魔法のいらないシンデレラ

葉月 まい

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クリスマスツリー

11月30日の夜。

ホテルは、営業時間を終えたところから徐々にクリスマスの飾りを施していく。

ブライダルコーナー、ショッピングアーケード、ロビーラウンジ、レストラン…

それぞれの店内にツリーを置き、ドアや壁にリースを飾る。

そして深夜24時。
いよいよロビーに巨大なクリスマスツリーが搬入された。

見守る瑠璃達、数少ない社員から、思わずきれい!と歓声が上がる。

今年のテーマは、クリスタル・クリスマス。

ツリーの色は白で統一され、飾りには煌めくクリスタルをふんだんに使う。

シンプルだか、ロビーは大人っぽいイメージで統一することにした。

その一方、新館に所々設置したフォトスポットでは、赤いポインセチアで囲んだカラフルなツリー、サンタやトナカイも並べる。

設置完了の報告が次々と来る中、残すはこのロビーのツリーのみ。

皆が見つめる中、大きなハシゴを使って、クリスタルの飾りが付けられていく。

と、瑠璃のスマートフォンがポケットの中で震えた。

(あ!そうだった)

慌てて電話に出る。

「もしもし」
「あ、瑠璃さん?」

瑠璃は返事をしながら、ツリーの反対側にいる一生の背後に目をやった。

一生から少し離れたところで、電話をしている早瀬の姿が見える。

早瀬もこちらを見ていた。

「総支配人、ツリーが完成するまでここにいると思う。今から大丈夫?」
「はい。台車に載せて、エレベーターの近くに置いてあるので、すぐ搬入します」
「俺も手伝う」
「え?でも…早瀬さん、一生さんのそばを離れない方が…」
「あははっ、そんなストーカーじゃないんだから。少しくらい平気だよ」

電話を切った早瀬は、瑠璃と一緒に台車をエレベーターに載せ、総支配人室に運び込んだ。

ソファの近くで、台車からツリーを下ろす。

白い掛け布を取ると、すでにツリーは飾り付けされていた。

「うわー、きれいだね!」
「本当に?良かったー」
「このピンクの実は何?」
「ペッパーベリーです」
「へえー、かわいいね」
「それより早瀬さん、急がないと!」

そうだった、と慌ててイルミネーションライトをコンセントに繋ぐ。

ちゃんと光るか確認したあと、奥のプライベートルームの通路に行き、一生の部屋のドアにリースを飾った。

そして出口に戻り、最後に部屋の電気を消す。

暗がりの中、窓際に置かれたツリーがきれいに光り、早瀬と瑠璃は、顔を見合わせて微笑んだ。

***

「すっかり遅くなったな。お前も今日は、プライベートルームに泊まったらどうだ?」

ロビーのツリーが完成したのを無事に見届けたあと、総支配人室に戻りながら、一生は早瀬に声をかける。

「いえ、オフィス棟の仮眠室に泊まります」
「ここに泊まったらいいじゃないか?どうせ部屋は空いてるんだし」
「いえいえ、総支配人の恋人が急に会いに来られるかもしれませんし」
「は?お前、いつからそんな妙な冗談言うようになったんだよ、まったく」
「クリスマスまでに彼女を作るって約束でしたよね?」
「そんな約束してないっての!」

