亡国の姫君は英雄から心臓を取り返したい

遠雷

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18.蒸気と魔法の街

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 朝日がモイライを照らす頃、アカシャはベッドから起き上がって思い切り上半身を伸ばした。

「……なんだか、すごく身体が軽い……!」

 昨日は風呂自慢をしたいイサクに勧められ、さっそく湯を借りた。イスカが髪を洗ってくれたので、なんだか頭も軽くなった気がする。

 夜にはイスカが営む食堂『風来亭』で、常連の客たちと共にささやかな歓迎会までしてくれた。

 イスカの料理と気質を慕って集まる常連客は、気さくな冒険者たちで、店は遅くまで陽気な笑い声が絶えなかった。
 旅楽師が楽器を取り出して音楽を奏で始めたかと思えば、厳つい傷だらけの傭兵が、見た目に反して朗らかな歌声を披露する。
 出身地も年齢も性別も、何もかもがばらばらな彼らは、互いに遠い異国の歌に耳を傾けて歓声を送る。

 そんな中で美味しい料理をたらふく食べさせてもらって、アカシャはすっかりこの店が好きになっていた。



 ベッドから降りて再びぐっと身体を伸ばして、顔を洗いに一階に降りた。
 イサクとイスカはまだ薄暗いうちから起き出して、市場に買い出しに出掛けて居るようだ。

 洗顔してすっかり覚醒したところで、教えてもらった掃除用具を取り出して、掃除を始める。まだ箒の扱いさえぎこちないが、気合は充分だ。
 三階と二階の廊下に階段、それから厨房と店内を掃き清めて、布を絞りテーブルを拭く。
 そうこうしているうちにイサクたちが帰って来た。

「おう、ねーちゃん。もう起きてたのか! 掃除してくれて助かる……!」
「ふ、不慣れなので……二度手間になってしまっていたら、すみません……」

 テーブルを拭きながら、アカシャは息も絶え絶えに答える。気合は充分だったが、如何せん慣れない掃除仕事は想像よりも時間が掛かり、なかなかに悪戦苦闘していた。

「焦らなくっていいよ。ゆっくり覚えたら良いし、出来る範囲で構わないからね」

 イスカが苦笑しながら慰めの言葉をくれた。
 素直に頷いて、それから三人で朝食を採る。
 
 身支度を済ませたら、イサクと共にロジャーの元へ向かった。


 ◇◇◇


「二人とも、朝早くから呼び出してすまねぇな。今日は別件に当たってもらいたくてな」

 商人組合ギルドの建物に着くや否や、ロジャーは早速仕事の話を始めた。

「お嬢ちゃんの石詠みとしての精度が予想外に高かったもんでね。お嬢ちゃんが良ければだが、品質保証人として名前を出させてもらいたいと思ってる」
「品質保証、ですか……?」

 アカシャが目を丸くしていると、ロジャーは笑んで頷く。

「魔導原石は、石詠みの能を持たない人間からしたら、全部同じような石ころにしか見えねぇ。納品した品物がである事を、ギルドを代表する石詠みの名前を添えて保証するんだ」
「……! なるほど、魔力量や密度は、誰の目にもわかるものでは無いからですね」
「その通り。理解が速くて助かるね」

 魔導原石を鑑定する魔導具そのものは既に存在している。アカシャが最初にロジャーと出会った時に、彼が使っていた単眼鏡がそれだ。市井で売買される魔導具に使う石ならば、それで事足りるらしい。
 だが今回の機構軍からの依頼は、通常よりも遥かに高い精度を求められているのだという。

 その為、高度な眼を持つ石詠みが納品する際の書類に名を記して、品質の保証をするのだ。

「お嬢ちゃんの名前を出す事は構わないかい? 相手は機構軍だ。石詠みとして名を売り込む機会にもなるんで、悪い話じゃない」
「はい……! それは、問題ありません!」

 むしろ今のアカシャにしてみれば、願っても無い幸運にさえ思える。
 機構軍への伝手の、最初の足掛かりになるかもしれない。希望の光だ。

 ロジャーは商人の顔つきのまま、満面の笑みで頷いた。それから表情をがらりと変え、真顔になる。

「ただ一つ、ここで問題があってな」
「……な、なんでしょうか」

 アカシャもまた、真面目な顔で姿勢を整えた。

「お嬢ちゃんはこのモイライに来たばかりだ。石詠みとしてはまだ何の実績も持っていない。機構軍相手に品質保証として名を挙げるには、過去の実績が白紙じゃ不味いんだ」
「石の質を保証する石詠みの実力を、さらに保証するものが必要……という事ですね」

 気が遠くなった気分で、アカシャは目が虚ろになった。
 
「軍は実力主義な性質があるから、この手の品物に関しては、保証する者の出自まで問われる事は無いんだがね。その代わりに、能力の保証は必要ってことだ」

 ロジャーの声に、アカシャは少し気落ちして肩を落とす。

 魔導原石は加工前の石そのものなので、何か企てて仕込むような真似は出来ないからこそ、石詠み自身の出自は問われないらしい。それはアカシャにしてみれば幸いなのだが、問題は実績だ。

「そこでだ。その保証実績の為に、今の仕事の納品前にひと仕事こなして来て貰いてぇんだ」

 そう言って、ロジャーはにっこりと笑う。
 アカシャは思い切り顔を上げて、即答した。

「……はい! やります!!」
「お嬢ちゃん、話は最後まで聞いた方がいいぞ。まぁ、やる気があるのに越したことはねぇな」

 揶揄うように茶化すロジャーの横で、静かに話を聞いていたイサクがけたけたと笑い出した。

「わしの伝手で、お嬢ちゃんの実績にちょうど良い仕事が舞い込んで来てな。依頼主は名が通ってる。そいつは軍からの信用も万全だ。そこで仕事一つを認めてもらえば、問題は解決する」

 逸る気持ちを抑えて、アカシャは頷いた。

「向かう先は、モイライの南地区。そこに本拠地を置いてる、大陸鉄道機関営団ウロボロソフィス。長ったらしい名称だが、つまり雇い主は、大陸横断鉄道を仕切ってる大商会だ」




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