魔法のいらないシンデレラ

葉月 まい

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シンデレラの忘れ物

(うう、頭が重い…)

瑠璃は、顔をしかめながら寝返りを打つ。

が、ふといつもの感触とは違うことに気づいた。

(ん?なんかシーツがパリッとしてる。ベッドもふかふか。まるで高級なホテルみたい…え、ホテル?!)

ガバッと起き上がった途端、ズキンとした痛みに思わず頭を押さえる。

(いたた…二日酔いかあ)

ゆっくりと夕べの記憶をたどる。

(そうだ。和樹さんとあんなことになって…そのあと部屋を出て、ロビーのソファに座り込んだんだ)

家に帰る気力もなく、帰ったところで家族に様子を不審がられて、うまくごまかす自信もなかった。

しばらくロビーにいたあと、なんだかやけっぱちな気分になり、バーに行ったのだった。

(そこで1杯カクテルを飲んだのは覚えているけれど、そのあとどうしたのかしら。それにここはどこ?)

部屋を見回してみるが、和樹と一緒に食事をした部屋とは違う。

だが、サイドテーブルに置いてあるメモ帳には、ホテル フォルトゥーナ東京と確かにプリントされており、やはりあのホテルのどこか別の部屋にいるらしかった。

ついでにデジタル時計に目をやると、5:50と表示されている。

(もう朝なのね。家に帰らなくてみんな心配してるかな)

テーブルに置かれてあったバッグからスマートフォンを取り出して見たが、メッセージや着信は1件もなかった。

きっと家族には、和樹と一緒にいると思われているに違いない。

(それにしても、どうやってここに?)

記憶がないというのは、なんと不安なことなのか。

と、ふと思い出したように、慌てて自分の服装を見下ろす。

(あ、あの時の服のままだ)

少しホッとして、瑠璃はベッドから降りた。

大きなテーブルや豪華なソファが置かれた広い部屋をそろそろと歩き、出口に向かう。

そっとドアを開けて外の様子をうかがうと、予想に反して短い通路があるだけだった。

瑠璃は、意を決して後ろ手にドアを閉め、通路を進む。

右横にもドアがあるが、どうやら同じような客室なのではないかと思い、正面の大きなドアへと向かった。

音を立てないようにそっと開けたドアの隙間から、中の様子をうかがう。

(わあ、広いお部屋)

壁一面の窓ガラスからは、朝焼けの光が射し込み、高級そうなソファセットにダイニングテーブル、隅にはデスクもあった。

(社長室みたいな感じかな?)

そう思っていると、右側にはさらに大きな黒いデスクがあり、誰かがそこで書類を読んでいることに気づいた。

(大変!私ったらノックもせずに)

もう一度ドアを閉め、ノックし直そうとした時だった。

書類に目を落としていた男性が、ふっと顔を上げてこちらを見る。

瑠璃とバッチリ目が合ってしまった。

「あ、あの、すみません、わ、私…」

焦ってしどろもどろになる瑠璃ににっこり笑いかけて、男性は立ち上がった。

「おはようございます。よく眠れましたか?」
「は、はい!もうぐっすり」
「それは良かった。これから朝食を用意致します」

え、あ、あの…、と引き止める瑠璃に構わず、男性はどこかに電話をかける。

その横顔を見ているうちに、瑠璃はこの人とどこかで会ったことがあるような気がしてきた。

「どうぞ、そちらのソファにおかけください」

受話器を置いたあと、瑠璃に近づいて来てソファへとうながす。

近くで見ると、とても背が高い。

その瞬間、瑠璃は思い出した。

(あ!この方、この間ロビーで助けてくれたスタッフの方だわ)

瑠璃は慌てて頭を下げた。

「あの、先日はロビーで助けて頂き、ありがとうございました。本当に助かりました」
「いえ。こちらこそ、いつも当ホテルをご利用頂き、ありがとうございます」
「え…いつも?」
「はい。先週に続き、同窓会でもお越し頂きましたよね。そして昨日も」
「え、は、はい」

