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幼馴染の騎士団長と聖女様はとてもお似合いなので、回復薬作りしか取り柄のないわたしは身を引こうと思います。
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華やかなパレードで、誰もが若き騎士団長ラルフと聖女エリーゼ様に夢中だった。
ローゼリアン王国と対立するヴィルギンガム帝国との闘いで、一人の犠牲者も出すことなく勝利へと導いた二人。
(とってもお似合いだわ――)
そう思うと胸の奥がズキン、と痛んだ。
二人はにこやかに微笑みながら、尊敬の眼差しを向ける国民に手を振り返す。
わたしはそれ以上見ているのが辛くて、逃げるように立ち去った。
♢♢♢
わたしとラルフは幼馴染。
と言っても、ラルフの方が五つ歳上。
ローゼリアン王国の西にある、小さな村で生まれ育った。
子どもはわたしとラルフだけだったから、幼い頃は二人で野山を駆け回ったり、川で泳いだりして遊んだ。
「おーい、ソフィ。どこだー?」
かくれんぼをしている時、ラルフがわたしの名前を呼ぶ度に長い耳がぴこぴこ動いた。
そう、わたしはうさぎ獣人。
名前はソフィア。
両親とラルフからはソフィと呼ばれていた。
「みーつけた!」
「うう……このみみだと、すぐにみつかっちゃう……」
「気にすんなって。俺はソフィの耳、個性的でいいと思うぜ」
「えへへ……ありがとう」
ラルフに優しく頭を撫でられると、心が幸せで満たされる。
あたたかくて、大きな手。
わたしはラルフに恋をしていた。
この村で、ずっと一緒に暮らせると思っていた。
けれど、いつからかラルフは騎士になりたいと剣を持ち、鍛錬に明け暮れるようになった。
元々、運動神経の良かったラルフは、村の近くを通りかかったローゼリアン王国屈指の騎士団団長に剣の腕前を認められ、そのまま王都へと旅立ってしまう。
まだ十三歳のわたしは、ただ見送ることしかできなかった。
あれから五年。
十八歳になって成人したわたしは、王都に移り住むことを決意する。
得意の回復薬作りを活かし、夫婦で切り盛りする薬草店に住み込みで働かせてもらうことになっていた。
「体調にはくれぐれも気をつけてね、ソフィ」
「辛くなったらいつでも帰ってきていいんだぞ」
「うん、ありがとう。パパ、ママ」
両親や村の人たちに見送られ、乗り合い馬車に揺られながら、わたしはラルフと過ごした日々を思い出しては静かに祈る。
(神様、一目でいいのでラルフに会わせてください――)
♢♢♢
薬草店の離れを借りたわたしは、最低限の掃除を済ませると、店主夫妻とお茶を飲みながら仕事について話していた。
奥さんは妊娠九ヶ月で、大きなお腹を愛しそうに撫でている。
明るくて笑顔の素敵な人。
旦那さんも人当たりがよく、仲睦まじい二人の様子に自然と頬が緩んでしまう。
「ソフィアちゃんは回復薬作りが得意なのね」
「母から作り方を教わったんです」
「へえ、そうなのかい。うちは回復薬を取り扱ってなかったから頼りにしてるよ」
「はい、頑張ります!」
「早速で悪いんだけど、このお宅に薬草茶を届けてもらってもいいかな?」
「分かりました」
「道に迷わないよう気をつけてね」
「はい、行ってきます」
ブリキの茶缶に収められた薬草茶を受け取るとピクニックバスケットに入れ、紙に書かれた住所を目指す。
薬草店は小高い丘の上に建てられていて、そこから王都をぐるりと見渡すことができた。
大通りを忙しなく行き交う馬車、美しく着飾った人々、活気あふれる港に青い海がきらきらと輝いて見えた。
(わあ、すごい……!)
海風でスカートがめくれないよう手で押さえながら、緩やかな坂道を下って行く。
とにかく王都は人が多くて、わたしと同じ獣人族をよく見かけた。
犬、猫、リス、キツネ、鳥、羊、狼、ワニ、ナマケモノ。
エルフやドワーフともすれ違い、まるでおとぎ話の世界に入り込んだかのようで心が弾む。
綺麗に整備された道沿いにはお洒落な店が立ち並び、目に映るもの全てが新鮮で、キョロキョロしながら歩いていると――
(あれ? ここ、どこかしら?)
狭く湿っぽい路地裏。
昼間だというのに薄暗い。
本能的に危険を察知したわたしは、急いで大通りに戻ろうとするけれど――
「おう、嬢ちゃん。こんなところで何やってんだぁ?」
「子うさぎちゃん、俺たちとお茶でも飲まねぇか?」
大柄な男性二人に行手を阻まれる。
逃げ出そうにも、怖くて体が竦んでしまう。
一人にぐいっ! と腕を掴まれ、もう一人がニヤニヤ笑いながらわたしに向かって手を伸ばす。
(いや! 誰か助けて――っ!!)
「ぐえっ!」
「うぎゃっ!」
「君、怪我はないか!?」
おそるおそる目を開けると、腰に剣を携えた若い男性が立っていた。
高潔で清廉な装いからして、おそらく騎士。
そして、その人は紛れもなく――
「ラルフ!」
「ソフィ?」
突然の再会に、わたしたちは目を丸くする。
五年前よりも背が伸びて随分と逞しくなっていたけれど、凛としながらもどこか人懐っこい顔立ち、深緑の宝石のような瞳、左目の泣き黒子は大好きなラルフに間違いなかった。
「ラルフ……うわああああん!」
恐怖から解放されたのとラルフに会えた喜びで、わたしは小さな子どもみたいに声を上げて泣いてしまう。
そんなわたしを、ラルフは優しく抱きしめてくれた。
トクン、と胸が高鳴り、勝手に丸い尻尾が揺れてしまう。
「もう大丈夫だから、ソフィ。それよりなんで王都にいるんだ?」
「えっと――」
気絶している男性二人を他の団員に任せると、わたしはラルフに連れられ、噴水がある広場のベンチに腰を下ろす。
「ソフィのお母さん、回復薬作りが得意だったもんな」
「うん。ママもうさぎ獣人だから、人より鼻が利くの」
回復薬に使う七種類の薬草は、非常に見つけにくい。
よく似た雑草があって、それらが少しでも混ざると回復薬を作ることができなかった。
小さな村でお医者さんもいなかったから、みんなママが作る回復薬や傷薬を頼りにしていた。
ラルフが騎士を目指すと決めた時から、わたしもママに教わって回復薬作りに励んだ。
もちろん最初から上手くできるはずもなく、数え切れないくらい失敗した。
臆病で泣き虫なわたし。
いつもラルフが助けてくれた。守ってくれた。
もし、騎士になったラルフが怪我をしたら、その時はわたしが力になりたいと心から思った。
だから初めて作ることに成功した回復薬はお守りとして、今でも小瓶に入れて大切に持ち歩いている。
「――あのね。これ、わたしが作った回復薬なんだけど、ラルフに持っていてほしいの」
ポケットの中から小瓶を取り出すと、ラルフに手渡した。
午後の太陽の光を浴びた小瓶が、きらりと輝く。
「ありがとう、ソフィ。大切にするよ」
「……うん」
できることなら、使わないでほしい。
お守りとしてずっと持っていてほしい。
と、そこへ団員がラルフの元へやって来た。
「団長、二人を連行しました」
「うん、ご苦労だった」
(え? ラルフが、団長――?)
わたしはこてんと首を傾げ、黄水晶色の目を瞬かせる。
「すまない。俺のことをまだ話してなかったな。先月、晴れて国王陛下直属のアウラド騎士団の団長になったんだ」
「……そう、なの?」
「ああ」
ちょっと照れくさそうに笑うラルフ。
短く切り揃えられた銀髪が、さっきよりも眩しく見えた。
村を離れてからの五年間、血の滲むような努力をしてきたのだと思うと、ラルフが急に遠い存在になったように感じてしまう。
「それと、もう耳にしているかもしれないがヴィルギンガム帝国と近々、剣を交えることになる」
「……っ!!」
騎士団長のラルフが、闘いの場に赴かないはずもなく。
行かないで、と言葉が出かけて、わたしは口を閉ざす。
「俺なら大丈夫だから、心配しないでくれ」
「……う、ん。分かった」
そのあと紙に書いてあった住所まで案内してもらい、薬草店の前でラルフと別れた。
わたしは店主夫妻に帰宅したことを告げると、階段を駆け上がり、埃っぽいベットに項垂れる。
(せっかく再会できたのに、こんなのってあんまりよ――)
自分の無力さを呪いながら、ただただラルフの無事を願うばかりだった。
♢♢♢
数日後。
アウラド騎士団とともに聖女エリーゼ様が出立したと、国中で大騒ぎになった。
光の束を集めたような金色の艶やかな髪、白磁のように透き通った瑞々しい肌、紺碧の海を閉じ込めたような青い瞳。
慈悲深く、いつも笑顔を絶やさない、まさに聖女を体現したお方。
「エリーゼ様のご加護があれば、卑怯な真似をされない限りは安心だな」
「アウラド騎士団の団長は国一番の強者だから、負けるはずがねえさ」
人々が言うように、この闘いはすぐに終わりを迎える。
剣技を尊ぶ両国の王の命令で、それぞれの騎士団団長による一対一の決闘が行われ、ラルフはヴィルギンガム帝国の団長の首元に剣を突きつけ、見事勝利した。
一人の犠牲者も出すことなく白星を上げた若き騎士団長ラルフと加護を授けた聖女エリーゼ様の帰還を、国を挙げて盛大に祝った。
「ああ、やっぱりエリーゼ様はいつ見てもお美しいなあ」
「凛々しいラルフ様と並んでいるとよくお似合いだねえ」
(そんなの、分かってる。わたしじゃラルフと釣り合わないって――)
背が小さくて、体型も子どもっぽくて、うさぎの耳と尻尾が生えているから、余計に幼く見えるわたし。
対するエリーゼ様は、絵画の中から出てきたように女性らしく、たおやかだった。
(とってもお似合いだわ――)
そう思うとズキン、と胸の奥が痛む。
山車の上でにこやかに微笑む二人の姿を見ているのが辛くて、わたしは逃げるようにその場を立ち去った。
♢♢♢
どれくらい経ったのだろう。
わたしは薬草店に戻ることもせず、ふらふらと街を彷徨っていた。
パレードが終わり、楽しそうに話しながら笑顔を浮かべた人々が帰路に就く。
空を見上げると、日が西に傾いていた。
(――やっぱり村に帰ろう。ラルフのことは諦めなくちゃ)
そう思えば思うほど、切なくて胸が張り裂けそうになる。
長い耳はシュンと垂れ下がり、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「うっ……うう」
「ソフィ!」
反射的にぴくん、と両耳が立つ。
(今、ラルフの声が聞こえた気がしたけれど、そんなはず――)
「夕暮れ時に一人で歩いていたら危ないじゃないか!」
ぎゅっと体を抱きしめられ、わたしは束の間、呼吸をするのを忘れてしまう。
「ラルフ、どうして……?」
「パレードの途中でソフィがどこかに走って行ったから、すごく心配したんだ」
「もしかして探しに来てくれたの……?」
「当然だろう!」
「でも、みんなラルフとエリーゼ様はお似合いだって――」
「エリーゼ様には結婚を約束した相手がいらっしゃるよ」
「……そう、だったの?」
へなへなと体の力が抜ける。
そんなわたしを、ラルフは支えるようにもっと強く抱きしめてくれた。
「俺はソフィのことが好きだ。村を離れてから一日たりともソフィを想わなかったことはない」
「……え?」
いきなりの告白に、わたしは夢でも見ているのかと思ってしまう。
だけど全身で感じるラルフのぬくもりと、爽やかで甘ったるい匂いにそうではないと分からされて。
「でも……わたし、背が小さいし、体型も子どもっぽいし、耳と尻尾も生えてるし、騎士団長のラルフとは釣り合わない……」
「俺はソフィの全てが好きなんだ。小さくて子どもっぽいところも、ふわふわの耳と尻尾も、ストロベリーブロンドの髪もたまらなく可愛いよ」
耳元で囁くように言われ、熱い吐息にゾクリとする。
心臓がドキドキしすぎてどうにかなりそうだったけれど、わたしは勇気を振り絞って赤く染まった顔を上げた。
「……わたしも、ラルフのことが好き。大好き」
「ソフィ」
「きゃっ!」
お姫様抱っこをされ、わたしはラルフの首にしがみつく。
「実は決闘の前に国王陛下を庇って負傷したんだけど、ソフィがくれた回復薬のお陰ですぐに傷口が塞がったんだ」
「本当? 良かった……でも、エリーゼ様のご加護があったから、じゃないの?」
「もちろんエリーゼ様は平等にみんなを癒し、護ってくださったよ。だけど俺が勝利を掴むことができたのは、ソフィの回復薬があったからこそなんだ」
「……っ」
嬉しさと安堵で、ぽろぽろと涙がこぼれる。
ラルフは柔らかく微笑むと、指でそっと涙を拭ってくれた。
「ソフィ、君を幸せにすると神に誓う。どうか俺と結婚してほしい」
「ラルフ……わたし、もう十分幸せよ」
「だったら二人で、もっともっと幸せになろう」
「……うん」
蕩けるように見つめ合い、甘やかな口づけを落とされる。
そんなわたしたちを祝福するかのように、夕刻を告げる鐘の音が清らかに鳴った――
END
ローゼリアン王国と対立するヴィルギンガム帝国との闘いで、一人の犠牲者も出すことなく勝利へと導いた二人。
(とってもお似合いだわ――)
そう思うと胸の奥がズキン、と痛んだ。
二人はにこやかに微笑みながら、尊敬の眼差しを向ける国民に手を振り返す。
わたしはそれ以上見ているのが辛くて、逃げるように立ち去った。
♢♢♢
わたしとラルフは幼馴染。
と言っても、ラルフの方が五つ歳上。
ローゼリアン王国の西にある、小さな村で生まれ育った。
子どもはわたしとラルフだけだったから、幼い頃は二人で野山を駆け回ったり、川で泳いだりして遊んだ。
「おーい、ソフィ。どこだー?」
かくれんぼをしている時、ラルフがわたしの名前を呼ぶ度に長い耳がぴこぴこ動いた。
そう、わたしはうさぎ獣人。
名前はソフィア。
両親とラルフからはソフィと呼ばれていた。
「みーつけた!」
「うう……このみみだと、すぐにみつかっちゃう……」
「気にすんなって。俺はソフィの耳、個性的でいいと思うぜ」
「えへへ……ありがとう」
ラルフに優しく頭を撫でられると、心が幸せで満たされる。
あたたかくて、大きな手。
わたしはラルフに恋をしていた。
この村で、ずっと一緒に暮らせると思っていた。
けれど、いつからかラルフは騎士になりたいと剣を持ち、鍛錬に明け暮れるようになった。
元々、運動神経の良かったラルフは、村の近くを通りかかったローゼリアン王国屈指の騎士団団長に剣の腕前を認められ、そのまま王都へと旅立ってしまう。
まだ十三歳のわたしは、ただ見送ることしかできなかった。
あれから五年。
十八歳になって成人したわたしは、王都に移り住むことを決意する。
得意の回復薬作りを活かし、夫婦で切り盛りする薬草店に住み込みで働かせてもらうことになっていた。
「体調にはくれぐれも気をつけてね、ソフィ」
「辛くなったらいつでも帰ってきていいんだぞ」
「うん、ありがとう。パパ、ママ」
両親や村の人たちに見送られ、乗り合い馬車に揺られながら、わたしはラルフと過ごした日々を思い出しては静かに祈る。
(神様、一目でいいのでラルフに会わせてください――)
♢♢♢
薬草店の離れを借りたわたしは、最低限の掃除を済ませると、店主夫妻とお茶を飲みながら仕事について話していた。
奥さんは妊娠九ヶ月で、大きなお腹を愛しそうに撫でている。
明るくて笑顔の素敵な人。
旦那さんも人当たりがよく、仲睦まじい二人の様子に自然と頬が緩んでしまう。
「ソフィアちゃんは回復薬作りが得意なのね」
「母から作り方を教わったんです」
「へえ、そうなのかい。うちは回復薬を取り扱ってなかったから頼りにしてるよ」
「はい、頑張ります!」
「早速で悪いんだけど、このお宅に薬草茶を届けてもらってもいいかな?」
「分かりました」
「道に迷わないよう気をつけてね」
「はい、行ってきます」
ブリキの茶缶に収められた薬草茶を受け取るとピクニックバスケットに入れ、紙に書かれた住所を目指す。
薬草店は小高い丘の上に建てられていて、そこから王都をぐるりと見渡すことができた。
大通りを忙しなく行き交う馬車、美しく着飾った人々、活気あふれる港に青い海がきらきらと輝いて見えた。
(わあ、すごい……!)
海風でスカートがめくれないよう手で押さえながら、緩やかな坂道を下って行く。
とにかく王都は人が多くて、わたしと同じ獣人族をよく見かけた。
犬、猫、リス、キツネ、鳥、羊、狼、ワニ、ナマケモノ。
エルフやドワーフともすれ違い、まるでおとぎ話の世界に入り込んだかのようで心が弾む。
綺麗に整備された道沿いにはお洒落な店が立ち並び、目に映るもの全てが新鮮で、キョロキョロしながら歩いていると――
(あれ? ここ、どこかしら?)
狭く湿っぽい路地裏。
昼間だというのに薄暗い。
本能的に危険を察知したわたしは、急いで大通りに戻ろうとするけれど――
「おう、嬢ちゃん。こんなところで何やってんだぁ?」
「子うさぎちゃん、俺たちとお茶でも飲まねぇか?」
大柄な男性二人に行手を阻まれる。
逃げ出そうにも、怖くて体が竦んでしまう。
一人にぐいっ! と腕を掴まれ、もう一人がニヤニヤ笑いながらわたしに向かって手を伸ばす。
(いや! 誰か助けて――っ!!)
