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授賞式
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2月に入っても、瑠璃は次の就職先を見つけられずにいた。
3月末で契約が切れることを家族に話すと、全くと言っていいほど驚かれなかった。
むしろ、何をいまさら?と言いたげで、逆に次の就職先を探していることに驚かれた。
「別に探さなくてもいいんじゃない?」
姉の言葉には、どうせそろそろ結婚するんでしょう?というニュアンスがあった。
そうこうしているうちに、瑠璃の後任が決まった。
例に漏れず、瑠璃と同じ大学の卒業予定者だ。
卒業式が終わり次第、瑠璃が仕事の引き継ぎをすることになっている。
(もう待ったナシだなあ。早く新しい仕事探さないと)
気持ちばかりが焦っていたある日、佐知から電話がかかってきた。
妙に興奮した口調で、珍しく早口に話し始める。
「瑠璃ちゃん!やっぱりよ、私が言ったとおりだわ。やったわね、すごいわ!」
「お、おば様?いったい何が…」
「コンテストよ!ホテルのフォトコンテスト。ほら、あの若いカメラマンのね。今日、受賞者に連絡がいくことになってたでしょう?」
でしょう?と言われても…
でしたっけ?としか答えようがない。
「それで、もらった名刺のアドレスにメールを送ってみたのよ。どうでしたかって」
「ええ?!おば様、あのカメラマンの方にメールを?」
「そうよ。だって気になって仕方ないじゃない?」
「そ、そんな…」
瑠璃は恥ずかしさに、一気に顔が熱くなってきた。
佐知の興奮は止まらない。
「そしたら、すぐ返信が来たの。ちょうどこちらからも連絡を取りたくて、でも連絡先が分からなくて困ってたって」
「連絡先?どなたの?」
「あなたよ!瑠璃ちゃん。表彰式に来てほしいって」
「ええ?!表彰式?それはいったい…」
「だから、最優秀賞の!写真のお披露目があるから、あなたもお招きしたいって」
「ええー?!」
「表彰式は、3月4日の土曜日ですって。瑠璃ちゃん、空いてる?」
「え、はい。土曜日なら何も…」
「よかった。じゃあすぐにお返事しておくわ。詳しいことはまた連絡するわね。それじゃあ、ごきげんよう」
そこでプツッと電話は切れた。
「ごき、げん、よう…」
ひとり言のように呟き、瑠璃は呆然と立ち尽くした。
*
そして迎えた3月4日。
瑠璃は佐知と一緒に、再びあのホテルのロビーに向かう。
「それでね、古谷さんったら、私と瑠璃ちゃんを親子だと思っていたんですって」
古谷さん?と、一瞬疑問に思ったが、話の流れからすると、カメラマンのことだろうと瑠璃は推察する。
「考えてみたら無理もないわよね。でも私、瑠璃ちゃんの母親と思われたのが嬉しくって。そのまま親子のフリをしようかと思ったくらいよ。なんて、美雪さんに叱られるわね」
佐知は、この上なく上機嫌で、瑠璃の相づちなど耳に入らないかのように話し続ける。
「どんな写真に仕上がったのかしらねえ。楽しみだわ。あ!いらしたわ、あの方よね?」
佐知の視線を追うと、ロビーの中央のソファから立ち上がるスーツ姿の男性が見えた。
服装は違うけれど、確かにあの時のカメラマンだった。
にこやかな笑顔を浮かべ、瑠璃達に深々とお辞儀をしている。
「お待たせ致しました」
佐知が近づきながら声をかけた。
「いえ。こちらこそ本日はお越し頂き、ありがとうございます」
男性はもう一度丁寧に頭を下げてから、瑠璃を見て嬉しそうに笑った。
「写真と同じお着物ですね」
「あ、ええ」
瑠璃は、はにかんだ笑顔を浮かべる。
あの日と同じ装いがいいと佐知に言われ、それに従ったまでだが、男性は予想以上に喜んでくれたようだ。
「やはりとてもお美しい。お気遣い頂いて、恐縮です。申し遅れましたが、私、カメラマンの古谷と言います。よろしくお願いします」
渡された名刺を見ると、
フリーカメラマン 古谷 心平
とある。
「私は早乙女 瑠璃と申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「瑠璃さん…きれいなお名前ですね」
「え…あ、ありがとうございます」
と、隣から佐知の咳払いが聞こえてきた。
「あ、澤山様。先日はご連絡ありがとうございました。おかげ様で今日、お二人にも作品を見て頂けることになり、大変嬉しく思います」
