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究極の人づき合い?
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翌朝。
朝食を食べると、潤は着替える為に自宅マンションへと帰って行った。
食器を片付けながら、真美は夕べのことを思い出してはにかむ。
シングルベッドに二人並んで横になり、潤は真美を腕枕してずっと髪をなでてくれていた。
その温かさに心から安心して、真美はスッと眠りに落ちた。
穏やかな眠りの中、身じろぎした時に、ギュッと抱きしめられてホッとしたことを覚えている。
思わず頬を緩めると、チュッとおでこにキスをされたことも。
朝、ぼんやりと目を開けると「おはよう、真美」と優しく笑いかけられ、なんて幸せな目覚めだろうと胸がいっぱいになった。
(これからはずっと一緒にいられるの?)
嬉しい気持ちと、信じられないという思いが入り混じる。
さっき別れたばかりなのに早く会いたくて、真美は急いで支度をすると、いつもより早い電車に乗った。
◇
「おはようございます。本日で仕事納めとなります。この一年も、みんなで協力しながら数々の仕事をこなしてきました。みんなのがんばりに心から感謝します。ありがとう。来年もよろしくお願いします」
朝礼で潤が挨拶すると、皆も「ありがとうございました。来年もよろしく」と声を掛け合う。
「はーい!じゃあみんな、午前中で仕事を終えてね。午後は大掃除、夜は飲み会でーす」
紗絵の言葉に、イエーイ!と早くも皆は盛り上がる。
年内の全ての仕事を終えられたか、互いにチェックしながら仕事を進め、昼休みを挟んで大掃除を始めた。
男性社員がデスクやキャビネットを動かし、女性社員が掃除機をかけて拭き掃除をする。
段取り良く掃除を終えると、予定よりも早い17時に居酒屋へ向かうことになった。
隣のオフィスに顔を出し、皆で「今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。良いお年を」と挨拶する。
そのままエレベーターホールへ向かおうとすると、「望月ちゃーん!」と平木に呼び止められた。
「はい、なんでしょうか?」
「君に言い忘れたことがあるんだ。少し早いけど……。メリークリスマス!」
は?と固まっていると、潤が背中に手を添えて促した。
「空耳だ。さっさと行こう」
「あー!おい、潤!今年こそは望月ちゃんを射止めてみせるからな!」
「それを言うなら来年こそだろ。ま、いずれにしても遅い」
「あ、そっか!望月ちゃーん、来年こそはデートしてねー」
あ、はいと思わず真美が頷くと、潤がムッとしてさり気なく手を握ってきた。
「ちょ、あの、課長!」
真美は小声で訴える。
「なに?」
「あの、みんなに見られちゃいますから。離してください」
「大丈夫。見られないよ」
そう言うと潤は、真美の手を握ったまま自分のコートのポケットに手を入れた。
ヒー!と慌てて手を引っ込めようとすると、潤はしっかり指と指を絡めて、更に強く真美の手を握る。
わいわいと皆で居酒屋に向かう最後尾で、潤と肩を並べた真美は、ヒヤヒヤドキドキしながらうつむいて歩いて行った。
「それでは!今年も色々ありましたが、一年間お疲れ様でした。かんぱーい!」
乾杯の音頭を取った伊藤に、おまえが言うか?!と突っ込んでから、皆は一斉に、かんぱーい!とグラスを掲げる。
これ以上一緒にいたら身がもたないと、真美は潤から遠く離れた席に着いていた。
若菜も隣にやって来て、元サヤに戻った彼との話を始める。
「やっぱり気持ちが安定しますよねー。なんて言うか、誰かがそばにいてくれる安心感。もう、好きとかトキメキとかは二の次です。とにかく横にいてって。冬だし寒いからって」
「それ、ホッカイロじゃだめなの?」
紗絵が枝豆を口に放り込みながら言う。
「だめですよ!カイロは動かないし、しゃべらないもん」
「じゃあ、ペットのワンちゃんは?」
