花咲くように 微笑んで 【書籍化】

葉月 まい

文字の大きさ
18 / 20

夜にお風呂に入るには?

 「おはよう、菜乃花ちゃん」
 「おはようございます、谷川さん」

 いつものように出勤して挨拶を交わすと、谷川は、ん?と菜乃花を見て首をひねった。

 「どうかしましたか?」
 「うん。菜乃花ちゃん、なんだか可愛い」

 は?と菜乃花は面食らう。

 「どうしてだろう。髪型も服装もメイクも、普段と同じよね?でもなんだかキラキラしてる…」

 そこまで言うと、谷川は急にしたり顔になった。

 「なるほどー。そういうことか。素敵なクリスマスイブだったんだね!」
 「え?あの…」

 戸惑う菜乃花をよそに、谷川はまたクリスマスソングを歌いながらカウンターへと歩き出した。



 「おはようございます」
 「おはよー」

 夜勤のスタッフ達に挨拶した颯真に、ふわーとあくびをしながら塚本が返事をする。

 「お疲れ様です。急患はありましたか?」
 「んー、道端で酔いつぶれた若いお兄ちゃんが一人。しばらくここでスヤスヤ眠ったあとお目覚めになって、元気に彼女と帰っていきましたよー」
 「そうでしたか」
 「それで?お前の方はどうだったんだ?その様子じゃ、コテンパにやられるのは免れたんだな」

 は?と颯真は怪訝そうに塚本を振り返る。

 「は?って、おいおい。まさかお前、バックレたんじゃないだろうな?」
 「何をですか?」
 「果たし状だよ!三浦先生の」
 「あーー!!」

 颯真は立ち上がって大声を出す。

 「マジか!今すぐ行ってこい!」
 「はい!」
 「生還を祈る。いざとなったら俺がマウストゥーマウスしてやるから」
 「結構です!」

 振り返って返事をしながら、颯真は小児科病棟へと急いだ。

 「三浦先生!」

 申し送りを終えてナースステーションを出て来た三浦に声をかける。

 「おお、遅かったね、宮瀬先生」
 「申し訳ありません!」
 「いや、良かったよ。夕べあのまま俺を探しに来たら、その時はぶっ飛ばしてやろうと思ってたから」
 「は?あ、あの…」

 困惑する颯真に、三浦はニヤリと笑いかける。

 「見たかったよ、かっこいい王子様のお姫様抱っこ」
 「…はい?」

 そして今度は真顔になる。

 「もう二度と彼女を手放すなよ?」

 しばしの沈黙のあと、颯真は大きく頷いた。

 「はい」

 三浦はふっと笑うと、じゃあね!と背を向ける。
 そして思い出したように振り返った。

 「そうだ。これから俺のことは、三浦サンタ様と呼ぶように」
 「…は?」
 「じゃ、そういうことで」

 そう言うと、今度こそ背を向けて去って行った。



 「うーん、これでいいかな?」

 仕事から帰ってきて着替えると、菜乃花は鏡の前で角度を変えながら全身をチェックする。

 ボルドーのワンピースにオフホワイトのボレロを羽織り、髪型はハーフアップで毛先をゆるく巻いた。

 張り切り過ぎるのも恥ずかしいが、やはり少しでも可愛く見せたい。

 これが好きな人への気持ちなのか、と妙に納得しながら身支度を整えた。

 「あとは…。え、本当に泊まるのかな?」

 言われた通りに着替えも用意するが、いかにも、といったお泊りバッグに詰めるのは、なんだか期待しているようで気恥ずかしい。
 出来るだけコンパクトにまとめて、大きめのトートバッグに詰めた。

