魔法のいらないシンデレラ

葉月 まい

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最悪なクリスマス・イブ

12月24日、言わずと知れたクリスマス・イブの朝に、瑠璃は電車で職場に向かっていた。

土曜日の朝とあって車内は空いていたが、それでもなんとなく華やいでいる気がする。

(今日と明日は、みんなとびきり幸せな時間を過ごすのだろうな…)

正面の席に並んで座っている、笑顔のカップルをぼんやり見ながら、自分も今夜予定があることを思い出す。

(はあ、そうだった。和樹さんとの約束があるんだった)

小さくため息をついてから、職場の最寄駅で電車を降りた。

「こんな日に出勤なんて、ごめんなさいね」

課長はそう言ってくれたけれど、瑠璃としてはありがたかった。

もし仕事がなければ、和樹は朝から会おうとしていたからだ。

大学は、今日の午前の講義が年内最後。
明日から冬休みになり、事務局もお休みとなる。

定時の17時になり、瑠璃は自分のデスクをきれいに整えてから、課長に挨拶した。

「今年も大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそ、来年もよろしくね。あ、早乙女さんは、残りあと3ヶ月よね?」
「…え?」
「…え?って。ええっ?!」

何のことだろうと首をかしげる瑠璃を見て、課長はもっと大きな声で驚いた。

「早乙女さん、まさか…。覚えてないの?契約期間」
「契約…期間?」
「そう!最初に働き始めた時にサインしたでしょう?2年の契約って」
「2年…ということは」
「あなた、来年の3月で契約切れるわよ」

文字通り、ガーンという言葉が瑠璃の頭に浮かんだ。

*

帰りの電車は、朝とは違ってギュウギュウに混んでいた。

それでも皆、どこか嬉しそうに顔をほころばせている。

瑠璃だけは、どんよりと何かがのしかかっているような暗い表情をしていた。

(信じられない。私ってどうしてこんなに間抜けなの?)

自分があと3ヶ月で無職になるなんて…

しかもそれを、よりによってクリスマス・イブに知るなんて…

けれど、愚痴をこぼす訳にもいかない。

前から決まっていたことを理解していなかった自分が悪いのだ。

この職場は、ほとんどの人が2年ほど働いたら結婚して辞めていくなと思っていたけれど、ほとんどもなにも、皆、最初から2年の契約だったのだ。

一般社会どころか、お嬢様達の職場ですらこんなに浮いているようでは、もはや自分は全くの能無しと言われている気がした。

(それにこの間だって、あんな忘れ物を…)

おとといの同窓会。

履き慣れない高いヒールで足が痛くなり、こっそりテーブルの下で靴を脱いでいた。

ふかふかの絨毯が疲れた足に心地良く、ロングドレスを着ていたおかげで気づかれないのをいいことに、瑠璃は会の後半はずっと裸足で過ごしていた。

そして信じられないことに、そのまま会場をあとにしたのだ。

ホテルの車寄せから迎えの車に乗り、家に着いて一歩足を下ろした瞬間、ヒヤッとした感触に驚いてようやく思い出した。

どうかした?とドアを開けてくれている高志に聞かれ、恥ずかしさのあまり、なんでもないと首を振ってしまった。

(あの靴…どうなったのかな?ホテルの人に気づかれたかしら)

それはそうだろう。
きっと忘れ物として、保管されているに違いない。

今日の和樹との約束も、やはりあのホテル。

(帰りにフロントで問い合わせてみよう。情けないけれど…)

瑠璃はもう一度ため息をついた。

*

このホテルに来るのは、今月に入ってからもう3度目。

だが瑠璃は、今までとは明らかに違うロビーの人の多さに目を丸くした。

ツリーの周りはもちろん、ロビー中がごった返していて、まるでパーティー会場のようだ。

いつもの待ち合わせ場所の大きな柱に着いた瑠璃は、和樹の姿を探す。

約束の時間まであと3分。

和樹もそろそろ来ているはずだが、混雑していてうまく探せない。

と、ふいに手にしていたスマートフォンが鳴る。

表示を見ると、和樹からの電話だった。

「もしもし、瑠璃?もう着いてる?」

周りの音で声が聞き取りにくく、瑠璃はエントランスから外に出た。

「ええ。着いてます」
「そしたらさ、エレベーターで20階まで来てくれる?そこで待ってるから」

そして一方的に電話は切れた。

(え?もう、何なの?)

