NineRing~捕らわれし者たち~

吉備津 慶

文字の大きさ
74 / 95

74.タ-ニャは何処へ

しおりを挟む
 「トリニド殿下でんか。エスタニア侯爵を、お連れ致しました」

 ガズール帝国の近衛兵の案内で、玉座の間に入って来たその男は、一人の供を連れてトリニド・ガズールの前に来ると、膝まずき頭を下げる。

 「エスタニア侯、よく参った。タ-ニャの行方は、今、我が手の者が捜索している。父と兄が病から回復するまで、我に手を貸してくれ」

 「はい。殿下、我が娘の為に、ご尽力頂き感謝致します。我とブラッド騎士団三個大隊総勢三千。何なりとご明示下さい」

 ゾンネル・エスタニア侯爵は、ガズール帝国上級貴族の中でも、ブラッド騎士団を率いる軍事力にけた貴族で、雷属性の精霊魔法を操り、他国からは『いかずちのゾンネル』と呼ばれ恐れられていた。
 そんなゾンネル・エスタニア侯爵の長女タ-ニャ・エスタニアは、ここ帝都ガズールの近衛として皇帝に仕えていたが、ひと月前警備中に突如その姿を消した。
 その報を聞いたゾンネルは、直ぐにでも帝都に向かいたかったが、自領の村が野人の襲撃に見舞われ、これを撃退するのに時がかかり、帝都に今着いたのである。

 「うん、それは心強い。ナルミその方も、美しくなったな。そのような出で立ちは、その方には似合わんぞ」

 「殿下、姉の代わりに非力ではありますが、父と共にお仕え致します」

 ナルミ・エスタニアは、父譲りの魔素量の多さから、幼い頃より父に雷属性の精霊魔法を習っていた。
 それとは反対に、姉タ-ニャ・エスタニアは剣技に長けていたため、帝国近衛騎士として、皇帝に仕えていた。

 「そうか………。それでは、エスタニア侯。最近、ランベル王国との国境線に近い村々が、謎の騎士達によって襲われている。この騎士達の身元を明らかにし、これを殲滅してもらいたい」

 「「………………」」

 帝都に着いて間もないゾンネル達は、タ-ニャの事が心配でならなかった。そんなゾンネル達を追い出すかのように、トリニドは、命令を下すのであった。

 「タ-ニャの事なら、世に任せよ! 必ず探して見せる」

 「畏まりました。殿下、これより探索に向かいます」

 「んっ」

 後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、ゾンネル親子は玉座の間を後にする。
 その後ろ姿を見送るトリニドに、近づく男がいた。ズルガ侯爵である。

 「これで厄介なゾンネルも、ランベル王国との戦に巻き込めますな」

 「ズルガ侯爵か! タ-ニャは、どんな様子だ?」

 「大人しくしております。兄上の怪我が、思いのほか酷いですからなぁ~。今少しかかりますが、兄上の代わりになるかと思います」

 「そうか。タ-ニャも父と兄の事を、探るような真似をしなければ、世のきさきにでもしたものを」

 タ-ニャとナルミは、ガズール帝国内でも知られた、母親似の美人姉妹であった。
 その母も帝国内では、貴族達が競って花嫁に向かえようとする程の美しさであったが、ナルミが幼い頃に病で亡くなっていた。
 そんな姉妹であるため、トリニドもタ-ニャをきさきにと考えていたのだ。

 「ズルガ侯爵、各地の貴族共と兵を集めよ。ゾンネルが遭遇戦に入り次第、ランベル王国へ宣戦布告だ」

 「既に、準備は整っております」

 「フン!」

 トリニドの野望は、着々と進んで行くのであった。



 「父上、よろしいのですか。野人討伐から帝都に着いてすぐに、謎の騎士殲滅だなんて………我々を帝都から遠ざけるような命令、兵達にも休息が必要です。それに、姉様の事が心配です」

 「今は、トリニド殿下には逆らえん………トリニド殿下に従わなかった貴族の殆どが、改易になっている。これから向かう国境に近い村も、貴族が改易になり守る者がいないのだ。タ-ニャの事も心配だが、行くしかあるまい。陛下が病から回復するまでは、仕方あるまい」

 この時、トリニドによる悪政は、ガズール帝国内を疲弊ひへいさせていた。
 それに異を唱える者は、ことごとくが投獄され、貴族の身分は剥奪、領地、屋敷は没収され、家臣たちは流浪の身となったのだ。幾らゾンネルが、軍事に長けていると言っても、国家を相手にするほどの力は持っていなかった。
 城を出たゾンネル達は、兵を率いて西の国境に向けて進み始める。
 騎兵三千ともなれば、その隊列の長さは、四列縦隊でもおよそ千五百メ-トルと言った長さになる。

 「タイニ-は居るか?」

 「はい、こちらに」

 ゾンネルに付き従う指揮官達の後ろより、タイニ-・ギャレイ小隊長が、馬を前に進めてゾンネルに近づく。

 「タイニ-、その方は小隊を連れ、帝都で武器・食料などの物資を調達して、我らの後を追ってまいれ。特に食料は、余分に集めるのだ。これから行く場所で、調達出来るとも限らんからな………それと、分かっているとは思うが………タ-ニャの事を頼む」

 「はっ、畏まりました」

 タイニ-は、馬の手綱を引き寄せ、自分の小隊の元へと馬を走らせる。現代の軍に於いては、武器弾薬・食料・燃料などの物資補給・輸送や兵器、馬などのメンテナンスを担う、『兵站』を専門に受け持つ部隊が存在するが。この世界では、手持ちの物資以外は、現地調達が当たり前なのである。
 この『兵站』ラインを絶たれて、負けた戦は古今東西幾らでも存在する。それ程、『兵站』は、重要なのであった。
 そして、もう一つ、タ-ニャの安否をトリニドに任せる程、ゾンネルはトリニドを信用していなかった。
 帝都に戻るタイニ-の小隊六十名の中には、元秘密機関タンバのメンバ-も含まれている。
 そして、タイニ-・ギャレイ小隊長も、そのタンバの一人であった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...