NineRing~捕らわれし者たち~

吉備津 慶

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2.クロエ現る

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 月明かりだけの浜辺は、ロマンチックでもあり、不気味でもある。
 響は、何も言えずに家を飛び出し、浜辺をぼんやりしながら歩いて行く。
 下を向き足元を見ると、慌てて飛び出したため、足に合っていない母のサンダルを履いていた。

 「何処かへ、行きたい」

 一人現実逃避をする。響であった。

 響の落ち込みようは、前に父の真人が新車を購入して直ぐ、ス-パ-の駐車場で柱にぶつけた後の、落ち込みようと似ていた。 

 響が、座り込んで海を見ていると、何処からともなく……

 「我をおさめよ、されば導かれん」

 夜遅く誰もいない海で声がすれば、聞こえていない振りをするものである。

 「我をおさめよ、されば導かれん」

 えっ、何、何処から聞こえてくるんだ。
 こんな夜中に、幽霊か、怖えんだよ。

 「我をおさめよ、されば導かれん」

 「しつこいなぁ~」

 響は、小声でつぶやく。

 「聞こえてんじゃない!」

 馴れ馴れしい幽霊の声がする。

 その馴れ馴れしい言葉で、恐怖心が薄れた響は、声のする方へと視線を向ける。
 月明かりで、波がうっすらと輝く波打ち際に、青く光を放っている物が、響の目の中へ入ってくる。
 響は,何か嫌な予感がするものの、青く光を放っている物の方へ、ゆっくりと近づいて行く。
 輝く何かに、恐る恐る右手を伸ばし、指先でそっと摘み上げて、左の手の平に乗せてみる。
 顔を近づけながら、目を凝らして観察してみると。
 それは、青紫色をしたリングであった。
 青く光り輝く文様が、浮きあがっている。

 「リングかぁ、何で光ってるんだ」

  厚みもあまりないリングが、何故光っているのか。
普通であれば夜中の浜辺で、声がするからと言って、訳も分からないのに近づき。光り輝くリングを拾い上げて、指にはめようとする……などと言う事をする人も少ないはずだが、ここは岡山、まだまだ純粋に怖いものを見たい。
 リングを、指にはめてみたいと言う、好奇心の方が強いのである。

 響は、そっと左手の中指にリングを、滑らせてはめてみた。

 「ん~ちょっと大きいなぁ~えっリングが!」

 響の指にはめたリングの輪が、ドンドン小さくなって行く。
 最後には、指に吸い込まれるように、その姿を消していった。

 「あれ、なんだぁ! 消えたぞ」

 左手の何処をどう見ても、先ほどのリングは姿を消していた。

 響の後ろから、そっと抱き付いてくる黒い影。

 ボヨン、ボヨン!

 この感覚は……
 病院の看護師さんに、誤ってぶつかた時に味わった。

 『む・ね』の感覚……

 後から抱き付かれ、体に回された手を見てみる。
 その手は、白黒フィルムのネガにでも、写っているかのように透けている。
 そして、シッカリと響を逃がさないように、捕まえていたのだ。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁ、幽霊!」

 響は、焦った。まさか本当に幽霊が姿を現し、そして幽霊に捕まるとは……

 「幽霊じゃないし! 大丈夫、アンタの中に入っただけだから」

 胸を押し付けながら捕まえられて、そんな事を言われても、意味が分かるわけもない。

 「入った、え~ッ、取りつかれたのか~」

 体に回された手を振りほどこうと暴れる響。

 「分かった。離れるから落ち着けって」

 手が離れ、胸の感触も失われる。

 響は、速攻で後ろを振り向く。

 そこには、月明りに浮かぶ妖艶ようえんな美しい女性の姿が……

 下から見上げると透けてはいるが、黒いピンヒールに黒のニ-ハイストッキング、スラッとした足にガーターベルト、服は胸が強調された肩むき出しの黒いドレス。
 スカートの前には大きくスリットが入り、高級そうなレースが施され、背中に羽、頭に羊の角と言った出で立ちで、宙に浮いている。

 「悪魔……」

 響は、逃げようとするが、『蛇に睨まれたカエル』のように、体が言う事を効かない。

 「逃がさないんだから、二千年前の奴には逃げられたけど、あなたは逃がさないよ。『魅了』の魔法を、かけさせて貰うから」
 女の瞳が青く輝く。

 魅了、魔法……何言ってんだこい。

 響の、意識は徐々に朦朧もうろうとして来る。

 「そう言えば、紹介がまだだったネ。私はサキュバスのクロエ、これから一緒に異世界へ行って貰うよ。君には向こうで残り八つのリングを集めて、魔王様の世界を造る手助けをして貰うから。本当はこっちで、勇者を探してたんだけど。前に会った奴が酷(ひど)い奴でさぁ、リングを海に投げ込んだんだよ。酷いと思わない!」
 クロエと名のったサキュバスは、悔しそうに地団駄を踏んでいる。

 そりゃあ、誰が考えても、怖くて捨てるはずだな。

 「海の底からここへたどり着くのに、二千年もかかちゃったよ。だから君は直ぐに連れて行くね。」
 クロエは、あたり前のように言い放つ。

 えっ、二千年、海の底~、泳いで来たのか?
 流れ付いたのか? 
 待って、待って、待って!

 朦朧もうろうとして考えがまとまらない。
 響の目の前に、いつも家族でお参りに行く、八幡様の神社が朧気おぼろげに見える。

 「それじゃ、行こうか」

 クロエは、右太ももの内側から、二つのクリスタルの内の一つを取出し、近づいて来る。

 ダメだ…… 八幡様!  
 
 ゴロゴロ、ドッカァ-ン!

 「ヒェッ~!!」

 クロエに雷が直撃した。
 意識を無くしたクロエは、その場に仰向けのまま倒れこんだ。
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