魔法のいらないシンデレラ

葉月 まい

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花火大会

晴れて社員となった瑠璃は、家族にそう報告するとともに、結婚についても否定した。

最初は驚いていた両親と姉も、どうやらこれまでの瑠璃の行動で察していたらしく、なるほどね、と妙に納得してくれた。

そして瑠璃は、夏のイベントに向けて一気に忙しくなった。

夏休みのお子様向けプランとして、新館の宴会場での縁日、そして星空観察も企画することになった。

自由研究として学校に提出出来るよう、観察シートや星のミニ図鑑を一緒に作るのだ。

そしてなんと言っても、花火大会の屋台。

絶対に成功させなければならないと、瑠璃は奈々と何度も確認し合った。

京都のガラス職人、清河とのやり取りもマメに行い、当日食い違いが起きないように、コミュニケーションをしっかり密にする。

清河からも、当日販売する作品を写真で送ってもらった。

「うわー、かわいい!見てこの小さな風鈴のイヤリング!」
「ほんと!これが手作りだなんて、信じられない。神業だわ」

他にも、帯飾りやかんざしなど、目移りするほど色々なアクセサリーを作ってくれている。

(当日が楽しみ!)

瑠璃は、一層気を引き締めた。

そして、奈々発案のハヤシライス販売。

こちらも、加藤が探してきてくれた高級弁当にも使われるパッケージと、奈々のデザインしたロゴシールのおかげで、無事に調理部からゴーサインをもらうことが出来た。

当日の忙しさを考えて、50食しか無理だよと言われたが、その方がプレミア感もあっていいかも?と皆で頷いた。

そうこうしているうちに、ホテルの繁忙期、夏休みに突入した。

企画広報課はイベントにかかり切りになり、瑠璃と奈々もパンフレットの制作は一旦お休み、縁日の店番や、星空観察のお手伝いに追われた。

とは言っても、子ども達と一緒に綿あめを作ったり、星空を眺めて絵を描いたりと、瑠璃にとっては楽しいことばかりだった。

夜遅くまでホテルに残る時は、オフィス棟の仮眠室に泊まる。

二段ベッドの上下に分かれて奈々と一緒に眠り、時には夜遅くまでおしゃべりする。

まるで学生のような夏休みを過ごしていた。

*

いよいよ、花火大会の日が近づいてきた。

週間天気予報を毎日チェックしていた瑠璃は、当日の晴れ予報に胸をなで下ろす。

前日になり、京都から新幹線に乗った清河が、一生が手配したハイヤーで東京駅からホテルに到着した。

「清河さん!」

車から降りる清河に、瑠璃と奈々は笑顔で駆け寄った。

「お待ちしておりました。遠いところをありがとうございます」
「おお、これはお嬢ちゃん達。出迎えおおきに」

清河は、二人を見て顔をほころばせたあと、ホテルを見上げる。

「こりゃまた、おっきいホテルやなあ」

どうぞ、とロビーにうながすと、入口に一生が立っていた。

「清河様。本日は遠いところをお越し頂き、誠にありがとうございます。わたくしは当ホテルの総支配人、神崎と申します」

深々とお辞儀をする一生に、清河も帽子を取って頭を下げる。

「これはこれは、お若いのにしっかりしてはりますなあ。清河です。お世話になります」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。今回、清河様のような素晴らしい職人の方とご縁を頂きましたこと、心より嬉しく思います」
「そうですなあ。普段は私もこんなホテルと関わることなんてなかったんですけど、お嬢ちゃん達が、なんやしらん、ええ子達に思えてな。つい誘いに乗ってしまいましたわ」

そう言って笑いかける清河に、瑠璃達も笑顔を見せた。

*

「清河さん、このお部屋はどうですか?もっと広いお部屋の方がいいかしら?」

瑠璃と奈々がデラックスダブルの部屋に案内すると、清河は珍しそうに部屋を見渡した。

「いや、充分や。これでも広すぎるくらいや。ええの?こんな豪華な部屋使わせてもろても」
「もちろん!夕食も、お好きなレストランで召し上がってくださいね。あとで予約を入れておきます」

