恋とキスは背伸びして

葉月 まい

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祝賀パーティー

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「祝賀パーティー、ですか?」

四月に入ったある日。
美怜は勤務後に課長に呼び止められた。

「そう。ルミエール ホテルのアネックス館全室リニューアルを祝して、関係者を招いたパーティーが開かれるそうだ。ルミエールから招待状が成瀬本部長宛てに届いたらしい。メゾンテールをパーティーで紹介するから、君と富樫くんにもぜひ出席して欲しいと書いてあったんだって。成瀬くんも、君さえよければ一緒に行って欲しいと言っていた。どう?行ってくれる?」
「それは、はい。お仕事ですし、私でよければ謹んで出席させていただきます」
「そう、良かった。成瀬くんに伝えておくよ。日程は四月十五日で時間は夜の八時から。詳しいことは成瀬くんから直接君に連絡してもらうよ」
「かしこまりました。よろしくお願いいたします」

課長にお辞儀をしてオフィスを出ると、ロッカールームに向かう。

(パーティーか。何を着て行けばいいのかな?あと二週間もないし、どうしよう。本部長に相談してみなきゃ)

リニューアル期間中ほとんど毎日一緒にいた卓と成瀬とは、あれ以来全く会っていないし連絡もしていない。

久しぶりに顔を合わせるのだと思うと、美怜はそわそわと落ち着かなくなった。

(卓も元気にしてるかな?彼女とデートの時間も取れるようになっただろうしね。本部長はどうだろう?あのお似合いの秘書さんと進展とかないのかな)

ほんの一ヶ月ぶりに会うのに、まるで数年越しに会う同窓会のような気分になる。

あれこれ準備するものなどを考えながら帰宅すると、三人のメッセージグループに成瀬から連絡があった。

『成瀬です、お疲れ様。ルミエールのリニューアルでは二人に大いに助けられました。感謝しています。また改めて食事に招待させて欲しい。今日はルミエールの祝賀パーティーについての連絡です。課長から二人とも出席の意向と聞きました。ありがとう。当日は十九時に私の執務室に来て欲しい。いつものように車でルミエールに向かおうと思う。服装はセミフォーマルで。先方へのお祝いの品やお花は秘書に手配してもらう。何か不明な点があればいつでも聞いてください』

セミフォーマルて!と美怜は一人で突っ込む。

「なに、セミフォーマルって。どういうの?フォーマルとインフォーマルの間?その境界線ってどこ?」

こんなの、卓だって分かんないよね?と思っていると、卓からメッセージが入る。

『お疲れ様です。リニューアルの件では、本部長と結城さんに大変お世話になりました。無事に終えられたのもお二人のおかげです。ありがとうございました。祝賀パーティーの件、承知いたしました。当日よろしくお願いいたします。富樫』

ええ?!承知しちゃったの?と美怜は焦る。

「私だけ?セミフォーマルが分かんないのって。バッグとかはどんなの?靴は?髪型は?メイクは??」

グループメッセージで、しかも男性には聞きづらい。

結局美怜は卓とほぼ同じような返事を送り、あとはひたすら『セミフォーマルとは?』で検索することにした。

***

祝賀パーティー当日。

美怜は早めにミュージアムの業務を抜けさせてもらい、本社近くにある美容室に向かった。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは。十七時に予約しました結城です」
「お待ちしておりました、結城様。本日はパーティー用のヘアメイクをご希望ですね」
「はい。セミフォーマル!でお願いします」
「かしこまりました」

にこやかなスタッフに席に案内され、どのようなスタイルに?イメージはありますか?と聞かれるたびに「セミフォーマルで!」を貫き通す。

「お召し物は?」と聞かれて美怜が持参したドレスを見せると、スタッフはドレスをハンガーに掛け、美怜とドレスを交互に見比べながら手際良くメイクを整えていく。

そのドレスも購入する際も、「セミフォーマルで!」の一辺倒で見繕ってもらっていた。

メイクを終えると髪をアイロンで巻いてから、キュッとひねってピンで留めていく。

一時間ちょっと経ったところで、ようやくスタッフが満足そうに頷いた。

「いかがでしょう?髪型は毛先を巻いて、ふんわりと華やかなアップスタイルに仕上げました。後ろもたくさんのパールのピンで飾ってあります。前髪はサイドに流して大人っぽい印象になったかと」