「あっ、その手があったか!」
酔っているのかシラフなのか分からない二人の会話を聞きながら、真美は皆があまり手を付けていない料理を一人で味わっていた。
このつくねのタレ、美味しい!どういう味付けなんだろう、と思っていると、若菜が真美にグッと顔を寄せてくる。
「真美さん、なんだか妙に大人の余裕が感じられるのは気のせいですか?」
「へ?なあに、大人の余裕って」
「なんかこう……。見えない誰かに守られているような?」
「え、やだ。幽霊に取り憑かれてるってこと?」
「そうそう。座敷わらしに……って、違いますよ!」
ノリツッコミをしたあと、若菜は腕を組んで思案する。
「うーん、なんだろう?進むべき幸せな道を見つけたの!みたいな?」
「え、なに?それ」
そう言いつつ、真美は内心ギクリとしていた。
言われてみるとそうかもしれない。
(若菜ちゃんって、鋭いなあ)
これ以上勘ぐられないようにと、真美は紗絵に話を振った。
「紗絵さんは?おつき合いされてる彼とは、どんな感じなんですか?」
「ん?ああ、旦那になったの」
……は?と、真美と若菜は同時に固まる。
「彼が、旦那に?って……。ええー?!ひょっとして」
結婚ー?!と、真美と若菜は思わず手を取り合う。
「まあ、結婚っていうよりは、区役所に紙を出しただけなんだけどね」
「婚姻届ですよね?立派な結婚ですよ!いつプロポーズされたんですか?どんな流れで?」
若菜はもう黙っていられないとばかりに身を乗り出した。
「なんかさ、今年一年、やり残したことはないかって話してて。そう言えば、今年こそは結婚しろって、お互い親にうるさく言われてたねって。また正月に帰省したらうるさく言われるんだろうなー。じゃあ、黙らせるかって、そんな感じよ。年末大掃除的なノリで、つい2週間前にね」
「ええー?!いやいやいや、そんな流れで結婚する人、初めてお会いしました。まあ、気が合うと言えばものすごく合うんでしょうね。紗絵さんと、その旦那様」
「まあね。若菜と似たようなもんかもよ?ホッカイロよりは暖かくていいかなって、私もそんな感じ。愛してるだのなんだので一生盛り上がれないし、疲れちゃうから。凪いでるのがいいの、私はね」
「はあ……。なんか、人生って人それぞれですね。条件のいい相手より、気が合う相手を重視した方がいいのかな?」
若菜の呟きに、紗絵は、うーん、と頬杖をつく。
「まあ、そこも人それぞれじゃない?お金持ちと結婚して、経済的に余裕がある生活を送るのが一番幸せだと感じる人、お金はなくても一途に自分を愛してくれて、精神的な安心感をくれる相手といるのが幸せだと感じる人。色んな考え方がある。自分が幸せだと感じたら、それが正解なのよ、きっと」
「ふーん……。奥深いですね、結婚って。究極の人づき合い、みたいな?」
若菜のその言葉に、真美は反応してしまう。
(結婚は究極の人づき合い……。私、大丈夫なのかな?)
潤と結婚したい。
その気持ちに嘘はない。
だが、果たして潤は?
いざ結婚して何年か経てば、やっぱり別れてと言われるのだろうか?
(ただでさえ人づき合いが苦手な私が、究極の人づき合いなんて……)
すると紗絵が顔を覗き込んできた。
「真美?どうかした?」
「いえ!何でもないです」
真美は慌てて首を振り、小さな不安を胸の奥にしまいこんだ。
◇
「よーし、二次会行くぞー!」
20時になり居酒屋を出ると、自然と男子は二次会へ、女子は解散の流れになった。
肩を組んで繁華街へ向かう男性陣を見送っていると、ふと潤が振り返って真美を見つめる。
『あとで』
そう口にしたのが分かり、真美ははにかみながら小さく頷いた。
紗絵や若菜と一緒に駅まで行き、良いお年を、と手を振って別れると電車に乗る。
ドアにもたれて窓の外の景色を眺めながら、またしても真美は不安に駆られた。
(結婚は究極の人づき合い……か)
果たして自分は、普通の結婚生活を送れるのだろうか?
潤は、自分と結婚して幸せになれる?
やっぱり別の女性が良かったと、後悔しないだろうか?
