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4章 ファオクク島
第51話 ファオクク島上陸
しおりを挟む降り立ったファオククの島の森は深く、木が密集しているにも関わらず優しい木漏れ日が差し込んで明るく神聖な雰囲気を醸し出していた。
ドワーフの村に行くまでに抜けた山々や砂漠までの森と比べても自然そのものの恐ろしさが剥き出しになっていることもなく、鳥が歌い蝶が舞い温かく優美で高貴ささえ感じる爽やかな森を進む。
「なんや暑くもないし寒くもないし、気持ちええ森やなぁ」
「季節の初夏だな。もう数日もすれば汗ばむようになる」
ファオククは寒い時期がなく、肌寒い春と暖かな夏を繰り返す穏やかな気候の島国だ。
肺いっぱいに新緑の気配を吸い込むタスクに、たてのりは収納空間を開くよう促した。
「なんや?あ、エレジーか?こいつもここの馬やもんな」
「あぁ…いや」
たてのりはエレジーと勝手について出たガウの他に海賊からもらったガラクタをいくつか取り出した。
黒く塗られていることで光を遮る眼鏡に、大きめの帽子を被る。心地よい気温には相応しくない装いである。
「なんやたてのん!それ!あっはっは似合わへん」
アルアスルに馬鹿にされても、不審者を見るような目で等加と莉音に見られてもたてのりは無言でその怪しい眼鏡と帽子をかけたままさっさと進んでいく。
「…何?怪しいね」
「いや、ほら…あれちゃう?たてのりはコンプレックスあるからな」
「あぁ…」
前を行くたてのりの後ろで他のメンバーが声を顰めて変装の理由を邪推する。
身分を気にするプライドの高いたてのりは、純粋なエルフの前でハーフエルフの耳を晒すのが耐えられないのではないかという意見でおおよそ一致した。
「…ただ、それならばタスク、莉音…お前たちや俺の方がまずいのではないか?」
「え?」
セバスチャンの意見に、莉音をガウに掴まらせていたタスクは目を丸くする。
「確かに、エルフは王族制で身分が絶対的やし…種族の差別は一際よな。ドワーフや機械族なんか普通に歩いてたらけちょんけちょんかもしれへん」
アルアスルの考え込むような仕草に、莉音は旅の最初にツェントルムの街でいきなりエルフに蹴飛ばされたことを思い出して眉を顰めた。
そうこうしている間に森は綺麗に舗装された道へと変わり、豪華なツリーハウスのような木と融合した建物が立ち並び始めた。
どこかで談笑する声や人の気配が少しずつ肌に触れてくる。
「…どちらにせよ王様の前には出してもらえないだろうね。今まで酒の席で、給仕の者以外でエルフ以外の種族なんか見たこともないよ」
小声で話す等加に一行は神妙な面持ちで頷く。
「そもそも、街歩いてて殺されるかもしれへん。タスクは一目ではわからへんと思うけど、莉音ちゃんとセバスチャンは…」
どこからどう見てもドワーフと機械であり、誤魔化しようがない。
ガウにしっかりと掴まったまま莉音は不安げにアルアスルを見上げた。
「…わかった、俺にいい考えがあるわ」
「何?」
「おい!たてのり!ちょっと来い、作戦会議や」
振り返ることもなく勝手知ったる様子で前を歩いていたたてのりは嫌そうにしながら引き返してくる。
全員が円状に集まってアルアスルの声に耳をそばだてた。
「とにかく、手だけは出されへんようにせなあかん…そこでや…」
アルアスルは悪戯な笑顔を等加に向けた。
森を進むにつれて、木々は綺麗に手入れされ生え揃った開けたところに出てきた。
島の中心に向かっていくにつれて人は増えていき、透き通るような肌と高い鼻、スラリと伸びる長い手足の美しいエルフが行き交うようになっていった。
「エ、エルフばっかりや…」
タスクと莉音は怯えるように縮こまりながら列を成して歩いていく。
列は着飾ってエレジーに乗った等加と、それを護衛するように側を歩くたてのりが最前で率いていた。
その後ろをアルアスル、タスク、莉音とセバスチャンの順番で付いている。
等加は普段よりもどこか気高げで冷たい雰囲気を纏っていつもよりもさらに冷え切った目線でたてのりを見ていた。
「まぁ…なんとお綺麗」
「お見かけしたことはないわね。王族のどちらかに嫁いでこられたのかしら」
通りすがりのエルフたちは白馬に乗った等加を見上げて一瞬見惚れた後、すぐに頭を垂れてその場を立ち去っていく。
後ろを歩く莉音やセバスチャンが咎められるようなことはなかった。
