どうやら俺は悪役令嬢の背後霊らしい

遠雷

文字の大きさ
12 / 19

12.確かめる術はない

しおりを挟む
「悪役令嬢、セレスト・マグダネル」

 一瞬だけ聞こえてきた、囁くような小さな幼い声。周りを見回すが賑やかな会場の音で掻き消され、声の主を探すのは至難の業だ。ただでさえ、大した距離を動くことが出来ない幽霊である。

 前を歩くセレストとエリザベスに目を向ける。が聞こえてきたら、セレストは表情に出さないだろうが、エリザベスなら何かしら反応しそうなものだ。しかし、どうやらお喋りに夢中のようで、他の音が耳に入った様子は無い。
 ブラッドも別段変わった様子は見られない。

 足元で黒い毛玉犬がきょろきょろと周りを伺っている。

 ──お前も聴こえたか? 空耳、じゃあないよな……?

 そもそも、セレストを名指ししていたのが気にかかるし、悪役とは穏やかではない。

 得体の知れない悪意を向けられたような、何とも言い難い気持ち悪さを感じて、周囲を睨むように探る。
 容姿と家柄から、セレストも、エリザベスも、ブラッドも、三人とも否応なしに耳目を集めるので、視線を向けてきている人間は思いのほか多い。こちらを見ては何か話し込んでいる人物はそれなりに見当たる。だが、上手く取り繕われているのか、端から他意はないのか、見渡す限りではそこに悪意の色は見られなかった。


 ◇◇◇


 そのあとのお茶会も、帰途につく馬車の中でも、ずっと上の空でいた。

 頭の中であの聞こえてきたおかしな単語がぐるぐると巡る。 

 ──でも、俺は結局、何も出来ないんだよな……。

 この身体は、今のところ何も出来ないのだ。妙な言葉を発した人物を探す事も出来なかった。見つけたとしても、会話はおろか相手に触れる事さえ出来ない身で、それを確かめる術は無いのだ。
 仮に見えない姿を利用して何かわかったとしても、誰かに伝える術も無い。

 何の因果なのかはわからないが気づけばセレストの傍に居て、離れる術もわからずに、ただ彼女の過ごす日々を見ているだけだ。
 
 ──”見ているだけ” ……あの日と同じ、何も変わらない……。

 セレストと出会ったあの葬儀の日。泣きじゃくる彼女を見ている事しか出来なかった最初の記憶。ずっとこのままなのだろうか。
 この先、セレストが困難に対峙したとき、或いは何か危険が迫っている時、何も出来ずに見ているだけなのかと思うと、腹の底から得も言われぬ恐れと焦りが湧き上がってくる。

 ──俺にも何か、出来ないのか。何か……。

 ぐるぐると頭を悩ませ、目いっぱい力を込めて手近な紙切れを睨んでみる。

 ──念動力的なものくらい備わっていないのか!? 幽霊だぞ!?

 思考は随分と迷走を始めた。


 焦燥に突き動かされるように、その日から、人知れず幽霊による奇行にしか見えない試行錯誤の日々が始まった。
 
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

悲恋小説のヒロインに転生した。やってらんない!

よもぎ
ファンタジー
悲恋ものネット小説のヒロインに転生したフランシーヌはやってらんねー!と原作を破壊することにした。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

忘れるにも程がある

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたしが目覚めると何も覚えていなかった。 本格的な記憶喪失で、言葉が喋れる以外はすべてわからない。 ちょっとだけ菓子パンやスマホのことがよぎるくらい。 そんなわたしの以前の姿は、完璧な公爵令嬢で第二王子の婚約者だという。 えっ? 噓でしょ? とても信じられない……。 でもどうやら第二王子はとっても嫌なやつなのです。 小説家になろう様、カクヨム様にも重複投稿しています。 筆者は体調不良のため、返事をするのが難しくコメント欄などを閉じさせていただいております。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...