潤と結婚したい。
でも潤を幸せにする自信がない。
いつの間にか窓に映る自分が泣きそうな顔をしていて、真美は思わず目を伏せた。
(寂しい、会いたい)
無性に潤に会いたくなった。
今別れたばかりなのに、早く会いたい。
会って抱きしめてもらいたい。
大丈夫だよって、頭をなでてもらいたい。
やがて自宅マンションに着いても、真美はペタンと床に座ったまま、ひたすら涙を堪えていた。
◇
22時を過ぎ、不意にピンポンと鳴ったインターフォンに、真美はハッと我に返る。
「真美?俺」
小さく聞こえてきた潤の声に、真美は玄関に駆け寄った。
「ごめん、遅くなって……。真美?」
ドアを開けるなり抱きついてきた真美に、潤は心配そうに尋ねる。
「どうかした?真美?」
「……寂しかったの」
「え?」
「一人で寂しくて……。早く会いたくて、ギュッてして欲しくて」
「真美……」
潤は後ろ手にドアを閉めると靴を脱いで上がり、真美をベッドの端に座らせた。
ひざまずいて真美の両手を握り、優しく顔を覗き込む。
「何かあった?」
「何も。だけど、紗絵さんと若菜ちゃんと話してたら、不安になって……」
「どんな話?」
「えっと、結婚は究極の人づき合いだって。私、他の人より人づき合いが苦手だから、普通の結婚生活なんて送れそうにないって思って……。潤さん、私といても大丈夫?私、あなたを幸せに出来る?」
潤は少し視線を落としてから、また顔を上げた。
「真美。自分は人づき合いが苦手だって言うけど、そんなことないよ」
「え?」
「大体、人づき合いが得意だって言ってる人、あんまり見たことない。人間なんだから、誰だって苦手な相手はいる。みんな心の中で、あー、この人とは気が合わない、と思いつつ取り繕ってるんだ。真美は純粋で、どんな相手にも一生懸命誠意を持って接するから、上手くいかなくて落ち込んでる。だけど、そんな必要ないよ。百人いたら百人全員と気が合うなんてこと、あり得ないだろ?」
「……うん」
「大人なら尚更だ。この人のこういう部分は苦手だけど、たまに良い部分もあるな、なんて思いながら、適当につき合ってればいいんだよ。完璧な人づき合いなんて目指すな。俺なんて、心の中読まれたら結構ヤバイこと考えてる」
そうなの?と真美は意外そうに潤を見る。
「そうだよ。機嫌の悪い部長にガミガミ言われたら、『すみません』って頭下げながら、なんだー?奥さんとケンカでもしたのか?八つ当たりするなよ、とかって思ってる」
「ええー?!ほんとに?全然そうなふうに見えないのに」
「みんな案外そんなもんだよ。真美は、人づき合いが苦手だって言ってる時点で、ちゃんと人と向き合おうとしてる、褒められる人柄だよ。だけどな?それだと真美が傷つく。1番守らなきゃいけないのは、自分の心だよ」
自分の心……と、真美は潤の言葉を噛みしめた。
「真美、人のことばかり考えてるだろ。ちゃんと自分のことを大事に思ってるか?」
「え、私のことを大事に?それって、どういうこと?」
「ヤレヤレ、やっぱりか。いい?これから理不尽なこと言われたら、『なんでおめーにそんなこと言われなきゃいけねーんだよ!』って、心の中で悪態つくんだ」
「そ、そんなにガラ悪く?」
「まあ、こんなセリフじゃなくてもいいけど。『わたくしを誰だとお思いなの?五十嵐 潤の妻ですのよ!』って」
は?と真美は目が点になる。
「それって、効果あるの?」
「あるよ。真美は、俺に世界で1番愛されてる特別な女だってことだから」
「……潤さんって、結構俺様なのね?」
「今頃気づいたか?」
ふふっと笑い出した真美に、潤も優しく微笑んだ。
「真美は誰よりも真っ直ぐに相手と向き合える人だよ。だから子どもに好かれるんだ。純粋な子ども達は、嫌な考え方の大人をすぐに見抜く。自分が生きていく為に本能的にね。真美はあんなにも子ども達に好かれる時点で、どんな大人よりも人づき合いが上手だよ。だからもう二度と、自分をそんなふうに思い込むな。それから、真美。俺を幸せに出来るのは真美だけだ。忘れるなよ?」
ニヤッと笑いかけられて、真美は思わずおののく。
「泣いてる暇なんてないほど、俺が毎日真美を幸せにしてやる。じゃあ、とっとと行こうか」
「は?行くって、どこへ?」