まずはごゆっくりお茶でもどうぞ、と瑠璃がソファを勧める。

清河は、おおきに、と言ってお茶を飲みながら、窓からの景色に目をやった。

「すごいなあ、これが東京か。ばあさんにも見せてやりたかったわ」

奈々が、声のトーンを落として聞く。

「清河さん、今は一人暮らし?」
「ああ。3年前にばあさんに先立たれてな。子どもはおらんかったし」

瑠璃は、京都で訪れた小さなお店を思い出した。

80歳になると言っていた清河は、あそこに一人で暮らしているのだろう。

「わしも、ふと考えるんや。そろそろ店を畳もうかってな」
「えっ!」

瑠璃達は驚いて清河の顔を見つめる。

「跡継ぎもおらんし、弟子もおらん。今ある作品を売り切ったら、もう作ることはないわ」

(そんな…)

何かを言いたくても言葉に出来ず、瑠璃と奈々は、お茶を飲む清河のどこか寂しそうな横顔を黙って見ていた。

*

新館の宴会場をのぞくと、子ども達のにぎやかな声が聞こえてきた。

「ここだよ?よーく狙って…そう!やったー!」

射的のコーナーで、青木のよく通る声がした。

景品を手にする男の子とハイタッチをして、一緒に喜んでいる。

「課長、こちら清河さんです」

お客様がいなくなったタイミングを見計らって、瑠璃は青木に声をかけた。

「あ!これはこれは、遠いところをようこそお越しくださいました。わたくし、営業部企画広報課の青木と申します。今回は、わたくしどもにお力添えを頂きまして、本当にありがとうございます」

深々と頭を下げてから、他の社員にも声をかける。

「おい、みんな!清河様がお越しくださったぞ」
「あ!あの方が」

わらわらと皆は清河を取り囲むと、代わるがわる握手を求めた。

「この度は、本当にありがとうございます!」
「京都の老舗の職人の方が、私達のために東京に!とても嬉しいです」

清河は、終始照れたように握手に応じる。

「あの、もしよろしければ、清河様もやってみませんか?」

綿あめの割りばしを差し出しながら、山下がそう言うと、
おい、ばか!なにを言ってんだ、と周りが止めにかかる。

「ほう、それはなんですの?」
「え?あ、綿あめです」
「自分で作れるの?」
「はい!これをどうぞ!」

山下から割りばしを受け取ると、綿あめの機械を興味深そうにのぞき込む。

「味も選べますよ。普通の白い綿あめの他に、イチゴやメロンもあります」
「へえー!ほんなら、イチゴにしようかな」
「イチゴですね、よろこんで!」

山下は、ピンク色のざらめを機械の真ん中にザーッと入れた。

やがてウイーンという音がして、霧のようにピンクの綿あめが舞い始める。

「清河さん!割りばしで巻き取ってください」
「え、こうか?」

清河は、ていねいに腕を回して巻き取っていく。

「おおー、さすが職人さん!美しい仕上がりですね」
「ははは!こりゃおもしろい。子どもの頃を思い出すわ」
「清河さん、記念写真撮りましょう。綿あめも見せて…はい、チーズ!」

清河は照れながらも、にっこりと笑顔をみせた。

*

その後、明日出店する屋台の場所を説明する。

ひと通り確認を済ませ、お疲れでしたらお部屋に戻りましょうか?とたずねると、いや、もう少しホテルの中を見て回りたいとのことで、瑠璃達はホテルのショッピングアーケードに案内する。

