亡国の姫君は英雄から心臓を取り返したい

遠雷

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1.行き倒れかける亡国の姫君

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「お、おなか…すいた……」

 すすけたローブに身を包んだ少女は、都市へと続くひと気の無い街道をよろよろと歩いていた。
 彼女の名はアカシャ・ヴィサルガ。こんな身なりだが数年前までは小国で姫君と呼ばれていた。

 大陸の東の果ての果て、いびつの森と呼ばれる秘境の中にひっそりと位置していたヴィサルガ王国は、大陸を襲った魔物の大行軍により三年前に滅亡の憂き目を見た。

 森を隔てた先の大国が移住と自治を認め、民を受け入れてくれたのが不幸中の幸いだっただろうか。祖国の支配階級だった者たちの多くは、恩義ある大国アッターイル皇国に与し、或いは自治領で復興に尽力している。

 そんな中、慎ましやかながらも自治領での民の生活が戻り始めたのを見届けた頃、彼女は一人出奔した。何としても、取り返さねばならぬものがあったから。




「っぶべ……っ」

 街道を歩いていると、風に吹かれて大きな紙切れが飛んできて顔にぶつかった。どうやら大陸諸国で流通している大衆新聞のようだ。

 紙面には魔導転写による画がご大層に色付きで載せられている。写っているのは煌びやかな容姿の魔導騎士、見出しは彼の活躍を称えるものだ。

「……ユリウス・アーデングラッハ……」

 紙面を穴があくほど睨み付け、地を這うような声でぼそりとその魔導騎士の名をつぶやく。

『──かねてより懸念されていた西側防衛ラインの崩壊は、我が大陸連合機構軍が誇る稀代の英雄、魔導騎士ユリウス・アーデングラッハの活躍によりその危機を脱した。相対する魔物の軍勢最奥に大型腐竜の存在が確認され、西側各国の民はかつての惨劇を想起し眠れぬ日々を送っていたが、ユリウス・アーデングラッハが展開した大魔法により、訪れるはずの悪夢は腐竜もろとも一撃で消し飛ばされ──』

 記事を読み進めているうち、眉間の皺が深くなってゆく。

「こっ、この間ご飯の最中に失神したのは、やっぱりお前の仕業かぁぁぁああああああ!」

 くしゃり、と手にしていた大衆新聞の一枚を握り締める。その手は怒りに震えていた。

「大魔法で一撃? 稀代の英雄?? でも……その大魔法とやらを発動した魔力は! 半分、なのですけれどーーー!!」

 街道の通る開けた荒野に少女の叫びが木霊する。


 ◇◇◇


 人間と、大陸を跋扈ばっこする魔物との戦いの歴史は古く、遠い昔は”勇者”と呼ばれる特別な力を持った者が、”聖女”だとか”魔導士”だとかの魔力を持つ仲間を引き連れて、”魔王”と呼ばれるすこぶる強い個体を倒す事で牽制していた時代もあったのだとか。
 けれどそれも今やおとぎ話。昨今の魔物は徒党を組み、群れを成して都市を襲ってくる。

 人間の文明の発展に合わせて形を変えてきているのかもしれない。

 それが急激に勢いを増したのが5年前。突如として大陸の多くの国を襲ったのは、もはや軍隊とも呼べるような魔物の大行軍だった。

 大陸の国々が各個対応するには限界を迎え、保有する魔導士や魔導騎士の派遣に際するいざこざやら難民問題やらを解決し、一丸となって魔物に対抗すべく、力あるいくつかの大国が先導して王国連合を成し、機構軍を組織した。

 いかに大魔導士と呼ばれる人物であっても、進軍してくる魔物の軍勢に一人で相対してどうにかなる、なんてことは滅多にない。

 幾千の兵士が盾となり軍勢を押しとどめ、魔導士や魔導騎士が展開する大魔法によって殲滅する──魔物の大行軍が始まって2年ほどで機構軍によって確立されたそういった対応戦術によって、ようやく勢力は拮抗し、大陸を南北に真横に切り分けるがごとく防衛ラインが形成された。

 その過程で耐え切れずに滅亡してしまった小国は数知れない。アカシャの故郷であるヴィサルガ国もそのうちの一つだった。


 ◇◇◇

 
 誰も居ない荒野で雄たけびを上げた後、アカシャは街道の脇に座り込み、倒れるように頭を地面に押し当てていた。ぎゅるぎゅると胃が不穏な鳴き声を上げている。

 巨大な都市へと続く街道だが、このあたりは見渡せど草木もまばらな荒野が広がるばかり。ほかに人が歩いている様子もない。

「うう……遠回りでも鉄道が通ってる南側に迂回するべきだったか……こっちは露店どころか、道があるだけで他は何も無いのだものね……」

 秘境と呼ばれる森に囲まれて育った故に、道中で破落戸ならずものから身を護る程度の腕っぷしと逃げ足なら自信があった。だが空腹と疲労という大敵に今、抗うすべも無い。

 このままでは行き倒れである。ぼそぼそと後悔を口にしていると、遠くから蹄と車輪の音が聞こえてきた。

「お嬢ちゃん、こんなところでどうした? モイライへ行くのなら乗せてやろうか?」
「かっ……かみさま……!?」

 馬車を止め、わざわざ降りて声を掛けてくれたのは、白いひげをたくわえた物語に出てくる神様のような、優し気な老人だった。
 何度も何度も礼を述べ、荷馬車に乗せてもらう。有難いことに揚げパンとリンゴをひとつ分けてくれた。荷台で揺られながらリンゴを齧ると、溢れる果汁と甘い果肉に生き返る心地がする。



