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1.アルバイト
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時折、海沿いを走る車のライトが、一軒の回転寿司屋を照らして、走り去って行く。
この回転寿司屋は、岡山県の南。海沿いの交通量が少ない、道路に面した場所にある。
オ―プン当初、「こんな交通量が少ない場所に、回転寿司屋を造っても儲からないだろう」と言う。村の住人達の噂も聞かれたが、海が目の前に広がり、店主が漁師と言う事もあり、釣った魚を手製の生け簀に入れて、その都度お客に提供していた事が口コミで広がり、TVの取材も来るような人気店となっていた。
今日も忙しく、お客の列が途切れるような事もなく、どたばたと忙しい一日であった。
この店の、一番人気の一品は『鰆料理』だ。
鰆は、魚の中でも傷みが早いため、取り扱う店は少なく珍しい。だから今日も、鰆の握りや刺身の注文が、後を絶たなかった。
そして、そのような賑わいも閉店時間が近づく頃には、食べ終わってお茶を啜るお客が一組だけとなり。
その傍 らでは、店主夫婦とアルバイトの響が、山積みとなっている皿の、後片づけを手早く進めている。
最後の皿の山を、響が流しへ運んでいる時に、最後のお客がレジへと向かい。
お客を追うようにして奥さんが、レジの方へと駆けていく。
「今日も学校帰りに、夜遅くまで済まないなぁ」
最後のお客を見送った後、店主は皿洗いをしている響に話かける。
「いいえ、こっちこそ無理を言って雇って貰い、助かってます」
皿を洗いながら、響は答える。
「あの事故で響の親父さんが、家族七人残したまま行方不明になって……もう一年か。そう言えばその後直ぐ、響が雇ってくれって来たんだったな……」
父の友人だった店主が、思い出すかのように話し出す。
響の父、大地真人は消防士で、一年前の台風で起きた、土砂崩れの救助活動中に、土石流に巻き込まれ行方不明になっていた。
「妹達五人が、まだ小さいですからね。母だけの稼ぎだけじゃ……まあ自分の高校の学費くらいは、自分で何とかしようと思っただけですよ」
皿を洗い終わり、水道を止める響。
「響くんは、責任感が強いのよ。妹達思いの十七歳だもんね」
暖簾を持った奥さんが、話に入ってくる。
「響、もうあがっていいぞ」
店主は、店内の時計が十時を過ぎているのを確認して、響に声をかける。
「はい」
短く返事をする響。
響は、酢の匂いが染みついた、かっぽう着を脱ぎながら、店の奥にあるロッカーに向かう。
「じゃ、帰りまーす」
着替えを済ませて、響は、店主夫婦へ挨拶をする。
「お疲れさん」
店主は、包丁を磨ぐ手を止めて返事を返してくれる。
「お疲れさま」
奥さんは返事をした後、何かを思い出したかの様に、冷蔵庫へ小走りで向かう。
響が、店裏の駐輪場に行き。止めてある自転車に跨ると、奥さんが後から追いかけて来る。
「響くん、これこれ、持って帰って妹さん達と食べて」
「これ、もしかして、あれですか?」
響は、箱の中を確認するように、問いかける。
「そうよ。あれよ……」
「いつも、ありがとうございます。それじゃ、お休みなさい」
響は、受け取った箱を、大切そうに自転車のカゴに入れて走り出す。
車の通りも少なくなった、海沿い一車線の道路を、自転車のライトを点けて家へと急いだ。
全国各地で名物と言われる物は、お土産としては人気が有る。
だが、地元に住んでいる人にとっては、贈り物であって、自分たちが日頃から食べると言った事は、少ないのではないだろうか。
ここ岡山の「名物きびだんご」も、他県の人に贈り物とする事はあっても、地元に住んでいる人が、日頃から食べる事は少なく、響が食べたのも七年くらい前になる。
岡山で人気な食べ物は、あんこ玉を薄皮で包んだ「大〇まんじゅう」や、秋口から春まで限定の、白〇字の「ワッフル」だろう。(響の個人的な意見)
このワッフルは、ベルギーワッフルと違って、生地がフルフル、中にカスタ-ドクリ-ムが入って、一人で三個四個平気で食べれる。
響が言う「あれ」とは、この「ワッフル」の事である。