 「これでよし、と。あー、緊張してきちゃった」
  
 ソワソワと落ち着きなく部屋の中を歩き回っていると、スマートフォンが鳴る。

 「もしもし、菜乃花?エントランスに着いたよ」
 「はい!今下ります」

 電話から聞こえてくる颯真の声に、既に顔を赤くしながら、菜乃花はコートを着ると急いで部屋を出た。

 「こんばんは」
 「こんばんは。菜乃花」

 優しく微笑んでくれる颯真は、いつもより改まったジャケット姿で、菜乃花はそのかっこ良さにしばし見とれる。

 「じゃあ、行こうか」
 「はい」

 開けてくれた車のドアから助手席に乗り込む。

 「あの、どこに行くの?」
 「ん?内緒。20分くらいで着くよ」

 楽しげに言って颯真は車を走らせる。
  
 着いた先は、海に面したラグジュアリーホテルだった。

 「ひゃー、こんな素敵な高級ホテル!私、この格好で大丈夫かな」
 「もちろん。凄く可愛いよ」

 車を降りて菜乃花の肩を抱きながら、颯真がにっこり笑う。

 菜乃花はますます頬を赤らめた。

 通されたのは最上階にあるフレンチレストラン。

 真下に見下ろせる街の輝きと、どこまでも続く綺麗な海を眺めてうっとりしていると、颯真がスマートにオーダーを済ませてくれた。

 「じゃあまずは乾杯しよう。メリークリスマス」
 「メリークリスマス」

 二人はワインで乾杯する。

 (宮瀬さん、やっとお酒を楽しんでくれるようになったんだ)

 菜乃花は嬉しくなり、ついつい飲み過ぎてしまう。

 「菜乃花、そんなに飲んで大丈夫?」
 「はい。私、こう見えて結構お酒は強いんです」
 「それは大きな勘違いだと思うよ?」

 颯真の言葉は耳に入らないかのように、菜乃花は美味しいワインに酔いしれていた。

 「ご馳走様でした。とっても美味しかったです。素敵なクリスマスの夜になったなあ」

 菜乃花はうっとりしながらレストランを出る。

 「菜乃花。クリスマスの夜はまだまだこれからだよ」
 「え?」

 怪訝そうな菜乃花を連れて、颯真はエレベーターで下の階に行く。

 客室が並ぶフロアの真ん中まで進むと、ポケットからカードキーを取り出してピッと鍵を開けた。

 「ええ?お部屋を取ってあったの?」
 「ああ。クリスマスだけど平日だからか、一部屋空いてたんだ。そんなに広い部屋じゃないけどね。どうぞ」

 促されて足を踏み入れた菜乃花は、窓の外に広がる夜景に感嘆の声を上げる。

 「わあ、なんて綺麗…」

 颯真は部屋の照明を絞った。

 夜空に輝く星と、月明かりをキラキラと映す海の水面。

 菜乃花は颯真と肩を並べてしばらく魅入っていた。

 「菜乃花、明日の仕事は何時から?」

 ソファに並んで座り、コーヒーを飲みながら颯真が尋ねる。

 「明日はおやしゅみなんです」
 「そうなんだ!俺も休みなんだ」

 喜びつつも、颯真は菜乃花の様子をうかがう。
 そろそろ呂律が回らなくなってきたらしい。
 目もトロンとしている。

 「宮瀬しゃんも明日はおやしゅみ?」

 どうやら『サ行』が苦手なようだ。

 「宮瀬さんじゃなくて、颯真ね」
 「しょうましゃん」
 「いやだから、颯真」
 「しょうまさん?」
 「惜しい!そっちじゃない」
 「そうましゃん」
 「おっ?!まあ、うん。よしとしよう」

 すると菜乃花は、ふふっと笑う。

 「そうましゃん、面白い!」
 「いや、面白いのは俺じゃない」

 菜乃花は楽しそうに笑い続ける。

 「それと菜乃花。くれぐれも俺以外の男の前で酔っ払うなよ?」
 「どうして?」
 「どうしても!」
 「なんだか眠くなってきちゃった。お風呂入ってくる」
 「ちょっと、聞いてる?菜乃花。あとお風呂はダメ」
 「ええー?どうしてー?!」

