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4章 ファオクク島
第47話 海賊船
しおりを挟む手狭な舟で優雅に暮らす一行の目の前に、豪華に飾り付けられた島が突如として現れた。
エルフ島に到着するにはまだ早いはずで、その上このような島を経由する予定はない。遠目に見てもやけに煌びやかで黄金の島かとアルアスルが興奮して立ち上がる。
「なんかすっげえ島あらへんか!?」
アルアスルの声につられた全員の視線が島に向いた。
「なんやあれ…金ぴかの島…?いや、なんか…動いてへんか?」
島の上には旗のようなものが立てられて潮風にたなびいている。
それは徐々に一行がいる場所へと迫ってきているようだった。
「どした!おきゃくさ!……ん!?わ、わぁ!」
紐を持ったまま水面下を泳いでいた生物たちが舟の上の様子に何事かと顔を出し、興奮している一行の視線の先を見る。
そして、同じ生き物でなくてもわかるほどに青ざめて震え始めた。
「な、な、ナンデ!?このかいいきに!?ニチボツ!ニチボツだ!」
「ニチボツ!?」
「ニチボツ!?」
セバスチャンの舟を牽引していたてんちょうが叫ぶと、水面下にいた2匹の仲間も顔を出して青ざめて同じように叫ぶ。
尋常ではない様子に莉音はそっとタスクの袖を掴んだ。
「にちぼつ、とはなんだ?あの島の名か」
尋ねるセバスチャンの声はてんちょうに届いていない。
牽引してくれる生物がパニックを起こして鰭を止めたことでたことで動力のない舟はぴくりとも動かなくなってしまった。
そうしている間にも島はどんどんこちらに近付いてくる。
全く動いていない舟で、島が動いているのはおかしい。
セバスチャンはこめかみに手を当てると瞳の拡大機能を使って島を大きく捉えた。
「…あれは、島ではない。船だ」
「はぁ?」
冷静なセバスチャンに一行は眉を顰める。
しかし、速度を上げて見る間に近付いてきたその島は明らかに大きな動力を積んだ音と波を立てていた。
見上げるほどに大きな側面はクジラの歯並びのようで、その上には巨大な柱で支えられた帆が何枚も張り巡らされている。
全体的に金色や橙色を主にした色合いは真っ青な水平線の上では悪目立ちをしているが、欄干の凝った装飾や細かな文様はどことなく孤高な美しさも湛えていた。
最も目立つところには威風堂々とした猫の上半身となまめかしい魚の下半身を合わせたような奇妙で巨大なオブジェが磔にされている。
見紛うことはない、あまりに大きく豪華ではあるがそれは船だった。
数十人のタスクが両手を広げても覆いつくせないほどの帆には誇らしげに猫耳の生えた骸骨が描かれており、見上げてはるか遠くの見張り台の上にはためく旗も同じデザインだ。
呆気にとられながらその帆を見てアルアスルとタスクは莉音を挟んで抱き合い絶叫した。
「ふ、ふ、船ぇえええええかかか海賊船やぁああああ!!!!!」
「かいじょくへん!?」
潰された莉音も絶叫する。絵物語でしか聞いたことのない悪党だ。
「あー、ほんとだね。海賊船だ」
「随分とでかい船に乗ってるな。波で消し飛ばされるんじゃないか?」
一番後ろの舟で等加とたてのりが妙に冷静に呟く。
海賊船に押された波が高く伸びて一行の小舟を風呂に浮かべた玩具のように弄んだ。
船の上に複数人の人影と怒号がちらつく。
「お、おい、逃げたほうがええんちゃうか!?おい!」
水面で固まる生物にタスクが声をかける。
はっと我に返った生物は、3匹で身を寄せ合うと脱兎の勢いでその場から泳ぎ去った。
「イヤーッ!」
動力のない一行の舟は置き去りである。
「は!?ちょ、ちょお待っ…!」
海の上ではアルアスルの自慢の機動力もない。
「こ、こ、これやから安モンは…!」
「客置いて逃げる商売があるかって…!」
慌てて手で水を搔くが重量いっぱいまで人を詰め込んだ小舟はぴくりとも動かなかった。
海賊船から大量の人影が降りてこちらへ向かってくるのが見える。
「おい人が乗ってる!」
「全員捕まえて身ぐるみ剥がしちまえ!ぎゃははは!」
下品な笑い声と喧騒がどんどんと近付く。
セバスチャンは自重で舟を傾けて2隻の前になんとか移動すると立ち上がって全員を守る姿勢に入った。
「あの人数はあかん!殺される!捕まる!」
「か、海賊と盗賊なんか活動場所の差であって、いうたら同業者やろ!?お前話つけてこいって!」
「ええ!?」
情けなく尻尾を下げて暴れるアルアスルを混乱したタスクが押しやって船の前に立たせる。
なす術のなくなったアルアスルは覚悟を決めて近付いてきた荒くれ者に向かって大声をあげた。
「あ、あのぉ~!ニチボツ?海賊の皆さん~!え、えっと…じ、実は俺も盗賊で…!同業者じゃないですか!仲良うやりましょうや!」
「あぁ?なんだぁ?盗賊?じゃあ期待できるなぁ!全部奪っちまおうぜ!」
「ギャハハ!とっ捕まえて賞金稼いで棚ぼただ!」
「ヒィ~…」
アルアスルはすぐに気圧されてイカ耳になって船の後ろへ退いた。
逃げ場もなく足もなく交渉の術も持たずただ海の上で無力に暴れまわるアルアスルと、アルアスルをけしかけたものの効果がなかった様子を見てお互いを抱き合って涙目になるドワーフコンビを見て等加は目の前のたてのりを一瞥する。
視線の意味がわかったたてのりは深くため息をつくと立ち上がって背中の剣を抜いた。
「何人いようが関係ない。セバスチャン、引き付けろ。一太刀で全員叩っ斬る」
「わかった」
セバスチャンの背中が開いて現れたいくつもの歯車が羽を作るように大きく伸びる。
歯車の羽は後ろの一行を覆うようにバリケード状に広がった。
「なんだあいつ!?高そうじゃねえか!?」
「いけ!かかれ!」
向かってくる海賊たちは色とりどりの装飾を身に着けた獣人だ。
完全な人型とは言えない毛むくじゃらのヒューマンのような様態であり、その上猫人でもない。
すぐ間近まで中型の船で近付いてきた海賊たちは飛び上がってセバスチャンに噛みつきかかった。
大きく防御膜を貼ったセバスチャンは腕を振り払って数人を海へ落とすも、右腕を払う間に左腕に数人が噛みつき、左足を払う間に右の歯車の羽に殴り掛かられた。
「…あいつら…まさか黄昏の…?」
「たてのり!あかん!もうあかんて!あーっセバスチャン!お助け!お助け!」
海賊の姿を見て一瞬剣を下ろし目を見開いたたてのりは、獣人に囲まれてあちこち噛みつかれながら抵抗するセバスチャンを見て情けなく命乞いをするタスクとアルアスルに剣を構えなおした。
剣に魔力を流し、全員を一太刀で斬れるほど大きく育て上げる。
セバスチャンに攻撃を仕掛けていた海賊は、急に影を作った巨大な剣を口を開けて見た。
「画竜点せ…!」
広範囲攻撃をするべく大きく一歩を踏み込む。
大きくたわんだ舟がみし、みし、と嫌な音を立てる。
頼りない小舟が大きくなった剣とたてのりの踏み込みに耐えられるわけがなかった。
「あ」
「あ」
ぐるん。
舟は等加とたてのりを乗せたままひっくり返り、その場で木っ端微塵に弾け飛んだ。
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