片っ端からあさりまくったのだ。
「あの、たぶん俺と年齢近い気がするんですよね、また失礼な質問だったらすいません、おいくつですか、えーっと、く、くろとさん?」
冬矢は自分と同じぐらいの年なら、訊ねられてもまだ年齢を言うのに恥ずかしくはないだろうと踏んだ。ついでに、名前もさりげなく確認したいのだが。
「畔戸朱香、畔戸は辞書で調べて、朱色の「朱」に「香り」よ。てっきり気付いているのかと、まあ、いいわ、今年で二十一よ」
ということは学年で言うと二年上か、やはり同じぐらいだった。地元が上条なら、もしかして同じ中学に通っていたかもしれない、と冬矢は訊きたい質問を幾つも浮かべた。
にしても気付いてるとは、年齢のことか? 引っ掛かる要素を残したまま、事務所のドアを開けて、段ボール箱を中へと運び入れる。
腕ではなく、腹筋と背筋を使って重量級の荷物を抱えて事務所の中に入ると、「おお、早かったな」と男性社員の一人が、資料室のドアを開けた。
「中に入れといてくれ」
資料室は、インクとカビ臭い香りに満ちていた。
ドサッと段ボール箱を下ろすと、本棚に囲まれた狭苦しい部屋に圧巻した。
腰を軽く叩きながら本を眺めてみると、どの本のタイトルもゾクッと背筋を震わせるものばかりだった。
ますますこの会社が処分する「モノ」が何なのか気になった。
「奇怪……、妖怪、民俗学? 神秘現象? 古来から纏わる祭り? なんじゃ、こりゃ」
知らずうちに独り言を発していた冬矢は、後から入ってきた朱香に「どうしたの」と押されるように訊ねられた。
「ああ、これね。後から分かるわ」
んふ、と小さく喉で笑われた。
意味不審な言葉で返され、不可思議に「はぁ」と頷くしかなかった。
何なんだよこの会社、面接の時は時に何も言ってなかったよな。
ちょっと、変わったモノを扱っているとは言ってたけど……
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