美怜はまじまじと鏡に映る自分を見つめる。

これが本当に私?と、半信半疑で顔を動かしてみた。

鏡の中の顔も同じように動くのを見て、やっぱり私なんだ、と妙に納得する。

目元はくっきりとしていてまつ毛も長くクルンとカールし、肌はきめ細やかに、頬はチークで明るい印象だ。

「別人みたい。ヘアメイクってこんなにすごいんですね」
「ふふっ、ありがとうございます。結城様のお肌がとてもみずみずしくて、目鼻立ちも整っていらっしゃるので、腕が鳴りました」
「魔法使いのようですね、ありがとうございました」
「嬉しいですわ。こちらこそありがとうございます」

鏡越しに美怜はスタッフと微笑み合った。

***

「お客様、ここでドレスに着替えていかれますか?」
「はい。構いませんか?」
「ええ。ではこちらへどうぞ」

案内された更衣室で美怜はドレスに着替えた。

この日の為に購入したドレスは、ハイウエストで切り替えしたネイビーのフレアドレス。

胸元はVの字にプリーツを寄せた、ふわりと軽いエアリーなシフォン生地を重ねてある。

スカートはたっぷりと広がる張りのあるシルクタフタ。

足元は同系色の七cmヒールを合わせた。

更衣室を出ると、まあ!素敵、とスタッフが目を見張る。

「これで大丈夫でしょうか?」

不安そうに尋ねる美怜に、もちろんです!とスタッフは大きく頷く。

「お客様、アクセサリーはどうされますか?」
「アクセサリー!すっかり忘れてました。セミフォーマルってアクササリーも必要ですよね?」
「そうですね。このままですと少し寂しいかと。よろしければ当店でもご用意がありますよ。お試しになりますか?」
「本当ですか?!お願いします!」
「かしこまりました。今お持ちしますね」

スタッフはにっこり笑ってからその場を離れ、正方形のジュエリーケースをいくつか手にして戻って来た。

「こちらはいかがでしょう?」

胸元にキラキラとまばゆいばかりのネックレスを当てられ、美怜は目を見開いた。

「なんて綺麗…。これがセミフォーマルの輝きですか?」
「そ、そうですね。はい」
「ではこれでお願いします!」
「承知しました。セットのイヤリングも合わせてどうぞ」

支度が終わり会計を済ませると、「どうぞ素敵なパーティーを」と見送られる。

外に出て歩き出そうとした時、スマートフォンに着信があった。 

表示された名前を見て驚く。

「え、本部長?!」

美怜は急いで通話ボタンをスワイプした。

「はい、結城です」
「成瀬だ。結城さん、今どこに?」

切羽詰まったような口調の成瀬に、美怜は戸惑いながら返事をする。

「本社の近くの美容室です。これからそちらに向かうところで…」
「いや、来なくていい。富樫が来たら車で迎えに行く。そのままそこで待ってて」
「え?はい。承知しました」

店の名前と場所を伝えると、じゃあ、あとで、とすぐに電話は切れた。

(どうしたのかな?本部長)

