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支配者
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『おお……何と言う事だ』
天空から不死鳥によって次々と狩られていく天使たちの姿に、父なる神アーラッドはただひとり憐れむ。
サミュエルとジョシュアの兄弟に続こうと、他の天使もみな地上へ降り立ってしまった。
そして悪魔の使いである不死鳥によって、無惨にも首を刎ねられ純白の翼から羽を毟り取られる。
不死鳥は天使の脳みそや目玉を食べない。
彼等にとっては猛毒だからだ。
だが天使の羽は幻獣たちの間で、それは高値で取引される。
羽一枚のために、殺し合いの喧嘩に発展することも珍しくない。
単に珍しいだけでなく、手にすることで神の加護を授かれると信じられていたからだった。
悪魔はその辺りに関しては妙に寛容で、使いである不死鳥が羽を所持していても素知らぬ顔をしている。
むしろ清らかで美しい天使が苦悶の表情を浮かべながら、醜い姿になって息耐える様子を楽しんでさえいた。
『地上の人間もほとんど殺されてしまった。残るは不死鳥と共にいる乙女たちのみ――何としても救わなければならぬ』
父なる神は巨鳥へと姿を変えると、他の神々と談ずるべく古来よりグラズヘイムと呼ばれし天界の宮殿へと赴く。
古の神々が遥かなる世界へと去っても、同じ地に存在するヴァルハラの館には今も終末に備えて集められた屈強な戦士たちが毎日、武術を披露しているに違いない。
何故、みな好き好んで争うのだろうか。
父なる神は翼をはためかせながら訝しむ。
♢♢♢
「わぁ、すごい! 街がめちゃくちゃだわ」
ファロムの背中に乗りながら地上を見下ろす紗南が、まるで他人事のように呟いた。
(これはまた大きな地震だな……しかし地球が起こしたものではない)
耳を澄ませ、ファロムは飛び交う音を拾った。
不死鳥は人間よりも五感が優れているだけでなく、第六感が発達しており数年先の未来や天変地異を予見することができる。
けれど、それが長い眠りから覚めることに不死鳥たちは、いや、神や悪魔でさえも気づけなかった。
(あまりのんびりしていられないな)
ファロムは来るべき日が近いことを感じ取る。
しかしそれ以外は何かに遮られてよく見えなかった。
「揺れが収まったようだね。地上へ降りるとしよう」
「ねぇ、もう少しだけ眺めていたい」
「そうかい、紗南が望むのなら別に構わないよ」
「ありがとう、ファロム」
紗南は柔らかな翼に包まれながら、崩壊した世界を見下ろした。
自身が産まれ育った街が瓦礫の山と化しても、不思議と悲しみは感じない。
通っていた中学校、よく遊んだ公園、市民プール、書店、コンビニ、大型ショッピングセンター、そして紗南が住んでいた家。
全部、巨人が踏み潰したようにぺしゃんこになっている。
(あ、家に豆柴を置いてきちゃった。ま、いっか。私にあんまり懐いてなかったし)
紗南は人気のない地上を自分が支配している錯覚に陥る。
まるで自分が神様になったような気分だ。
自然と笑みが溢れる。
ファロムは目を細め、紗南の魂の色を観察するが決して曇ることはなかった。
(彼女には天賦の才があるのかもしれない、支配者としての)
自分はその眷属といったところか。
それも悪くない、と口角を上げる。
(どうせ永遠の時を生きる不死鳥なのだから、たまには人間に従うのも愉快だろう)
ファロムは出会った時から紗南に対して、一種の情を感じていた。
人間で言うところの愛情を。
「紗南はこれからどうしたい?」
「え……これから? うーん、私はファロムとずっと一緒にいたい」
「それじゃ、私と紗南の二人で新世界の神となろう」
「新世界の、神様に……? うん、なりたい!」
