13 / 19
13.暗中模索とはこのことだ
しおりを挟む
あの王宮でのお茶会の日以来、もどかしい焦燥感を抱えながら、とにかく思いつく限りの事を試している。
相変わらず勉学に励むセレストの傍らで、カーテンについているタッセルを動けと延々念じてみたり。
──駄目だ、ぴくりとも動きやしない……。
すり抜けるのは承知の上で、机に乗った一枚の紙に只管ぶんぶんと手のひらを通してみたり。
──扇いでるのと同じなんだから、少しくらい、風が起きたりしても良くないか!?
花瓶に生けられた花を長時間穴があくほど睨み付けてみたり。
──……あっ!! 動いた!? ……ああ、なんだ蜘蛛か……。
そんな、意味があるのかも怪しい努力を続けている。
少女の傍にそんな男が居たら不審者以外の何者でもないが、幸いな事に誰の目にも見えていない。そしてつまるところ奇行を咎めてくれる相手も居ないという悲しい現実もあった。
──こういうの、暗中模索っていうんだよな……。
時々我に返って虚しくなったり頭を抱えたりもしてみるが、焦燥は消えない。何もせず漫然と立っているだけではいられないのだ。
ふいに視線を落とした先で、黒い毛玉犬と目が合った。
──……ん? そうだ、そういえば、こいつはどうやら俺が視えていて、こいつのお陰で俺は少しだけ動けるように……。
かつて唯一この身に起きた変化を思い出していると、毛玉犬がまるでついてこいと言わんばかりに駆け出した。
駆け出すといっても、この子犬も遠くまで離れているところなど見た事がない。セレストの座る椅子の周りを円を描くようにぐるぐると回っている、というべきか。それでも、追いかけようと念じれば不思議な事にこの毛玉犬の後を追う事は何故か出来るのだ。
緑の蝶がすい、と目の前を飛ぶ。結局この蝶はエリザベスと再会した後も、セレストの傍を離れなかった。
真剣な表情で史学の本を読み進めるセレストの周りを、蝶と子犬と幽霊がぐるぐると周る、実に奇怪な光景が繰り広げられていた。
◇◇◇
そうして実におかしな試行錯誤を日々続けているうち、じわじわとほんの少しずつ、変化は起きていた。
期待していたほど大きな変化ではないが、無でもない。些細な変化であっても、何も出来ないという絶望に比べたら遥かに希望が持てる。
セレストを起点に大人の歩幅2歩分だった行動範囲は、5歩分ほどまで広がった。
──いや、まぁ。これだけやって、たったそれだけかという落胆は無きにしもあらずだが、これはこれで重要なんだ……。
『精神修行の時間』こと、セレストの着替えや湯あみの時間に、扉をすり抜けて外に出ていられるようになった。
見知らぬ男が四六時中傍に居て私生活を覗き見てしまっているなんて、女性からしたら恐怖や嫌悪の対象だろう。彼女の尊厳を傷つけたくはない紳士的な幽霊としては、これは願っても無い変化だ。
とはいえ、気を抜くとあっさりと身体は元あった位置に戻ってしまうので、強く念じなければならない。『精神修行の時間』であることに変わりはなかった。
扉の前で、護衛騎士にでもなったつもりで己を律していると、隣に毛玉犬が並んでちょこんと座る。今やこの時間は毛玉犬もそこが定位置であり、以前に輪をかけてすっかり紳士仲間である。
──ところでお前、またちょっと大きくなってないか??
最近では見慣れたつもりでいた黒い子犬の姿は、いつの間にか一回り成長しているような気がした。
相変わらず勉学に励むセレストの傍らで、カーテンについているタッセルを動けと延々念じてみたり。
──駄目だ、ぴくりとも動きやしない……。
すり抜けるのは承知の上で、机に乗った一枚の紙に只管ぶんぶんと手のひらを通してみたり。
──扇いでるのと同じなんだから、少しくらい、風が起きたりしても良くないか!?
花瓶に生けられた花を長時間穴があくほど睨み付けてみたり。
──……あっ!! 動いた!? ……ああ、なんだ蜘蛛か……。
そんな、意味があるのかも怪しい努力を続けている。
少女の傍にそんな男が居たら不審者以外の何者でもないが、幸いな事に誰の目にも見えていない。そしてつまるところ奇行を咎めてくれる相手も居ないという悲しい現実もあった。
──こういうの、暗中模索っていうんだよな……。
時々我に返って虚しくなったり頭を抱えたりもしてみるが、焦燥は消えない。何もせず漫然と立っているだけではいられないのだ。
ふいに視線を落とした先で、黒い毛玉犬と目が合った。
──……ん? そうだ、そういえば、こいつはどうやら俺が視えていて、こいつのお陰で俺は少しだけ動けるように……。
かつて唯一この身に起きた変化を思い出していると、毛玉犬がまるでついてこいと言わんばかりに駆け出した。
駆け出すといっても、この子犬も遠くまで離れているところなど見た事がない。セレストの座る椅子の周りを円を描くようにぐるぐると回っている、というべきか。それでも、追いかけようと念じれば不思議な事にこの毛玉犬の後を追う事は何故か出来るのだ。
緑の蝶がすい、と目の前を飛ぶ。結局この蝶はエリザベスと再会した後も、セレストの傍を離れなかった。
真剣な表情で史学の本を読み進めるセレストの周りを、蝶と子犬と幽霊がぐるぐると周る、実に奇怪な光景が繰り広げられていた。
◇◇◇
そうして実におかしな試行錯誤を日々続けているうち、じわじわとほんの少しずつ、変化は起きていた。
期待していたほど大きな変化ではないが、無でもない。些細な変化であっても、何も出来ないという絶望に比べたら遥かに希望が持てる。
セレストを起点に大人の歩幅2歩分だった行動範囲は、5歩分ほどまで広がった。
──いや、まぁ。これだけやって、たったそれだけかという落胆は無きにしもあらずだが、これはこれで重要なんだ……。
『精神修行の時間』こと、セレストの着替えや湯あみの時間に、扉をすり抜けて外に出ていられるようになった。
見知らぬ男が四六時中傍に居て私生活を覗き見てしまっているなんて、女性からしたら恐怖や嫌悪の対象だろう。彼女の尊厳を傷つけたくはない紳士的な幽霊としては、これは願っても無い変化だ。
とはいえ、気を抜くとあっさりと身体は元あった位置に戻ってしまうので、強く念じなければならない。『精神修行の時間』であることに変わりはなかった。
扉の前で、護衛騎士にでもなったつもりで己を律していると、隣に毛玉犬が並んでちょこんと座る。今やこの時間は毛玉犬もそこが定位置であり、以前に輪をかけてすっかり紳士仲間である。
──ところでお前、またちょっと大きくなってないか??
最近では見慣れたつもりでいた黒い子犬の姿は、いつの間にか一回り成長しているような気がした。
91
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
忘れるにも程がある
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたしが目覚めると何も覚えていなかった。
本格的な記憶喪失で、言葉が喋れる以外はすべてわからない。
ちょっとだけ菓子パンやスマホのことがよぎるくらい。
そんなわたしの以前の姿は、完璧な公爵令嬢で第二王子の婚約者だという。
えっ? 噓でしょ? とても信じられない……。
でもどうやら第二王子はとっても嫌なやつなのです。
小説家になろう様、カクヨム様にも重複投稿しています。
筆者は体調不良のため、返事をするのが難しくコメント欄などを閉じさせていただいております。
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる