不死鳥は歪んだ世界を救わない

凛音@りんね

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ファロム

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 紗南さなはどこにでもいる普通の中学生だった。
 いつものように学校が終わると、ヘルメットを被って自転車で下校する。

 その日はいつも一緒に登下校をしている友人が風邪で休んでいたため、紗南一人で川沿いのサイクリングロードを走っていた。

(……何、あれ?)

 等間隔で設けられた石造りのベンチに、黒い紙袋が置いてあるのをふと見つけた。

 この辺りはよくコンビニやファストフード店のゴミが捨てられている。
 レジ袋が有料化してから袋に入れられたゴミはあまり見かけなくなったが、ゴミが多く捨てられる事に変わりはない。

(でも、ゴミにしてはきれいな袋……)

 もしかしたら誰かの忘れ物かもしれない。
 そう考えた紗南は自転車を傍に停めると、黒い紙袋を持ち上げた。

(え……すごく重いけど、何が入っているんだろ?)

 袋の上部は封がされていなかったため、紗南は気になり中身をそっと覗いてみた。
 入っていたのは、大きくて赤いまだら模様の卵。
 紗南は幼い頃、親戚が飼っていた鶏に突かれてから大の鳥嫌いだったが、動かない卵は平気だぅた。

(ダチョウの卵? ……にしては模様が変よね)

 紗南は幼い頃に恐竜博で見たダチョウの卵の殻を思い出し、すぐに違うと理解する。

(どうしよう、やっぱり交番に届けた方がいいよね……)

 紗南は中学三年生。つまり受験生だ。
 成績は得意教科の国語と美術はそれなりに良かったが、あとは2か3ばかり。

 特に将来の夢もない紗南は、自宅から近い普通科の高校に進学するのを漠然と考えていたが、今の成績ではあと少し偏差値が足りないらしく急遽、塾に通うこととなった。

(別に今さら頑張ったところで何も変わらないのに……)

 胸の内でそう思いつつも、紗南のためにと塾へ通わせてくれる両親には感謝しなければと感じていた。

 だが思春期のため、最近は家族との会話は殆どない。
 二つ上の姉は小学生の頃から成績優秀で、この街一番の進学校に推薦入試で難なく進学した。

 スポーツも得意で、水泳部のエースとして活躍していた姉。
 さらに生徒会で副会長までしており、明るく品行方正。

 紗南とは真逆の、まさに大人から見た理想の子どもそのものだった。
 いつも出来の良い姉と比べられる度に、自尊心が萎んでいく。


 ――同じ顔立ちなのに、どうしてこんなに違うんだろう?


 もし神様がいるとしたらきっとすごく意地悪か、逆に無関心に違いない。

(とりあえず、一回家に帰って塾の用意をしてから交番に届けに行こう)

 紗南は自転車のカゴに予備で持ち歩いているタオルを敷くと、黒い紙袋を丁寧に置いて自宅へと帰った。

 ♢♢♢

「やあ、こんにちは、紗南」

 ソプラノのような声が薄暗い室内に響く。
 視線を上げると、革張りのソファに誰かが座っている。

「私は不死鳥フェニックスのファロム。でも正しくはフェネクスかな。何たって悪魔に仕えているからね」
「フェニックス……? 悪魔……?」

 ファロムと名乗った中性的な人物を、紗南は瞬きもせずに見つめる。
 ソファの上には粉々に割れた、あの大きな赤いまだら模様の卵の殻があった。

「君は悪に選ばれし乙女だ。私と共に新世界の神となろう」

(この人、何言ってるの……?)

 紗南の近くには首のない死体が横たわっていた。
 あまりにも突然の出来事に、紗南は思考が追いつかずにいる。

 いつも通りに帰宅して手洗いうがいを念入りに行い、自室で制服から大人しめの私服に着替えた。

 塾の開始時間までまだ時間があったので、リビングでテレビを見ながらお菓子を食べていると突然ギャッ、と短い悲鳴がして、後ろを振り返るとソファに見知らぬ人物がいたのだ。

 艶のある黒髪が幾重にもカールして、まるで人形のような愛くるしさを醸し出している。
 大きな瞳は紅玉ルビーのように輝き、肌は透き通るように白い。
 華奢な体に纏う服は、ギリシャ神話に出てくる女神のようだった。

 紗南のすぐそばに、先ほどまで洗濯物を畳んでいた母親がマネキン人形のように倒れている。
 何よりも驚いたのは、首から上が綺麗さっぱり無くなっていることだ。
 不思議なことに、切断面からは出血していない。
 

 ――普通、首を切り落としたらすごいことになるのに。


 紗南はお菓子を食べていた手を止め、頭の片隅でぼんやりと考える。

「ねぇ……、あなたがしたの?」

 紗南はファロムに訊いた。

「ああ、私が始末したよ。人類を抹殺することが私たち不死鳥の役目だからね」

 そう言うと背中に大きな二対の翼を出現してみせた。
 羽の一枚一枚が燃える神々しい姿に、紗南は見入る。

「きれい……」

 ファロムの姿を見た紗南は思わず呟く。
 たった一人の母親を殺されたというのに、薄情な程に悲しみは感じない。
 むしろ清々しい気分になり、心の奥底で得体の知れないものが蠢いた。

「紗南、君の方がずっと美しい」
「――私が?」

 そんな事、今まで一度も言われたことがなかった。
 いつも声をかけられるのは出来の良い姉ばかり。

「ああ、見た目も魂の色も世界で一番美しいのは君しかいない」

 まるで恋愛映画でしか聞かない歯が浮くようなセリフに、紗南は頬を染める。

「さあ、私の背中に乗ってごらん。大丈夫、君を傷つけるものは私が始末する」

 ファロムに言われた通り、翼の生えた背中に乗った。
 燃えているはずの翼は熱さを全く感じさせず、紗南を優しく包み込む。

 紗南はファロムの翼に顔をうずめた。
 生まれて初めて感じる多幸感に、どこまでも酔いしれる。

「ねぇ、ファロム。お願いがあるの」
「何だい?」
「――お姉ちゃんを、始末して欲しい」
「普通は肉親を救おうと躍起になるものだが、紗南が望むならお安い御用さ」

 ファロムは目を細めて紗南の魂の色を観察するが、存外に曇ることはなかった。


 ――彼女にとって肉親は苦痛を与える存在だったというわけか。


 ファロムは紗南を乗せたまま、姉がいる二階の部屋へと翼をはためかせて駆け上がる。

 閉まっているドアに右手をかざすと、ひとりでに開いた。
 そして例の風邪をひいたためベッドで横になっている姉の首を、躊躇なく燃える翼で切り落としたのだった。

(これでもうお姉ちゃんと比べられることはないんだ――)

 安堵の笑みをこぼす紗南を乗せたまま、ファロムは宙を舞う姉の頭を掴むと大好物の脳みそを食べ始めた。
 まだ微かに意識のある姉がギョロリと血走った目玉を動かし、妹の紗南を捉える。

 それに応えるように紗南はにこり、と笑って見せた。

(バイバイ、大嫌いなお姉ちゃん)
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