とにかく行くしかない。

瑠璃は、人混みをかき分けながらエレベーターに乗り、20階で降りた。

長い通路の真ん中に、手を挙げている和樹の姿が見える。

「瑠璃、こっち」

通路を歩き始めた瑠璃は、次第に怪訝な顔になる。

てっきりレストランの入口か何かに呼ばれたと思いきや、通路の両側には客室がずらりと並んでいるだけだ。

和樹のもとにたどり着くと、やはりそこも客室のようだった。

「さ、入って」

ドアを開けてうながす和樹に、瑠璃は戸惑う。

「ここって客室?どうして?」
「今日はクリスマス・イブで、レストランはどこもかしこも混んでるだろ?ゆっくり落ち着いて食事も出来そうにないから、ルームサービスにしたんだ。今、セッティングしてくれてる」
「ルームサービス?」

部屋の中をのぞき込むと、奥のテーブルの脇にスタッフの姿が見えた。

瑠璃と目が合うと、にこやかな笑顔でお辞儀をしてくれる。

瑠璃も慌てて頭を下げた。

「どうぞ」

もう一度和樹に言われ、瑠璃はようやく部屋に足を踏み入れた。

大きな窓から、きれいな夜景が目に飛び込んでくる。

その窓の近くに、真っ白なクロスが敷かれたテーブルがあり、たくさんの食器が並んでいた。

スタッフが引いてくれたふかふかの椅子に、瑠璃はそっと腰を下ろす。

向かい側に和樹も座ると、スタッフは丁寧にお辞儀をした。

「本日はようこそお越しくださいました。お食事はすべてご用意してありますので、あとはお二人でごゆっくりお楽しみください」

何かございましたら、いつでもご連絡を…と言い残して、部屋から出て行く。

和樹と二人きりになった瑠璃は、なんとなく落ち着かない気分になった。

「ほら、乾杯しようぜ」

スパークリングワインが注がれたグラスを、二人でカチンと合わせる。

「メリークリスマス!」

和樹は上機嫌だった。

ワインを飲むペースも速く、次第に饒舌になっていく。

「うまいよなー、酒も料理も。大変だったんだぜ?クリスマス・イブに部屋押さえるの。なんたって超人気のホテルだからな、ここは」

確かにお料理はどれもこれもとても美味しい。

けれど瑠璃は、だんだん不安になってきた。

(この部屋を押さえてあるの?それって…)

「どうした?瑠璃ももっと飲めよ」
「あ、ううん。私はもう大丈夫」
「なんだよ?せっかく高い酒用意したのに。しかもその仏頂面。なんか文句でもあるのかよ?」

責めるような和樹の口調に、瑠璃はドキリとして胸を押さえる。

「違うわ!そういう訳じゃ…」
「じゃあ何だって言うんだよ?俺がこの日のためにあれこれ用意してやったのに、ちっとも嬉しくないのかよ?」
「あ、それは、その…嬉しく思ってます。こんなすてきなホテルに美味しいお料理も、どうもありがとう」

そのことには素直に頭を下げる。

和樹は、ようやく機嫌が直ったらしく、ふっと笑って再び食事の手を進めた。

デザートのケーキは、ソファテーブルに用意されていた。

コーヒーを淹れて、ソファに並んで座る。

すると和樹が、ジャケットのポケットから小さな箱を取り出した。

「はい。クリスマスプレゼント」

あっ…と瑠璃は小さく呟くと、うつむいた。

息を吸って気持ちを整える。

今日こそは和樹に話をするつもりだった。

「ごめんなさい。それは受け取れません」

頭を下げると、和樹が一気に不機嫌になったのが、気配で伝わってきた。

「はあ?何言ってんの。どういうつもり?」
「和樹さんからのプレゼントは、これからも受け取れません。私、今日は大事なことをお話したくて来ました」
「はあーん。さてはお前、俺へのプレゼントを用意してないんだろ?」
「え?あの、そういうことではなくて、お話を…」

実際プレゼントは用意していなかった。

なぜなら、今日はお別れを言いに来たからだ。

「今まで、なんとなくごまかしてきてごめんなさい。もっと早くお話するべきでした。私、和樹さんとは…」
「いいって。プレゼントを用意してないって言うなら、これで許してやる」
「え?あの…」

瑠璃が顔を上げたその時だった。

頭の後ろをぐっと押さえられたかと思うと、和樹が顔を近づけてきた。

唇が触れそうになった瞬間、瑠璃は反射的に和樹を突き飛ばしていた。

「いやっ!」

ガチャンと音を立ててテーブルの上のカップが倒れ、コーヒーがこぼれる。

一瞬の静けさの後、和樹は憤りを抑えられずに声を荒げた。

「何なんだよ、お前は!いつもいつも、どうやっても俺を拒んでばかりで。俺にどうしろっていうんだ。どういうつもりなんだ?!」

勢いに負けそうになりながら、瑠璃は気持ちを必死で落ち着かせて和樹に向き合った。

「ごめんなさい。私、あなたとはこれ以上おつき合い出来ません。結婚するつもりもありません。ずっと前からそう思っていたのに、言い出せなくて。本当にごめんなさい」

和樹は下を向いたまま、何も言わない。

肩を震わせ、自分の気持ちを持て余しているようにも見える。

「あの、和樹さん…」

心配になって思わず瑠璃が口を開くと、何かを小さく呟く和樹の声が聞こえてきた。

「…てけ」
「え?なんて…」
「出てけって言ってんだよ!」

そう言って顔を上げた和樹の表情は、怒りと悲しみに満ちていた。
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