【完結】冷遇され臣下に下げ渡された元妃の物語

MEIKO

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第一章・突然の廃妃

3・運命の足音

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 この国に来て半年ほど経った時、一度だけこの後宮を出ようと思った事がある。

 求められて来てみたけれど、王の自分に対する処遇に打ちのめされて絶望し、どうせ一人死ぬならここを出て死のうか?と。

 ただ生き長らえているのは我慢がならなかった┉。
 どうせこの国に私の死を悲しむ者など居ないのだから。

 それにきっと、出て行っても直ぐは気付かれないのではないかと思われた。あの夜中に様子を見に来る者も毎日現れる訳ではない。
 一週間に二度程か┉?昨日来たからきっと次は二日か三日後だろうか。そう思って抜け出してみる。

 暇を持て余し散歩をしていた時偶然に知ったのだが、後宮をぐるりと囲む高い塀の一箇所だけ木が生い茂っている所がある。
 その根本を覗くと向こう側が見えた。
 普段こんな所には人が来ないし、それに這いつくばらないと気が付かない位置で。妃達や後宮で働く気位の高い者にはまず見えないだろう。

 ここの存在は、私の心の安心材料でもあった。
 いつでもここから出られる┉そう思うと、大抵の事は我慢が出来た。

 今日それを使うべきだな┉そう思って、身体を屈め木の根元に身をねじ込んでいく。
 意外な程すんなりと向こう側について、辺りを見渡す。

 ──こちら側もこんなに辺鄙へんぴな場所だったのか┉?

 死ぬなら┉こっちだな!そう思って、山に向かって緩やかに続いている道を行く。
 王城の後ろ辺りは険しい山が連なっていて、天然の要塞のようになっている。
 この山にはいくつもの監視台があり、ずっと遠くまで見渡せるのだ。
 だから他国からの進軍があったとしても、きっと早々に気付く事が出来るのだろう。
 逃げるなら逆方向だろうが、死ぬならこちらだ。
 
 ──高い所で綺麗な景色を見ながら逝こう。何故かそう思った。

 「ハァ、ハァ┉。」

 最初はなだらかだった道も急に勾配がきついものになって行く。慣れない山歩きで、尚且つ山に適した靴じゃない。
 もう足の指からは血が出て靴の表に滲み出ていたが、どうせ死ぬのだ┉足が血だらけになろうが、潰れようがどうでもいい。

 痛い足を引きずりながらも何時間か登り続け、山の中腹まであと少しくらいまでは来た。
 これより上に行ったら、監視台があって誰かに気付かれるかも知れない。

 ──もうここでいいや┉そう思い崖っぷちまで近付き、窮屈な靴を脱ぎ捨てて、座って足をブラブラさせる。

 こんなのスリシュに居る時でさえ、やった事なかったぞ!?そう思うと可笑しくなってきた。

 「ハ┉ハハッ、ハハ!」

 この国に来てから笑う事などなかった。それが久しぶりに心の底から笑って、気分爽快だ!って思えた。

 ──最後にこんな気持ち良い思いになれて良かった┉これで思い残す事はないだろう。

 徐ろに立ち上がって、故国があるだろう遠くを見た。
 ここから見える景色のもっと遥か遠くに私が生まれた国がある。

 「さようなら。父上、兄弟達┉」  
 そう呟いて身を乗り出そうとした瞬間、バッ!と誰かに身を引かれる。

 ──だ、誰だ?こんな所に!?

 自分をぎゅっと抱き締めて離さないその人を見上げた。
 意外にも若く端正な顔立ちをした若者┉。な、なぜ?

 「何をしているんだ!死のうとしたのか?馬鹿な事をするんじゃない!!」
 そう言って、更にギューッと抱き締める腕に力を入れてくる。

 こんな他人の体温を感じるのって、いつ以来だろう┉。
 不謹慎かも知れないが、そう思ってしまった。王との初夜以来か?あの時思いが通じあったかと錯覚してしまったけれど┉。
 あの方は、何の躊躇もなく私を切り捨てた。
 
 ──寂しい┉私は寂しかったのだ!

 そう思うと、頬を流れる涙は止められなかった。
 こんな┉全く知らない、今ほど出会ったばかりの赤の他人の前で!?と思うが、こんなに温かな体温を感じてしまうと、どうにも涙が止まらなくなる。

 「ハァ、っ┉うっ、ん。」

 思わずむせび泣いて、知らないその人の温かな胸にしがみつく。

 最初は強く抱き締めていたその手が徐々に緩んでいき、優しく宝物を扱うようにそっと身体を撫でで落ち着かせてくれた。

 ひとしきり泣いたら、だんだんと恥ずかしくなって、そっと身体を離す。

 「本当にすみませんでした。ちょっと辛い事がありまして┉。知らない方なのにご迷惑をお掛けしました。」そう言って頭を下げ侘びた。

 あらためてその人をじっと見ると、なんて美しい容姿なんだろうかって思う。
 流れる銀糸の髪を垂らして、煌めく金の瞳の精悍な顔立ち。
 紫色の瞳だけは美しいと言われるが、黒い髪の貧弱な身体の私とは比べ物にならないな┉。
 私がこの方のようだったなら、王に捨てられずに済んだのだろうに。

 そう思うと、フッと笑ってしまった。
 そんな私に少し驚いたようだったが、この様子ならばもう死ぬ事は無いだろうと安心したようだった。

 「私はシルバといいます。カリシュ国から来た王の第十六妃の┉。と言っても、忘れられた存在なんですが┉」
 自虐めいてそう言うと、非常に驚いた様子で、身を正して一礼する。

 「これは失礼致しました。妃殿下であらせられましたか。私はベルード辺境伯と申します。失礼かと思いますが下までお連れ致します。」

 ベルードはそう言うと、サッと私を横抱きにして歩き出す。

 「あっ┉でもこんな山道を。お辛くなるでしょうし、自分で歩けますから。」

 恥ずかしくなって思わずそう言ったけど、ベルードは私の傷だらけの足を見て顔色が変わり「こんな酷い┉」と呟いて私をじっと見る。

 そのまま私をしっかりと抱いて、この方の体格ならば┉と思った通り難なく山を降りて行く。
 そしてあっという間に元居た場所に着いて、ここで下ろしてくれますか?と声を掛けた。

 そうっと下ろされて、辺りを見渡しこんな所で?と、不思議な顔をされたので、入ってきた木の根元を指差す。

 「ここから入れるのです。でも、これは二人だけの秘密┉でお願いします。塞がれたら困るので。」
 そう言ってフフッと笑うと、ベルードも笑い返してくれた。

 もう一度お礼を言って何故か名残惜しい気がしたが、誰かに気付かれる前に┉と、後宮に戻って行った。
 ただ、これだけの出会いだ。

 およそ一年半前の、こんな出会いを┉ベルード様は覚えていて下さったのか。
 
 ──だから私を下げ渡して欲しい┉と?
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