上 下
19 / 127
王都

第十九話 神のソレ

しおりを挟む
 フォレストバジリスクを一撃で始末したオレは、怪我をしているであろう獣人のもとに向かう。



「大丈夫かー!?」

「…」



 ここで戦闘をしていた彼らは呆気にとられたように、オレの言葉に耳を貸す気配はない。



 先ほどからリーダーと呼ばれていた女性を発見する。

 頭には立派なケモミミが付いており、立派な鎧を纏っていても鍛えられているであろうことはすぐに理解できるほどに、戦士や騎士といった風貌だ。

 そして、おそらくフォレストバジリスクの攻撃を受けたのであろう左足の傷が生々しく、毒のせいからか皮膚が変色して見るからに重傷だ。



「すぐに治療する」



 オレはそれだけ告げると、ミィズを治療した時同様に患部へ意識を集中させる。



「今回は毒もある…肉体の損傷より前に、体内に入っている不純物を取り除く…」



 彼女は負傷してからかなりの時間が経過していたようで、毒の影響はかなり深刻な状況だった。蛇の毒は、人間のタンパク質を破壊すると聞いたことがあるが、この傷はその比ではない…。

 確認できる症状だけでも、壊死、腐敗、筋組織の破壊が左足全体に広がっている。

 立ち上がっていることもできないはずの彼女は、片方の双剣を杖代わりに地面に突き刺し戦っていたわけだ…。



「新しく左足を創った方がいいかもしれない…」



 さらに集中を高めていき、彼女自身の右足を参考に左足全体を『想像』していく。

 そして、未だ痛々しい左足に想像したイメージを投射する。

 彼女の左足が神々しい光に包まれて、ほどなくして何事もなかったかのように光は消える。



 オレは確認するため彼女の足を見る。



 ──。



『─なんと、これは素晴らしい』



 ──。



「ふぅ…成功みたいだな…」



「こ、これは何ということだ…」



 その声の持ち主は他でもない、ケモミミ様の彼女だ。



「一応治療してみた。だけど、毒が全身にまわっているかも知れないから、街に戻って確認と休養は必要だと思う」



「あなたは神…か?」

「…」



「なんとお礼を言えばいいか…、あのままでは確実にここにいる全員が死んでいた。本当にありがとう!」

「あ、ああ。気にしないでくれ、出来ることをやっただけだ」



 彼女は、オレの手をこれでもかと握りしめお礼を伝えてくる。

 日常的を剣を振る人の手とは思えないほどに柔らかく、しっかりとした手に意識してしまうのはしょうがなかった。



「お名前を伺っても?」

「信希だ」

「信希様、本当に感謝します」



 次は深々とお辞儀をする彼女に、どこかいたたまれない気持ちになる。



「本当に気にしないで…、オレは街に連れを待たせてるからすぐに戻る」

「必ずお礼に伺います!!」



 自分の言いたいことだけを伝え、彼女とフォレストバジリスクの死体を残してオレはその場をそそくさと離れる。

 彼女のお礼を若干無視したような気もするが、今のオレはそれどころではない事象に陥っていた。

 彼女の左足を想像している時だ。あの瞬間に、爆発的な情報量が意識下に入ったせいか、ひどい頭痛を感じていた。

 呼吸を整え、痛みを感じている箇所を休めるイメージをする。本当にこんな事で治るのか定かではないが、幸運にも痛みが引いていく。



「よかった…」



 全身の冷や汗が引いていくのが分かる。



「念のため、街までは歩いて戻ろう」



 これまでの旅の疲れと治療のせいで、体力的にも精神的にも一気に疲れが押し寄せてきた。



 そんな時だった。全く気付きもしなかった。横から声を掛けられる。



「そなた、少し話をしないか?」



 その美しい声の持ち主を確認するために、声が聞こえてきた方へ視線を向ける。



「…何か?」

「先ほどの戦闘を見ていたと言えば分かるか?」



「…ごめん、疲れてるんだ。街に戻ってからとかじゃダメ?」

「あいわかった。では同行しよう」



 何だこの人…。先ほどの戦闘していた人たちの中には居なかったと思うけど…。

 

 どこか不思議な雰囲気を纏った女性はとても美しい。

 この世界に来て初めて見る黒髪の持ち主で、元居た世界では見慣れていたはずだったのに、随分と懐かしいような感覚を覚える。

 整った顔立ちに綺麗な水色の瞳が、どこか触れられない物を彷彿とさせる印象だ。

 服装も冒険や戦闘には似合わない服装で、豪奢な和服といった装いだ。



 何者なんだろう…。



 ──。



 街までは二十分も掛からずに到着することができた。

 オレは先ほどイレーナたちと一緒に発行した身分証のおかげで、すんなり入ることができた。

 一緒についてきた女性も身分証は携帯しているようで、特に問題もなく街に入ることができた。



「あ、そうだ─。門番さん、この街の商会ってどこにありますか?」

「商会か?このまま真っすぐ大通りを進んだら、大きな噴水が見えてくる。その噴水がある広場に商会が集まっている。そこまで行けば分かるか?」



「ありがとう」



 オレはイレーナたちが待っているであろう、商会の場所を手短に確認してからすぐに歩き出した。



 ──。
しおりを挟む

処理中です...