ここでは、よく知られているブランドものというより、知る人ぞ知る、といった一品を取り扱っている。

清河は、感心したように陶器や織物をじっくりと眺め、ええ品揃えとるなあと呟いた。

夕食は和食がいいとのことで、日本庭園が見える例の懐石料理のお店に案内する。

清河は、料理が運ばれてくるたび興味深そうに、ひとつひとつじっくり時間をかけて味わっていた。

「東京にも、こんなにええところがあるんやなあ。わし、勝手に東京に変なイメージ持っとったわ」

食後に庭園を歩きながら、清河は楽しそうに笑った。

その夜、明日に備えて仮眠室に泊まることにした瑠璃と奈々は、妙に目が冴えて眠れずにいた。

「清河さん、楽しそうだったね。綿あめ作ったり」
「うん。笑顔がすてきだったね」

その一方、店を畳む…という言葉が頭から離れない。

「明日、いい日にしようね」

瑠璃の言葉に、奈々も頷いた。

「うん、頑張ろうね」

迎えた花火大会当日、空は朝からきれいに晴れ渡っていた。

ホテルはこの日、どこの部も大忙しになる。

駅からの連絡路があるホテルの2階からロビーへは、大勢の人が通リ抜けることが予想され、通路や階段は真ん中で仕切り、左側通行を徹底する。

瑠璃達も人通りを考えつつ、なるべく邪魔にならない広いスペースに屋台の準備をする。

テントを張り、風で飛ばされないようにしっかり固定し、テーブルも同じく重しをつける。

瑠璃は、テーブルの上にきれいな緋色の毛せんを広げた。

その上に、清河がていねいに作品を並べていく。

風が強くなれば、アクリル板を周りに置いたり、ガラスケースに入れたり出来るように用意していたが、今のところその心配はなさそうだった。

準備が整うと、瑠璃と奈々は浴衣に着替え、清河のピアスや帯飾り、かんざしなどを身に着ける。

鏡を見ながら、改めて瑠璃は、清河の作品にほれぼれした。

15時頃からぼちぼちと販売を開始する。

こんにちはー、京都のガラス工房のアクセサリーです、と声をかけると、浴衣姿の女の子達やカップルが足を止める。

「うわー、見て!かわいいー」
「え、これ、風鈴じゃない?」
「ちっちゃーい!でもちゃんと音も鳴るね」
「こんなピアス、初めて見た!」

早速女の子のグループが、色違いのピアスを買ってくれた。

瑠璃と奈々がお会計を担当し、清河が丁寧に包んでお客様に手渡す。

「おおきに」

そう言って包みを渡す清河は、心底嬉しそうだった。

そのあとも、彼氏が彼女にかんざしをプレゼントしたり、年配のご婦人が帯飾りを選んだりと、清河の作品は次々と売れていった。

17時頃になると、隣のテントでもハヤシライスや光るグッズが飛ぶように売れていく。

花火が始まる20時には全て完売となり、瑠璃達は皆で揃って花火を見上げた。

達成感と高揚感、そして仲間との一体感を感じ、瑠璃はきれいな花火を見ながら胸がいっぱいになった。

隣にいる奈々、そして清河の横顔も、花火に明るく照らされている。

そこにいる皆が、笑顔を浮かべていた。

(この日のこの景色をずっとずっと忘れない)

瑠璃は心に刻んで微笑んだ。

*

「それでは、我ら企画広報課の花火大会イベント、大成功を祝して」
「かんぱーい!」

小さな宴会場を借りての、ささやかな打ち上げ。

「清河さん!ビールお注ぎします」
「清河さん!お料理もどうぞ召し上がってください」
「清河さーん、写真撮りますよー」

賑やかな加藤や山下達男性社員に取り囲まれ、清河は終始にこやかに破顔していた。

次の日、いよいよ清河とはお別れだった。

車に乗る前に、瑠璃達、企画広報課のメンバーの他に、一生もお見送りする。

「清河様。本当にありがとうございました。当ホテルで清河様の作品を扱わせて頂けたこと、とても光栄に思います」

ありがとうございました、と一同揃って頭を下げる。

「こちらこそ、おおきに。楽しかったですわ。なんや、夢見てた感じですわ。ええホテルですなあ。また来させてもらいます。それまで元気でおらんとな」

照れたように笑う清河に、皆も笑顔で頷いた。

「お嬢ちゃん達、これ」

やがて清河は、瑠璃と奈々に何かを差し出す。

それぞれ手のひらに乗せられたのは、ガラス玉のネックレスだった。

「わあ、きれい…」

瑠璃には、深い群青色に細かく金を散らしたデザイン、奈々は、水色に虹を描いたデザインだった。

きっと二人のために作ってくれたのだろう。

「こっちは瑠璃色の星空、ほんでこっちは七色の虹の空や。瑠璃ちゃんと奈々ちゃんやからな」
「え…あっ!」

世界でひとつの、瑠璃達への想いがこもった作品。

瑠璃と奈々は、目を潤ませて清河に寄り添う。

「ありがとう…清河さん」

清河は、そんな二人の頭に優しく手を載せて何度も頷いていた。

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