響の母、絵美菜は若い頃から腕の良い事で、ご近所でも評判の美容師だ。
十七年前、響が生まれた事を切っ掛けに、海が近い平屋の美容院兼住まいを購入した。
当初は、三人だけだったので、店舗八畳、住まい六畳二間でも不都合はなかったが、現在は妹の渚(七歳)、椿(五歳)、楓(三歳)、梓(三歳)、桜(六ヶ月)の五人が増えた事で、響の居場所がどんどん無くなり、今では一畳程の押し入れが、響の落ち着ける場所となっている。
響は、二十分程自転車を漕ぎ、見慣れた平屋の庭に設けられた、駐車スペースへ自転車を止めた。
勝手口から家に入ると母が流しで洗い物をしていた。
「お帰り、響」
「ただいま」
ピアノの鍵盤のように並ぶ、妹達の小さな靴が綺麗にそろえられている。
響は、隙間を見つけて、自分の靴を並べて揃える。
「お帰りぃー」
「あに、お帰り」
「ニィニィ」
「チャン」
「…」
きょうは、母の仕事終わりが遅かったのか、妹達はまだ起きていた。
「ただいまっ、はいはい、お土産のワッフルだよ」
響の帰りが嬉しいのか、響の持っている箱が何か分かって居るのか、響に纏わり付いて来る妹達。
「わぁ~い……」
箱に集結する妹達。
箱を開けるなり、両手にワッフルを取って、パクつき始める。
「食べたら、歯を磨いて寝るのよ」
流石、母である。
妹達に「食べるな」と言って、聞き分ける訳がない。
「「「は~い」」」
響のバイト代の一部は、この五人の妹たちの食費代へと、消えて行くのであった。
ワッフルを頬張る妹達の横を抜け。
この狭い部屋の中で、響の唯一の居場所、押し入れへと向かう。
襖を開けてカバンを入れようと中を見ると、そこにはラノベが散乱し、壁には落書き。
大切にしていた、アイドルのサイン入りポスターには……顔に髭が書かれていた。
貴様ら~!
振り向くと、そこには……
ワッフルを銜え、目をキラキラと輝かせながら、こちらの反応をうかがう、妹たちの姿があった。
一番下の妹も見てるし!
君は、何もしていないでしょう~
ガラガラ、タッタッタッ
怒りと悲しみを堪えながら、家から走り去る響。
「響! ご飯は~」
母ちゃん、今日は店で頂きました……
浜風を受けながら涙が流れ、月明かりの浜辺を走り行く響であった。
この回転寿司屋は、岡山県の南。海沿いの交通量が少ない、道路に面した場所にある。
オ―プン当初、「こんな交通量が少ない場所に、回転寿司屋を造っても儲からないだろう」と言う。村の住人達の噂も聞かれたが、海が目の前に広がり、店主が漁師と言う事もあり、釣った魚を手製の生け簀に入れて、その都度お客に提供していた事が口コミで広がり、TVの取材も来るような人気店となっていた。
今日も忙しく、お客の列が途切れるような事もなく、どたばたと忙しい一日であった。
この店の、一番人気の一品は『鰆料理』だ。
鰆は、魚の中でも傷みが早いため、取り扱う店は少なく珍しい。だから今日も、鰆の握りや刺身の注文が、後を絶たなかった。
そして、そのような賑わいも閉店時間が近づく頃には、食べ終わってお茶を啜るお客が一組だけとなり。
その傍 らでは、店主夫婦とアルバイトの響が、山積みとなっている皿の、後片づけを手早く進めている。
最後の皿の山を、響が流しへ運んでいる時に、最後のお客がレジへと向かい。
お客を追うようにして奥さんが、レジの方へと駆けていく。
「今日も学校帰りに、夜遅くまで済まないなぁ」
最後のお客を見送った後、店主は皿洗いをしている響に話かける。
「いいえ、こっちこそ無理を言って雇って貰い、助かってます」
皿を洗いながら、響は答える。
「あの事故で響の親父さんが、家族七人残したまま行方不明になって……もう一年か。そう言えばその後直ぐ、響が雇ってくれって来たんだったな……」
父の友人だった店主が、思い出すかのように話し出す。
響の父、大地真人は消防士で、一年前の台風で起きた、土砂崩れの救助活動中に、土石流に巻き込まれ行方不明になっていた。
「妹達五人が、まだ小さいですからね。母だけの稼ぎだけじゃ……まあ自分の高校の学費くらいは、自分で何とかしようと思っただけですよ」
皿を洗い終わり、水道を止める響。
「響くんは、責任感が強いのよ。妹達思いの十七歳だもんね」