「上手くいってるんちゃうか?等加ちゃんの奴隷作戦……」
「そ、そうかも…」
アルアスルは得意げな表情で勝ち誇ったように笑う。
アルアスルの作戦はエルフの中でも美しいとされている等加をエレジーに乗せてあえて堂々と振る舞うことで、その他のメンバーを等加の奴隷だと認識させることだった。
実際、エルフたちは等加を見て王族に対する仕草を取っている。
作戦は完全に成功しているようだ。
本気で高貴さを演出している等加は震える睫毛まで一挙一動が美しく、エレジーに負けないほど光り輝いていた。
「とりあえず、このまま王の前まで行こうか…宿に泊まる金もあらへんし、斡旋してもらわんと…」
「そうは言っても、王の住まいまでどれくらいあるんや?今日中に辿り着けるか?」
「ううん…」
アルアスルがエルフたちに悟られないようにコソコソと話す。
一行は王族と奴隷のように振る舞ったままエルフたちの住む居住区を抜けていった。
たくさんのツリーハウスが並ぶ森を抜けると、少し大きめな建物の立ち並ぶ区画に足を踏み入れることとなった。
丁寧に森の端の居住区と次の区画には境界線が敷かれており、立て看板にはシプヘとネーフル書かれている。
「シプヘ…?」
「これから立ち入る役所区域の名前だ。ネーフルは今通って来た居住区の名称」
眼鏡と帽子で如何にも怪しい護衛のたてのりがぼそっと呟く。
「ファオクク島は身分や役割で住む場所がはっきり分かれていて、それぞれの区域に名前がついてるんだ。とりあえず、王族がいるところに行くのにこのままだと数日はかかっちゃうからね。シプヘの役所で手続きして迎えに来てもらう」
「なるほどぉ…」
等加は馬の上から小さな声でたてのりの説明を補足する。
シプヘの森はネーフルに比べてより整然と木々が整えられた几帳面な森だった。
木の上の建物も全てが同じ見た目をしていて居住区のようには見えないが、行き交うエルフたちはストールのようなものを身にまといどことなく優雅な装いをしている。
ネーフルの森を抜けてシプヘの中央まで来る頃には陽が傾き、差し込む橙の光で照らされた一際大きなツリーハウスの前で等加は馬を止めた。
「役所はこれかな?…ほら」
「………」
エレジーから降りる等加は当然のようにたてのりに手を出すよう求め、不服そうなたてのりは仕方なく手を引いてエスコートする。
地に降りた等加のドレスの裾を莉音が持ち上げ、荷物持ちに扮するためにこれみよがしに出した荷物をタスクとセバスチャンが持ち上げる。
「ささ、等加様、こちらへ」
案内役を買って出たアルアスルが歩いていく先の小石を払い、ツリーハウスにつながる移動式のロープウェイを止めて等加を恭しく乗せる。
ツリーハウスのドアを開けると中は外観からは想像ができないほど広々としていてたくさんのエルフたちがいた。
入ってすぐのところで受付のエルフと目が合い、一瞬微笑みかけられるも莉音とセバスチャンの姿を見て目に見えてわかるほど眉を顰めた。
「あのー」
アルアスルが声をかけるが、受付のエルフは少し顔を上げただけでそのまま作業に戻ってしまった。
アルアスルは肩をすくめて等加に行くように合図を出す。
「すみません、少し…」
等加が話しかけると受付のエルフは微笑んで立ち上がった。
「こんにちは。…すみませんが、許可のないドワーフと機械族の立ち入りは禁じられています。お引き取りを」
「失礼しました、こちらは私の奴隷です。王からお声がけをいただいておりまして、こちらに来るまでが大変だったものですから…」
等加が困ったように笑うと受付のエルフは急に目を丸くして焦ったようにいくつかの書類を引き出した。
王からの呼び出しなど王族でもない一介のエルフにかかるものではない。
とんでもない客か、大切な来賓かを確認するためにエルフはリストのようなものを何枚も確認しているようだった。
「王から…?…失礼ですが、どちらから…」
「ツェントルムのシュテルンツェルトから参りました。踊り子のトウカ、と」
「と、と、トウカ様…!?」
エルフは仰天してすぐに受付から出てくると等加の前で深く礼をした。
「これは失礼いたしました。王からいらっしゃったら丁重にもてなすようにと厳命されております…すぐに迎えを呼びますのでこちらへどうぞ」
一行はエルフに連れられて広い受付の奥にある重厚なドアの向こうに案内された。
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