「俺のマンション。明日からしばらく休みだからな、片時も離すもんか。ほら、荷物まとめて」
「は、はい」
私、脅されてないよね?と思いつつ、真美は着替えと身の回りのものをバッグに詰める。
戸締まりをして部屋を出ると、二人はタクシーで潤のマンションに向かった。
「わー、なんだか懐かしい!」
ここを出てからそんなに経っていないのに、なぜだか久しぶりに来たような気がして、真美は潤の部屋を見回した。
「真美、コーヒーでいい?」
「あ、私がやります」
並んでキッチンに立っていると、潤のスマートフォンが鳴り始めた。
「誰だろ、こんな遅くに。あれ?姉貴だ」
真美と顔を見合わせてから、潤は電話に出た。
「もしもし、姉貴?どうかした?」
真剣な表情で時折相槌を打つ潤を、真美は心配しながら見守る。
岳に何かあったのでは?と気が気じゃなかった。
「分かった。聞いてみるから、ちょっと待って」
そう言うと潤は真美を振り返る。
「真美、姉貴が俺と真美に相談したいことがあるんだって」
「潤さんと私に?もしかして、がっくんに何か?」
「うん。まあ、岳に何かあった訳ではなくて、その……父親のことだって」
えっ!と真美は息を呑む。
(がっくんの、父親?!それって、がっくんの前にいきなりパパが現れたってこと?)
岳がどんなに心乱されただろうと心配していると、潤が言葉を続けた。
「父親っていっても、まだ岳とは接触していない。姉貴に、会いたいって連絡してきただけだって。それでこの先どうするか、俺と真美の意見も聞いて決めたいから、近いうちに会えないかって」
「そうだったんですね。そういうことなら行きます。いつでも大丈夫です」
「分かった。明日でもいい?」
「はい」
そして二人は翌日、都と岳のマンションに行くことになった。
朝食を食べると、潤は着替える為に自宅マンションへと帰って行った。
食器を片付けながら、真美は夕べのことを思い出してはにかむ。
シングルベッドに二人並んで横になり、潤は真美を腕枕してずっと髪をなでてくれていた。
その温かさに心から安心して、真美はスッと眠りに落ちた。
穏やかな眠りの中、身じろぎした時に、ギュッと抱きしめられてホッとしたことを覚えている。
思わず頬を緩めると、チュッとおでこにキスをされたことも。
朝、ぼんやりと目を開けると「おはよう、真美」と優しく笑いかけられ、なんて幸せな目覚めだろうと胸がいっぱいになった。
(これからはずっと一緒にいられるの?)
嬉しい気持ちと、信じられないという思いが入り混じる。
さっき別れたばかりなのに早く会いたくて、真美は急いで支度をすると、いつもより早い電車に乗った。
◇
「おはようございます。本日で仕事納めとなります。この一年も、みんなで協力しながら数々の仕事をこなしてきました。みんなのがんばりに心から感謝します。ありがとう。来年もよろしくお願いします」
朝礼で潤が挨拶すると、皆も「ありがとうございました。来年もよろしく」と声を掛け合う。
「はーい!じゃあみんな、午前中で仕事を終えてね。午後は大掃除、夜は飲み会でーす」
紗絵の言葉に、イエーイ!と早くも皆は盛り上がる。
年内の全ての仕事を終えられたか、互いにチェックしながら仕事を進め、昼休みを挟んで大掃除を始めた。
男性社員がデスクやキャビネットを動かし、女性社員が掃除機をかけて拭き掃除をする。
段取り良く掃除を終えると、予定よりも早い17時に居酒屋へ向かうことになった。
隣のオフィスに顔を出し、皆で「今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。良いお年を」と挨拶する。
そのままエレベーターホールへ向かおうとすると、「望月ちゃーん!」と平木に呼び止められた。
「はい、なんでしょうか?」
「君に言い忘れたことがあるんだ。少し早いけど……。メリークリスマス!」
は?と固まっていると、潤が背中に手を添えて促した。
「空耳だ。さっさと行こう」
「あー!おい、潤!今年こそは望月ちゃんを射止めてみせるからな!」
「それを言うなら来年こそだろ。ま、いずれにしても遅い」
「あ、そっか!望月ちゃーん、来年こそはデートしてねー」
