プレパレーション

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第十二話

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 それからまた以前のように柊生は私のバイトが終わるのを待って駅まで送ってくれたり、週末はそのままデートをしたりと喧嘩も特になく、充実した日々を送っていた。

 あっという間に2月に差し掛かった。いつものように学校に行くと友達のゆいが私に話しかけてきた。

「今年のバレンタインはどうする?」

「どうするって今年はやっぱ彼氏にあげないとね」

「じゃあさ、一緒に作ろうよ!」

「作りたいのは山々なんだけどさ、この時期店が忙しくてさ」

「そう言えば去年も言ってたね」

 そうだった、去年は冬馬さんとバレンタイン限定のメニューを二人で考えたっけ。今年はどうするんだろう。あの日の告白以降もいたって普通だからきっと深くは思ってないんだろうな。柊生と顔を合わす事もあるけど常に平常心だし、冬馬さんのそんな態度を見て柊生も気にしなくなっていた。

「でも今年は彼氏がいるしあげたいなぁ」

「じゃあバレンタインの前にどっかで休みもらってさ一緒に作ろうよ!」

「う~ん。そうだね!分かった」

 私は2月11日にゆいと一緒にチョコを作る約束をした。

 学校が終わり、バイトに行くと冬馬さんが早速バレンタインの話を振ってきた。

「今年の限定メニューはどんなのがいいと思う?」

「去年と同じでいいんじゃないんですか?」

「それがね、常連さんに今年も楽しみにしてますねって言われちゃって」

「て事は新しく考えないとですね」

「期待に応えたいしね。そうだ、今日時間ある?」

「ありますけど?」

「店閉めた後に何個か試作作るの手伝ってくれない?」

「私も参考にしたいんでいいですよ」

「ありがとう」

 私は柊生に連絡を入れた。今日はバイト終わりに店長と試作を作るから迎えは来なくて大丈夫だと。柊生は素直に分かったと言って電話を切った。
 
 そして閉店後店内の電気だけ切り厨房で冬馬さんが書いたデッサンを元にまずは一つ作ってみた。

「どうかな?」

 私の顔を覗くように見つめる冬馬さん。

「見た目はバレンタインっぽくて可愛いですね」

「じゃあ食べてみようか」

「はい」

 冬馬さんが一口サイズに切り分けてくれたクレープを一口食べる。

「正直に感想教えてれる?」

「正直味は普通って言うか見た目通りというか、想像を決して超えてはこないですね」

「だよね、もう少し限定感が欲しいよね」

「食感があるものをいれてみませんか?」

 私たちはお互いアイディアを出し合って、ある程度は完成に近づけていた。

「あっ、ももちゃん時間大丈夫?」

「本当だ、もうこんな時間」

 メニューを考えるのが楽しくてつい時間を忘れてしまっていた。

「後は明日俺が候補の材料とかを揃えておくからまた味見してよ」

「分かりました」

 私が帰る準備をしていると、冬馬さんも手早く片付けをして同時に店を出た。
  
「冬馬さん車じゃないんですか?」

 いつもなら駐車場に向かうのに私と同じ方向に歩き出していた。

「駅まで送るよ」

「そんな、いいですよ!」

「実は最近太ってきちゃって少し歩きたいんだよね」

「そういうことなら」

 いつもは柊生と歩く道を冬馬さんと歩いている。なんか不思議な感じだ。店から駅までは大通りを通ってずっと真っ直ぐだ。途中公園があり、木に囲まれた公園にはベンチがいくつか置いてある。

 公園を通り過ぎようとしていた時冬馬さんが口を開いた。

「ももちゃんちょっといい?」

「なんですか?」

 足を止めた冬馬さんの方を振り返ると、冬馬さんは真っ直ぐ私の方を見つめていた。

「ごめん」

「なにがですか?」

「俺、これ以上ももちゃんを見るのは辛い」

「どうゆう意味ですか?」

 冬馬さんの言っている事が意味わからず困惑していた。

「気持ちが抑えられない」

「えっ」

「本当にごめん」

「なんで謝る‥‥‥」

 その瞬間冬馬さんに抱きしめられた。

 突然の事に驚きすぎて固まる私。
 そして、

「俺じゃだめかな」

 耳元でそう囁く冬馬さんの言葉にドキッとしてしまった。

「‥‥わ、私には柊生がいるんですよ」

「離したくない‥‥出来ることならこのまま連れて帰って俺の物にしたい」

 抱きしめる冬馬さんの腕に力が入ったような気がした。それに声も心なしか震えている。こんな取り乱した冬馬さん初めて見た。

「‥‥離して下さい。困ります」

「困らせてるのは分かってる。でも、もう自分でもどうしたらいいのか分からない」

「冬馬さん、だめですよ‥‥」

「お願い‥‥一晩だけ。今日だけは帰らないで‥‥」

「‥‥今日だけですよ」

 私は初めて見る冬馬さんの必死な姿につい心が痛んでしまった。この前大丈夫だったし、冬馬さんに限って変な事はしないだろうと今日だけ泊まる事に。

 よく考えればこの時点で柊生の事を裏切っているようなものなのにこの時の私はハッキリと断るどころか、冬馬さんともっと一緒に居たいと思ってしまっていた。

「ありがとう」

 冬馬さんはそう言うと、抱きしめていた腕を下ろし私の手を握った。私も拒む事なく手を握り返した。

 車まで戻る途中会話はなかった。ただ、冬馬さんの横顔を見ると白い息を吐きながら悲しいような深刻な顔をしているように見えた。

 私は繋いだ手とは反対の手で親にメールを送った。今日は友達の家に泊まると。そうだ、この前のパジャマまだ返してなかったんだ。

「冬馬さん、この前のパジャマまだ持ってこれてないです」

「じゃあ途中で着替えだけ買って帰ろう」

「はい」

 途中でコンビニに寄り適当な服を買って冬馬さんのアパートに向かう。
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