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1章 結成
第4話 天使様の危機
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トウカが恭しく礼をしたのを最後に今日の全てのパフォーマンスが終わったようで、色とりどりの光は存在を消し一気に俗な酒場の気配が周りを満たした。
タスクは舞台の裏に姿を消すトウカを追いかけそうになった莉音を抱き上げて席につかせる。
「あては天使様に讃美歌とお祈りを捧げなあかん!」
「あかんあかん。天使様は忙しいねんで。ご飯とか食べなあかんし」
「て、天使様もご飯食べやぁるんか…?」
莉音を説得してなんとか酒を持たせる。アルアスルの隣の席に座らせてみたがテーブルに届かず、莉音は結局タスクの膝の上に乗り直した。
「じゃあええもんも見たし、改めて…莉音ちゃんのパーティ入りを祝って、かんぱーい!」
すでに何杯か飲んでいたアルアスルが幾分か上擦った声で音頭をとる。
タスクが頼んでいた瓶の中身をすっかり飲んでしまって新しくグラスを人数分頼んでいたようだ。
タスクは乾杯を勢いよく復唱して一気に飲み干し、たてのりはアルアスルの横で面倒くさそうに少しだけグラスを上げた。
こんな調子だから毎日金がないのだ。
ただ、酒と娯楽を前にした彼らにそんな学習能力はない。
「みんなのパーティでの役割、教えてえや」
愛用しているマグカップの数倍は大きいヒューマン用のジョッキグラスを両手で抱えて莉音がふと思い出したように尋ねた。
「そういやタスクしか言ってへんかったなぁ!」
自分で連れてきたくせに放ったらかしなアルアスルは豪快に笑うと酒で火照った顔で何度か頷いた。
「俺はお察しの通り盗賊や。…盗賊って仕事かな?まー金稼ぐんが仕事って感じやな。あんまり戦闘向きじゃないねん。面倒臭いし…なんやその納得したわって顔は…」
「まぁそんな顔もしたくなんだろ、似合ってるぜ」
アルアスルの隣で最初は面倒くさそうにしていたたてのりの様子が数杯目からおかしい。
先程までの絶対零度の視線は消え失せて人懐っこく笑ってアルアスルの尻尾に頬擦りするばかりだ。
タスクもアルアスルも全く気にしていないようだが莉音はエルフに笑いかけられたことなどないため戸惑って視線を逸らす。
「俺は戦士だ。普段は傭兵をやっている。攻撃力は保証する」
「防御力はペラペラガバガバやぁん?」
「うるせー!」
タスクの揶揄いにも嬉しそうに反発する。
完全に酔っ払っておかしくなっている様子だが莉音はなるべく見ないようにしていた。
「い、いつもこの3人でつるんでるん?他の人は?」
代わりにタスクを見上げて気になっていたことを聞く。ドワーフの村を通っていく輝かしいパーティは何十人もの戦闘員とその倍の数の回復役、バフデバフを連れて意気揚々と練り歩いていた。
強い敵を倒すためにはやはり数が必要なのだ。
「他?俺らだけやけど」
「前のええとこの嬢ちゃんは逃げたしなぁ~」
タスクとアルアスルは遠い目をする。
「…………3人で、パーティ?」
「そう」
「盗賊と、武器職人と、戦士だけで?」
「そうなんよ」
「…男ばかりで?」
「それは余計やろ!」
莉音は絶句した。回復と他バフのいないたった3人のパーティが存在するなど絵本の中でもありえない。
アルアスルは今飲んでいた酒を手放して寝潰れたたてのりのグラスを奪うと一気に飲み干して机に転がした。
「ほんまはもうちょい…戦力も回復も、それこそバフとか欲しいんやけどさ。俺の仲間はみんな商人やし、タスクは亜種やから同族との絡みはないし…たてのりはこんなんやから」
確かに猫人族はほとんどが商人であるためそれ以外の職業に就いて国を出るというのはとんでもなく珍しいことだ。
ドワーフの亜種はいわゆる突然変異で、どの種族よりも大柄な体躯に育ってしまう。そのため何もかもがドワーフの大きさで合わせた村に居られるのは幼少期の頃までで、街に奉公に出てから同族との交流はない。たてのりの癖のある性格ではせっかく来た仲間も加入に至らないかもしれない。