あ、はいと思わず真美が頷くと、潤がムッとしてさり気なく手を握ってきた。
「ちょ、あの、課長!」
真美は小声で訴える。
「なに?」
「あの、みんなに見られちゃいますから。離してください」
「大丈夫。見られないよ」
そう言うと潤は、真美の手を握ったまま自分のコートのポケットに手を入れた。
ヒー!と慌てて手を引っ込めようとすると、潤はしっかり指と指を絡めて、更に強く真美の手を握る。
わいわいと皆で居酒屋に向かう最後尾で、潤と肩を並べた真美は、ヒヤヒヤドキドキしながらうつむいて歩いて行った。
「それでは!今年も色々ありましたが、一年間お疲れ様でした。かんぱーい!」
乾杯の音頭を取った伊藤に、おまえが言うか?!と突っ込んでから、皆は一斉に、かんぱーい!とグラスを掲げる。
これ以上一緒にいたら身がもたないと、真美は潤から遠く離れた席に着いていた。
若菜も隣にやって来て、元サヤに戻った彼との話を始める。
「やっぱり気持ちが安定しますよねー。なんて言うか、誰かがそばにいてくれる安心感。もう、好きとかトキメキとかは二の次です。とにかく横にいてって。冬だし寒いからって」
「それ、ホッカイロじゃだめなの?」
紗絵が枝豆を口に放り込みながら言う。
「だめですよ!カイロは動かないし、しゃべらないもん」
「じゃあ、ペットのワンちゃんは?」
「あっ、その手があったか!」
酔っているのかシラフなのか分からない二人の会話を聞きながら、真美は皆があまり手を付けていない料理を一人で味わっていた。
このつくねのタレ、美味しい!どういう味付けなんだろう、と思っていると、若菜が真美にグッと顔を寄せてくる。
「真美さん、なんだか妙に大人の余裕が感じられるのは気のせいですか?」
「へ?なあに、大人の余裕って」
「なんかこう……。見えない誰かに守られているような?」
「え、やだ。幽霊に取り憑かれてるってこと?」
「そうそう。座敷わらしに……って、違いますよ!」
ノリツッコミをしたあと、若菜は腕を組んで思案する。
「うーん、なんだろう?進むべき幸せな道を見つけたの!みたいな?」
「え、なに?それ」
そう言いつつ、真美は内心ギクリとしていた。
言われてみるとそうかもしれない。
(若菜ちゃんって、鋭いなあ)
これ以上勘ぐられないようにと、真美は紗絵に話を振った。
「紗絵さんは?おつき合いされてる彼とは、どんな感じなんですか?」
「ん?ああ、旦那になったの」
……は?と、真美と若菜は同時に固まる。
「彼が、旦那に?って……。ええー?!ひょっとして」
結婚ー?!と、真美と若菜は思わず手を取り合う。
「まあ、結婚っていうよりは、区役所に紙を出しただけなんだけどね」
「婚姻届ですよね?立派な結婚ですよ!いつプロポーズされたんですか?どんな流れで?」
若菜はもう黙っていられないとばかりに身を乗り出した。
「なんかさ、今年一年、やり残したことはないかって話してて。そう言えば、今年こそは結婚しろって、お互い親にうるさく言われてたねって。また正月に帰省したらうるさく言われるんだろうなー。じゃあ、黙らせるかって、そんな感じよ。年末大掃除的なノリで、つい2週間前にね」
「ええー?!いやいやいや、そんな流れで結婚する人、初めてお会いしました。まあ、気が合うと言えばものすごく合うんでしょうね。紗絵さんと、その旦那様」
「まあね。若菜と似たようなもんかもよ?ホッカイロよりは暖かくていいかなって、私もそんな感じ。愛してるだのなんだので一生盛り上がれないし、疲れちゃうから。凪いでるのがいいの、私はね」
「はあ……。なんか、人生って人それぞれですね。条件のいい相手より、気が合う相手を重視した方がいいのかな?」
若菜の呟きに、紗絵は、うーん、と頬杖をつく。
「まあ、そこも人それぞれじゃない?お金持ちと結婚して、経済的に余裕がある生活を送るのが一番幸せだと感じる人、お金はなくても一途に自分を愛してくれて、精神的な安心感をくれる相手といるのが幸せだと感じる人。色んな考え方がある。自分が幸せだと感じたら、それが正解なのよ、きっと」
「ふーん……。奥深いですね、結婚って。究極の人づき合い、みたいな?」
若菜のその言葉に、真美は反応してしまう。
(結婚は究極の人づき合い……。私、大丈夫なのかな?)
