どうやら俺は悪役令嬢の背後霊らしい

遠雷

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16.俺以外の彼らの正体

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 ベッカー家の別荘は、セレスト達が普段暮らす王都から、馬車で半日ほど遠出した湖の畔にあった。

 色とりどりの花が邸を囲むように植えられ、常緑樹を動物の形に刈り整えたトピアリーがところどころから顔を出している。邸内にも鉢植えが置かれ、更に美しい花があちこちに生けられている。

 エリザベスが陣頭指揮を執り、侯爵夫人とベッカー家の使用人一同が腕によりをかけて、セレストの為に用意してくれたのだという。

 おとぎ話の一幕に迷い込んだような景色の中を、兄ブラッドとエリザベスに両側からエスコートされ、セレストの足取りもいつもより弾んでいた。

 別荘の中も美しく愛らしい花に満たされて、セレストを祝福している。だが一方で、相変わらず身体が勝手にセレストに追従してしまう幽霊はといえば──。

 ──くっ……、油断していると花に埋もれてしまう。招かれざる客だから仕方ないんだが……。

 両脇を花に囲まれ、むしろ花瓶と同化して文字通りの壁の花になり果てていた。

 ──男が壁の花になっても……。いや、そもそも意味が違うんだが。


 ◇◇◇


「まぁ、起きたら枕元に? 凄いわ! それにとても綺麗ですわ……!」
「ほんとうに素敵ね。セレストちゃん、それはきっと守護精霊の贈り物よ」

 色硝子の天井が見事なサロンに、柔らかく彩られた光が差し込む中、底抜けに明るいエリザベスの声と、落ち着いたベッカー侯爵夫人の声が響く。

「はい……大切にいたします」

 セレストは手のひらに先日のあの石を乗せたまま、二人の言葉が嬉しいのか頬を染め、うっすらと笑みを零す。普段なかなか表情が変わらない彼女は、エリザベスと共に居ると随分とその顔が緩むが、今日はいつも以上に現れる感情が豊かだ。



「精霊王が長い眠りについてから、人は精霊をる力を無くしてしまったけれど、この国の子供たちは皆、守護精霊に見守られているのよ」

 ベッカー夫人がひときわ優しい声で語り聞かせる。
 
 おとぎ話のようなそれは、しかしどう頭を巡らせてもがあって、思わず足元にいる黒い毛玉犬に視線を送る。
 今日はこの別荘に着いて以来、ずっと『しつけの行き届いた賢い犬』みたいな顔をしている毛玉犬は、ぷいと横を向いた。

 ──……。

 それから何となく視線を感じて顔を上げると、普段の数倍物静かなブラッドの肩に乗っているイヌワシが、じっとこちらを見ていた。
 だが目が合うと、イヌワシにもわざとらしく横を向かれる。

 ──……お、お前ら……。

 最後に、何故だかこの邸についてからいつもの数倍、エリザベスの周りを舞っている緑の蝶に目を向ける。普段は5、6匹なのに今日は軽く20匹は飛んでいる。
 それが一斉にエリザベスの髪や背に止まって隠れた。

 ──何!? 何なの!? お前らやっぱりその”守護精霊”とやらで、俺だけ幽霊で、仲間外れってこと!??

 信頼していた仲間に裏切られたような気分になって憤慨してしまう。だが正直に言えば、薄々、彼らがそういう存在ものであるような予感はしていた。

 いじけたようにしゃがみ込んで、大きな花瓶と一体化する。最近この身に訪れた変化と言えば、念じるとしゃがんだり座ったり出来るようになった事くらいだ。

 ──……今日の俺は、セレストを見守る名も無き花瓶だ……。

 不貞腐れて思考が迷走してしまう。
 そんな奇行に対する憐みなのか、慰めなのか、黒い毛玉犬はずっとその隣に座っていた。


 
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