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番外編
番外編5・最期の時(番外編最終話)
「ありがとう……フレデリカ。家族というものに殆ど縁のなかった私に、四人もの子供を授けてくれた。感謝してもしきれないよ」
エズラはそう言って最愛の妻フレデリカの手を握る。妻の手はヒンヤリと冷たく、痩せて血管が浮いている。だけどそんなことは少しも気にならないように、優しく撫でそれから甲に熱く口付けた。
「あなた、ごめんなさい……もうお別れみたいね。私もとっても幸せだった!あなたと一緒になれて、幸せの連続だったわ。後は息子や娘のこと、孫達のことを頼むわね?」
そう伝えるフレデリカの頬には一筋の涙が溢れる。まるで宝石のように煌めくその雫。それを慈しむように唇で受け止め、少しだけ皺が寄った瞼にキスを落とすエズラ。
「お母様、どうか気をしっかり持ってくれ!この前五十六の誕生日を迎えたばかりじゃないか……早すぎるよ」
エズラとフレデリカにとって長男である息子がそう訴えて、傍らには心配そうに見つめるその妻と幼子が。三人はうるうると目を潤ませている。
「そうよね、お兄様。私の子供もどうか見て欲しい!産まれるまであと少しなのに……」
妊娠中の長女は、お腹が前に大きくせり出している。これはもう直ぐ産まれるという印……その隣にはしっかりと妻の身体を支える夫がいる。
それから少し離れたところには、泣き顔を隠すこともなく棒立ちになっている末息子が。
「そうだよ、お母様!二番目の兄さんと叔父様も研究所から駆け付けてくれるから。だからどうか堪えて欲しいんだ!わああ」
末の息子はまだ十代……今にも事切れそうな母を見て、とうとう泣き出している。それを見て力を振り絞り、震える手を伸ばすフレデリカ。
「あなた達、私の可愛い子!どうか忘れないで……愛していることを。お母様はどこにいても、あなた達を見守っているわ。どうかお父様を大切にね」
最期の時に、そう伝える母の元に皆が駆け寄って来る。それからフレデリカは、愛しい人達を見ながら幸せそうに微笑んだ。それからゆっくりと目を閉じる。そしてその目は、もう二度と開かれることはなかった。
──それから二日後。
家族はもちろん、領民や帝国中が悲しみに暮れる中、前辺境伯であるフレデリカ・フラウの葬儀がしめやかに執り行われた。由緒ある辺境伯家の女傑の死に、参列者が後を絶たず長蛇の列が出来る。フラウ家の者は哀しみを堪えて、気丈に全てを取り仕切った。そして最後にこの場に残ったのは家族達。
「お母様、お赦し下さい……俺達を産んだことで、命を縮めてしまったんだ。今は薬の効果もぐんと上がって、こんなに悲しいことにはならないのに!」
研究所から駆け付けて来た次男は、突然の母の訃報にそう叫んで項垂れている。それを慰めるように長男は優しくその肩を抱く。それからフルフルと頭を振りながら……
「いいや、違う。お母様はいつも言っていただろう?俺達が居たからこそ生きる意味があったって……幸せだったって言ってたじゃないか!」
「そうよ、その通りだわ!お母様はいつだって私達のことを想っていたの」
「そうだよ兄さん。一人じゃない……僕達がいるから!」
四人の兄弟達は抱き合って、母の死を心から悼む。最期の言葉の『いつまでも見守っている』を胸に。そんな子供達を側で見ていた父であるエズラは、涙を滲ませながら静かに語り出す。
「その通りだ。フレデリカはお前達が悲しむ姿を望んでいないだろう。だから悲しみに暮れるのは今日までだ!明日からは皆で力を合わせてしっかり生きるんだ。分かったな?」
そんな父の力強い言葉に、ハッとして大きく頷いた子供達。それから揃って墓碑の前に立ち、別れを惜しむように話し掛けている。それを見ていたエズラは一人、少し離れたところにあるベンチに腰掛けた。そして……
「フレデリカ君は、六十まで生き抜いてくれた。最期の時まで笑顔を見せてくれたね。私も見た目は六十を過ぎたところだが、もうとっくに命運は尽きている……なにせ十七年も時を遡ったから。二度と君を一人にしないと誓ったから、何とか約束を果たせて良かった。それにどうやら、君を持たせずにすみそうだよ……」