慌てて古谷が佐知に向き直ると、佐知はようやくにっこり笑った。
「この度は最優秀賞受賞、誠におめでとうございます。モデルさんが瑠璃ちゃんですから、それはもう、当然取って頂かないとと思っておりましたのよ」
「は、ははは。良かったです、無事に受賞出来て」
どう見ても古谷はタジタジといった様子だった。
そろそろ時間だということで、早速三人は会場に向かう。
「会場は、えっと、22階のスカイバンケットホールらしいです」
招待状を見ながら古谷が言うと、佐知は頷いた。
「先日同窓会で使ったところと同じね。このホテルで1番広いお部屋よ」
「よくご存知ですね。どうやらマスコミも呼んで、大々的に発表するようです」
瑠璃は、えっ!と驚いた。
(そんなに大ごとなのかしら?)
ソワソワしながら、エレベーターで22階へ上がる。
受付で古谷が招待状を見せると、ホテルのスタッフは、にこやかに席まで案内してくれた。
(うわ、ステージに近い)
きっと古谷が、最優秀賞で名前を呼ばれるからだろう。
周りのテーブルを見てみると、同じく受賞者らしい人達のグループがいくつかあった。
隣のテーブルは、小さな男の子とママ、そしてスーツ姿のパパという家族連れらしい。
(パパが受賞者なのかしら。ちょっと緊張しているみたい。男の子は無邪気に笑っててかわいいな)
そんなことを考えているうちに、やがてBGMの音量が絞られ、照明が少し落とされた。
ざわめきが消え、皆は正面に向き直る。
金屏風の後ろから、ホテルのスーツを着た爽やかな笑顔の男性が現れ、深々と一礼する。
そしてマイクの前に立ち、よく通る声で話し始めた。
「皆様、本日はホテル フォルトゥーナ東京、第20回フォトコンテスト授賞式にようこそお越しくださいました。わたくしは、本日司会を務めます、当ホテル営業部企画広報課の青木と申します。どうぞよろしくお願い致します」
丁寧なお辞儀に、会場から拍手が起こる。
「それではまず初めに、ホテル フォルトゥーナ東京 総支配人の神崎より、ご挨拶させて頂きます」
ステージの上にスポットライトが当てられ、下手から現れた一生が、その真ん中に歩み出た。
会場を見渡したあと、ゆっくりとお辞儀をして顔を上げる。
と、どこからかサーッと人が、身をかがめながらステージの前に集まってきたかと思うと、カメラのフラッシュが次々と瞬いた。
腕章をつけているところを見ると、どうやらマスコミのカメラマンらしい。
自分に向けられている訳でもないのに、瑠璃は思わず眩しさに目を細めてしまう。
「皆様、本日はお忙しい中お越し頂き、誠にありがとうございます。ホテル フォルトゥーナ東京 総支配人の神崎 一生と申します」
原稿など持たず、淀みなく話し始めた声は落ち着いていて、知らず知らずのうちに引き込まれていく。
「季節ごとにテーマを設け、5年前に始めたこのフォトコンテストも、今回ではや20回目。記念すべきこの回に、過去最高の応募総数を頂きました。この場をお借りして、ご応募くださった皆様に、厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました」
また深々とお辞儀してから、話を続ける。
「皆様の作品、1つ1つにじっくり目を通しておりますと、よく知っているはずのホテルにこんな一面があったのか、と気づかされると同時に、こんなにもこのホテルは皆様に愛されているのだと再確認し、胸を打たれます。これより入賞作品を発表致しますが、その前に、お寄せ頂いた作品はどれも唯一無二の良さがあり、間違いなくどれも素晴らしい作品であったことをお伝え致します。そして、皆様にも今日、栄えある入賞作品をご覧頂けることを、総支配人としてこの上なく嬉しく思います。どうぞ、最後までごゆっくりご鑑賞ください」
挨拶を終え、優雅に頭を下げると、口角を上げて小さく頷く。
一生がステージの下手に用意された椅子に座るまで、シャッター音が絶え間なく続いた。
*
そしていよいよ、賞の発表が始まった。
司会者が、入賞作品の題名と入賞者を発表し、スクリーンに大きく写真が映し出される。
審査員の写真家が講評を述べるのを聞きながら、瑠璃もじっくり写真を見つめる。
『ホテルの雪化粧』と題された作品は、ホテルに降り積もった雪と銀世界の庭が広がり、まるで外国のような雰囲気だった。
(うわー、すてき!)
