【完結】初恋のあの人との結婚。だけど私のこと覚えてないんですね?

MEIKO

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第一章・グラン聖国のスリジャ

1・神の御使い

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 まだ薄暗い早朝、スリジャのかみ御使みつかいとしての務めが始まる。冷たい水で素早く洗面を済ませ、さっと身支度を整えて自分に与えられている部屋を出た。

 ──ブルブルッ!寒いな…
 
 もうこよみの上では春だというのに、白白と夜が明けてくるこの時間はまだ肌寒く感じる。
 それで、少しは温かくなるかも?と期待をして早足はやあしで歩いてみた。だけどそんな事で温かくなる筈もなく、そりゃそうだよね…と苦笑いする。

 御使い達が住む居住区を過ぎて、神殿まで続く長い回廊を抜けると、荘厳な神殿の内部が見えてくる。巨大な白亜の神殿はシーンと静まり返っており、自分の他はまだ誰も来ていないと分かる。
 
 スリジャは暗い足元に気を付けながら、最奥にある祭壇に近づいていく。
 そこには絶えず灯されている何本もの蝋燭ろうそくが揺らめいていて、それに照らさた女神アイリスの像が、ぼうっと浮かび上がっている。

 「アイリス様、どうか今日も皆が平穏に暮らせますように」
 そう呟きながら膝をついて祈る。

 ──パァーーッ!
 
 すると突然まばい光に包まれた。
 
 ゆめまぼろしなのか分からない…その光り輝く空間の中で、女神アイリスの声だけがそっと響いてくる。
 『我が愛する下僕しもべスリジャ。お前は長き間人々の助けになるべく尽力してくれた。私の言葉を皆に伝え、大勢の者に癒やしの力を施して来た。しかしお前の身体はその為に今、限界が来ている。この先は御使みつかいとしての責務から離れ、俗世ぞくせいに戻り自分の人生を生きるが良い』
 
 ──スリジャよ幸せに…
 
 ハッと我に返ると、薄暗い筈の辺りはすっかりと明るくなっていて、暫くの間意識がなかったのだと気付く。
 
 
 この神殿には女神アイリスに仕える三十人ほどの神の御使いが存在する。
 その中で神託しんたくを受けられるのはスリジャの他にはほんの数名のみ。
 通常神託というのは、人々に影響を及ぼす病についてや、干ばつや水害など凶事きょうじを知らせる予言のみ。

 ──これは私のための神託なんだ!私のためだけの…
 
 自分に対してのみの神託を受けるなど恐れ多い事…と思うが、だけど嬉しいと思う気持ちがどんどん溢れてきて頬を涙が伝った。
 

 このグラン聖国せいこくは大陸の中央に位置する女神アイリスをあがたてまつる信仰で成り立っている国だ。
 この国に生まれる子らには、10歳前後『しるし』を持つ者が現れる。その者の事は神の御使いと呼ばれる。
 貴族、平民、そして王族であっても例外なく現れ、そして親元を離れ神のやしの力を持つ者として神殿に召し上げられる。

 スリジャはグラン聖国の第四王子として生まれた後、10歳の時『印』が発現。
 そして王子として生まれた貴い身でありながら御使いとなり、それまでとは180度違う生活を余儀なくされた。
 
 ただスリジャは、元々おっとりとした大人しい性格で亡くなっている母親の身分も低かった為、さして抵抗もなく暮らしに馴染んで王族出身の御使いとして誰よりも熱心に務めを果たそうと努力してきた。
 そのかいあって御使いの癒やしの力だけでなく、女神アイリスからの御神託ごしんたくも受ける事が出来る稀有けうな御使いになっていた。

 「スリ様、今朝のお務めはお済みになりましたか?」
 
 突如として声を掛けられ、驚きで思わず身体がビクッとなる。その声が誰なのかは直ぐに分かったが、だからこそ見られてはならないと涙を指先で拭った。
 
 「アルジェ、今ちょうど御神託を受けた所だよ。」
 
 アルジェは城からこの神殿に着いて来てくれた唯一の者だ。
 乳母うばの子で幼馴染みであったアルジェは、スリジャを一人では行かせられないと自ら進んで来てくれた。私よりも2つ歳下の幼い身であったのに…
 
 アルジェは従者としての扱いではあったが、物怖じしない性格と機転の良さで今では神殿でなくてはならない者となっている。二人はずっと助け合って過ごし、共に神の務めを果たしてきた。

 そんな神託のことを知らず笑顔で近づいてきたアルジェは、スリジャの顔を一目見るなり顔を曇らせる。
 
 「スリ様どうかなされたのですか?どうして泣かれて…」
 慌ててスリジャに駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。

 拭っても拭っても、止めどなく流れる涙…それは嬉しさなのか寂しさなのか自分でも判断出来なかった…長年自分を抑えてただ人々の為にと何の疑いもなくそうしてきたんだ!

 ──とうとうこの時が…
 
 「アルジェ、ここを去る時が来たようだよ」
 スリジャは覚悟して、そう静かに答えた。

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