にこり、と無邪気に笑う紗南。
「でも神になるには他の選ばれし乙女たちを従えなくてはね」
「他の乙女……ああ、こないだ見かけた子たちね」
紗南の顔からさっと笑みが引く。
「邪魔だからいらない」
「私は紗南さえいれば何もいらないさ」
「私もファロムだけいてくれればそれでいいの」
紗南は幸せそうに頬を上気させ、温かな翼に顔を埋める。
「ファロム――他の乙女をみんな始末して欲しい」
「ああ、紗南が望むならお安い御用さ」
「本当? 嬉しい……」
体中を駆け巡る多幸感に紗南は身を委ねた。
ファロムが欲しい。
本能的にそう感じた。
と、昨日から何も食べていないことに気がつく。
「ねぇ、ファロム。私、お腹が空いちゃった」
「何を食べたいんだい?」
「お肉……血が滴る真っ赤なステーキが食べたい」
「ならば農場に行ってみよう。生きている牛がいるかもしれないし、もし死んでいてもまだ鮮度がいいだろうから」
二人は互いの体温を感じながら、文明が失われた世界の上空を悠然と飛んで行く。
しばらくすると山手に農場らしきものの残骸があった。
動いている生き物の姿は見当たらない。
紗南はファロムの背中から降りると、辺りを見渡す。
(嫌な匂い……きっと牛か豚が潰れて死んでいるのね)
そこへ一羽の鶏が茂みの中から姿を現した。
人慣れしているのか、何の躊躇いもなく紗南に近づいてくる。
きっと餌を貰えると思ったのだろう。
だが紗南は大の鳥嫌いだった。
「ファロム、始末して」
その一言で鶏の頭部が宙を舞い、胴体が切断部分から鮮血をピューッと噴き出しながら物凄い速さで走り出す。
「これだから鳥って嫌なのよ」
「私も鳥みたいなものだけれどね」
困ったように笑うファロムに、紗南が抱きついた。
「ファロムことは愛してるわ。だって優しいんだもの」
「私も紗南のことを愛しているよ」
見つめ合う二人の唇と唇がそっと触れ合う。
その傍らで鶏の胴体はやがて動かなくなり、ただの肉塊と成り果てた。
天空から不死鳥によって次々と狩られていく天使たちの姿に、父なる神アーラッドはただひとり憐れむ。
サミュエルとジョシュアの兄弟に続こうと、他の天使もみな地上へ降り立ってしまった。
そして悪魔の使いである不死鳥によって、無惨にも首を刎ねられ純白の翼から羽を毟り取られる。
不死鳥は天使の脳みそや目玉を食べない。
彼等にとっては猛毒だからだ。
だが天使の羽は幻獣たちの間で、それは高値で取引される。
羽一枚のために、殺し合いの喧嘩に発展することも珍しくない。
単に珍しいだけでなく、手にすることで神の加護を授かれると信じられていたからだった。
悪魔はその辺りに関しては妙に寛容で、使いである不死鳥が羽を所持していても素知らぬ顔をしている。
むしろ清らかで美しい天使が苦悶の表情を浮かべながら、醜い姿になって息耐える様子を楽しんでさえいた。
『地上の人間もほとんど殺されてしまった。残るは不死鳥と共にいる乙女たちのみ――何としても救わなければならぬ』
父なる神は巨鳥へと姿を変えると、他の神々と談ずるべく古来よりグラズヘイムと呼ばれし天界の宮殿へと赴く。
古の神々が遥かなる世界へと去っても、同じ地に存在するヴァルハラの館には今も終末に備えて集められた屈強な戦士たちが毎日、武術を披露しているに違いない。
何故、みな好き好んで争うのだろうか。
父なる神は翼をはためかせながら訝しむ。
♢♢♢
「わぁ、すごい! 街がめちゃくちゃだわ」
ファロムの背中に乗りながら地上を見下ろす紗南が、まるで他人事のように呟いた。
(これはまた大きな地震だな……しかし地球が起こしたものではない)
耳を澄ませ、ファロムは飛び交う音を拾った。
不死鳥は人間よりも五感が優れているだけでなく、第六感が発達しており数年先の未来や天変地異を予見することができる。