なぜそんなに詳しいのだろう。

そう言えば、和樹と知り合いのようだったけれど、それにしても同窓会のことまで知っているなんて…

瑠璃が考え込んでいると、男性はデスクの後ろに回り、棚から何かの箱を取り出した。

戻って来ると、手にしたそれを瑠璃に差し出す。

「中を確認して頂けますか?」
「え、私が?何でしょう?」
「シンデレラのお忘れ物てす」
「…は?」

瑠璃が目をパチクリさせると、男性はクスッと笑って箱のフタを取った。

「あっ!」

中には、瑠璃が同窓会で忘れていった白い靴が入っていた。

男性は、そっと箱から靴を片方取り出すと、床に置いた。

そして瑠璃の右手を取り、どうぞと優しく微笑む。

瑠璃は、ゆっくり右足を白い靴に入れた。

靴は、瑠璃の足にピタッとはまるようになじんだ。

「どうやらこの靴は、あなたのもので間違いないようですね、シンデレラ」

ふふっと笑いながら瑠璃の顔をのぞき込んだ男性に、瑠璃もはにかんだ笑顔を見せた。

*

そのあと、運ばれてきた豪華な朝食をごちそうになりながら、夕べの出来事を聞かせてもらう。

聞いているうちに、瑠璃は顔が真っ赤になるのを止められなかった。

(酔いつぶれて、部屋に運んで頂いたなんて…そんな恥ずかしいことを)

思わず両手で頬を押さえたが、男性は気にも留めていないようだった。

「勝手なことをして申し訳ありませんでした。ご家族の方も、心配されたのではないでしょうか?連絡するすべがなく、私としても気がかりだったのですが…」

本当に心配してくれたらしく、真剣に瑠璃の顔を見ている。

「いえ、大丈夫です。宿泊していると思っているみたいで…」

ああ、と納得して頷いた男性を見て、和樹と泊まることを想像させてしまったと、瑠璃は恥ずかしさと情けなさにうつむく。

それにしても、ロビーでのことに始まり、靴のこと、そして夕べのことも、この方にはお世話になりっぱなしだった。

瑠璃は、改めて男性に向き合う。

「あの、何度も助けて頂き、本当にありがとうございました。名乗りもせず、失礼致しました。私は、早乙女 瑠璃と申します」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れました。私は当ホテルの総支配人をしております、神崎 一生と申します」
「えっ、総支配人?!あの、粋なシャンパンサービスの?」

思わず言ってしまってから、瑠璃は慌てて口を押さえる。

そんな印象しかないのか?と思われたのでは…

だが、総支配人の男性は、おもしろそうに笑い始めた。

「はい、キザなシャンパンサービスをさせて頂きました。覚えていてくださって光栄です」

うやうやしく胸に手を当てる。

「あ、いえ。とてもスマートなサービスだと。それにシャンパンも美味しかったです、本当に」
「そうですか、それはよかった。では次回も何か、キザなサービスを考えておきます」
「まあ!ふふふ」

男性の口調がおかしくて、思わず瑠璃も笑顔になる。

「良かった。やっと笑ってくださった」

え?と顔を上げると、男性は、優しい表情ながらも、真剣な眼差しで瑠璃を見ていた。

「お見かけするたび、いつもどこかお辛そうな雰囲気でした。立ち入ったことを聞くつもりはありませんが、何か少しでも私に出来ることがあればと思っていました。ようやく少し笑顔が見られて、私も嬉しいです」

瑠璃は、驚きながらも胸を打たれた。

ここ最近の出来事が思い出される。

和樹との関係で悩んでいたこと、仕事の契約が切れるのを知らずにいて落ち込んだこと、そして夕べのことも…

(そうだ、私、辛かったんだ。誰にも相談出来ずに、一人で抱えてて…)

優しい言葉をかけられて、ようやく自分の気持ちに気づいた。

まるで、氷のように冷たく硬かった心が、暖かい太陽の光で溶かされたかのように、瑠璃の目からポタポタと涙が溢れ落ちた。

とめどなく溢れてくる涙をどうすることも出来ず、ただ静かに泣き続ける瑠璃を、そっと一生は見守っていた。
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