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17.内緒話
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しばらく花瓶になりきって祝いの空気に満ちた邸内をぼんやりと眺めていると、エリザベスの父であるベッカー侯爵とブラッドが、花瓶の傍までやってきた。
「ブラッド君、リズは随分と君の妹君を気に入っているようだね」
「はい。リズ……エリザベス嬢のお陰で、妹も随分と表情が柔らかくなりました。彼女には感謝が絶えません」
「はは……娘の賛辞は嬉しいものだ、ありがとう。しかしまるで本物の姉妹のようだな。……まあ将来は本当の意味で義姉妹になるのだけど、もしかして私にいずれ来るその覚悟を今からさせようとしている?」
「えっ、なっ、そのような事は!」
ベッカー候は物腰の柔らかい優男だが、ブラッドに向ける視線も言葉も、どこかちくちくとささやかな弱みを探して小突くような色を孕んでいる。
──まぁ、愛娘を掻っ攫っていく腹立たしい美形ですからね、そいつは。
セレストを見守る名も無き花瓶になりきった幽霊の前に、この二人がやってきて話し始めたので、聞こえないのを良い事にしょうもない茶々を入れている。
ベッカー候は冗談めかしてはいるが、娘の将来を委ねる相手の人となりや資質に探りを入れているのだろう。先ほどから和やかな話題に混ぜ込むようにちくりちくりと牽制を入れている。
珍しく酷く緊張している様子のブラッドに、同じ男として少し同情しつつも、つい先ほどの一件でひねくれた気分なのでからかい半分になってしまう。
ベッカー候の笑顔の裏に潜ませた圧のせいか、イヌワシは肩から降りて花瓶の横まで避難してきていた。
──お前は傍に居てやれよ……守護精霊なんじゃないの!?
隣に並ぶイヌワシは、つんとそっぽを向いた。
部屋の奥ではセレストとエリザベスとベッカー夫人が、和気藹々とアクセサリー談義に花を咲かせている。聞こえてくる会話から、あの石をペンダントに加工する相談をしているようだ。何故だかむずがゆいような気分になる。
逃げるような心持で目の前の男二人に意識を戻せば、話題はいつの間にか核心に迫っていたようだ。
「……この話が政略によるものならば、一も二も無く断っていた。我が家が元来望むものが何か理解しているかい?」
「はい、勿論です。過度な権力より民の益と平穏。エリザベス嬢を望んだ時から、心に刻んでいます」
ブラッドは緊張を上手く噛み殺した様子で、しっかりとベッカー候の目を見て応える。
ベッカー候は、労わるような柔らかい表情で頷いた。
「だが権力というものは、安易に軽視していいものでも無い。それは時に民を守る盾と矛にもなる。我が家におもねって、逆にマグダネルが守ってきたものを蔑ろにしてはいけないよ」
「はい、ありがとうございます。未だ若輩ですが、どちらの名にも恥じぬよう精進します」
うんうんと頷いた後でベッカー候は、ガシガシと励ますようにブラッドの肩を叩く。
イヌワシが退避していたのはこれを予期したいたのかもしれない。
「はは、そんなに堅くならなくていい。我が家の指針に理解を示し、頭の片隅に置いてくれるだけで充分だよ。でも……一人の父親として、一番肝心な事はそれとはまた別だけどね」
にやりと口角を上げて再び探るような眼差しを向けるベッカー候に、ブラッドは少しだけたじろいだが、すぐに表情を真剣なものに代えた。
「エリザベスの笑顔を守るのは、誰よりも私自身であると、守護精霊に誓います」
ブラッドの言葉に、花瓶の真横に居たイヌワシがびくりと羽を毛羽立たせる。
──いや、おい。びっくりしてる場合じゃない。お前、呼ばれてない……??
目を真ん丸に開いて束の間挙動不審にこちらに視線を寄越した後、イヌワシは音も無く飛び立ち、ブラッドの肩に乗る。
すると、部屋の中に突然小さく一陣、風が吹いた。窓は開いていない。
これにはベッカー候も目を見開き、ブラッド自身も驚いた様子であたりを見回している。
「はは……、いや、これは驚いたな。これほど頼もしい事は無い」
しばらく呆けた後で、ベッカー候は心底感嘆したような顔と声音で、ブラッドの手を取り固く握手を交わしていた。
──今の、イヌワシが何かしたのか? く……、毛玉犬も蝶もイヌワシも不思議な力を持ちやがって!!
