どうやら俺は悪役令嬢の背後霊らしい

遠雷

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9.王宮のお茶会

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 王宮の大広間は片面が広くテラスになり、そのまま中庭と繋がるつくりをしていて、矢鱈と見晴らしが良く広い。
 その浩渺こうびょうたる空間に国中の貴族が集まっているとくれば、もはや大規模な式典でも開かれるかのようだ。

 ──いやいや、これのどこらへんが”お茶会”なんだ……。

 綺麗に着飾った子女を伴った貴族たちがあちらこちらで挨拶をかわし、歓談に花を咲かせている。

 昼餐会やガーデンパーティーと銘打つと余計な準備やら作法が必要になるので、敢えてお茶会と謳っているのだと、家庭教師の言葉を思い出す。
 
 相変わらず誰かしらに己の姿が見えている様子は無いのだが、服装からして明らかにので、非常に居心地が悪い。場違いな幽霊と子犬は、周囲の雰囲気にすっかり呑まれて縮こまっていた。

 何なら幼いセレストの方が余程堂々としている。所作も完璧だ。

 入口の近くで家令と侍女に付き添われ兄を待つ間も、ぴんと背筋を伸ばし立つ姿は装いも相まってとても美しい。結わえ上げた髪にまるで髪飾りのように緑の蝶が止まっている。

 ちらちらと視線を寄越す者は後を絶たない。立ち止まり頬を染め見入っているどこかの子息も数えたらきりがないほどだ。こういう時に視線を遮る壁にすらなってやれない、視覚されないこの身体が恨めしい。幽霊ならば呪いとかそういう類の力でも無いものなのか、などとくだらない事を考えてしまう。


「セレスト、ここにいたか。邸まで迎えに行けずすまなかった」
「兄さま!」

 人いきれを掻き分けて兄のブラッドがやってくる。

「リズ姉さまはごいっしょではないのですか?」
「この茶会は貴族の子女を陛下にお披露目する名目だからね。婚約者でなく親族がエスコートする決まりなんだ。だからリズもご家族と居るよ。後で合流しよう」

 セレストは差し出された手を取り、兄に少し寄り添うように歩き出す。

 ──美形兄妹め……。腹が立つほど美しいなお前たち。

 胸のうちでつい、わけのわからない悪態をついてしまうほど、並び立つ兄妹は絵になっている。セレストの兄だけあってブラッドも随分と人の目を惹く容貌をしているのだ。着飾った二人が並ぶと、揃いの精巧な人形のようだ。

 ──……んん゛?? あれは……。

 しかし、ある一点におかしなものを見つけて視線はそこに釘付けになってしまった。

 ──ひよこ……?? ひな鳥か??

 仕立ての良いフロックコートに身を包むブラッドの肩に、茶色いふわふわの毛に覆われた鳥の雛らしきものがちょこんと座っている。時折きょろきょろと辺りを見回すように首を動かしてる様子から、間違っても装飾品の類ではなさそうだ。

 思わず眉を寄せ視線を彷徨わせる。ふいに足元に目をやれば、黒い毛玉犬がセレストの後ろをぽてぽてと歩きながらも、ブラッドの肩をじっと見ていた。

 またもやおかしなものが増えたぞ、と内心独り言ちて、すいすいと引き寄せられるがままに会場を進んで行った。


 ◇◇◇


 貴族たちの作る長い列の先に、玉座が設けられ今上国王と王妃が並び座している。

 列に並び待つ間に、仕事の合間を縫って駆け付けた父親と共に兄妹は両陛下の前に進み挨拶をする。

「ブラッド、セレスト、変わりないか? そなたらの健勝を見守る事は、メルローズとの約束でもあり、託された願いでもある」
「陛下、お心遣い痛み入ります。妹も私も、亡き母の名に恥じぬよう、日々を努めております。葬儀にご参列いただいた事も併せ、心より御礼申し上げます」

 粛々と口上を述べ再び頭を下げる兄妹に、国王は慈しむような柔らかい顔を向けた。

「生真面目なところは父に似たのか。しかしランドルフは些か働きすぎなきらいがある。付き合わされる我も難儀しておってな、そなたらから、少しは休むよう言い含めてくれぬか?」
「……陛下!」

 セレストたちの父親は宮中でも要職に就き、両陛下とも旧知の仲とあって気の置けない関係のようだ。


 短い時間ではあったが、和やかにいくらか言葉を交わした後でその場を辞する。少し開けた場所に移動したころ、父親ランドルフは立ち止まって兄妹に向き直った。

「セレスト、とても綺麗だよ。ローズもきっと今日のお前を見て安心している事だろう」

 ランドルフは今もまだ疲れの残る顔に笑みを浮かべると、そっと、結い上げた髪がくずれないように優しくセレストの頭を撫でる。
 夫人が病の床についてから、セレスト本人の望みもあってこうした場には出ていなかったのだと、使用人たちの言葉から察していた。病を克服し母娘が並び立つ日を、ランドルフも、セレストも望んでいたのだろう。無言のまま二人が交わす眼差しには、やるせない哀しみが今も残っている。

「ブラッドも、少し見ない間にまた一回り頼もしくなったな」

 息子の成長を確かめるように、ブラッドの腕に手を添える。そうして僅かな親子の時間を惜しむように、ランドルフは眉を下げた。

「すまないが、仕事に戻らねばならん。この後、王子殿下のところへは、二人で行ってくれるかい?」
「父上、陛下も仰っておられましたが、少し休まれてはいかがです」
「…ああ、わかっているよ。仕事を詰めすぎたのは反省している。家族を省みないなど、ローズに怒られてしまうね」
「父さま、おからだは大切になさってください」
「うん。ありがとうセレスト。今ある仕事は投げ出すわけにはゆかないから、片づけたら少し家でゆっくりしよう」

 賑やかな会場の片隅で過ぎゆくささやかな親子の時間を、傍らに居る幽霊と子犬と蝶とひよこは静かに見守っていた。
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