太陽の向こう側

しのはらかぐや

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1章 結成

21.アルアスルの優しさ

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「…あれは動きが速い。目ぇつけられたやつを生かすには、その場で音出させてじっくりいたぶらせて、寸でのところで狩る…それが、俺らが莉音を生かせる唯一の道なんや」

「それは」

「タスク、今や!韋駄天いだてん!」

低く言うアルアスルの言葉を聞き返す前に飛び出す合図が鋭く飛ぶ。
ほとんど瞬間移動するような速度でアルアスルは莉音の背後に立ち、尻尾と両手でその身を抱えて闇の中の獣と反対の方向へ飛び退った。
その前に躍り出たタスクは右手を挙げて収納空間の入り口を開く。
空間が水で溶いた絵の具のように歪み捻じ曲がり、そこから大小様々な武器が何百本と顔を覗かせた。

「我が愛娘たちよ!」

タスクの声を合図にして武器は一斉に獣へと飛びかかり耳障りな金属音を立てて囲うように地面に突き刺さる。
前足を地に縫い付けられた犬は身の毛もよだつ声で絶叫した。

「あ、あ?え?」

目を回す莉音を背に庇い、アルアスルはばつの悪そうな顔をする。

「アルちゃん…」

アルアスルの両脚は本物のネコ科動物のように変化している。

「…ごめん、囮なんかに使って」

「あ、囮やったん?いや、ええねんけど…えらい…可愛らしいなぁ…」

莉音は近くの猫の足に釘付けである。
囮など大したことでもないと言いたげな莉音にアルアスルは拍子抜けして大きくため息をついた。

「……!あかん!」

タスクの声に被せて一層大きな咆哮が迸る。
続いて硬いものが砕け散る音と共に輝く破片が雨のように降り注いだ。

「武器が…!」

獣の四肢を縫い留めていた武器が粉々になり、大きく吠えたその犬は身震いしてアルアスルよりも速く瞬間移動した。

「あかん!タスク、逃げろ!!おいこら肉塊こっちや!!」

瞳を猫そのものに変え金色に煌めかせたアルアスルには怒り狂った獣が真っ直ぐに突っ走るのが見えていた。
咄嗟に大声を出したが、タスクをロックオンして怒り狂ったモンスターには聞こえていない。
獣の先にはタスクがいる。タスクは猫の目など持ち合わせてはおらず、姿を消したかのように見える獣に反応できずただ虚空を見つめていた。
色を失ったアルアスルが踏み出す。
間に合わない。

「タス…ッ!」

思わず目を閉じる。
刹那。

「—————————————————!!」

長く尾をひく、あまりにも甲高い叫びがツェントルムの街にこだました。
耳朶と空気を激しく振るわせるほどの声である。
獣はタスクの眼前で動きを止め、その声の方を見た。
声の主はビブラートの効いたソプラノで歌い始める。

「Till we meet at God’s feet,God be with you till we meet again…!」

獣に狙われていたときのような美しい調べではない。
声を張り上げ、誘き寄せるための歌だ。

「莉音…!?」

叫んだタスクには目もくれず、獣は今度こそ莉音目掛けて駆けた。

「Till we meet again,till meet again…!」

莉音は何かが自分に向かってくる気配を感じながら歌うのをやめない。
闇が迫るのが肌でわかった。
歪な石の嵌まった十字架を強く握りしめる。
ようやく反応したタスクが盾を投げ飛ばすが間に合うはずもなかった。
闇があぎとを開く。その瞬間、目に映ったのは金の輝き。

「無茶するなぁ」

「えっ、あ、アルちゃ…!?」

莉音の前に躍り出たのは苦笑したアルアスルだった。
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