瑠璃は、壇上で表彰される年配の男性に、大きな拍手を送った。
男性は嬉しそうに、自分のいたテーブルに向かって賞状を掲げる。
つられてそちらを見ると、男性とよく似た雰囲気の年配のご婦人が、目を細めて何度も頷いていた。
(きっとご夫婦なのね。奥様も嬉しそう)
瑠璃も、なんだか胸がじわっと温かくなった。
いくつかの発表のあと、残すは2つ。
まずは優秀賞の発表となった。
「優秀賞は…広田 真司様の『幸せの輝き』です」
隣の家族連れのテーブルからパパが立ち上がり、拍手の中、壇上へ向かった。
一生から賞状を渡されたあと、ご感想を、とうながされてマイクの前に立つ。
「あ、え、えーっと、自分は、その、カメラマンでもなんでもなく、ただの素人でして…こういう場も慣れてなくて、その」
しどろもどろの若いパパに、応援の拍手が起こる。
隣のテーブルから、パパー!がんばれー!と、小さな男の子の声がした。
「お、おう!パパがんばるよ!」
そのやり取りに、会場中が笑顔になる。
「えー、僕は写真のことなんて、何も分かりません。でも、家族を撮るのは、自分の妻と息子を撮るのは、絶対自分が1番上手いと思っています。今回も、妻と息子の輝く笑顔が撮れて、自分は世界一幸せ者だと思いました。それがまさか、優秀賞に選ばれるなんて…本当に嬉しいです!副賞の宿泊券も、早速使わせて頂きます。ありがとうございました!」
会場から、割れんばかりの拍手が起こった。
そして映し出された作品は…
ロビーのクリスマスツリーに手を伸ばす男の子と、抱きかかえながらその子を見つめるママの横顔。
ツリーの煌きは、あえて光の輪のように滲んでいて、ピントを合わせた男の子の瞳が輝いているのが分かる。
飾りに小さな手を伸ばしている、キラキラ輝く男の子の顔を、優しく見つめて微笑むママ…
そんな写真を撮れるのは、きっとパパだけ。
家族の幸せがぎゅっと詰まった1枚に、瑠璃は感動して目を潤ませた。
「それではいよいよ、最優秀賞の発表です」
なぜか佐知が、祈るように両手を組んで目を閉じる。
「第20回フォトコンテスト、最優秀賞は…」
ドラムロールのBGMが流れる。
…ジャジャン!
「作品名『凛として』撮影者は、古谷 心平様です」
「きゃー!」
佐知が両手を挙げて喜ぶ。
「お、おば様…」
慌てて止めようとする瑠璃に笑いかけてから、古谷は立ち上がり、会場の拍手を受けてお辞儀をした。
「古谷様、どうぞ壇上へ」
一生から賞状を受け取った古谷に、佐知は身を乗り出して大きな拍手を送る。
そして、スクリーンに大きく写真が映し出された。
瑠璃は思わず息を呑む。
(あの写真…こんなにすてきに?)