とにかく言われた通りに待つことにした。

店の外に立っていると、どうぞ中へ、とスタッフが声をかけてくれる。

入り口のソファに座って待っていると、しばらくして見慣れた白いスポーツカーが止まった。

中からスリーピースのスーツを着こなした成瀬と卓が降りてくる。
 
「きゃっ、かっこいい!」

店内にいたスタッフ達が一斉に色めき立った。

美怜はお礼を言ってから、ドアを開けて外に出る。

「本部長、すみません。わざわざ迎えに来ていただいて」

そう声をかけると、成瀬と卓は美怜をひと目見るなり驚いたように動きを止めた。

「あの、本部長?」
「あ、すまん。どうぞ乗って」
「はい、ありがとうございます」

成瀬が開けてくれたドアから助手席に座ろうとすると、卓が横から手を伸ばして美怜が持っていたカバンと衣装ケースを取り上げる。

「荷物預かるよ」
「ありがとう」

美怜は成瀬の手を借りて助手席に乗り込んだ。

運転席に回った成瀬はシートベルトを締めると、ちらりと美怜に目を向けて、ため息をつく。

「本部長?どうかなさいましたか?」
「いや、ごめん。色々、本当にすまない」
「え?何がでしょう」
「会社で着替えた時にようやく気づいたんだ。この格好で社内のエレベーター乗るの気まずいなって。女性の君なら尚更だよね。それなのに執務室に集合なんて、気が利かないにも程がある」

それで迎えに来てくれたのか、と美怜は心の中で頷いた。

「しかもそんなに綺麗な装いなのに、こんな車に乗せるなんて…。重ねがさね申し訳ない。本気で車、買い換えるよ」
「ええ?!まさかそんな」
「いや、どう考えても俺にはこの車は似合わない。富樫ならいいけど。あ!富樫、よかったら運転してくれないか?」

ええ?!と後ろから卓が驚いて声を上げる。

「そんな、成瀬さんの大事な車なのに」
「頼む!マニュアル運転できるよな?免許証持ってるか?」
「それはまあ、はい」
「ならお願いするよ。もう美容室の店員さんの視線が痛くて仕方ない」

ふと目を向けると、ガラス張りの店内からスタッフ達が前のめりにじっとこちらを見ていた。

「よし、富樫。交代だ」

そそくさとシートベルトを外す成瀬に、卓は焦り出す。

「いやあの、そんな急に言われても…」
「富樫、スポーツカー好きだよな?運転してみたくないか?」
「それは…、はい。一度はしてみたいです」
「それなら今がチャンスだ!営業マンはチャンスを逃してはいけない」
「は、はい!」

真剣にやり取りする二人に、いやいやと美怜は苦笑いする。

結局、卓と成瀬は場所を代わって卓がハンドルを握った。

***

ゆっくりと滑るように車が動き出す。

ジャケットを脱いで美怜に預けると、カフスボタンを外してシャツの腕をまくり、前を見据えて鮮やかにギアを操作する卓を、美怜は隣でそっと見つめていた。

「なに?美怜。俺の顔に何かついてる?」
「え?まあ、目と鼻と口が」
「おい!」

卓は前を向いたまま美怜に突っ込む。

「なんだか卓がかっこ良く見えちゃって」
「ほんとはかっこ良くないのに、みたいに言わないでくれ」
「でもほんとにそう思うよ」
「一旦俺の言葉を否定しろ」
「あはは!そうだね」
「だから、否定!」

自然といつものようなやり取りになり、卓は複雑な心境になった。

(親友の関係が終わったと思ってるのは俺だけかもしれない。会わなくなっても美怜はまだ、心の中では俺のことを親友だと思ってくれているのかも)

そう考えた途端、それなら嬉しい、それだけで幸せだ、と卓は思った。

そんな二人の様子を後ろから見ていた成瀬もまた、心の中でひとりごつ。

(二人ともこんなにお似合いなのに、どうして結城さんは富樫とつき合わないんだろう。男の俺から見ても、この車を運転している富樫はかっこいい。そうだ!車を買い換えるなら、富樫にこの車を譲ろう。うん、赤の他人に売るより富樫に乗ってもらいたい。結城さんも富樫の運転で出かけるうちに、富樫を好きになるかもしれない)

そうなればいいと願いつつ、息の合った会話を繰り広げる二人を微笑ましく眺めていた。
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