潤と結婚したい。
その気持ちに嘘はない。
だが、果たして潤は?
いざ結婚して何年か経てば、やっぱり別れてと言われるのだろうか?
(ただでさえ人づき合いが苦手な私が、究極の人づき合いなんて……)
すると紗絵が顔を覗き込んできた。
「真美?どうかした?」
「いえ!何でもないです」
真美は慌てて首を振り、小さな不安を胸の奥にしまいこんだ。
◇
「よーし、二次会行くぞー!」
20時になり居酒屋を出ると、自然と男子は二次会へ、女子は解散の流れになった。
肩を組んで繁華街へ向かう男性陣を見送っていると、ふと潤が振り返って真美を見つめる。
『あとで』
そう口にしたのが分かり、真美ははにかみながら小さく頷いた。
紗絵や若菜と一緒に駅まで行き、良いお年を、と手を振って別れると電車に乗る。
ドアにもたれて窓の外の景色を眺めながら、またしても真美は不安に駆られた。
(結婚は究極の人づき合い……か)
果たして自分は、普通の結婚生活を送れるのだろうか?
潤は、自分と結婚して幸せになれる?
やっぱり別の女性が良かったと、後悔しないだろうか?
潤と結婚したい。
でも潤を幸せにする自信がない。
いつの間にか窓に映る自分が泣きそうな顔をしていて、真美は思わず目を伏せた。
(寂しい、会いたい)
無性に潤に会いたくなった。
今別れたばかりなのに、早く会いたい。
会って抱きしめてもらいたい。
大丈夫だよって、頭をなでてもらいたい。
やがて自宅マンションに着いても、真美はペタンと床に座ったまま、ひたすら涙を堪えていた。
◇
22時を過ぎ、不意にピンポンと鳴ったインターフォンに、真美はハッと我に返る。
「真美?俺」
小さく聞こえてきた潤の声に、真美は玄関に駆け寄った。
「ごめん、遅くなって……。真美?」
ドアを開けるなり抱きついてきた真美に、潤は心配そうに尋ねる。
「どうかした?真美?」
「……寂しかったの」
「え?」
「一人で寂しくて……。早く会いたくて、ギュッてして欲しくて」
「真美……」
潤は後ろ手にドアを閉めると靴を脱いで上がり、真美をベッドの端に座らせた。
ひざまずいて真美の両手を握り、優しく顔を覗き込む。
「何かあった?」
「何も。だけど、紗絵さんと若菜ちゃんと話してたら、不安になって……」
「どんな話?」
「えっと、結婚は究極の人づき合いだって。私、他の人より人づき合いが苦手だから、普通の結婚生活なんて送れそうにないって思って……。潤さん、私といても大丈夫?私、あなたを幸せに出来る?」
潤は少し視線を落としてから、また顔を上げた。
「真美。自分は人づき合いが苦手だって言うけど、そんなことないよ」
「え?」
「大体、人づき合いが得意だって言ってる人、あんまり見たことない。人間なんだから、誰だって苦手な相手はいる。みんな心の中で、あー、この人とは気が合わない、と思いつつ取り繕ってるんだ。真美は純粋で、どんな相手にも一生懸命誠意を持って接するから、上手くいかなくて落ち込んでる。だけど、そんな必要ないよ。百人いたら百人全員と気が合うなんてこと、あり得ないだろ?」
「……うん」
「大人なら尚更だ。この人のこういう部分は苦手だけど、たまに良い部分もあるな、なんて思いながら、適当につき合ってればいいんだよ。完璧な人づき合いなんて目指すな。俺なんて、心の中読まれたら結構ヤバイこと考えてる」
そうなの?と真美は意外そうに潤を見る。
「そうだよ。機嫌の悪い部長にガミガミ言われたら、『すみません』って頭下げながら、なんだー?奥さんとケンカでもしたのか?八つ当たりするなよ、とかって思ってる」
「ええー?!ほんとに?全然そうなふうに見えないのに」