そうボソッと呟いたエズラは、そっと目を閉じた。その瞼に映るのはあの日の情景。苦しく辛いこともあったけど、二人なら何だって乗り越えてこれた。そして今となっては、あの人の笑った顔しか浮かばない。全ては愛故のこと……
「あれっ、おじいちゃま?ねちゃったのかなぁ。おとうたま~、おじいちゃまが!」
そんな息子の声に近付いた長男は、父の寝顔を覗き込む。それから思うのは、体格が良くて威厳ある姿が昔は怖くもあったけど、今は白髪交じりの髪で、おまけに身体が小さく見えるということ。
「いつの間にか俺の方が、大きくなっていたんだな……」
急に切なくなり、潤む目をそっと拭った。それから不思議そうにしている息子の頭をそっと撫でて、「しーっ」と人差し指を口の前に立てる。
「今だけはそっとしておいてあげよう。お父様は長い間お母様の看病をしていたから、きっとお疲れなんだろう。俺達や使用人達が代わると言っても、頑として譲らなかったから。さあ、これを掛けてあげてくれ」
キュルンとした蒼い瞳の息子は、父から毛布を受け取り、起こさないようにと静かにそれを祖父の膝に掛ける。それから……
「おじいちゃま、あとでぼくとあそんでね?」
そう言ってニッコリと微笑み、それから父と手を繋いで歩き出す。皆が待っているお祖母様が眠る場所へと……
──番外編end.
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。これで完全エンドになります。恋愛小説大賞に投票して下さった方、感想をいただきました方、もちろん読んで下さった方々全てに感謝申し上げます。
MEIKO
エズラはそう言って最愛の妻フレデリカの手を握る。妻の手はヒンヤリと冷たく、痩せて血管が浮いている。だけどそんなことは少しも気にならないように、優しく撫でそれから甲に熱く口付けた。
「あなた、ごめんなさい……もうお別れみたいね。私もとっても幸せだった!あなたと一緒になれて、幸せの連続だったわ。後は息子や娘のこと、孫達のことを頼むわね?」
そう伝えるフレデリカの頬には一筋の涙が溢れる。まるで宝石のように煌めくその雫。それを慈しむように唇で受け止め、少しだけ皺が寄った瞼にキスを落とすエズラ。
「お母様、どうか気をしっかり持ってくれ!この前五十六の誕生日を迎えたばかりじゃないか……早すぎるよ」
エズラとフレデリカにとって長男である息子がそう訴えて、傍らには心配そうに見つめるその妻と幼子が。三人はうるうると目を潤ませている。
「そうよね、お兄様。私の子供もどうか見て欲しい!産まれるまであと少しなのに……」
妊娠中の長女は、お腹が前に大きくせり出している。これはもう直ぐ産まれるという印……その隣にはしっかりと妻の身体を支える夫がいる。
それから少し離れたところには、泣き顔を隠すこともなく棒立ちになっている末息子が。
「そうだよ、お母様!二番目の兄さんと叔父様も研究所から駆け付けてくれるから。だからどうか堪えて欲しいんだ!わああ」
末の息子はまだ十代……今にも事切れそうな母を見て、とうとう泣き出している。それを見て力を振り絞り、震える手を伸ばすフレデリカ。
「あなた達、私の可愛い子!どうか忘れないで……愛していることを。お母様はどこにいても、あなた達を見守っているわ。どうかお父様を大切にね」
最期の時に、そう伝える母の元に皆が駆け寄って来る。それからフレデリカは、愛しい人達を見ながら幸せそうに微笑んだ。それからゆっくりと目を閉じる。そしてその目は、もう二度と開かれることはなかった。
──それから二日後。
家族はもちろん、領民や帝国中が悲しみに暮れる中、前辺境伯であるフレデリカ・フラウの葬儀がしめやかに執り行われた。由緒ある辺境伯家の女傑の死に、参列者が後を絶たず長蛇の列が出来る。フラウ家の者は哀しみを堪えて、気丈に全てを取り仕切った。そして最後にこの場に残ったのは家族達。
「お母様、お赦し下さい……俺達を産んだことで、命を縮めてしまったんだ。今は薬の効果もぐんと上がって、こんなに悲しいことにはならないのに!」