写っているのがあの時の自分だとは、とても思えないほど、絵になる1枚だった。
審査員の写真家が、写真を見ながら選考のポイントを話し始めた。
「この写真のポイントは、なんと言ってもサザンカと女性の対話です。冬の寒さに負けずに、艷やかな花を咲かせるサザンカ、そしてそれを見つめる女性の横顔からも、何か秘めたる強さを感じます。着物の白とサザンカの赤、このコントラストもいいですね。冬の澄んだ空気に、凛とした花と女性の佇まい…まさに冬をテーマにした作品として素晴らしいと思います」
間髪を置かずに、佐知が拍手する。
会場からも、大きな拍手が起こった。
うながされて、古谷がマイクで話し始める。
「この度は、栄えある賞を頂き、とても嬉しく思います。ありがとうございます」
お辞儀をしたあと、少し考えるように間を置いてから顔を上げる。
「この作品は、私の力で撮ったのではなく、撮らせて頂いた、そんな感覚です。偶然その場に居合わせて、思わずシャッターを押しただけなんです。そして、私にこの写真を撮らせてくれた女性が、実は今日ここにいらっしゃいます。瑠璃さん、ご登壇願えますか?」
いきなり名前を呼ばれて、飛び上がりそうなほど瑠璃は驚いた。
しかし、すでに会場からは大きな拍手が起こっている。
「さ!瑠璃ちゃん!」
佐知も、早く行けとばかりに瑠璃をうながす。
頭を下げながら、おずおずと立ち上がると、古谷が壇上から降りてきて、瑠璃の手を取った。
拍手の中、古谷にエスコートされて瑠璃もステージに上がる。
賞状を渡したあとその場に留まっていた一生が、驚いたように瑠璃を見つめる。
「この写真…あなたでしたか」
瑠璃は、うつむきながら小さく頷いた。
「この賞を、彼女に捧げます。本当にありがとう」
古谷がそう言うと、会場から今日一番の拍手が送られた。
「写真、いいですかー」
「こっちに目線お願いしまーす」
気づくと、ステージのすぐ下でたくさんのカメラマンが、何枚も写真を撮っていた。
ひっきりなしにシャッター音がして、瑠璃は、熱気と緊張で顔が真っ赤になるのを感じた。
3月末で契約が切れることを家族に話すと、全くと言っていいほど驚かれなかった。
むしろ、何をいまさら?と言いたげで、逆に次の就職先を探していることに驚かれた。
「別に探さなくてもいいんじゃない?」
姉の言葉には、どうせそろそろ結婚するんでしょう?というニュアンスがあった。
そうこうしているうちに、瑠璃の後任が決まった。
例に漏れず、瑠璃と同じ大学の卒業予定者だ。
卒業式が終わり次第、瑠璃が仕事の引き継ぎをすることになっている。
(もう待ったナシだなあ。早く新しい仕事探さないと)
気持ちばかりが焦っていたある日、佐知から電話がかかってきた。
妙に興奮した口調で、珍しく早口に話し始める。
「瑠璃ちゃん!やっぱりよ、私が言ったとおりだわ。やったわね、すごいわ!」
「お、おば様?いったい何が…」
「コンテストよ!ホテルのフォトコンテスト。ほら、あの若いカメラマンのね。今日、受賞者に連絡がいくことになってたでしょう?」
でしょう?と言われても…
でしたっけ?としか答えようがない。
「それで、もらった名刺のアドレスにメールを送ってみたのよ。どうでしたかって」
「ええ?!おば様、あのカメラマンの方にメールを?」
「そうよ。だって気になって仕方ないじゃない?」
「そ、そんな…」
瑠璃は恥ずかしさに、一気に顔が熱くなってきた。
佐知の興奮は止まらない。