「ぐえっ!」
「うぎゃっ!」
「君、怪我はないか!?」
おそるおそる目を開けると、腰に剣を携えた若い男性が立っていた。
高潔で清廉な装いからして、おそらく騎士。
そして、その人は紛れもなく――
「ラルフ!」
「ソフィ?」
突然の再会に、わたしたちは目を丸くする。
五年前よりも背が伸びて随分と逞しくなっていたけれど、凛としながらもどこか人懐っこい顔立ち、深緑の宝石のような瞳、左目の泣き黒子は大好きなラルフに間違いなかった。
「ラルフ……うわああああん!」
恐怖から解放されたのとラルフに会えた喜びで、わたしは小さな子どもみたいに声を上げて泣いてしまう。
そんなわたしを、ラルフは優しく抱きしめてくれた。
トクン、と胸が高鳴り、勝手に丸い尻尾が揺れてしまう。
「もう大丈夫だから、ソフィ。それよりなんで王都にいるんだ?」
「えっと――」
気絶している男性二人を他の団員に任せると、わたしはラルフに連れられ、噴水がある広場のベンチに腰を下ろす。
「ソフィのお母さん、回復薬作りが得意だったもんな」
「うん。ママもうさぎ獣人だから、人より鼻が利くの」
回復薬に使う七種類の薬草は、非常に見つけにくい。
よく似た雑草があって、それらが少しでも混ざると回復薬を作ることができなかった。
小さな村でお医者さんもいなかったから、みんなママが作る回復薬や傷薬を頼りにしていた。
ラルフが騎士を目指すと決めた時から、わたしもママに教わって回復薬作りに励んだ。
もちろん最初から上手くできるはずもなく、数え切れないくらい失敗した。
臆病で泣き虫なわたし。
いつもラルフが助けてくれた。守ってくれた。
もし、騎士になったラルフが怪我をしたら、その時はわたしが力になりたいと心から思った。
だから初めて作ることに成功した回復薬はお守りとして、今でも小瓶に入れて大切に持ち歩いている。
「――あのね。これ、わたしが作った回復薬なんだけど、ラルフに持っていてほしいの」
ポケットの中から小瓶を取り出すと、ラルフに手渡した。
午後の太陽の光を浴びた小瓶が、きらりと輝く。
「ありがとう、ソフィ。大切にするよ」
「……うん」
できることなら、使わないでほしい。
お守りとしてずっと持っていてほしい。
と、そこへ団員がラルフの元へやって来た。
「団長、二人を連行しました」
「うん、ご苦労だった」
(え? ラルフが、団長――?)
わたしはこてんと首を傾げ、黄水晶色の目を瞬かせる。
「すまない。俺のことをまだ話してなかったな。先月、晴れて国王陛下直属のアウラド騎士団の団長になったんだ」
「……そう、なの?」
「ああ」
ちょっと照れくさそうに笑うラルフ。
短く切り揃えられた銀髪が、さっきよりも眩しく見えた。
村を離れてからの五年間、血の滲むような努力をしてきたのだと思うと、ラルフが急に遠い存在になったように感じてしまう。
「それと、もう耳にしているかもしれないがヴィルギンガム帝国と近々、剣を交えることになる」
「……っ!!」
騎士団長のラルフが、闘いの場に赴かないはずもなく。
行かないで、と言葉が出かけて、わたしは口を閉ざす。
「俺なら大丈夫だから、心配しないでくれ」
「……う、ん。分かった」
そのあと紙に書いてあった住所まで案内してもらい、薬草店の前でラルフと別れた。
わたしは店主夫妻に帰宅したことを告げると、階段を駆け上がり、埃っぽいベットに項垂れる。
(せっかく再会できたのに、こんなのってあんまりよ――)
自分の無力さを呪いながら、ただただラルフの無事を願うばかりだった。
♢♢♢
数日後。
アウラド騎士団とともに聖女エリーゼ様が出立したと、国中で大騒ぎになった。
光の束を集めたような金色の艶やかな髪、白磁のように透き通った瑞々しい肌、紺碧の海を閉じ込めたような青い瞳。
慈悲深く、いつも笑顔を絶やさない、まさに聖女を体現したお方。
「エリーゼ様のご加護があれば、卑怯な真似をされない限りは安心だな」
「アウラド騎士団の団長は国一番の強者だから、負けるはずがねえさ」
人々が言うように、この闘いはすぐに終わりを迎える。