研究所から駆け付けて来た次男は、突然の母の訃報にそう叫んで項垂れている。それを慰めるように長男は優しくその肩を抱く。それからフルフルと頭を振りながら……
「いいや、違う。お母様はいつも言っていただろう?俺達が居たからこそ生きる意味があったって……幸せだったって言ってたじゃないか!」
「そうよ、その通りだわ!お母様はいつだって私達のことを想っていたの」
「そうだよ兄さん。一人じゃない……僕達がいるから!」
四人の兄弟達は抱き合って、母の死を心から悼む。最期の言葉の『いつまでも見守っている』を胸に。そんな子供達を側で見ていた父であるエズラは、涙を滲ませながら静かに語り出す。
「その通りだ。フレデリカはお前達が悲しむ姿を望んでいないだろう。だから悲しみに暮れるのは今日までだ!明日からは皆で力を合わせてしっかり生きるんだ。分かったな?」
そんな父の力強い言葉に、ハッとして大きく頷いた子供達。それから揃って墓碑の前に立ち、別れを惜しむように話し掛けている。それを見ていたエズラは一人、少し離れたところにあるベンチに腰掛けた。そして……
「フレデリカ君は、六十まで生き抜いてくれた。最期の時まで笑顔を見せてくれたね。私も見た目は六十を過ぎたところだが、もうとっくに命運は尽きている……なにせ十七年も時を遡ったから。二度と君を一人にしないと誓ったから、何とか約束を果たせて良かった。それにどうやら、君を持たせずにすみそうだよ……」
そうボソッと呟いたエズラは、そっと目を閉じた。その瞼に映るのはあの日の情景。苦しく辛いこともあったけど、二人なら何だって乗り越えてこれた。そして今となっては、あの人の笑った顔しか浮かばない。全ては愛故のこと……
「あれっ、おじいちゃま?ねちゃったのかなぁ。おとうたま~、おじいちゃまが!」
そんな息子の声に近付いた長男は、父の寝顔を覗き込む。それから思うのは、体格が良くて威厳ある姿が昔は怖くもあったけど、今は白髪交じりの髪で、おまけに身体が小さく見えるということ。
「いつの間にか俺の方が、大きくなっていたんだな……」
急に切なくなり、潤む目をそっと拭った。それから不思議そうにしている息子の頭をそっと撫でて、「しーっ」と人差し指を口の前に立てる。
「今だけはそっとしておいてあげよう。お父様は長い間お母様の看病をしていたから、きっとお疲れなんだろう。俺達や使用人達が代わると言っても、頑として譲らなかったから。さあ、これを掛けてあげてくれ」
キュルンとした蒼い瞳の息子は、父から毛布を受け取り、起こさないようにと静かにそれを祖父の膝に掛ける。それから……
「おじいちゃま、あとでぼくとあそんでね?」
そう言ってニッコリと微笑み、それから父と手を繋いで歩き出す。皆が待っているお祖母様が眠る場所へと……
──番外編end.
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。これで完全エンドになります。恋愛小説大賞に投票して下さった方、感想をいただきました方、もちろん読んで下さった方々全てに感謝申し上げます。
MEIKO
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これからも期待しています
本日はおめでとうございます😃💕
わああ、ありがとうございます!😭本当に嬉しいです。このような栄誉ある賞をいただけるとは、思ってもみないことでした。いつもプロットなしで思い付くまま執筆なので、迷走してないかな?😂と心配になったりするので、楽しんでいただいていることを知り感動ひとしおです😊新作も近々公開しますので、よかったら読んでいただけると嬉しいです!ありがとうございました🙏
泣いた…
読んでいただきまして、ありがとうございました😊
この作品は番外編も含めての完全エンドとなっております。番外編最終話が、作者として一番書きたかったことになっています。途中ミスリードなどもあり読みにくいこともあったと思いますが、最後まで読んでいただけて嬉しいです。🙇