「はぁ……それにしても、流石に無謀すぎた……これは猛反省だわ……」

 荷馬車に揺れながら、ひとり深々と溜息をつく。

 一つ前に立ち寄った町で、目的の”都市”まではそこから歩いて丸一日、と耳にして勢い込んで出発してしまったのだ。けれどもその一日という行程は、旅慣れた冒険者の話であって、土地勘も無く旅にも不慣れなアカシャは実に三日、歩きどおしだった。

「お爺さんが声を掛けてくれなかったら、今頃は──」

 目前に迫っていたかもしれない死の恐怖に今さらになって身震いをする。世間知らずの姫君の蛮勇に、我が身ながら情けなさでいっぱいだった。

「……優しい人に助けてもらってばっかりで、そのくせ私には、返せるものがあまりにも少ない」

 肩を落とし、唇を噛んで、それから手に握ったまま持ってきてしまった大衆新聞を開き、しわをのばし、眺める。

 魔導騎士ユリウス・アーデングラッハは、南の大国アーデングラッハ王国の第五王子でもある。

 魔法という強大な力が人の身に宿り行使されるこの世界で、魔力持ちが支配階級に座すのは自然の成り行きだろう。事実、連合機構軍で活躍する多くの魔導士や魔導騎士は、それぞれどこかの国の王侯貴族である事が殆どだ。

 紙面を飾る美しい魔導騎士の姿に指先でそっと触れる。
 王族に生まれ落ちた使命を果たさんといわんばかりの活躍を見せる”稀代の英雄”と、祖国が焦土と化すのを止められなかった”亡国の姫”。
 立っている場所があまりにも遠くて、焦りとやるせなさが募って眩暈がする。

 アカシャは絶大な魔力をその身に宿して生まれたが、魔法を行使する事が出来ない。魔法を発現するための魔力回路を体内に持っていないのだ。
 ヴィサルガの王族は大陸の多くの国々の王侯貴族とは生まれを異にする。故に一般的に魔法と呼ばれるものが一切使えないのは、一族生来のものだ。しかしそれを理由に自身を納得させるには、危機に直面した時の無力感はあまりにも大きすぎた。

 深くゆっくりと長い溜息をついて、気落ちしながらも、”英雄”の活躍を伝える記事に再び目を通す。

 胸にもやもやと湧き上がるのは焦燥と羨望、それから嫉妬。腹の底でちりちりするのは、知らずに魔力を使われている事への怒り。一方で、ゆらゆらとつま先から灯り巡るのは高揚と歓喜。

 例えどんな形であれ、持って生まれた魔力が、結果としてたくさんの人々の命と生活を護るのに活かされたのだから。
 決して言葉にしてはこなかったけれど、その事実は、この三年ほどの間、身の置き所を無くしたアカシャにとって矜持の拠り所でもあった。

「いっそこのままでも、構わないとすら思っていた時期も、あったのだけど」

 すぅ、と思い切り深呼吸をして、それからまた深く息を吐く。

「……そういうわけにも、いかないのよね……」

 低く呟く声は疲労の色を乗せていた。

 しばらく打ちひしがれた後、ぱん、と両手で己の頬を打ち気合を入れ直す。

「悩んでても、凹んでても、状況は変わらない」

 キリリとした表情に切り替え、顎を上げると、煤けた鞄から折り畳みナイフを取り出した。
 そうしていそいそと、しかし慎重に大衆新聞からユリウス・アーデングラッハの画を切り取る。鞄から皮張りの手帳を取り出すと、切り取った魔導転写画を丁寧に挟み込む。手帳はユリウスの切り抜きだらけだ。

「……だって、顔もわからないのでは、困るじゃない……!?」

 誰に聞こえるわけでもないのに言い訳を口にする。

「──だけど、会ってもらえるのかな。話を、聞いてもらえるかな……? 仮にそこまでいけたとして、一体何て説明しようか…………あなたは、私の──」

 その先の言葉は声にならなかった。苦虫を噛み潰したような顔になって、しかし耳は赤く染まる。




 アカシャ・ヴィサルガとユリウス・アーデングラッハは、古代精霊の誓約から成る儀式によって仮初の婚姻関係にある。
 その仮初を以て、アカシャが生まれ持つ”第二の心臓”と呼ばれる生体魔導石はユリウスに渡り、それによってアカシャの魔力をユリウスが行使する事を可能としている。

 だがその事実を当のユリウスは知らされていない。
 かつて彼を救う為にその儀式は成され、アカシャの秘密を護る為に真実は隠された。時が来れば返還され、全て秘密裏のうちに解消されるはずだった仮初は、図らずも魔物の大行軍によってその計策を大きく狂わせてしまった。

「ううん……そもそもが大陸の正式な婚姻ものでは無いのだから、余計な事は言わずに”心臓いし”を返してもらって、それで終わりにするしかない……真実を知る者を、増やしてはいけない……」

 ぼそぼそと己に言い聞かせるように呟いて、それから両の手を強く握り締めた。


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