莉音が知らないだけでエルフは全員こういうものなのかもしれないが。
そう考えると、メンバーが3人しかいないのも納得がいく。
「やから莉音ちゃん来てくれてよかったわ。ほんまに。あとは少なくともバフかなぁ。そしたら本格的な戦闘もできるやろうし、でかいクエスト受注してなぁ…小銭稼いで暮らすことも無くなりそうなんやけど…」
バフをかけられる職業といえば吟遊詩人や楽師、あとは踊り子くらいのものである。回復と同様に数が少なく大概が王家の専属部隊や有名なパーティに所属してしまっている。
そのあたりでホイホイと掴まるような職業ではない。
「天使様ならきっとすごいバフやデバフをかけやぁるんやろうなぁ…!」
莉音はうっとりと照明の消えた舞台に想いを馳せる。
天使はそこに二度と輝く姿を見せることはなく、そのうちに店は閉店の準備を始めた。
「おい、たてのり起きろ。帰るで。莉音も泊まるとこないやろ?俺らが泊まってる宿に来ぃな」
片付けられていく店内を見てタスクがたてのりを揺さぶるが一向に起きる気配がない。
仕方なくタスクはたてのりを軽々担いで外へ出た。
夜はすっかり更けてネオンの光もところどころ消えている。騎乗ペットを括ってある広場へ行くとガウが逃げることもなく大人しく丸まってスヤスヤと寝ていた。
「あ、えーっと…ガウくん。なんか宿の方に行くらしいさかい、悪いけど乗せてくれる?」
ガウを解くと横でうたた寝していた真っ白な毛並みの馬も目を覚ました。
莉音の目にもしっかり見えるほど白い馬にどこの王族の乗り物かと思いながらガウに跨がると、たてのりを担いだタスクが入ってきて白馬の方へ荷物ごとぶん投げた。
「おい、頼むでエレジー」
まさかのたてのりの馬である。
「エレジー、ついて来いよ。莉音も宿まで案内するから俺について来て」
「アルくんは?」
騎乗用のペットはなく、装飾のついた板のようなものに足を乗せたタスクについて広場から道へ、裏道から大通りへ出る。
ネオンが消えていき薄暗くなった道で莉音の目はもはや仕事を完全に放棄し、手先にあるガウのふわふわした毛を握る以外にできることはなかった。
なぜか大人しく言うことを聞いてくれているが、この生き物がもし今大暴れでもされれば怪我は免れないだろう。莉音はできるだけそっと毛を握った。
「先に行っとるわ。あいつは自分の足のが早いからペットとかいらんねん」
「へぇ…便利やな」
タスクは莉音とガウに合わせてゆっくり進んでくれているようだ。
へべれけなたてのりを乗せた白馬は闇の中で妙に浮いて莉音の目にもはっきり映る。
「…?何か…?」
そのエレジーよりも遥か遠く、白馬以外に見えるはずのない何かが見える。
ネオンの残った光ではない、ひらりひらりとそれはステップを踏むように動いていた。
「なぁ…タスクくん…なんか見えへんか?」
「莉音が見えてる範囲のものは全部見えてると思うけど。どれや?」
ひらり、ひらり。
「ほら、あっちの…蝶々みたいな…」
言いかけてふと口をつぐむ。その蝶ははっきりとは見えない。
影と形だけが白く美しく輝いて、脳に、網膜に直接焼き付いてくるかのようだった。
「…天使様?」
これは見たことがある。顔は見えないのにその姿だけがやけにはっきりと目に浮かぶ。そんな経験をしたことがついさっき。
「天使様が踊ってやぁる…」
「は?何もないけど…?」
タスクは周りを見回すが、その姿が見えていないようだった。
本当に天使そのものかもしれないとしばらく眺めていると、生臭い鉄の臭いが鼻孔を掠めた。
莉音が何事かと眉間に皺を寄せていると大きくて温かい手にガウごと引き寄せられた。
「莉音、どこかに上級のモンスターがおる…静かに。たてのりがこの様子じゃあな…気付かれへんようにゆっくり行こう」
「どっちにいるか臭いでわかるで。逆から行こう、えっと…」