 菜乃花は上目遣いに颯真を睨む。

 「そんな目で睨んだってちっとも怖くないよ。可愛いだけだ」

 笑いながらそう言うと、颯真は菜乃花を抱き寄せてキスをした。

 頬を赤く染めた菜乃花が、潤んだ瞳で颯真を見つめる。

 颯真はたまらないというように切なげな表情で、更に深く菜乃花に口づけた。

 ん…と菜乃花が吐息を洩らし、颯真の腕に身体を預ける。

 「菜乃花…」

 込み上げる愛しさで胸をいっぱいにさせながら、颯真は何度も菜乃花に口づけ、強く抱きしめていた。



 翌朝。

 念願のお風呂に入り、豪華なホテルの朝食を味わった菜乃花は、ご機嫌で颯真に尋ねる。

 「颯真さん。今日はどこに行くんですか?」
 「菜乃花はどこか行きたいところある?」
 「んー、特に思いつかないなあ」
 「じゃあまずは、俺の買い物につき合ってもらってもいい?」 
 「もちろんです。何を買いに行くんですか?」
 「婚約指輪」
 「そうなんですね」

 バッグに荷物を詰めながら返事をした菜乃花は、ん?と手を止めた。

 「婚約指輪って、何でしたっけ?」

 あまりにサラッと言われて、思わず確かめる。

 「結婚を約束した相手に贈るエンゲージリングだよ」
 「そうですよね」

 頷きつつも、一体誰に贈るのだろうと、どこか腑に落ちない。

 「菜乃花、お風呂大好きだろう?夜にゆっくり温まりたいよね?」
 「はい。冬は特に」
 「だから早くお嫁に来た方がいいと思って」
 「お嫁に行くと、夜にお風呂に入れるの?」 
 「菜乃花の主張だとそうみたい。だから、なるべく早く俺のところにお嫁においで」

 ぱちぱちと瞬きしてから、菜乃花は頷いた。

 「はい。颯真さんのところにお嫁に行って、夜にゆっくりお風呂に入りたいです」
 「そう、良かった!」

 颯真ににっこり笑いかけられ、菜乃花も思わず微笑み返す。

 そして二人は、ジュエリーショップを訪れた。

 「わあ、素敵」

 普段アクセサリーを着けない菜乃花は、店内に足を踏み入れると、たくさんの輝くジュエリーに目を奪われる。 

 「菜乃花、婚約指輪はこっちだよ」

 颯真に呼ばれて奥の一角に行く。

 「凄い!これ、全部ダイヤモンド?」

 思わず声に出すと、女性スタッフがにこやかに微笑む。

 「はい。どれもカラーは最高級のDランクのダイヤモンド。クラリティやカットも高品質のものばかりでございます。カラットやデザインのお好みはございますか?」
 「え、いえ、何も」

 気後れして菜乃花は何も選べない。

 「菜乃花、これ着けてみて」 
   
 颯真が指差すと、スタッフがショーケースの中から取り出した。

 眩しいくらいに輝くひと粒ダイヤモンドは、これぞ婚約指輪、といった王道のデザインだった。

 (ひえー、こんなに存在感あるのね。婚約指輪って)

 菜乃花は未だに実感が湧かない。

 颯真があれこれと選ぶが、言われるがままにはめるのみだった。

 「菜乃花、どれが一番いい?」
 「そ、それが選べなくて。颯真さんから頂けるならそれだけで…」
 「そんなこと言わずに。好きなものない?」
 「どれも素敵で選べません」

 すると颯真は、うーんと考え込む。

 「菜乃花。俺が選んでもいい?」
 「はい、もちろん」
 「じゃあ、ちょっとソファで待ってて」
 「はい」

 言われた通り、菜乃花は壁際のソファに座って待つ。

 スタッフは菜乃花の指のサイズだけ測ると、あとはずっと颯真とやり取りしていた。

 「お待たせ。刻印してもらうから、仕上がりはもう少し先になるって」
 「そうなんですね」
 「楽しみにしてて。さてと!じゃあ、ぶらぶらショッピングでもする?」
 「はい!」