けれど、それが長い眠りから覚めることに不死鳥たちは、いや、神や悪魔でさえも気づけなかった。
(あまりのんびりしていられないな)
ファロムは来るべき日が近いことを感じ取る。
しかしそれ以外は何かに遮られてよく見えなかった。
「揺れが収まったようだね。地上へ降りるとしよう」
「ねぇ、もう少しだけ眺めていたい」
「そうかい、紗南が望むのなら別に構わないよ」
「ありがとう、ファロム」
紗南は柔らかな翼に包まれながら、崩壊した世界を見下ろした。
自身が産まれ育った街が瓦礫の山と化しても、不思議と悲しみは感じない。
通っていた中学校、よく遊んだ公園、市民プール、書店、コンビニ、大型ショッピングセンター、そして紗南が住んでいた家。
全部、巨人が踏み潰したようにぺしゃんこになっている。
(あ、家に豆柴を置いてきちゃった。ま、いっか。私にあんまり懐いてなかったし)
紗南は人気のない地上を自分が支配している錯覚に陥る。
まるで自分が神様になったような気分だ。
自然と笑みが溢れる。
ファロムは目を細め、紗南の魂の色を観察するが決して曇ることはなかった。
(彼女には天賦の才があるのかもしれない、支配者としての)
自分はその眷属といったところか。
それも悪くない、と口角を上げる。
(どうせ永遠の時を生きる不死鳥なのだから、たまには人間に従うのも愉快だろう)
ファロムは出会った時から紗南に対して、一種の情を感じていた。
人間で言うところの愛情を。
「紗南はこれからどうしたい?」
「え……これから? うーん、私はファロムとずっと一緒にいたい」
「それじゃ、私と紗南の二人で新世界の神となろう」
「新世界の、神様に……? うん、なりたい!」
にこり、と無邪気に笑う紗南。
「でも神になるには他の選ばれし乙女たちを従えなくてはね」
「他の乙女……ああ、こないだ見かけた子たちね」
紗南の顔からさっと笑みが引く。
「邪魔だからいらない」
「私は紗南さえいれば何もいらないさ」
「私もファロムだけいてくれればそれでいいの」
紗南は幸せそうに頬を上気させ、温かな翼に顔を埋める。
「ファロム――他の乙女をみんな始末して欲しい」
「ああ、紗南が望むならお安い御用さ」
「本当? 嬉しい……」
体中を駆け巡る多幸感に紗南は身を委ねた。
ファロムが欲しい。
本能的にそう感じた。
と、昨日から何も食べていないことに気がつく。
「ねぇ、ファロム。私、お腹が空いちゃった」
「何を食べたいんだい?」
「お肉……血が滴る真っ赤なステーキが食べたい」
「ならば農場に行ってみよう。生きている牛がいるかもしれないし、もし死んでいてもまだ鮮度がいいだろうから」
二人は互いの体温を感じながら、文明が失われた世界の上空を悠然と飛んで行く。
しばらくすると山手に農場らしきものの残骸があった。
動いている生き物の姿は見当たらない。
紗南はファロムの背中から降りると、辺りを見渡す。
(嫌な匂い……きっと牛か豚が潰れて死んでいるのね)
そこへ一羽の鶏が茂みの中から姿を現した。
人慣れしているのか、何の躊躇いもなく紗南に近づいてくる。
きっと餌を貰えると思ったのだろう。
だが紗南は大の鳥嫌いだった。
「ファロム、始末して」
その一言で鶏の頭部が宙を舞い、胴体が切断部分から鮮血をピューッと噴き出しながら物凄い速さで走り出す。
「これだから鳥って嫌なのよ」
「私も鳥みたいなものだけれどね」
困ったように笑うファロムに、紗南が抱きついた。
「ファロムことは愛してるわ。だって優しいんだもの」
「私も紗南のことを愛しているよ」
見つめ合う二人の唇と唇がそっと触れ合う。
その傍らで鶏の胴体はやがて動かなくなり、ただの肉塊と成り果てた。
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