「そしたら、すぐ返信が来たの。ちょうどこちらからも連絡を取りたくて、でも連絡先が分からなくて困ってたって」
「連絡先?どなたの?」
「あなたよ!瑠璃ちゃん。表彰式に来てほしいって」
「ええ?!表彰式?それはいったい…」
「だから、最優秀賞の!写真のお披露目があるから、あなたもお招きしたいって」
「ええー?!」
「表彰式は、3月4日の土曜日ですって。瑠璃ちゃん、空いてる?」
「え、はい。土曜日なら何も…」
「よかった。じゃあすぐにお返事しておくわ。詳しいことはまた連絡するわね。それじゃあ、ごきげんよう」
そこでプツッと電話は切れた。
「ごき、げん、よう…」
ひとり言のように呟き、瑠璃は呆然と立ち尽くした。
*
そして迎えた3月4日。
瑠璃は佐知と一緒に、再びあのホテルのロビーに向かう。
「それでね、古谷さんったら、私と瑠璃ちゃんを親子だと思っていたんですって」
古谷さん?と、一瞬疑問に思ったが、話の流れからすると、カメラマンのことだろうと瑠璃は推察する。
「考えてみたら無理もないわよね。でも私、瑠璃ちゃんの母親と思われたのが嬉しくって。そのまま親子のフリをしようかと思ったくらいよ。なんて、美雪さんに叱られるわね」
佐知は、この上なく上機嫌で、瑠璃の相づちなど耳に入らないかのように話し続ける。
「どんな写真に仕上がったのかしらねえ。楽しみだわ。あ!いらしたわ、あの方よね?」
佐知の視線を追うと、ロビーの中央のソファから立ち上がるスーツ姿の男性が見えた。
服装は違うけれど、確かにあの時のカメラマンだった。
にこやかな笑顔を浮かべ、瑠璃達に深々とお辞儀をしている。
「お待たせ致しました」
佐知が近づきながら声をかけた。
「いえ。こちらこそ本日はお越し頂き、ありがとうございます」
男性はもう一度丁寧に頭を下げてから、瑠璃を見て嬉しそうに笑った。
「写真と同じお着物ですね」
「あ、ええ」
瑠璃は、はにかんだ笑顔を浮かべる。
あの日と同じ装いがいいと佐知に言われ、それに従ったまでだが、男性は予想以上に喜んでくれたようだ。
「やはりとてもお美しい。お気遣い頂いて、恐縮です。申し遅れましたが、私、カメラマンの古谷と言います。よろしくお願いします」
渡された名刺を見ると、
フリーカメラマン 古谷 心平
とある。
「私は早乙女 瑠璃と申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「瑠璃さん…きれいなお名前ですね」
「え…あ、ありがとうございます」
と、隣から佐知の咳払いが聞こえてきた。
「あ、澤山様。先日はご連絡ありがとうございました。おかげ様で今日、お二人にも作品を見て頂けることになり、大変嬉しく思います」
慌てて古谷が佐知に向き直ると、佐知はようやくにっこり笑った。
「この度は最優秀賞受賞、誠におめでとうございます。モデルさんが瑠璃ちゃんですから、それはもう、当然取って頂かないとと思っておりましたのよ」
「は、ははは。良かったです、無事に受賞出来て」
どう見ても古谷はタジタジといった様子だった。
そろそろ時間だということで、早速三人は会場に向かう。
「会場は、えっと、22階のスカイバンケットホールらしいです」
招待状を見ながら古谷が言うと、佐知は頷いた。
「先日同窓会で使ったところと同じね。このホテルで1番広いお部屋よ」
「よくご存知ですね。どうやらマスコミも呼んで、大々的に発表するようです」
瑠璃は、えっ!と驚いた。
(そんなに大ごとなのかしら?)