剣技を尊ぶ両国の王の命令で、それぞれの騎士団団長による一対一の決闘が行われ、ラルフはヴィルギンガム帝国の団長の首元に剣を突きつけ、見事勝利した。
一人の犠牲者も出すことなく白星を上げた若き騎士団長ラルフと加護を授けた聖女エリーゼ様の帰還を、国を挙げて盛大に祝った。
「ああ、やっぱりエリーゼ様はいつ見てもお美しいなあ」
「凛々しいラルフ様と並んでいるとよくお似合いだねえ」
(そんなの、分かってる。わたしじゃラルフと釣り合わないって――)
背が小さくて、体型も子どもっぽくて、うさぎの耳と尻尾が生えているから、余計に幼く見えるわたし。
対するエリーゼ様は、絵画の中から出てきたように女性らしく、たおやかだった。
(とってもお似合いだわ――)
そう思うとズキン、と胸の奥が痛む。
山車の上でにこやかに微笑む二人の姿を見ているのが辛くて、わたしは逃げるようにその場を立ち去った。
♢♢♢
どれくらい経ったのだろう。
わたしは薬草店に戻ることもせず、ふらふらと街を彷徨っていた。
パレードが終わり、楽しそうに話しながら笑顔を浮かべた人々が帰路に就く。
空を見上げると、日が西に傾いていた。
(――やっぱり村に帰ろう。ラルフのことは諦めなくちゃ)
そう思えば思うほど、切なくて胸が張り裂けそうになる。
長い耳はシュンと垂れ下がり、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「うっ……うう」
「ソフィ!」
反射的にぴくん、と両耳が立つ。
(今、ラルフの声が聞こえた気がしたけれど、そんなはず――)
「夕暮れ時に一人で歩いていたら危ないじゃないか!」
ぎゅっと体を抱きしめられ、わたしは束の間、呼吸をするのを忘れてしまう。
「ラルフ、どうして……?」
「パレードの途中でソフィがどこかに走って行ったから、すごく心配したんだ」
「もしかして探しに来てくれたの……?」
「当然だろう!」
「でも、みんなラルフとエリーゼ様はお似合いだって――」
「エリーゼ様には結婚を約束した相手がいらっしゃるよ」
「……そう、だったの?」
へなへなと体の力が抜ける。
そんなわたしを、ラルフは支えるようにもっと強く抱きしめてくれた。
「俺はソフィのことが好きだ。村を離れてから一日たりともソフィを想わなかったことはない」
「……え?」
いきなりの告白に、わたしは夢でも見ているのかと思ってしまう。
だけど全身で感じるラルフのぬくもりと、爽やかで甘ったるい匂いにそうではないと分からされて。
「でも……わたし、背が小さいし、体型も子どもっぽいし、耳と尻尾も生えてるし、騎士団長のラルフとは釣り合わない……」
「俺はソフィの全てが好きなんだ。小さくて子どもっぽいところも、ふわふわの耳と尻尾も、ストロベリーブロンドの髪もたまらなく可愛いよ」
耳元で囁くように言われ、熱い吐息にゾクリとする。
心臓がドキドキしすぎてどうにかなりそうだったけれど、わたしは勇気を振り絞って赤く染まった顔を上げた。
「……わたしも、ラルフのことが好き。大好き」
「ソフィ」
「きゃっ!」
お姫様抱っこをされ、わたしはラルフの首にしがみつく。
「実は決闘の前に国王陛下を庇って負傷したんだけど、ソフィがくれた回復薬のお陰ですぐに傷口が塞がったんだ」
「本当? 良かった……でも、エリーゼ様のご加護があったから、じゃないの?」
「もちろんエリーゼ様は平等にみんなを癒し、護ってくださったよ。だけど俺が勝利を掴むことができたのは、ソフィの回復薬があったからこそなんだ」
「……っ」
嬉しさと安堵で、ぽろぽろと涙がこぼれる。
ラルフは柔らかく微笑むと、指でそっと涙を拭ってくれた。
「ソフィ、君を幸せにすると神に誓う。どうか俺と結婚してほしい」
「ラルフ……わたし、もう十分幸せよ」
「だったら二人で、もっともっと幸せになろう」
「……うん」
蕩けるように見つめ合い、甘やかな口づけを落とされる。
そんなわたしたちを祝福するかのように、夕刻を告げる鐘の音が清らかに鳴った――
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