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12.確かめる術はない
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「悪役令嬢、セレスト・マグダネル」
一瞬だけ聞こえてきた、囁くような小さな幼い声。周りを見回すが賑やかな会場の音で掻き消され、声の主を探すのは至難の業だ。ただでさえ、大した距離を動くことが出来ない幽霊である。
前を歩くセレストとエリザベスに目を向ける。おかしな言葉が聞こえてきたら、セレストは表情に出さないだろうが、エリザベスなら何かしら反応しそうなものだ。しかし、どうやらお喋りに夢中のようで、他の音が耳に入った様子は無い。
ブラッドも別段変わった様子は見られない。
足元で黒い毛玉犬がきょろきょろと周りを伺っている。
──お前も聴こえたか? 空耳、じゃあないよな……?
そもそも、セレストを名指ししていたのが気にかかるし、悪役とは穏やかではない。
得体の知れない悪意を向けられたような、何とも言い難い気持ち悪さを感じて、周囲を睨むように探る。
容姿と家柄から、セレストも、エリザベスも、ブラッドも、三人とも否応なしに耳目を集めるので、視線を向けてきている人間は思いのほか多い。こちらを見ては何か話し込んでいる人物はそれなりに見当たる。だが、上手く取り繕われているのか、端から他意はないのか、見渡す限りではそこに悪意の色は見られなかった。
◇◇◇
そのあとのお茶会も、帰途につく馬車の中でも、ずっと上の空でいた。
頭の中であの聞こえてきたおかしな単語がぐるぐると巡る。
──でも、俺は結局、何も出来ないんだよな……。
この身体は、今のところ何も出来ないのだ。妙な言葉を発した人物を探す事も出来なかった。見つけたとしても、会話はおろか相手に触れる事さえ出来ない身で、それを確かめる術は無いのだ。
仮に見えない姿を利用して何かわかったとしても、誰かに伝える術も無い。
何の因果なのかはわからないが気づけばセレストの傍に居て、離れる術もわからずに、ただ彼女の過ごす日々を見ているだけだ。
──”見ているだけ” ……あの日と同じ、何も変わらない……。
セレストと出会ったあの葬儀の日。泣きじゃくる彼女を見ている事しか出来なかった最初の記憶。ずっとこのままなのだろうか。
この先、セレストが困難に対峙したとき、或いは何か危険が迫っている時、何も出来ずに見ているだけなのかと思うと、腹の底から得も言われぬ恐れと焦りが湧き上がってくる。
──俺にも何か、出来ないのか。何か……。
ぐるぐると頭を悩ませ、目いっぱい力を込めて手近な紙切れを睨んでみる。
──念動力的なものくらい備わっていないのか!? 幽霊だぞ!?
思考は随分と迷走を始めた。
焦燥に突き動かされるように、その日から、人知れず幽霊による奇行にしか見えない試行錯誤の日々が始まった。
一瞬だけ聞こえてきた、囁くような小さな幼い声。周りを見回すが賑やかな会場の音で掻き消され、声の主を探すのは至難の業だ。ただでさえ、大した距離を動くことが出来ない幽霊である。
前を歩くセレストとエリザベスに目を向ける。おかしな言葉が聞こえてきたら、セレストは表情に出さないだろうが、エリザベスなら何かしら反応しそうなものだ。しかし、どうやらお喋りに夢中のようで、他の音が耳に入った様子は無い。
ブラッドも別段変わった様子は見られない。
足元で黒い毛玉犬がきょろきょろと周りを伺っている。
──お前も聴こえたか? 空耳、じゃあないよな……?
そもそも、セレストを名指ししていたのが気にかかるし、悪役とは穏やかではない。
得体の知れない悪意を向けられたような、何とも言い難い気持ち悪さを感じて、周囲を睨むように探る。
容姿と家柄から、セレストも、エリザベスも、ブラッドも、三人とも否応なしに耳目を集めるので、視線を向けてきている人間は思いのほか多い。こちらを見ては何か話し込んでいる人物はそれなりに見当たる。だが、上手く取り繕われているのか、端から他意はないのか、見渡す限りではそこに悪意の色は見られなかった。
◇◇◇
そのあとのお茶会も、帰途につく馬車の中でも、ずっと上の空でいた。
頭の中であの聞こえてきたおかしな単語がぐるぐると巡る。
──でも、俺は結局、何も出来ないんだよな……。
この身体は、今のところ何も出来ないのだ。妙な言葉を発した人物を探す事も出来なかった。見つけたとしても、会話はおろか相手に触れる事さえ出来ない身で、それを確かめる術は無いのだ。
仮に見えない姿を利用して何かわかったとしても、誰かに伝える術も無い。
何の因果なのかはわからないが気づけばセレストの傍に居て、離れる術もわからずに、ただ彼女の過ごす日々を見ているだけだ。
──”見ているだけ” ……あの日と同じ、何も変わらない……。
セレストと出会ったあの葬儀の日。泣きじゃくる彼女を見ている事しか出来なかった最初の記憶。ずっとこのままなのだろうか。
この先、セレストが困難に対峙したとき、或いは何か危険が迫っている時、何も出来ずに見ているだけなのかと思うと、腹の底から得も言われぬ恐れと焦りが湧き上がってくる。
──俺にも何か、出来ないのか。何か……。
ぐるぐると頭を悩ませ、目いっぱい力を込めて手近な紙切れを睨んでみる。
──念動力的なものくらい備わっていないのか!? 幽霊だぞ!?
思考は随分と迷走を始めた。
焦燥に突き動かされるように、その日から、人知れず幽霊による奇行にしか見えない試行錯誤の日々が始まった。
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