目が悪いと他の感覚が優れてくるものだ。鼻をひくつかせて特有の血生臭さを辿った莉音はひらひらと舞う天使の前に巨大な気配を感じた。
「…天使様っ!?」
考えるより先にガウをそちらへ走らせる。突然毛を引っ張られ走るように誘導されたガウは驚いてただただ指示に従う。
タスクが何かを叫んだような気がしたが耳に入ってくることはなかった。
「天使様が危ない…!」
軽やかに舞う輝き以外は何も見えない。
それでもガウが目となり足となり走ってくれたおかげで何かに当たることもなく、白い光に包まれた天使に近付くことができた。
白い光と巨大な影に近づくにつれ鉄と何かが腐った臭いは段々と強くなり、反対に涼やかな鈴の音が小さく響いてくる。
「オォォォオオオ—————————」
地響きのような低い唸りが耳朶を叩く。
蠢く気配のある闇は死の気配を纏って今にも白い光を呑み込もうとしていた。
「天使様…っ!主よ、お許しください!涜神!」
ガウから飛び降りて光を頼りに天使に駆け寄りながら莉音は普段滅多に使うことのない攻撃魔法を撃った。
聖女の杖の先から白い棘のような穢れのない光が溢れ出し闇の中の死の気配へ突き刺さる。
唸りではない叫びが夜の空いっぱいに響き渡った。
「…あなたは…?」
蝶のように舞っていた白い光は足を止め、突然現れたひとりと一匹に目を向ける。
包んでいた光が消えてもその肢体は真珠よりも白くまばゆく、透けるように輝くペリドットの髪と瞳は暗闇の中でも芸術品よりも高貴だった。
「天使様、お怪我は?主よ、ご加護を…殉教者…」
「天使…?」
ペリドットの天使は訝しげに莉音を覗き込む。彼女の首から下げた十字架から光の粒が放出し、それが体を包んだ瞬間傷が癒えていった。
「わたくしでは力不足です。応援が…」
莉音は天使の前に立って暗闇の中の怪物に対峙する。
力の足りない莉音の攻撃では少しの足止めが限界だ。彼女は先ほど知り合ったばかりの仲間が追いかけて来てくれることを信じるしかなく、震える手で杖を握った。
「オォ…オォォォオオ……!」
逆上したモンスターが襲いかかってくる。
莉音は再び涜神を撃ったがもう目眩しほども効き目はなかった。モンスターの顎がすぐそばに迫る。
「誰か…!」
タスクは舞台の裏に姿を消すトウカを追いかけそうになった莉音を抱き上げて席につかせる。
「あては天使様に讃美歌とお祈りを捧げなあかん!」
「あかんあかん。天使様は忙しいねんで。ご飯とか食べなあかんし」
「て、天使様もご飯食べやぁるんか…?」
莉音を説得してなんとか酒を持たせる。アルアスルの隣の席に座らせてみたがテーブルに届かず、莉音は結局タスクの膝の上に乗り直した。
「じゃあええもんも見たし、改めて…莉音ちゃんのパーティ入りを祝って、かんぱーい!」
すでに何杯か飲んでいたアルアスルが幾分か上擦った声で音頭をとる。
タスクが頼んでいた瓶の中身をすっかり飲んでしまって新しくグラスを人数分頼んでいたようだ。
タスクは乾杯を勢いよく復唱して一気に飲み干し、たてのりはアルアスルの横で面倒くさそうに少しだけグラスを上げた。
こんな調子だから毎日金がないのだ。
ただ、酒と娯楽を前にした彼らにそんな学習能力はない。
「みんなのパーティでの役割、教えてえや」
愛用しているマグカップの数倍は大きいヒューマン用のジョッキグラスを両手で抱えて莉音がふと思い出したように尋ねた。
「そういやタスクしか言ってへんかったなぁ!」
自分で連れてきたくせに放ったらかしなアルアスルは豪快に笑うと酒で火照った顔で何度か頷いた。
「俺はお察しの通り盗賊や。…盗賊って仕事かな?まー金稼ぐんが仕事って感じやな。あんまり戦闘向きじゃないねん。面倒臭いし…なんやその納得したわって顔は…」
「まぁそんな顔もしたくなんだろ、似合ってるぜ」
アルアスルの隣で最初は面倒くさそうにしていたたてのりの様子が数杯目からおかしい。
先程までの絶対零度の視線は消え失せて人懐っこく笑ってアルアスルの尻尾に頬擦りするばかりだ。