そう言いながら総支配人室のドアを開けた一生は、次の瞬間、えっ…と固まった。

暗い、と思ったその時、ツリーのライトが瞬き、きれいなツリーが浮かび上がった。

「こ、これは…」

早瀬は一生の顔を見ながら、ふっと笑う。

「とあるスタッフが、一生さんに喜んで頂きたいと。あなたの幸せを、きっと誰よりも願っている人です」

参ったというように、一生はうつむいて笑う。

「なあ、早瀬」
「はい?」
「お前が言ってた景色、見えた。これが幸せの景色なんだな」
「はい」

そして早瀬に笑いかける。

「お客様にもこの感動を届けたい」
「そうですね」

早瀬も笑って頷いた。

***

12月も半ばを過ぎた頃、瑠璃の女学院の同窓会が、今年もこのホテルで開かれることになった。

決めたのはもちろん会長の佐知だったが、このホテルでもう一度、との声が多かったのも事実だ。

瑠璃は、仕事を定時に上がると、更衣室でよそ行きのワンピースに着替える。

ドレスにしなかったのには訳がある。

姉は今夜、もうすぐ生後9ヶ月になる息子の篤志あつしを連れて、夫の高志と一緒に参加する。

普段子育てでゆっくり出来ない姉に、たまには夫婦で楽しんでもらいたいと、瑠璃は子守りに徹するつもりだったからだ。

とは言っても、篤志はかわいい盛りで、今日はたっぷり抱っこ出来ると瑠璃は楽しみにしていた。

料理もそこそこに、瑠璃は色々なものに興味を示す篤志を抱いて、会場内を散歩する。

壁に飾られたクリスマスの装飾を見せていると、篤志は、瑠璃の顔に手を伸ばしてきた。

「どうしたのー?あ、そうだ。あっくん、見ててねー。いないいない…ばあ!」

古典的な割にはおもしろかったらしく、篤志は予想以上に笑う。

「おもしろい?じゃあもう1回やるよー。いないいない…」

両手がふさがっているので、代わりに頬を膨らませながらそう言い、ばあっ!と小首をかしげながら笑顔になると、篤志はキャッキャッと声を上げた。

「あっくん、かわいいー!何度でもやっちゃうよー」

瑠璃は、もっと篤志の笑い声が聞きたくて、何度も繰り返した。

***

「パーティーはどんな様子だ?」

1年前と同じように、佐知に挨拶するため、バックヤードをバンケットホールに向かって歩きながら、一生は早瀬に聞く。

「はい、滞りなく。今はご歓談を楽しまれています」
「そうか。あー、結局思い付かなかったんだよなー、キザなサービス」
「は?何ですかそれは。それより一生さん、ツリーのお礼は言ったんでしょうね?瑠璃さんに」

最近早瀬は、プライベートの話題になると、総支配人ではなく一生さんと呼ぶようになっていた。

「あれから2週間も経ってますし、まさかまだなんてことは…」
「あ…いや、それが…」
「言ってないんですか?!まったく…それじゃまるで、私が瑠璃さんの名前を伝えていないみたいじゃないですか」
「だって、なんか恥ずかしくて、なんて言えばいいのか…」
「はい?中学生じゃないんだから。大人の男として、ビシッと言ってくださいよ」

そうこうしているうちに、バンケットホールに繋がる扉の前に来た。

二人して、仕事モードに切り替える。

まずは早瀬が扉を少し開けて、隙間から中の様子をうかがう。

大丈夫そうだと一生に頷いてから、大きく扉を手前に引き、一生が会場に1歩足を踏み入れた時だった。

「ばあっ!」

満面の笑みを浮かべた瑠璃が、小首をかしげながら一生の前に現れた。

「………っ!!」

声にならない声を上げ、一生は間抜けなへっぴり腰で後ずさる。

もはや、仕事モードも何もない。
 
顔は、茹でダコのように真っ赤だった。

これはマズイ…と早瀬は一生に、一旦戻りましょうと耳打ちする。

しかし全く耳に届く様子はない。

半ば羽交い締めのようにして、早瀬はなんとか一生をバックヤードに引き戻した。

壁に両手をつき、一生はハアハアと荒い呼吸を繰り返す。

「は、早瀬。俺…生きてるか?」
「んー、まあ、おそらく」
「び、びっくりした。心臓が止まったかと思った。あんな、いきなり…」

(しかも、かわいすぎだろ?!反則だ、あんなの)

なんとか気持ちを落ち着かせようと、深呼吸をくり返す。

と、その時
「あの…」
少し開いた扉から、瑠璃が顔をのぞかせた。

「うわあ!!」

今度は早瀬も一緒に驚き、気づけば一生と二人で手を握り合っていた。

「す、すみません!ごめんなさい!驚かせてしまって…」

赤ちゃんを抱いたまま、瑠璃はしきりに謝る。

「あ、いえいえ、そんな。大丈夫です。大丈夫ですとも」

二人はお互い飛び離れ、ようやく落ち着きを取り戻して瑠璃に向き合う。

「ところで瑠璃さん。その赤ちゃんは…その、もしや瑠璃さんのお子さん?」

早瀬の言葉に、一生はギョッとする。

「あ、いえ!甥っ子です。姉の息子で、篤志といいます」
「ああ!あの写真の赤ちゃん?」

ようやく冷静になった一生が、思い出したように言う。

「はい、そうです。もうすぐ9ヶ月になります」
「へえー、そっか。かわいいなあ」
「かわいいって。良かったね、あっくん」

そう言って笑う瑠璃は、まるで本当の母親のような優しい眼差しをしていた。

やっと落ち着いたと思った一生の顔が、再び赤くなるのを見て、早瀬はやれやれと心の中で呟いた。
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