「みんな案外そんなもんだよ。真美は、人づき合いが苦手だって言ってる時点で、ちゃんと人と向き合おうとしてる、褒められる人柄だよ。だけどな?それだと真美が傷つく。1番守らなきゃいけないのは、自分の心だよ」
自分の心……と、真美は潤の言葉を噛みしめた。
「真美、人のことばかり考えてるだろ。ちゃんと自分のことを大事に思ってるか?」
「え、私のことを大事に?それって、どういうこと?」
「ヤレヤレ、やっぱりか。いい?これから理不尽なこと言われたら、『なんでおめーにそんなこと言われなきゃいけねーんだよ!』って、心の中で悪態つくんだ」
「そ、そんなにガラ悪く?」
「まあ、こんなセリフじゃなくてもいいけど。『わたくしを誰だとお思いなの?五十嵐 潤の妻ですのよ!』って」
は?と真美は目が点になる。
「それって、効果あるの?」
「あるよ。真美は、俺に世界で1番愛されてる特別な女だってことだから」
「……潤さんって、結構俺様なのね?」
「今頃気づいたか?」
ふふっと笑い出した真美に、潤も優しく微笑んだ。
「真美は誰よりも真っ直ぐに相手と向き合える人だよ。だから子どもに好かれるんだ。純粋な子ども達は、嫌な考え方の大人をすぐに見抜く。自分が生きていく為に本能的にね。真美はあんなにも子ども達に好かれる時点で、どんな大人よりも人づき合いが上手だよ。だからもう二度と、自分をそんなふうに思い込むな。それから、真美。俺を幸せに出来るのは真美だけだ。忘れるなよ?」
ニヤッと笑いかけられて、真美は思わずおののく。
「泣いてる暇なんてないほど、俺が毎日真美を幸せにしてやる。じゃあ、とっとと行こうか」
「は?行くって、どこへ?」
「俺のマンション。明日からしばらく休みだからな、片時も離すもんか。ほら、荷物まとめて」
「は、はい」
私、脅されてないよね?と思いつつ、真美は着替えと身の回りのものをバッグに詰める。
戸締まりをして部屋を出ると、二人はタクシーで潤のマンションに向かった。
「わー、なんだか懐かしい!」
ここを出てからそんなに経っていないのに、なぜだか久しぶりに来たような気がして、真美は潤の部屋を見回した。
「真美、コーヒーでいい?」
「あ、私がやります」
並んでキッチンに立っていると、潤のスマートフォンが鳴り始めた。
「誰だろ、こんな遅くに。あれ?姉貴だ」
真美と顔を見合わせてから、潤は電話に出た。
「もしもし、姉貴?どうかした?」
真剣な表情で時折相槌を打つ潤を、真美は心配しながら見守る。
岳に何かあったのでは?と気が気じゃなかった。
「分かった。聞いてみるから、ちょっと待って」
そう言うと潤は真美を振り返る。
「真美、姉貴が俺と真美に相談したいことがあるんだって」
「潤さんと私に?もしかして、がっくんに何か?」
「うん。まあ、岳に何かあった訳ではなくて、その……父親のことだって」
えっ!と真美は息を呑む。
(がっくんの、父親?!それって、がっくんの前にいきなりパパが現れたってこと?)
岳がどんなに心乱されただろうと心配していると、潤が言葉を続けた。
「父親っていっても、まだ岳とは接触していない。姉貴に、会いたいって連絡してきただけだって。それでこの先どうするか、俺と真美の意見も聞いて決めたいから、近いうちに会えないかって」
「そうだったんですね。そういうことなら行きます。いつでも大丈夫です」
「分かった。明日でもいい?」
「はい」
そして二人は翌日、都と岳のマンションに行くことになった。
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そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
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