タスクもアルアスルも全く気にしていないようだが莉音はエルフに笑いかけられたことなどないため戸惑って視線を逸らす。
「俺は戦士だ。普段は傭兵をやっている。攻撃力は保証する」
「防御力はペラペラガバガバやぁん?」
「うるせー!」
タスクの揶揄いにも嬉しそうに反発する。
完全に酔っ払っておかしくなっている様子だが莉音はなるべく見ないようにしていた。
「い、いつもこの3人でつるんでるん?他の人は?」
代わりにタスクを見上げて気になっていたことを聞く。ドワーフの村を通っていく輝かしいパーティは何十人もの戦闘員とその倍の数の回復役、バフデバフを連れて意気揚々と練り歩いていた。
強い敵を倒すためにはやはり数が必要なのだ。
「他?俺らだけやけど」
「前のええとこの嬢ちゃんは逃げたしなぁ~」
タスクとアルアスルは遠い目をする。
「…………3人で、パーティ?」
「そう」
「盗賊と、武器職人と、戦士だけで?」
「そうなんよ」
「…男ばかりで?」
「それは余計やろ!」
莉音は絶句した。回復と他バフのいないたった3人のパーティが存在するなど絵本の中でもありえない。
アルアスルは今飲んでいた酒を手放して寝潰れたたてのりのグラスを奪うと一気に飲み干して机に転がした。
「ほんまはもうちょい…戦力も回復も、それこそバフとか欲しいんやけどさ。俺の仲間はみんな商人やし、タスクは亜種やから同族との絡みはないし…たてのりはこんなんやから」
確かに猫人族はほとんどが商人であるためそれ以外の職業に就いて国を出るというのはとんでもなく珍しいことだ。
ドワーフの亜種はいわゆる突然変異で、どの種族よりも大柄な体躯に育ってしまう。そのため何もかもがドワーフの大きさで合わせた村に居られるのは幼少期の頃までで、街に奉公に出てから同族との交流はない。たてのりの癖のある性格ではせっかく来た仲間も加入に至らないかもしれない。
莉音が知らないだけでエルフは全員こういうものなのかもしれないが。
そう考えると、メンバーが3人しかいないのも納得がいく。
「やから莉音ちゃん来てくれてよかったわ。ほんまに。あとは少なくともバフかなぁ。そしたら本格的な戦闘もできるやろうし、でかいクエスト受注してなぁ…小銭稼いで暮らすことも無くなりそうなんやけど…」
バフをかけられる職業といえば吟遊詩人や楽師、あとは踊り子くらいのものである。回復と同様に数が少なく大概が王家の専属部隊や有名なパーティに所属してしまっている。
そのあたりでホイホイと掴まるような職業ではない。
「天使様ならきっとすごいバフやデバフをかけやぁるんやろうなぁ…!」
莉音はうっとりと照明の消えた舞台に想いを馳せる。
天使はそこに二度と輝く姿を見せることはなく、そのうちに店は閉店の準備を始めた。
「おい、たてのり起きろ。帰るで。莉音も泊まるとこないやろ?俺らが泊まってる宿に来ぃな」
片付けられていく店内を見てタスクがたてのりを揺さぶるが一向に起きる気配がない。
仕方なくタスクはたてのりを軽々担いで外へ出た。
夜はすっかり更けてネオンの光もところどころ消えている。騎乗ペットを括ってある広場へ行くとガウが逃げることもなく大人しく丸まってスヤスヤと寝ていた。
「あ、えーっと…ガウくん。なんか宿の方に行くらしいさかい、悪いけど乗せてくれる?」
ガウを解くと横でうたた寝していた真っ白な毛並みの馬も目を覚ました。
莉音の目にもしっかり見えるほど白い馬にどこの王族の乗り物かと思いながらガウに跨がると、たてのりを担いだタスクが入ってきて白馬の方へ荷物ごとぶん投げた。
「おい、頼むでエレジー」
まさかのたてのりの馬である。
「エレジー、ついて来いよ。莉音も宿まで案内するから俺について来て」
「アルくんは?」
騎乗用のペットはなく、装飾のついた板のようなものに足を乗せたタスクについて広場から道へ、裏道から大通りへ出る。
ネオンが消えていき薄暗くなった道で莉音の目はもはや仕事を完全に放棄し、手先にあるガウのふわふわした毛を握る以外にできることはなかった。