暖簾を持った奥さんが、話に入ってくる。
「響、もうあがっていいぞ」
店主は、店内の時計が十時を過ぎているのを確認して、響に声をかける。
「はい」
短く返事をする響。
響は、酢の匂いが染みついた、かっぽう着を脱ぎながら、店の奥にあるロッカーに向かう。
「じゃ、帰りまーす」
着替えを済ませて、響は、店主夫婦へ挨拶をする。
「お疲れさん」
店主は、包丁を磨ぐ手を止めて返事を返してくれる。
「お疲れさま」
奥さんは返事をした後、何かを思い出したかの様に、冷蔵庫へ小走りで向かう。
響が、店裏の駐輪場に行き。止めてある自転車に跨ると、奥さんが後から追いかけて来る。
「響くん、これこれ、持って帰って妹さん達と食べて」
「これ、もしかして、あれですか?」
響は、箱の中を確認するように、問いかける。
「そうよ。あれよ……」
「いつも、ありがとうございます。それじゃ、お休みなさい」
響は、受け取った箱を、大切そうに自転車のカゴに入れて走り出す。
車の通りも少なくなった、海沿い一車線の道路を、自転車のライトを点けて家へと急いだ。
全国各地で名物と言われる物は、お土産としては人気が有る。
だが、地元に住んでいる人にとっては、贈り物であって、自分たちが日頃から食べると言った事は、少ないのではないだろうか。
ここ岡山の「名物きびだんご」も、他県の人に贈り物とする事はあっても、地元に住んでいる人が、日頃から食べる事は少なく、響が食べたのも七年くらい前になる。
岡山で人気な食べ物は、あんこ玉を薄皮で包んだ「大〇まんじゅう」や、秋口から春まで限定の、白〇字の「ワッフル」だろう。(響の個人的な意見)
このワッフルは、ベルギーワッフルと違って、生地がフルフル、中にカスタ-ドクリ-ムが入って、一人で三個四個平気で食べれる。
響が言う「あれ」とは、この「ワッフル」の事である。
響の母、絵美菜は若い頃から腕の良い事で、ご近所でも評判の美容師だ。
十七年前、響が生まれた事を切っ掛けに、海が近い平屋の美容院兼住まいを購入した。
当初は、三人だけだったので、店舗八畳、住まい六畳二間でも不都合はなかったが、現在は妹の渚(七歳)、椿(五歳)、楓(三歳)、梓(三歳)、桜(六ヶ月)の五人が増えた事で、響の居場所がどんどん無くなり、今では一畳程の押し入れが、響の落ち着ける場所となっている。
響は、二十分程自転車を漕ぎ、見慣れた平屋の庭に設けられた、駐車スペースへ自転車を止めた。
勝手口から家に入ると母が流しで洗い物をしていた。
「お帰り、響」
「ただいま」
ピアノの鍵盤のように並ぶ、妹達の小さな靴が綺麗にそろえられている。
響は、隙間を見つけて、自分の靴を並べて揃える。
「お帰りぃー」
「あに、お帰り」
「ニィニィ」
「チャン」
「…」
きょうは、母の仕事終わりが遅かったのか、妹達はまだ起きていた。
「ただいまっ、はいはい、お土産のワッフルだよ」
響の帰りが嬉しいのか、響の持っている箱が何か分かって居るのか、響に纏わり付いて来る妹達。
「わぁ~い……」
箱に集結する妹達。
箱を開けるなり、両手にワッフルを取って、パクつき始める。
「食べたら、歯を磨いて寝るのよ」
流石、母である。
妹達に「食べるな」と言って、聞き分ける訳がない。
「「「は~い」」」
響のバイト代の一部は、この五人の妹たちの食費代へと、消えて行くのであった。
ワッフルを頬張る妹達の横を抜け。
この狭い部屋の中で、響の唯一の居場所、押し入れへと向かう。
襖を開けてカバンを入れようと中を見ると、そこにはラノベが散乱し、壁には落書き。
大切にしていた、アイドルのサイン入りポスターには……顔に髭が書かれていた。
貴様ら~!
振り向くと、そこには……
ワッフルを銜え、目をキラキラと輝かせながら、こちらの反応をうかがう、妹たちの姿があった。
一番下の妹も見てるし!
君は、何もしていないでしょう~
ガラガラ、タッタッタッ
怒りと悲しみを堪えながら、家から走り去る響。
「響! ご飯は~」
母ちゃん、今日は店で頂きました……
浜風を受けながら涙が流れ、月明かりの浜辺を走り行く響であった。
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