ソワソワしながら、エレベーターで22階へ上がる。
受付で古谷が招待状を見せると、ホテルのスタッフは、にこやかに席まで案内してくれた。
(うわ、ステージに近い)
きっと古谷が、最優秀賞で名前を呼ばれるからだろう。
周りのテーブルを見てみると、同じく受賞者らしい人達のグループがいくつかあった。
隣のテーブルは、小さな男の子とママ、そしてスーツ姿のパパという家族連れらしい。
(パパが受賞者なのかしら。ちょっと緊張しているみたい。男の子は無邪気に笑っててかわいいな)
そんなことを考えているうちに、やがてBGMの音量が絞られ、照明が少し落とされた。
ざわめきが消え、皆は正面に向き直る。
金屏風の後ろから、ホテルのスーツを着た爽やかな笑顔の男性が現れ、深々と一礼する。
そしてマイクの前に立ち、よく通る声で話し始めた。
「皆様、本日はホテル フォルトゥーナ東京、第20回フォトコンテスト授賞式にようこそお越しくださいました。わたくしは、本日司会を務めます、当ホテル営業部企画広報課の青木と申します。どうぞよろしくお願い致します」
丁寧なお辞儀に、会場から拍手が起こる。
「それではまず初めに、ホテル フォルトゥーナ東京 総支配人の神崎より、ご挨拶させて頂きます」
ステージの上にスポットライトが当てられ、下手から現れた一生が、その真ん中に歩み出た。
会場を見渡したあと、ゆっくりとお辞儀をして顔を上げる。
と、どこからかサーッと人が、身をかがめながらステージの前に集まってきたかと思うと、カメラのフラッシュが次々と瞬いた。
腕章をつけているところを見ると、どうやらマスコミのカメラマンらしい。
自分に向けられている訳でもないのに、瑠璃は思わず眩しさに目を細めてしまう。
「皆様、本日はお忙しい中お越し頂き、誠にありがとうございます。ホテル フォルトゥーナ東京 総支配人の神崎 一生と申します」
原稿など持たず、淀みなく話し始めた声は落ち着いていて、知らず知らずのうちに引き込まれていく。
「季節ごとにテーマを設け、5年前に始めたこのフォトコンテストも、今回ではや20回目。記念すべきこの回に、過去最高の応募総数を頂きました。この場をお借りして、ご応募くださった皆様に、厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました」
また深々とお辞儀してから、話を続ける。
「皆様の作品、1つ1つにじっくり目を通しておりますと、よく知っているはずのホテルにこんな一面があったのか、と気づかされると同時に、こんなにもこのホテルは皆様に愛されているのだと再確認し、胸を打たれます。これより入賞作品を発表致しますが、その前に、お寄せ頂いた作品はどれも唯一無二の良さがあり、間違いなくどれも素晴らしい作品であったことをお伝え致します。そして、皆様にも今日、栄えある入賞作品をご覧頂けることを、総支配人としてこの上なく嬉しく思います。どうぞ、最後までごゆっくりご鑑賞ください」
挨拶を終え、優雅に頭を下げると、口角を上げて小さく頷く。
一生がステージの下手に用意された椅子に座るまで、シャッター音が絶え間なく続いた。
*
そしていよいよ、賞の発表が始まった。
司会者が、入賞作品の題名と入賞者を発表し、スクリーンに大きく写真が映し出される。
審査員の写真家が講評を述べるのを聞きながら、瑠璃もじっくり写真を見つめる。
『ホテルの雪化粧』と題された作品は、ホテルに降り積もった雪と銀世界の庭が広がり、まるで外国のような雰囲気だった。
(うわー、すてき!)