へそを曲げて花瓶の中に顔を引っ込めて、それから溜息をつく。
先ほどブラッドが口にした誓いの言葉を頭の中で反芻する。
守る、と言葉に出来て、身分と人格と能力からして実際にそれが出来るだろうブラッドが無性に羨ましくて仕方がないのだ。己の内にふつふつと湧く嫉妬と焦燥を、隠してしまいたかった。
「ブラッド君、リズは随分と君の妹君を気に入っているようだね」
「はい。リズ……エリザベス嬢のお陰で、妹も随分と表情が柔らかくなりました。彼女には感謝が絶えません」
「はは……娘の賛辞は嬉しいものだ、ありがとう。しかしまるで本物の姉妹のようだな。……まあ将来は本当の意味で義姉妹になるのだけど、もしかして私にいずれ来るその覚悟を今からさせようとしている?」
「えっ、なっ、そのような事は!」
ベッカー候は物腰の柔らかい優男だが、ブラッドに向ける視線も言葉も、どこかちくちくとささやかな弱みを探して小突くような色を孕んでいる。
──まぁ、愛娘を掻っ攫っていく腹立たしい美形ですからね、そいつは。
セレストを見守る名も無き花瓶になりきった幽霊の前に、この二人がやってきて話し始めたので、聞こえないのを良い事にしょうもない茶々を入れている。
ベッカー候は冗談めかしてはいるが、娘の将来を委ねる相手の人となりや資質に探りを入れているのだろう。先ほどから和やかな話題に混ぜ込むようにちくりちくりと牽制を入れている。
珍しく酷く緊張している様子のブラッドに、同じ男として少し同情しつつも、つい先ほどの一件でひねくれた気分なのでからかい半分になってしまう。
ベッカー候の笑顔の裏に潜ませた圧のせいか、イヌワシは肩から降りて花瓶の横まで避難してきていた。
──お前は傍に居てやれよ……守護精霊なんじゃないの!?
隣に並ぶイヌワシは、つんとそっぽを向いた。
部屋の奥ではセレストとエリザベスとベッカー夫人が、和気藹々とアクセサリー談義に花を咲かせている。聞こえてくる会話から、あの石をペンダントに加工する相談をしているようだ。何故だかむずがゆいような気分になる。
逃げるような心持で目の前の男二人に意識を戻せば、話題はいつの間にか核心に迫っていたようだ。
「……この話が政略によるものならば、一も二も無く断っていた。我が家が元来望むものが何か理解しているかい?」
「はい、勿論です。過度な権力より民の益と平穏。エリザベス嬢を望んだ時から、心に刻んでいます」
ブラッドは緊張を上手く噛み殺した様子で、しっかりとベッカー候の目を見て応える。
ベッカー候は、労わるような柔らかい表情で頷いた。
「だが権力というものは、安易に軽視していいものでも無い。それは時に民を守る盾と矛にもなる。我が家におもねって、逆にマグダネルが守ってきたものを蔑ろにしてはいけないよ」
「はい、ありがとうございます。未だ若輩ですが、どちらの名にも恥じぬよう精進します」
うんうんと頷いた後でベッカー候は、ガシガシと励ますようにブラッドの肩を叩く。
イヌワシが退避していたのはこれを予期したいたのかもしれない。
「はは、そんなに堅くならなくていい。我が家の指針に理解を示し、頭の片隅に置いてくれるだけで充分だよ。でも……一人の父親として、一番肝心な事はそれとはまた別だけどね」
にやりと口角を上げて再び探るような眼差しを向けるベッカー候に、ブラッドは少しだけたじろいだが、すぐに表情を真剣なものに代えた。
「エリザベスの笑顔を守るのは、誰よりも私自身であると、守護精霊に誓います」
ブラッドの言葉に、花瓶の真横に居たイヌワシがびくりと羽を毛羽立たせる。
──いや、おい。びっくりしてる場合じゃない。お前、呼ばれてない……??
目を真ん丸に開いて束の間挙動不審にこちらに視線を寄越した後、イヌワシは音も無く飛び立ち、ブラッドの肩に乗る。
すると、部屋の中に突然小さく一陣、風が吹いた。窓は開いていない。
これにはベッカー候も目を見開き、ブラッド自身も驚いた様子であたりを見回している。
「はは……、いや、これは驚いたな。これほど頼もしい事は無い」
しばらく呆けた後で、ベッカー候は心底感嘆したような顔と声音で、ブラッドの手を取り固く握手を交わしていた。
──今の、イヌワシが何かしたのか? く……、毛玉犬も蝶もイヌワシも不思議な力を持ちやがって!!
へそを曲げて花瓶の中に顔を引っ込めて、それから溜息をつく。
先ほどブラッドが口にした誓いの言葉を頭の中で反芻する。
守る、と言葉に出来て、身分と人格と能力からして実際にそれが出来るだろうブラッドが無性に羨ましくて仕方がないのだ。己の内にふつふつと湧く嫉妬と焦燥を、隠してしまいたかった。
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