なぜか大人しく言うことを聞いてくれているが、この生き物がもし今大暴れでもされれば怪我は免れないだろう。莉音はできるだけそっと毛を握った。
「先に行っとるわ。あいつは自分の足のが早いからペットとかいらんねん」
「へぇ…便利やな」
タスクは莉音とガウに合わせてゆっくり進んでくれているようだ。
へべれけなたてのりを乗せた白馬は闇の中で妙に浮いて莉音の目にもはっきり映る。
「…?何か…?」
そのエレジーよりも遥か遠く、白馬以外に見えるはずのない何かが見える。
ネオンの残った光ではない、ひらりひらりとそれはステップを踏むように動いていた。
「なぁ…タスクくん…なんか見えへんか?」
「莉音が見えてる範囲のものは全部見えてると思うけど。どれや?」
ひらり、ひらり。
「ほら、あっちの…蝶々みたいな…」
言いかけてふと口をつぐむ。その蝶ははっきりとは見えない。
影と形だけが白く美しく輝いて、脳に、網膜に直接焼き付いてくるかのようだった。
「…天使様?」
これは見たことがある。顔は見えないのにその姿だけがやけにはっきりと目に浮かぶ。そんな経験をしたことがついさっき。
「天使様が踊ってやぁる…」
「は?何もないけど…?」
タスクは周りを見回すが、その姿が見えていないようだった。
本当に天使そのものかもしれないとしばらく眺めていると、生臭い鉄の臭いが鼻孔を掠めた。
莉音が何事かと眉間に皺を寄せていると大きくて温かい手にガウごと引き寄せられた。
「莉音、どこかに上級のモンスターがおる…静かに。たてのりがこの様子じゃあな…気付かれへんようにゆっくり行こう」
「どっちにいるか臭いでわかるで。逆から行こう、えっと…」
目が悪いと他の感覚が優れてくるものだ。鼻をひくつかせて特有の血生臭さを辿った莉音はひらひらと舞う天使の前に巨大な気配を感じた。
「…天使様っ!?」
考えるより先にガウをそちらへ走らせる。突然毛を引っ張られ走るように誘導されたガウは驚いてただただ指示に従う。
タスクが何かを叫んだような気がしたが耳に入ってくることはなかった。
「天使様が危ない…!」
軽やかに舞う輝き以外は何も見えない。
それでもガウが目となり足となり走ってくれたおかげで何かに当たることもなく、白い光に包まれた天使に近付くことができた。
白い光と巨大な影に近づくにつれ鉄と何かが腐った臭いは段々と強くなり、反対に涼やかな鈴の音が小さく響いてくる。
「オォォォオオオ—————————」
地響きのような低い唸りが耳朶を叩く。
蠢く気配のある闇は死の気配を纏って今にも白い光を呑み込もうとしていた。
「天使様…っ!主よ、お許しください!涜神!」
ガウから飛び降りて光を頼りに天使に駆け寄りながら莉音は普段滅多に使うことのない攻撃魔法を撃った。
聖女の杖の先から白い棘のような穢れのない光が溢れ出し闇の中の死の気配へ突き刺さる。
唸りではない叫びが夜の空いっぱいに響き渡った。
「…あなたは…?」
蝶のように舞っていた白い光は足を止め、突然現れたひとりと一匹に目を向ける。
包んでいた光が消えてもその肢体は真珠よりも白くまばゆく、透けるように輝くペリドットの髪と瞳は暗闇の中でも芸術品よりも高貴だった。
「天使様、お怪我は?主よ、ご加護を…殉教者…」
「天使…?」
ペリドットの天使は訝しげに莉音を覗き込む。彼女の首から下げた十字架から光の粒が放出し、それが体を包んだ瞬間傷が癒えていった。
「わたくしでは力不足です。応援が…」
莉音は天使の前に立って暗闇の中の怪物に対峙する。
力の足りない莉音の攻撃では少しの足止めが限界だ。彼女は先ほど知り合ったばかりの仲間が追いかけて来てくれることを信じるしかなく、震える手で杖を握った。
「オォ…オォォォオオ……!」
逆上したモンスターが襲いかかってくる。
莉音は再び涜神を撃ったがもう目眩しほども効き目はなかった。モンスターの顎がすぐそばに迫る。
「誰か…!」
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