瑠璃は、壇上で表彰される年配の男性に、大きな拍手を送った。
男性は嬉しそうに、自分のいたテーブルに向かって賞状を掲げる。
つられてそちらを見ると、男性とよく似た雰囲気の年配のご婦人が、目を細めて何度も頷いていた。
(きっとご夫婦なのね。奥様も嬉しそう)
瑠璃も、なんだか胸がじわっと温かくなった。
いくつかの発表のあと、残すは2つ。
まずは優秀賞の発表となった。
「優秀賞は…広田 真司様の『幸せの輝き』です」
隣の家族連れのテーブルからパパが立ち上がり、拍手の中、壇上へ向かった。
一生から賞状を渡されたあと、ご感想を、とうながされてマイクの前に立つ。
「あ、え、えーっと、自分は、その、カメラマンでもなんでもなく、ただの素人でして…こういう場も慣れてなくて、その」
しどろもどろの若いパパに、応援の拍手が起こる。
隣のテーブルから、パパー!がんばれー!と、小さな男の子の声がした。
「お、おう!パパがんばるよ!」
そのやり取りに、会場中が笑顔になる。
「えー、僕は写真のことなんて、何も分かりません。でも、家族を撮るのは、自分の妻と息子を撮るのは、絶対自分が1番上手いと思っています。今回も、妻と息子の輝く笑顔が撮れて、自分は世界一幸せ者だと思いました。それがまさか、優秀賞に選ばれるなんて…本当に嬉しいです!副賞の宿泊券も、早速使わせて頂きます。ありがとうございました!」
会場から、割れんばかりの拍手が起こった。
そして映し出された作品は…
ロビーのクリスマスツリーに手を伸ばす男の子と、抱きかかえながらその子を見つめるママの横顔。
ツリーの煌きは、あえて光の輪のように滲んでいて、ピントを合わせた男の子の瞳が輝いているのが分かる。
飾りに小さな手を伸ばしている、キラキラ輝く男の子の顔を、優しく見つめて微笑むママ…
そんな写真を撮れるのは、きっとパパだけ。
家族の幸せがぎゅっと詰まった1枚に、瑠璃は感動して目を潤ませた。
「それではいよいよ、最優秀賞の発表です」
なぜか佐知が、祈るように両手を組んで目を閉じる。
「第20回フォトコンテスト、最優秀賞は…」
ドラムロールのBGMが流れる。
…ジャジャン!
「作品名『凛として』撮影者は、古谷 心平様です」
「きゃー!」
佐知が両手を挙げて喜ぶ。
「お、おば様…」
慌てて止めようとする瑠璃に笑いかけてから、古谷は立ち上がり、会場の拍手を受けてお辞儀をした。
「古谷様、どうぞ壇上へ」
一生から賞状を受け取った古谷に、佐知は身を乗り出して大きな拍手を送る。
そして、スクリーンに大きく写真が映し出された。
瑠璃は思わず息を呑む。
(あの写真…こんなにすてきに?)
写っているのがあの時の自分だとは、とても思えないほど、絵になる1枚だった。
審査員の写真家が、写真を見ながら選考のポイントを話し始めた。
「この写真のポイントは、なんと言ってもサザンカと女性の対話です。冬の寒さに負けずに、艷やかな花を咲かせるサザンカ、そしてそれを見つめる女性の横顔からも、何か秘めたる強さを感じます。着物の白とサザンカの赤、このコントラストもいいですね。冬の澄んだ空気に、凛とした花と女性の佇まい…まさに冬をテーマにした作品として素晴らしいと思います」
間髪を置かずに、佐知が拍手する。
会場からも、大きな拍手が起こった。
うながされて、古谷がマイクで話し始める。
「この度は、栄えある賞を頂き、とても嬉しく思います。ありがとうございます」
お辞儀をしたあと、少し考えるように間を置いてから顔を上げる。
「この作品は、私の力で撮ったのではなく、撮らせて頂いた、そんな感覚です。偶然その場に居合わせて、思わずシャッターを押しただけなんです。そして、私にこの写真を撮らせてくれた女性が、実は今日ここにいらっしゃいます。瑠璃さん、ご登壇願えますか?」
いきなり名前を呼ばれて、飛び上がりそうなほど瑠璃は驚いた。
しかし、すでに会場からは大きな拍手が起こっている。
「さ!瑠璃ちゃん!」
佐知も、早く行けとばかりに瑠璃をうながす。
頭を下げながら、おずおずと立ち上がると、古谷が壇上から降りてきて、瑠璃の手を取った。
拍手の中、古谷にエスコートされて瑠璃もステージに上がる。
賞状を渡したあとその場に留まっていた一生が、驚いたように瑠璃を見つめる。
「この写真…あなたでしたか」
瑠璃は、うつむきながら小さく頷いた。
「この賞を、彼女に捧げます。本当にありがとう」
古谷がそう言うと、会場から今日一番の拍手が送られた。
「写真、いいですかー」
「こっちに目線お願いしまーす」
気づくと、ステージのすぐ下でたくさんのカメラマンが、何枚も写真を撮っていた。
ひっきりなしにシャッター音がして、瑠璃は、熱気と緊張で顔が真っ赤になるのを感じた。
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優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
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