太陽の向こう側

しのはらかぐや

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1章 結成

22.貴方が死ぬくらいなら

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あ——————————-
と言う間もなく、赤い飛沫が噴き上がる。
タスクの作った花火によく似ていたが、それは魚のように生臭くて奇妙に生温かく、鮮やかだった。

「アル…ッ!」

「え…?」

目の前のアルアスルに手を触れ叫びそうになった莉音を制したのは他でもないアルアスル本人の訝しげな声。
赤黒い巨大な歯で噛まれたはずの体は五体満足で傷ひとつなかった。

「魅了」

涼やかな声と共に眩い光の粒がアルアスルの背後に集まる。
そこへ目を向けた莉音は息を呑んだ。

「あ………っ!」

つられてアルアスルが振り返る。
アルアスルのすぐ近くにモンスターはいた。しかし、その牙とアルアスルの間にはもうひとり、立っていた。

「あ、あ…っ!」

眩しく目が開けていられないほどの光の粒に包まれたその左半身は闇に噛まれて見えていない。
足元にはおびただしい量の血が水溜まりのように地に色をつけていた。

「はっ…ぁ、うっ……この…っ!」

普段低く落ち着いた声が上擦っている。
喉からは空気が漏れてひゅうひゅうと高い音を立てていた。

桜華おうか…ッ、狂乱きょうらん…!」

左半身を噛まれたままありったけの声で叫ぶ。
瞬間、季節にはまだ早いはずの桜の花弁が湧き上がって舞い散った。
花弁が通り過ぎたところから獣に幾筋もの白銀の輝きが走る。

「オォォ……!」

獣を構成する肉片が破裂して崩れ落ち、その勢いで体が自由になる。
呆然としていたアルアスルは咄嗟にその肢体を抱きとめた。

「……ぅ」

「…遅いぞ、たてのり!ええときだけ出てきやがって!!」

アルアスルを庇い噛まれたたてのりの左半身はもうなかった。
唇は確かにアル、と動いたが声は伴わず、ただ空気と血の溢れ返る音だけが喉から漏れる。

「主よ、ご加護を…!殉教者じゅんきょうしゃ!」

莉音の十字架から優しく柔らかな光の粒が放出された。
しかし、光の粒がたてのりの体を包み込むよりも、たてのりの体が冷えていく方が早かった。

「主よ、主よ…さらなるご加護を…どうかお力添えを…!」

飛び出したたてのりに攻撃力増加のバフをかけたトウカはそこから軽やかなステップを踏んで蝶のように舞い続けている。
トウカの滑らかな柔肌をベール状の光が包み、そのつま先が地を蹴るたびに光は飛び、しなやかな指先が翻るたびに光は弾けた。
癒しの舞である。

「主よ…!」

トウカが舞い踊り、莉音がどれほど祈ってもたてのりは回復せずに色を失っていく。
アルアスルはその体の冷たさを肌で感じてふたりを手で制した。

「…もうやめとこ。回復はできへんわ」

それから莉音と目を合わせる。
アルアスルの言わんとすることを汲み取って莉音は小さく頷いた。

「…たてのり。すぐ、起こしたるでな。ちょっとだけ寝とき」

今までにない優しい声のアルアスルにたてのりは少しだけ笑ったようだった。
そしてそのまま、完全に力を失った。
今まで本当に戦闘があったのかすら疑わしくなるほどの静寂が辺りいっぱいに満ちる。
モンスターの死体はいつの間にか灰になってその場に積もっていた。

「…全く。わざわざたてのりが死なんでも、俺が噛まれてる間に俺ごと斬ってくれれば万事解決やったのに…」

たてのりの死体を抱いたままアルアスルが愚痴るようにぼやいた。
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