 颯真は微笑んで頷くと、さりげなく菜乃花の手を握って歩き出す。

 菜乃花は胸をドキドキさせながら、うつむいて頬を赤らめた。 

 カフェでランチをしたり、気になるお店を覗いたり、二人で気ままに休日を楽しむ。

 菜乃花はせめてものお礼として、颯真にマフラーと手袋のセットをプレゼントした。

 「ありがとう、菜乃花。大切にするよ」

 颯真の笑顔に菜乃花も嬉しくなって微笑む。

 夜は、初めて二人で食事をしたトラットリアに行った。

 「なんだか懐かしい。1年ぶりですね」
 「そうだな。あの時の菜乃花は、確かすっぴんだったんだよね」
 「うっ…、忘れてください」
 「どうして?菜乃花はすっぴんでも充分可愛いと思ったよ。ほっぺがつるんとしててモチモチで」
 「ええ?!そんな、赤ちゃんみたい」
 「確かに赤ちゃんだな、菜乃花は。あはは!」

 大笑いする颯真に、そんなにおかしい?と菜乃花は眉根を寄せていた。

 「菜乃花と出逢って1年か…。色々あったな」

 ようやく笑いを収めると、颯真はしみじみと呟く。
 菜乃花も頷いて、様々な出来事を思い出した。

 辛い時期もあったし、たくさん悩んで涙した。
 だからこそ、今こうして二人でいられることを心から嬉しく思う。

 「菜乃花と過ごすこの時間が、奇跡のように感じるよ。当たり前だと思わずに、これからもずっと俺は感謝する。菜乃花がそばにいてくれることを」
 「私もです。颯真さんといられる幸せを、この先も感謝しながら過ごしていきます」
 「やっと菜乃花をこの手に掴めたんだ。二度と離さないよ。必ず俺が君を守っていく」

 菜乃花は照れたように微笑んで、はいと頷く。

 二人の間には目に見えない確かな絆が生まれていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまないこの想いを

さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。 「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」 その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。 ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。

ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

犬上義彦
恋愛
『御更木蒼也(みさらぎそうや)』 三十歳:身長百八十五センチ 御更木グループの御曹司 創薬ベンチャー「ミサラギメディカル」CEO(最高経営責任者) 祖母がスイス人のクオーター 祖父:御更木幸之助:御更木グループの統括者九十歳 『赤倉悠輝(あかくらゆうき)』 三十歳:身長百七十五センチ。 料理動画「即興バズレシピ」の配信者 御更木蒼也の幼なじみで何かと頼りになる良き相棒だが…… 『咲山翠(さきやまみどり)』 二十七歳:身長百六十センチ。 蒼也の許嫁 父:咲山優一郎:国立理化学大学薬学部教授 『須垣陸(すがきりく)』 三十四歳:百億円の資金を動かすネット投資家 ************************** 幼稚園教諭の咲山翠は 御更木グループの御曹司と 幼い頃に知り合い、 彼の祖父に気に入られて許嫁となる だが、大人になった彼は ベンチャー企業の経営で忙しく すれ違いが続いていた ある日、蒼也が迎えに来て、 余命宣告された祖父のために すぐに偽装結婚をしてくれと頼まれる お世話になったおじいさまのためにと了承して 形式的に夫婦になっただけなのに なぜか蒼也の愛は深く甘くなる一方で ところが、蒼也の会社が株取引のトラブルに巻き込まれ、 絶体絶命のピンチに みたいなお話しです

警察官は今日も宴会ではっちゃける

饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。 そんな彼に告白されて――。 居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。 ★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。 ★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。

時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。 佐倉ここ。 玩具メーカーで働く24歳のOL。 鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。 完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。 【完結】ありがとうございました‼

ワイルド・プロポーズ

藤谷 郁
恋愛
北見瑤子。もうすぐ30歳。 総合ショッピングセンター『ウイステリア』財務部経理課主任。 生真面目で細かくて、その上、女の魅力ゼロ。男いらずの独身主義者と噂される枯れ女に、ある日突然見合い話が舞い込んだ。 私は決して独身主義者ではない。ただ、怖いだけ―― 見合い写真を開くと、理想どおりの男性が微笑んでいた。 ドキドキしながら、紳士で穏やかで優しそうな彼、嶺倉京史に会いに行くが…

課長のケーキは甘い包囲網

花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。            えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。 × 沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。             実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。 大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。 面接官だった彼が上司となった。 しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。 彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。 心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載