恋とキスは背伸びして

葉月 まい

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バラのチャーム

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「ふう、ただいま」

美怜はマンションの部屋に帰って来ると、電気を点けて荷物を床に置く。

うがいと手洗いを済ませると、早速洗濯機を回した。

「先にお風呂に入っちゃおうかな」

洗濯が終わるのを待つ間にお風呂に入ろうと、お湯を沸かす。

洗面台の前で結っていた髪を解き、続いて左手のブレスレットを外した時だった。

ふと手にしたブレスレットを見て、美怜の顔から血の気が引く。

「な、ない!バラのチャームが…。どうして?どこかに落とした?」

ブレスレットのビーズの間につけてあったバラのチャームだけが取れていた。

泣きそうになりながら、あちこち探し回る。

だが、玄関にも落ちていなければ、荷物の中にも見当たらない。

「どうしよう。レストランから出る時に目にして、あったのは覚えてる。それから落ちたとしたら…。本部長の車の中!」

美怜は何も考えられなくなり、すぐさまスマートフォンで電話をかける。

呼び出し音が何回か聞こえて、ハッと我に返った。

「本部長、まだ運転中よね。メッセージにしておこう」

そう思って文章を打ち始めると、電話がかかってきた。

「本部長?!」

慌てて通話ボタンをスワイプする。

「もしもし」
「あ、成瀬だけど。今電話くれた?ごめん、運転してて取れなかった」
「はい。すみません。あの、私…」

声が震えて上手く話せない。

「どうした?大丈夫だから、落ち着いて」
「はい。私、本部長の車の中に、バラのチャームを落としたみたいなんです」
「え?分かった。これから探すから、一旦切るよ?あとでまたかける」
「はい。すみません、本当に」
「いいから。ソファに座って待ってて」

そう言って電話は切れた。

所在無げにウロウロと部屋の中を歩き回ってから、言われたことを思い出してソファに座る。

ふう、と深呼吸するとようやく人心地ついた。

(どうか見つかりますように)

あのバラのチャームは美怜にとっては、もはやなくてはならないものだった。

いつも身に着けていて、ふと目にすると気持ちが安らぐ。

手で触れていると心が落ち着き、励まされる。

そんな大切なものになっていた。

チャームくらいで大げさな…と言われず、すぐに探すと言ってくれた成瀬の言葉が嬉しかった。

(こんなことなら、ずっと大切に部屋に飾っておくべきだった?でもあれを着けているから、私は毎日明るくがんばれる。いつでも私の心の支えになってくれる大事なチャームだから)

両手を組んで祈るように電話を待つが、なかなかかかってこない。

何度も確認する時計が、いよいよ二十分経っていることを示した。

(やっぱり車の中にもなかったのかな)

そう思うと泣きそうになる。
だがいつまでも成瀬に探させる訳にはいかない。

もう諦めます、と電話をかけようとした時、ピンポンとインターホンが鳴った。

「えっ?!こんな遅くに誰?」

怖々とモニターを確認して驚き、急いで応答した。

「本部長?!」
「あったよ!チャーム」
「ほんとに?!」

美怜の目に涙が込み上げる。

「ありがとうございます。すぐに行きます!」
「だめだ。俺が行くからロックを解除して」
「は、はい」

解除のボタンを押すと待ちきれず、美怜は玄関のドアを開けて廊下に出る。

エレベーターが止まり、ドアから成瀬が姿を現した。

「こら、廊下に出ない。中に入って」
「はい」

美怜はドアを半開きにしたまま玄関に入った。

すぐに成瀬がやって来て、はい、と美怜にチャームを手渡す。

「ありがとうございますっ…」

こらえていた涙が溢れ出す。

成瀬はそんな美怜の頭をポンポンとなでた。

「良かったね、見つかって」
「はい。すみません、ご迷惑をおかけしました。車の中で落とした時、気づかなくて」
「いや、車の中にはなかったよ」

え?と美怜は顔を上げる。

「俺、君が車から降りた時、左手にチャームがあるのを見てたんだ。だから落としたとしたらきっとそのあとだと思って、車でここに戻って来たんだ。ローターリーで君を降ろした辺りを探したら、落ちてたのを見つけた」
「そうだったんですか…。ロータリーだとは思ってもみませんでした。ありがとうございました」
「気にしないで。それより、ちょっと心配だ」

成瀬の言葉に、美怜はまた、え?と顔を上げた。

成瀬は後ろ手に玄関のドアを閉めると、美怜の顔を覗き込む。

「そのチャームを大切にしてくれているのは嬉しい。けど、失くした時にここまで悲しむ君のことが心配だ。形あるものは必ずいつかは壊れる。失くしたり、壊れたりした時に、仕方ないって諦めてくれないと」

そう言って美怜の頬を大きな手のひらで包むと、親指でそっと涙を拭う。

「このチャームのせいで、こんなに君を泣かせたくない」

切なげな表情でそう言う成瀬に、美怜はキュッと胸が締めつけられた。

「でも私にとってこのバラのチャームは、大切な宝物だしお守りなんです。もう二度と失くしたりしません。壊れないように大切に保管します。本当はずっと身に着けていたいけど…」

小さく呟いてうつむく美怜を、成瀬は優しく両腕の中に閉じ込めた。

「…本部長?」
「そんな不安そうな顔しないで。心配でたまらなくなる」
「大丈夫です。これからはおうちで眺めてパワーを充電して、外では一人でがんばります。今までだってそうしてきたんですから」

涙で潤んだ瞳で笑ってみせる美怜を、たまらず成瀬は胸にギュッと強く抱き寄せる。

美怜の頭をなでると、その髪にそっと口づけた。

「俺ではだめか?」
「え…?」
「俺では君の心の支えになれない?辛い時には抱きしめて、君の心を癒やしたい。不安で冷たくなった心を温めたい。傷つかないように、君をこの手で守りたい。君がずっと幸せでいられるように、どんな時もそばにいて、君を笑顔にしたい。俺では、だめか?」
「本部長…」

吸い込まれるような漆黒の瞳で真っ直ぐに見つめられ、美怜は思わずうつむく。

成瀬の胸に手を添えると、そっと身体を起した。

「あんまり優しくしないでください。あなたの腕は温かくて大きくて、ホッと安心できて、心地良くて、守られているみたいに心強くて…。私、ここから離れられなくなります」
「離れなくていい。離さないから」
「本部長…」

美怜が涙を目に一杯溜めて見上げると、成瀬は優しく笑って髪をなで、美怜の頭を自分の胸に抱き寄せた。

「少しずつでいい。俺のそばで俺に心を寄せてくれる?君の気持ちを、ちゃんと待つから」
「…はい」
「ありがとう。俺は君が心から好きだよ、…美怜」

ポロポロと涙をこぼす美怜に笑いかけ、成瀬は身を屈めると、そっと美怜の頬にキスをする。

少しだけ身体を硬くして緊張する美怜を、成瀬はもう一度優しく胸に抱き寄せた。
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